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しおりを挟む文化祭当日。
雲ひとつない晴天に恵まれ、校内は賑やかなお祭りムードだった。
見慣れた校舎の姿は見事になりを潜め、催し物で溢れかえっている。
神谷は七海を見習えなどと言っていたが、俺にそんな真似が出来るのだろうか。
確かにモヤモヤしているくらいならさっさとアイツと話したほうがいいが、一体何を話せと言うんだ。
あまりにも今まで七海が真っ直ぐに俺の元へ来ていたから、それが当たり前のようになっていた。
アイツから来ないと、こんなにも話せなくなるものなのか。
だが文化祭は受験前の生徒にとって最後のイベントだし、ゆっくり出来るのも今日までだ。
それなら少しくらい一緒に過ごしたいという気持ちもある。
開会式を終え、友人と楽しそうにはしゃいでいる七海の姿を見つける。
アイツは本当にいつ見ても、誰といても楽しそうだ。
一緒にいたいとは思ったが、それでもせっかくの文化祭を教師と過ごすよりは友人と一緒に過ごしたほうがアイツだって楽しいだろう。
忙しいと言っていたし、アイツが来ないのなら俺からわざわざ声を掛けにいくのはやはりおかしい。
なんてゴチャゴチャと考えていたが、結局の所俺は七海を誘うのが怖かった。
この間の電話で断られたことが、俺の中の自信を根こそぎ奪ってしまっていた。
やはり俺は余計なことを考えず、真面目に仕事をしているのが一番性に合う。
校門で不審者が入ってこないかギロリと目を光らせる。
生徒どころか一般の来訪者まで青い顔をして俺を見ている気がするが、油断は禁物だ。
高校の文化祭ともなると女生徒を狙う不審者問題はいつだって尽きない。
これに関しては生徒指導関係なく教師一丸となって監視しなければならない。
しばらく校門にいたが、不意にワッと校庭の方から歓声があがった。
なんだと見に行ってみると、人だかりが出来ている。
やたら女子が多いなと思いながら人混みをかき分けると、そのグラウンドの中心でなぜか野球が始まっていた。
今日は文化祭のはずだがどうしてこんなことになっている。
そんな演目があったかと確認しに行こうとしたところで、打者に出てきた生徒の姿に目を見張った。
七海だ。
アイツめ。何勝手なことをしている。
打ち気と言った様子でぺろりと唇を一舐めして、バッターボックスへ入る。
バットを揺らせて佇む姿はなかなか様になっている。
アイツは野球も出来るのか。
と思ったら打てそうなのは見た目だけで、安定の初心者だったらしく綺麗に空振って三振を取られていた。
失敗失敗、とベンチに戻っているが、観客も味方も楽しそうに笑っている。
だがさすが運動神経いいヤツは何をやらせてもそこそこに出来るらしい。
試合中盤、2アウト満塁で迎えた打席で綺麗に腕をたたんで打った七海の打球は、見事に鋭い当たりとなり大量得点へと繋がった。
一気に盛り上がるギャラリー。
やはり目立つやつというのはここぞという時に出来るから人気があるのだろう。
素直に感心していたら、不意に後ろから声を掛けられた。
「ああ、紺野先生ここにいましたかっ。私も行きますので一緒に止めましょう。全くあいつら今年も勝手な真似をして――」
他の教師が焦ったように走ってきていて、どうやらこれは非公認でやっていたものらしい。
慌てて叱りに行くと、ワッと散っていく生徒達。
まあこういうのは毎年あることで、祭りを盛り上げるために生徒が悪ふざけをしているだけなのは分かっている。
それを知っているからこそ教師もそこまで生徒を追ったりはしないのだが。
高校生の足に俺がついていけるわけもなく、ヤレヤレと生徒の散った校庭で息を吐き出す。
七海達がいなくなったら、あっという間にギャラリーも散っていった。
それにしても悠長に試合中盤まで見てしまったのはやはり七海がいたからか。
知らない間に仕事を放棄してしまっていたとは。
反省しつつ廊下を歩いていると、ぴょこぴょこと鬱陶しい生き物が俺の周りをうろちょろしてきた。
「なんの真似だ」
「いやですにゃーご主人様っ。遊びにきてくれたんじゃにゃいんですかー?」
「正しい日本語を使え」
「はーいっ。一名様ご案内でーっす」
そう言って結城に手を引っ張られる。
猫耳女装メイド喫茶などという頭の悪そうな名前の店に引きずりこまれたが、こんなところで何をすればいいのかなんて俺には分からない。
というか俺の出現に教室内の空気が授業中の如く緊迫したんだが。
「まーまー、生徒がどんなお店やってるか教師は見守る義務がありますよねっ。てゆーか七海先輩は一緒じゃにゃいんですかぁ?」
「一緒じゃない」
「えーっ、またツン眼鏡発動中ですか?七海先輩かわいそー。最後の文化祭なのに絶対一緒に回りたかっただろうなぁ」
言いながら勝手にドリンクやらケーキやらを結城は俺の前に並べている。
そしてちゃっかり金を請求された。
文化祭だし仕方なく協力してやるかと払ってやったが、コイツこんな商法まさか俺以外にもしているんじゃないだろうな。
「…七海には別に何も言われていない。アイツはずっと忙しそうだ」
フォークにケーキを刺して、パクリと口に入れる。
文化祭の話ではないが、むしろ誘ったら断られた。
思い出せばどこか気持ちが重くなって、誤魔化すようにパクパクとケーキを口に入れる。
「あー確かに七海先輩人気者だし…ってちょっとまってください。忙しい?」
不意に結城がなにか気付いたように声を上げる。
それからくしゃくしゃとウィッグのついた髪をかき混ぜた。
「あーっ、そういうことかぁ。俺もこうしてる場合じゃなかったっ。営業行ってこなきゃっ」
「――は?お前俺をこんなところに置きざりにしてどうするつもりだ」
「子供じゃないんだから大丈夫でしょ。それより眼鏡センセー。カミヤンの話ですけど、お願いしますねっ」
最初の猫語はどうしたんだというくらいあっさりと言われたが、そういえば神谷のことに関しては七海に嫌だと言われていた。
とはいえ別に神谷の機嫌を少し取ってやるくらいで大袈裟だ。
そもそもなぜアイツの許可がいる。
「…お前本当に告白するつもりなのか」
「――ふぇっ!?し、しますよっ」
明らかに動揺している声だったが、本人はそれでもする気らしい。
神谷の前であんなに縮こまっているくせにどうして告白しようなどという勇気が出せるのか、俺にはやはり分からなかった。
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