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おまけ

そして一年後

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華族の血を引く旧家であり、今や日本を代表する大企業となった有栖川家の嫡男として生まれ。社長であり、いずれ総代になるはずだったこの私が。
異世界の国王であるリカルドに”運命のツガイ”として見初められてしまい、魂を召喚された。

そして41歳という年齢相応だった私の肉体は。こちらで再構成される際、何故か十代半ばほどに若返り。肌の色も白く、華奢な姿になってしまった。

自分よりも上位の存在を知り、自分に自信を失ったリカルドは。
私を試すため、伯爵と身分を入れ替え、名を偽って迎えに来たのだが。

私は顔も知らない”国王”とやらよりも、自分を迎えに来た”伯爵”に惹かれてしまった。


紆余曲折いろいろあって。
愛し合い、結婚式を挙げ。私たちは結ばれたのだった。


*****


そして。
私がこの世界に召喚されてから、ちょうど一年が経過した。


元の世界で大企業の社長として培った経験と知識も駆使し、リカルドの国政を補佐していた時のことだった。

外が少々騒がしいな、と思っていたら。
慌ただしい足音が聞こえ。政務室の扉が開かれ。

近衛兵が飛び込んで来た。
「陛下、大変です! 先程突然中庭に巨大なドラクォンが出現しました!」


怪物ムプラズトの襲撃か? 被害は?」

私の隣でにやけていたリカルドの表情が引き締まる。
常にこの顔でいて欲しいものだが。

結婚後、私の前では表情筋が勝手に緩むようになってしまったようだ。

「いえ、今のところ、あちらに攻撃の意思はありません。人間の言葉を話す知能もあり、この国の国王と、その伴侶に話がある、などと言っているのですが……」
リカルドと、私に?


「……まさか、」

その怪物に心当たりがあるのか。
リカルドは顔色を変えた。

「とうとう、この日が来てしまったか……」
沈痛な面持ちで、呟いた。


私とリカルドは急ぎ、中庭に向かった。

リカルドには、危険だから地下にある頑丈なシェルターのような部屋に隠れていて欲しいと懇願されたが。断った。
何の用なのかは知らないが。”国王とその伴侶”と指名されたのだ。

ならば、リカルドの唯一の伴侶である私が行かねばならない。

それに。身の危険があるのなら、猶更リカルド一人を行かせるわけにはいかない。
リカルドがこの異世界で一番の魔導士であろうと。一生を共にすると誓ったのだから。


*****


「穂波。……もし、元の世界に戻れるとしたら。戻りたいか?」

こちらを振り返り。
この世の終わりとでも言わんばかりの悲壮な表情で訊かれた。

いざとなったら、私だけ元の世界に逃がそうとでも?
冗談じゃない。

「何を今更。私はこの国に骨を埋める覚悟だと言っただろう?」

「ああ、そうだったね……」
微笑んでみせたが。

憂いを隠せていない。
私はどこにも行かないと、何度も言っているというのに。

「どうか、お気をつけて」
真っ青な顔をした兵が、中庭への扉を開けたのだが。


別の意味で、腰が抜けるかと思うほど驚いた。


何故なら。
中庭で待っていたのは。


「穂波兄さん! ……え、本当におにいなの……? 若っ!? 色、白っ!」

可能であればもう一度、ひと目でも逢いたかった、驚いた顔も愛らしい。
私の末弟、睦月むつきだった。

怪物などではない。もちろん人間である。
誰だ、私の可愛い弟を怪物扱いした愚か者は。


「ごきげんよう、義兄あに上」

ご機嫌? 最悪である。
できれば二度と逢いたくなかった。

睦月の横にいたのは、私の可愛い弟を奪った、異世界の竜王だった。

今は羽を畳み、人間の姿になっているが。巨大な竜にもなれる。
半人半竜、つまり竜人。こいつは間違いなく怪物……むしろ魔王である。


*****


義兄あに上の伴侶どの、突然の訪問を詫びよう。私はこことは異なる世にあるゼウクシデモスが国王、アレクシス。竜人だ」
「初めまして。ここ、サンチダージェ国の王、リカルド・ウィリアム・デ・アウカンターラ・イ・サンチダージェです」

中庭から貴賓室へ移動し。
共に異世界の国王である二人は、握手を交わしている。

どちらの世界でも、挨拶は握手なのか……。


「うわあ、おにいってば、ぼくより若くなっちゃって……」
睦月はぽかんと口を開けたまま、私の頭から爪先まで凝視している。お口は閉じなさい。

「実は魂だけ召喚されて、こちらで肉体を再構成されたら、何故かこのような姿になってしまってね……」

「でも、元気そうでよかった~」
にこにこしている。


ああ。可愛い弟よ。
もう二度と逢えないかと思っていたのに。

こんな姿を身内に見られるのは、さすがに恥ずかしいが。
再会の喜びが凌駕する。


異世界の魔……竜王のもとへ嫁入りしてしまった睦月が、二度目の里帰りをした時。
現在の私の身体は、本来の魂でなく、コピーされた魂で動いている、ということに気付き。そのことを指摘したそうだ。

私のが別物とすり替わっている、と告げられ。
皆、仰天していたという。

指摘されるまで、誰も気づかなかったのだ。

仕事ぶりや言動にも、全く違和感がなかったらしい。
偽物だと言われたあちらの私は、ひどく憤慨していたそうだが。


それほど精巧に作られていた偽物の魂に気付くとは。
さすが魔王と呼ばれた男。

リカルドが自信を喪失し、負けを認めるほどの魔法使いである。
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