限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。

プロローグ

神の奇跡

しかし、何でここ、誰もいないんだろう。
静かだ。


しーん、ってオノマトペを考えた漫画家は天才だよな。

足元は、ふわふわした、ピンク色の雲のようだ。
わたあめのようにも見える。美味しそう。

……そういえば、朝から栄養ゼリーしか食べてなかった。


『こらこら、地面を食べようとするでない。腹など減っておらぬだろうに』
お爺さんの声がして。

声のした方を振り返ると。そこには、もふもふした黒い犬がいた。いつの間に発生したのやら。
本当のフランダースの犬って、セントバーナードじゃなくてこういう犬種なんだよな。

しかし。確かに人の声がしたのに、ここには犬しかいない。


……ん？　まさか。
今、俺に話しかけたのは、この黒いもふ犬だとでもいうのか？

ははは、いやいやまさか。わんこが人の言葉を話すだなんて。ある訳ないっしょ。
ファンタジーの世界じゃあるまいし。


＊*＊*＊


『ファンタジーなどではない。わしは神であり、ここは神の間であるぞ』
「うわあ！？」

つぶらな瞳の黒犬は、はっきりと言った。
ヒトの言葉で。日本語で。


カミ……って。あの、神様だよな？
八百万やおよろずとか、イエスのお父さんとか、好色一代男ゼウスとかの。

全知全能だから、ジャパニーズ一般人とも言葉が通じるのだろうか。
しかし。


「神様って、犬だったんだ……？」

とんだ新発見に全世界がびっくり仰天間違いなしだな。残念ながら、他の人に伝える術すべがないけれど。
あ、もしかしたらこれが死の前に見る夢ってやつなのか？

『犬ではないのじゃが。どうやらその者の思う”神”のイメージによって、目に映る姿が異なるようじゃの。声や話し方も、受け取る側によって千差万別に聞こえているようじゃ』

つまり、人によっては光の巨人だったり、神様や仏様の姿とかに見えるってわけか。
ここがピンク色の雲の上に見えるのも、俺のイメージ？

つーことは俺の頭の中で、ＧＯＤはイコールＤＯＧなのか？　ワオ、不謹慎。なんつって。

しかも、のじゃ系の人語を話す黒い犬って何だよ。それもロリババアじゃなくてお爺さんの声って。ニッチすぎんだろ。
俺の中の神イメージ、どうなのよ。


俺は典型的な日本人らしく、特に崇める宗教はなくとも大晦日には除夜の鐘を聴き、カップ蕎麦食って初詣に行って萌え絵馬奉納して。
お盆には墓参りをし、神社にも寺にも行くし。クリスマスを祝い、イースターやハロウィンが他宗教の行事だろうが気にせず適当にいいとこどりして楽しむ、一神教には考えられないようないい加減な宗教観だが。

信じる人でなくとも死の際、神はその姿を現すものなのか。
ううむ、奇妙不可思議。


＊*＊*＊


『とにかく、おぬしはち・ょ・っ・と・し・た・手・違・い・で死んだので、ワンチャン新しい人生を与えてやろう』
黒い犬はフン、と鼻を鳴らした。

「犬だけに、ワンチャン？」


『……おぬしに与える次の人生は、全てにおいて祝福された、美しい王子となる』
俺の渾身のツッコミがスルーされた！

んもー、神様ってばスルースキル高すぎィ！

だって、犬わんちゃんがワンチャンとか言ったらもう完璧に突っ込みを要求されたと思うじゃん？　誘い受けキタコレって感じじゃん？
俺は悪くない。ノットギルティ。


っていうか。美しい王子になるって。王・様・でなく、王・子・？

王子から王様にクラスチェンジするには俺のたゆまぬ努力が必要とか、そういうことか？
それとも次男や末っ子で、王位継承権自体ないとか？

まさか、王様になれず、王子のまま早死にするとかないよな？　薄幸の美少年じゃん。
薄幸の美少女ならともかく美少年じゃ萌えないよぉ！　……いや、ふたなりの美少年なら何とかいけるか？　萌えて青春駆け抜けろ！


あ、犬なのに軽蔑の目で見てらっしゃる。表情、わかるもんなのね。
だいじょぶ、そのテの視線には慣れてるし！


『……長生きも可能じゃ。しかし、それには重・大・な・決・断・が必要であるがの』

「え？」
長生きも可能って。どういう意味？　長生きが不可能なコースもありってこと？

っていうか。
今気づいたけど。口に出して言ってなかったのに話が通じてるってことは。

俺の心の中、読んだの！？　読まれちゃってた？　考えてることみんな丸見えスケスケシースルーですか？　ワーオ！　ヤダー、恥ずか死ぬ！


『……死ぬ間際ですら絶望の闇に染まらぬ、極めつけの変人であるおぬしならば、あ・ち・ら・では最良の選択が出来ると期待しておるぞ。……悔いのない人生を送るがよい。……ポチっとな、』


突然、足元のピンク色の雲が消えて。
真下に落ちた。


ひええ、ボッシュート！？


＊*＊*＊


雲の下には、一面、緑の大地があった。


加速度を上げながら、真っ逆さまに落下する。
何このリアル落下感。


え、これ、地面に激突して、マジで死ぬんじゃね？

俺、フリーフォールとか大嫌いなんだよ！
なんか魂抜けそうになるし！　もう死んでるけど！　魂の状態なんだろうけど！


っていうか。うっかり聞き逃してたけど。
ちょっとした手違いで死んだ、って何！？　アアン？　どういうことだってばよ！？
まさか俺、あそこで死ぬ運命じゃなかったってこと？　そんなのってあり！？


お詫びなら、神様パワーでせめて一ページくらいは読ませてくれたっていいじゃんかよおおおお！！