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case0:終章
失われた記憶:前編
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「ちょっと目を離すと、ご飯食べ忘れてるんだから!」
ミズキちゃんが差し入れに来てくれて。
プンスカ怒りながら、スープを温めている。
ミズキちゃんの家がやっているお祓い屋……という名の人生相談所で、手に負えない本物の霊障や呪いにかかった人を、僕のところに持って来るのだ。
いわば共生関係なので。
こうして気に掛け、一週間に二回ほど、倒れてないか確認に来てくれる。
義哉が居た頃は、善哉に毎朝決まった時間に起こされて、義哉の作ってくれたご飯を食べていた。
その癖が抜けなくて、つい、食事を作るのを忘れてしまう。
我ながら、だめな大人だ。
‡*‡*‡
「ただでさえ貧相な身体なんですから。今に風に飛ばされちゃいますよ」
メリー・ポピンズのように?
そこまでかなあ、と触ってみれば。
あばらが浮いてしまっている。
もう少し肉がつけばいいんだけど。食べても肉にならない。
「ははは、そうなったら歩かなくて済むから楽かも」
「笑いごとじゃありませんよ全く! ああもう、早く善坊帰ってこないかしら!」
段階をいくつかスキップしたとはいえ、神父になるのは大変なのである。
エクソシストになるには更に狭き門を潜り抜けなければならない。
いくら義哉が天才でも、あと2、3年は覚悟しないと。
「僕よりも義哉のほうが心配だな。18になっても僕のベッドに潜り込んでたくらいの寂しがり屋なのに、誰も知り合いが居ないローマでちゃんとやっていけるかなあ」
「……まあ、寂しくて泣いてるのは間違いないでしょうね……」
ミズキちゃんは遠い目をしていた。
わりと口喧嘩をしていた二人だけど。懐かしがっているのかな。
僕も寂しい。
でも、義哉には、退魔の才能がある。エクソシストになれば、たくさんの人を救えるだろう。
亜門も頑張っているようだし。また、みんなで暮らせればいいな。
‡*‡*‡
「はい、雨月魔術及び呪術研究所……、はい、」
電話が鳴ったと思ったら。
ミズキちゃんが応対していた。早い。
そんな、マネージャーみたいなことはしなくてもいいのに。そこまで僕は頼りないかなあ。
「先生、依頼ですよ。女の方から」
80になる祖母が行方不明になり、代わりに小さな女の子がいた、という。
その子は祖母の名前を名乗っていて。
恐ろしい化け物を見たと言い、怯えて泣いているそうだ。
「あらやだ、もうこんな時間。先生、じゃああたしはこの辺で、」
ミズキちゃんは二人がいるという場所が書いたメモを置いて。
慌てて仕事に戻っていった。
「何だろう。幻術? ……呪いかな?」
子供になる呪いなんてあるのかな。
とりあえず、行ってみよう。
……あ、また電話だ。
「もしもし?」
『先生。今、お時間大丈夫ですか?』
義哉だった。
噂をすれば影が差す、ってやつかな。
時差は8時間だから、今、あちらは真夜中だ。
寂しくなっちゃったのかな? 声はもう、すっかり大人なのに。
「ええと。今はちょっと。依頼があって出かけるところなんだ」
軽く内容を説明した。
国際電話だし。値段が大変なことになってしまう。
‡*‡*‡
「じゃあ、後で。ごめん」
電話を切って。
慌てて研究所を出た。
子供が怖がって泣いてるなら、早く何とかしてあげないと。
夜の帳が降りるように、辺りが闇に包まれた。
子供の気配はない。女性の気配も。
……謀られたか。
いや、ミズキちゃんが受けた依頼自体が、架空のものだったのだ。
そういえば、依頼料などに関する受け答えもしていなかった。
電話を受けた時点で、操られていたのか。
しかし、気付かれず、僕を囲い込むとは。
相当の術者だ。
……いや、人間ではないな。これは。
『雨月……先生とは、お前のことか。榊義哉の、大事な先生とは』
闇の中から、声がした。
何故、義哉の名を?
『おそれるな。我はお前に危害を加える気は無い。呪いをかけにきただけだ』
はあ?
マジナイは、危害ではないのか?
