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幸せな未来へ

待望の雨

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「ハムサ国では気候の変化はまだ、通常と変わりないのだろうか?」
アーディルが、ナエフ王に訊いた。


ハムサ国は、北極南極に次いで極寒の地になると予想されている地域だ。
サブア国もけっこう寒くなりそうなので、ワシム王が興味深そうに注目してる。

「そうですな。以前より少し、涼しく感じますが。もっと冷えるのでしょうか?」

お年寄りに冷えは厳禁だ。
せっかく腰も良くなったのに。

「あ、寒い地方での生活の仕方とかは、後で俺が詳しく説明するよ。ハムサ国とサブア国が要注意地域だね」

ハムサ国もサブア国も窓がなくて開けっぱなしだったから、二重サッシとか床暖房、暖炉とかも教えておかないと。
囲炉裏っぽいのはナエフ王の部屋にあったっけ。コタツもいいよね。


あ、お米作ってもらおう。
お米は水が美味しくて寒い地方のほうが美味しい。あと麦とか蕎麦も。

って。
食べ物ばっかりだな俺。


会議室の扉がノックされるのと同時に開いて。

「た、たいへんです!」
「降った! マーウ!」
ヤスミン王子とカマルが、だいぶ慌てた様子で入って来た。

二人ともそんなに興奮して、どうしたんだろう。またトイレかな?


「どうしたヤスミン、そのように取り乱して」
ナエフ王は困ったような顔で孫を見て。
イルハム王も腰を浮かせた。

ヤスミン王子は、興奮した様子で言った。
マタル、雨です! 雨が降っているのです! 今、この国の空から!」


まだ会議中だけど。
すぐ止んでしまうかもしれないし、みんなも見たいだろうから。全員、急いで外に出た。


†††


カマルははしゃいで、雨を口に入れようとしてあ~ん、と口を開けている。
雪を見てもやりそうだな。


「おお……」
「これが、雨か……」

みんな、空を見上げている。

周囲は晴天だけど。
この国の上空を、濃い灰色の雨雲が覆っている。

量的には、小雨程度だ。
でも。

乾いていたこの世界に。
数千年ぶりに、雨が降ったんだ。


アーディルが無言で俺の肩を抱いて。
労うように、頷いてみせて。

一緒に、空を見上げた。


雨は、一時間も経たないうちに止んでしまったけど。
それでも。快挙だ。

嬉しい。
俺のやったことは、無駄じゃなかった。


「あ、虹だ」
晴れた空には虹が掛かっている。

「虹?」
「太陽の光が空気中の水分に屈折して、ああいう風に見えるんだ」

水をまいても、人工的に作れるけど。
自然の虹はやっぱり見事だ。


「この世界に雨を。全ての人類に希望をもたらして下さったマラーク様に、心から感謝を申し上げます」
アーディルを除く全ての王が、俺に向かって最敬礼をした。

いつでも隣にいるアーディルが。
俺に、勇気をくれたから。


「これから、環境の変わる国は多いでしょう。良い方にも、悪い方にも。でも、みんなで協力し合って、住みよい世界を築いて欲しいと思います」
そのために、なるべく手を貸すつもりだ。

「どうしても、という場合は手を貸すのも仕方ないと思っているが。私達はまだ新婚期間であるということを忘れぬように」
アーディルの、ある意味揺るぎない発言に、みんなはどっと笑った。


「笑い事ではないというのに……」

本人は冗談ではなく大真面目。本気で言ってるんだよな。
そこが可愛いんだけど。


†††


一週間にも及んだ、世界9王会議も終わって。

久しぶりに、ゆっくりとワーヒド国 うちのお風呂に浸かることができた。
アーディルも俺も、他の王様の接待とかで忙しくて。こうして、二人でゆっくり浸かれなかったもんな。

自然とアーディルが9カ国の代表に選ばれたのは、元々ワーヒド国が大国だっただけじゃなく、アーディルの持つ王としてのカリスマかな?


小舟や帆船などの作り方や、その操縦の仕方も教えた。
スィッタ国から贈呈されたトビトカゲでひとっ飛びして、希望するところにお風呂とキッチンに都市ガス、下水道の設置も終わった。

下水は、処理場で真水にしてから川や海に流れていく仕様にした。

いくつか川も作ったし。船着き場も設置された。
これで、移動手段を持たない国での流通も楽になるに違いない。


相談の結果。
イスナーン国とワーヒド国の間と、アルバ国周辺の砂漠は残しておくことにした。

完全に砂漠がなくなっちゃうと、砂漠で生息することに特化した生き物が困るからな。
大トカゲとか。
美味しい砂クジラも、保護したいものだ。


いつかは砂漠が珍しいものになって、観光地にもできるだろう。
ラクダに乗ったりして。


とりあえずは、こんなもんで。
後はまた、環境が変わってからかな?

何かあったら呼ぶようにって伝えてあるし。
やっと、休めるというか。

思う存分、いちゃいちゃできるぞ、と。
でも、王族の新婚はハードすぎるから。お手柔らかにお願いしたい。


†††


「初めてに入ってから、もうかなり経ったような気分だ」

アーディルは感慨深げに、お湯を手で掬ってみせた。
男らしく節のある手から零れる水が、キラキラして見える。

最初はアーディルも、水に入るのは畏れ多い、って言ってたっけ。
懐かしいな。それが今やお風呂プロデューサーだもんな。


「そうだね。あっという間だなあ」
もうずっと前のことみたいに思えるけど。一年も経ってないなんて、信じられない気分だ。

「しかし。世が水で満ちた今も、初心を忘れるべきではないと思うのだ」

たくさんあるからって、水や緑を無駄にしたりしないって?
さすがだ。
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