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しおりを挟む夕焼けに染まる屋上。
向き合う二人の教師と生徒。
そしてそれをこっそり影から覗いている二人の教師と生徒。
いいのか。こんな立ち聞きなんかして許されるのか。
行くならさっさと出ていったほうがいい気もするが、もしそうなったら結城が気持ちを伝えるチャンスを奪ってしまうことになる。
完全に生徒指導部のでっち上げだが、後夜祭のジンクスを信じている二人だ。
だがどうするか考えているうちに、結城がおずおずと口を開く。
「お…俺、カミヤンが誰を好きなのか知ってます。ストーカーなのも知ってます」
「ふむ。なるほど」
結城の言葉に神谷はとくに驚いた様子はなかった。
いつもの表情を崩さず、困った生徒を見つめるような視線だ。
「それで?結城はなにか俺に脅しでもかけたいのか?」
「ち、違いますよっ。そうじゃなくて――」
「お前がそんな生徒じゃないことは分かっているさ。それに残念ながらお前の誤解だ。俺は紺野先生の事などなんとも思ってはいない」
「…まあ俺眼鏡センセーなんて一言も言ってないんですけどね」
その言葉に二人の間の空気が固まる。
何を自爆してるんだ神谷は。
「ちょっ…カミヤンストーカーだったんですか?どういうことっすか」
七海が小声で何か言ってきているが、どこに食らいついている。
シッシッと犬を払うように手であしらう。
「結城…お前、カマをかけたのか」
「全然かけてないです。もうそこ分かりやすいから隠さなくてもいいです。別に脅そうとか思ってないんで」
「そうか。参ったな。まさか生徒に知られていたなんて」
「だ、大丈夫です。俺しか気付いてないんで。…その、俺がずっとカミヤンを見てたから気付いたことなんで」
「俺を?」
そこで神谷が小さく首を傾ける。
やはり俺以外では読心術が使えないらしい。
「…お、俺…っ。その、カミヤンが…っ」
ギュッと両の手のひらを堅く握りしめ、結城が俯いたまま言葉を紡ぐ。
本当に告白するのか。
というかこんなところで立ち聞きなんてやはり悪いことをしている気がしてならない。
「…その、俺…っ」
だが確信を付く言葉はなかなか出てこなかった。
しばらく待っていたが、結城からその言葉はどうしても出てこない。
小さい体がプルプルと震えて、後ろ姿しか見えないがちらりと覗く耳が真っ赤に染まっている。
結城が言い淀んでいる姿をしばらく神谷は見ていたが、やがてクスリと表情を緩めると結城に近づいていく。
神谷の手がポンと結城の髪を撫でた。
「入学当時に言っていた悩みはもう解決したのか?」
「――え?」
神谷の言葉にハッとしたように結城が顔を上げる。
「今は違うことで悩んでいるみたいで良かった。…ああ、良くはないか。だがあの時のお前は本当に見てられなかったからな」
不意に変わった会話に、七海と顔を見合わせる。
一体結城と神谷の間に何があったんだ。
「…な、悩みが変わっただけです。今の俺は見てられますか?」
「んー、そうだな。だけどその悩みもまた難しそうだ」
そう言って困ったように笑った神谷に、結城の肩が小さく跳ねる。
ひょっとして神谷は結城が言おうとしている事に気付いているのか。
察しの良い結城が、神谷のその言葉の意図に気づかないはずがない。
「…わ、分かってるんです。見てきたから…カミヤンの返事もちゃんと分かってるんです。…で、でも俺、それでも…っ」
再び振り絞った声が屋上に響くが、やはり結城からその言葉は出てこなかった。
なんとか言おうと辿々しく言葉を繰り返すが、どうしても出てこない。
「…だから…その…っ。か、カミヤンが――っ」
だがずっと同じように繰り返していた結城の言葉が、不意にヒクリと震える。
神谷が驚いたように目を見開いた。
一体俺には何が起きているのか分からなかったが、不意に七海に手を引かれた。
ハッと隣を見ると、人差し指を唇に当てた七海がそっと俺の身体を引き寄せる。
座ったまますっぽりと抱き込まれて、こんな時にいきなり何をするんだと混乱してしまう。
が、そっと俺の耳元に寄せた唇が静かに言葉を紡ぐ。
「…やっぱり見ない方がいいですね。大人しくしてましょう」
どういうことなのか分からなかったが、グスリと鼻を啜る結城の声が聞こえてきてその意味を理解する。
それに気付いた瞬間、そっと両耳を塞がれた。
音が聞こえなくなった世界で、七海の胸の中から顔を上げるとニコリと安心させるような笑顔が落ちてくる。
きっとそれは結城に対する、七海なりの気遣いなんだろう。
特に神谷の好きな対象が俺だからこそ、俺がこの告白を聞いていい思いはしないと考えてくれたのかもしれない。
七海の気遣いにホッとすると同時に、今しがたの光景に複雑な心境になる。
あまりに意外だった。
俺の前ではあんなに強気な結城の、弱々しい姿。
考えてみれば当然だ。
断られるのが分かっていて告白をするなど、怖いに決まっている。
相手の気持ちが自分にあっても怖いと思うのに、元々ないと知っていて告白するなんてどれほどの気持ちなんだろう。
それでも好きな人に自分を見てほしい。
言わなければ絶対に伝わらないからだ。
自分で行動しなければ絶対に見てもらうことが出来ない、許されない相手だからだ。
七海に耳を塞がれているためもう何も聞こえないのに、なんだか胸が苦しかった。
人の色恋など全くなんとも思ったことなどなかったのに、息苦しさを感じてそっと七海の胸に顔を埋める。
目の前の暖かい体温と七海の優しさが、堪らなく有難かった。
応援ありがとうございます!
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