というか。
何だ、これは。
馬の顔に人の上半身、馬の下半身を持つ、異形のアヤカシ。
日本の妖怪で該当するのはサガリくらいだが。あれは脚だけの存在だ。
中国の妖怪でもない。
悪魔か? 悪魔になら、いたような。……ええと、確か、レメゲトンの……。
『義哉はお前を手に入れたいと願っている。故に、我は来た』
「!?」
馬鹿な。
あの義哉が、悪魔などの誘惑になんて乗るわけがない。
しかし。
……この悪魔は、嘘を吐いていない。
ミズキちゃんが差し入れに来てくれて。
プンスカ怒りながら、スープを温めている。
ミズキちゃんの家がやっているお祓い屋……という名の人生相談所で、手に負えない本物の霊障や呪いにかかった人を、僕のところに持って来るのだ。
いわば共生関係なので。
こうして気に掛け、一週間に二回ほど、倒れてないか確認に来てくれる。
義哉が居た頃は、善哉に毎朝決まった時間に起こされて、義哉の作ってくれたご飯を食べていた。
その癖が抜けなくて、つい、食事を作るのを忘れてしまう。
我ながら、だめな大人だ。
‡*‡*‡
「ただでさえ貧相な身体なんですから。今に風に飛ばされちゃいますよ」
メリー・ポピンズのように?
そこまでかなあ、と触ってみれば。
あばらが浮いてしまっている。
もう少し肉がつけばいいんだけど。食べても肉にならない。
「ははは、そうなったら歩かなくて済むから楽かも」
「笑いごとじゃありませんよ全く! ああもう、早く善坊帰ってこないかしら!」
段階をいくつかスキップしたとはいえ、神父になるのは大変なのである。
エクソシストになるには更に狭き門を潜り抜けなければならない。
いくら義哉が天才でも、あと2、3年は覚悟しないと。
「僕よりも義哉のほうが心配だな。18になっても僕のベッドに潜り込んでたくらいの寂しがり屋なのに、誰も知り合いが居ないローマでちゃんとやっていけるかなあ」
「……まあ、寂しくて泣いてるのは間違いないでしょうね……」
ミズキちゃんは遠い目をしていた。
わりと口喧嘩をしていた二人だけど。懐かしがっているのかな。
僕も寂しい。
でも、義哉には、退魔の才能がある。エクソシストになれば、たくさんの人を救えるだろう。
亜門も頑張っているようだし。また、みんなで暮らせればいいな。
‡*‡*‡
「はい、雨月魔術及び呪術研究所……、はい、」
電話が鳴ったと思ったら。
ミズキちゃんが応対していた。早い。
そんな、マネージャーみたいなことはしなくてもいいのに。そこまで僕は頼りないかなあ。
「先生、依頼ですよ。女の方から」
80になる祖母が行方不明になり、代わりに小さな女の子がいた、という。
その子は祖母の名前を名乗っていて。
恐ろしい化け物を見たと言い、怯えて泣いているそうだ。
「あらやだ、もうこんな時間。先生、じゃああたしはこの辺で、」
ミズキちゃんは二人がいるという場所が書いたメモを置いて。
慌てて仕事に戻っていった。
「何だろう。幻術? ……呪いかな?」
子供になる呪いなんてあるのかな。
とりあえず、行ってみよう。
……あ、また電話だ。
「もしもし?」
『先生。今、お時間大丈夫ですか?』
義哉だった。
噂をすれば影が差す、ってやつかな。
時差は8時間だから、今、あちらは真夜中だ。
寂しくなっちゃったのかな? 声はもう、すっかり大人なのに。
「ええと。今はちょっと。依頼があって出かけるところなんだ」
軽く内容を説明した。
国際電話だし。値段が大変なことになってしまう。
‡*‡*‡
「じゃあ、後で。ごめん」
電話を切って。
慌てて研究所を出た。
子供が怖がって泣いてるなら、早く何とかしてあげないと。
夜の帳が降りるように、辺りが闇に包まれた。
子供の気配はない。女性の気配も。
……謀られたか。
いや、ミズキちゃんが受けた依頼自体が、架空のものだったのだ。
そういえば、依頼料などに関する受け答えもしていなかった。
電話を受けた時点で、操られていたのか。
しかし、気付かれず、僕を囲い込むとは。
相当の術者だ。
……いや、人間ではないな。これは。
『雨月……先生とは、お前のことか。榊義哉の、大事な先生とは』
闇の中から、声がした。
何故、義哉の名を?
『おそれるな。我はお前に危害を加える気は無い。呪いをかけにきただけだ』
はあ?
マジナイは、危害ではないのか?
というか。
何だ、これは。
馬の顔に人の上半身、馬の下半身を持つ、異形のアヤカシ。
日本の妖怪で該当するのはサガリくらいだが。あれは脚だけの存在だ。
中国の妖怪でもない。
悪魔か? 悪魔になら、いたような。……ええと、確か、レメゲトンの……。
『義哉はお前を手に入れたいと願っている。故に、我は来た』
「!?」
馬鹿な。
あの義哉が、悪魔などの誘惑になんて乗るわけがない。
しかし。
……この悪魔は、嘘を吐いていない。
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