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しおりを挟む長い夏休みが終わり、新学期が始まる。
夏休み中はもうずっと七海は俺の家に入り浸って、夏休み前と後じゃ俺達の関係も明らかに変わっていた。
「ほら、七海」
「おおーっ」
久しぶりの数学準備室で、俺の渡した弁当に七海が感激したように声を上げる。
はしゃぎながら弁当箱を開ける姿にどうしようもなく表情が緩んでしまう。
料理なんか最低限健康に気をつけて作ればいいとしか思っていなかったが、七海に食べさせるようになってからかなり意識は変わった。
やはり子供の好きそうな物、それでもちゃんと健康には気を使ってと考えることはたくさんある。
七海は全く好き嫌いがないと思っていたが、実は結構嫌いなものが多いことにも気付いた。
本人は全く顔に出さないでいるつもりらしいが、明らかに箸を進めるスピードが違う。
ピーマンだったり、トマトだったり、きゅうりまで苦手らしい。
気を使っている子供の行動などすぐに分かる。
だけどそういうものを工夫して食べさせてやることに、最近はどこか楽しさを覚えている。
「みーちゃん、俺のお嫁さんになってくれますか?」
「ふざけたことを言うな。同性同士の結婚など日本では認められていない」
「じゃあいつか海外で結婚しましょう。必ず大事にします」
さっきまで快活な声でふざけたように話をしていたのに、突然柔らかく目を細めて七海は俺に微笑む。
こんな後先も考えぬ子供の適当な言葉に、心臓が止まりそうになってしまう。
コイツは本当に俺の心を揺さぶるのが上手い。
「…せ、生徒の分際で教師にプロポーズをするな。結婚より今は受験だろう」
「違いますっ。今は受験より文化祭ですっ」
きっぱりと言われた。
思わず面食らう。
確かにここ最近学園内は文化祭の話題で溢れかえっていた。
一年に一回のこの行事は、学生の誰もが心躍るイベントだ。
教師間でもそれについては様々な議論が飛び交っているところだ。
「すげー楽しみなんですよね。色々頼まれちゃってやることすげーあって」
「…お前そんな事で受験勉強は大丈夫なのか」
特進科の三年など毎年文化祭は展示会程度で終わっている。
準備の掛かる催し物は普通科で盛り上がっているイメージだ。
「大丈夫ですっ。俺も勉強はしっかりやりたいんで。あ、そうそう。みーちゃんち居座ってたけどちゃんと帰りますね。お世話になりました」
「――え?」
思いの外あっさり言われて驚く。
あんなに強引に俺の家に来ては入り浸って人を犯していたというのに、七海の方からそんな言葉が出るとは思わなかった。
というか別に俺としてはコイツの家庭事情を考えれば、俺の家にいてもらっても構わないんだが。
唖然としている俺を他所に、七海は特に気にした様子もなくがっついたように飯を食い終わると教科書とノートを出して勉強を始める。
受験シーズンの勉強をしている生徒に水を差すようなことなど勿論しない。
それでも七海の思いがけない言葉に、どこか心が落ち着かなかった。
「――こ、紺野先生っ」
昼休みを終えて職員室へ戻っていると、神谷が慌てたように俺の元へ走ってきた。
そのままガシッと俺の手首を掴むと、勢いよく引かれる。
「…ちょ、なんだ。要件があるなら先に言え」
「すみません。ここでは出来ないあなたの話です」
神谷のそれは、つまり七海とのことを指す。
そんなに慌てて一体何があったんだ。
もしや俺達の関係が他人にバレてしまったんじゃないだろうな。
嫌な予感がざわりと足元から這い上がってくる。
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