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亜樹Ⅰ
弟の帰国
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20年ぶりに、弟の奈津と会うことになった。
僕は空港の到着ロビー出口……から少々離れた柱の前で、ひとり、極度の緊張に身を強張らせながら弟が来るのを待っていた。
引きこもり気味で久々の外出、それも、初めての空港に来たのにも緊張しているが。それ以上にどうも落ち着かなくて、少々挙動不審になっている気がする。
血の繋がった実の弟が来るのをただ待っているだけなのに。我ながら緊張し過ぎじゃないかと思うが。
実の弟、といっても、20年前に両親が離婚し、僕は父に、弟は母に引き取られることになり、母がイタリアに移住してからは一度も弟の顔を見ていないし、会話もしなかった。メールでのやりとりすら皆無だったため、本当に久しぶり過ぎて、困惑している。
てっきり奈津はそのままイタリアに永住するのかと思っていたし。寝耳に水……というか青天の霹靂って感じかな?
妙に緊張してしまっているのはそのせいだろう。
20年前に父と離婚して家を出て行った母は、当時、業界内で少々名の売れた服飾デザイナーだった。
公務員……高校教師をしていた厳格な父とは折り合いが合わず。数年の喧嘩の末離婚し、まだ6歳だった弟の奈津を連れて、契約している会社があるというイタリアへ移住してしまったのだ。
僕は進学校だった私立中学に入り、高校受験を控えていたし。日本から出るのが嫌だったので、父の元に残ることになったのだけど。
奈津も、外国へ行くのを泣いて嫌がっていたのにもかかわらず、無理矢理連れて行かれてしまった。
離婚の際の、慰謝料とかの問題もあったのかもしれない。養育費はお互いに受け取らない、という約束だったようだ。
お互いの没交渉も、裁判で決まってでもいたのだろうか? 奈津からは手紙や電話などの連絡が来たことはなかったけど、時折、気まぐれのように送られて来る母からのメールなどで奈津の近況を知らされていたくらいだ。
イタリア語を、すぐに覚えたこと。
成績はかなり優秀で、高校、大学はスキップして卒業したこと。
イケメンで、女の子にモテモテなこと。
奈津は今、母と住んでいたアパートメントを出て独立し、カメラマンをしているそうだ。
写真集が出たので送ってあげる、と言われたが。
未だにそれは届いてない。
そういう、ちゃらんぽらんなところのある母で。そこは全く変わっていないようだった。
とにかく。
その、20年も音信不通だった弟の奈津が。
今日、これから。日本に帰ってくるというのだ。
◆◇◆
本当に、突然のことだった。
昨日の話だ。
奈津から、イタリアに行って以来、はじめて連絡があったのは。
母からアドレスを聞いたのか、電話やスカイプなどではなく、メールでだったけど。
その内容は、奈津は仕事の関係で一度日本に来る予定があること。それと、亜樹と一緒にあの家に住みたいのだがいいか、という簡単な文章だった。
父方の祖父が亡くなったときも、10年前に父が亡くなったときも、奈津からは連絡もなく、一度も帰ってこなかったくらいなのに。いったい、どういう心境の変化だろうか?
ちなみに、母からは申し訳程度に弔電が入ったのみだった。
離婚で別々になり、名字も変わったとはいえ、兄弟だし。元々、奈津の実家でもある。
もちろん、僕は同居の申し出に対し、すぐに快諾した。気にしないで帰っておいで、と書いて送った。
それでも奈津が来るのは来月か、早くても再来週くらいかな、……と、思っていたのだけれど。
僕がメールを返信した直後。
それならすぐに帰る、と返信してきたのだった。
実際、もうすでに飛行機のチケットを取ってある、という。
そして、明日到着するから空港まで迎えに来て欲しい、と。
いくらなんでも急すぎる、いきなり明日迎えに来いと言われても困る、との僕の返事に。どうせそんな忙しくない仕事なんだからいいだろ? と奈津は悪びれずに言ったのだった。メールでだけど。
……漫画家になったことは、母から聞いたのだろうか?
確かに僕は漫画家をやっている。
といっても、現在はwebで細々と糊口を凌いでいる、無名漫画家なのだけど。
何故漫画家になったかといえば、なりゆきというか。大学時代所属していた漫画研究会で参加していたイベントで、出版社から声をかけられて。そのまま商業デビュー、というコースだ。
大学生、20歳の時だった。
運良く商業誌で掲載され、何冊か単行本は出してもらえたが。特にヒットといえる作品はなく。現在は原稿料の安いwebに流され、売れない漫画を描いている。
自宅があり、親の遺産を食い潰してるおかげでどうにか専業で生活が出来ている、という程度だ。
PNは夏野千秋。
その名で名乗っても、知ってる人は単行本の部数から考えても、3千人いるかどうかくらいだろう。
まあそれだけの数の人が読んでくれて、本を買ってくれているのだから、ありがたいと思わねば。
本名は千川亜樹だ。
本名をもじって、千のアキでチアキにした。名字は適当につけた。
PNのせいか、線の細い絵柄のせいか、描く漫画の内容のせいか。たまに、僕のことを女性作家だと思ったのか、顔が見たいというファンレターが届くこともある。
主に男性から。
残念ながら、今年35になる、地味ダサ眼鏡のチビぽちゃ中年男である。
がっかりされたくないので、サイン会もしたことはない。
◆◇◆
……なかなかそれっぽい青年は出てこないな。
飛行機はもう、30分前には到着しているはずなのだが。さすがにもう、到着ロビーの出口から出て来る人の姿もない。次の便から降りた人が来てしまってるくらいだ。
荷物の受け取りに手間取ってるとか? 外国は荷物の扱いが杜撰だと聞く。お腹を壊してトイレの住人になってるとか? まさか迷子にはなってないよな……?
奈津はもう、26歳の立派な青年になってるはずだ。
ジュニアスクールの頃から女の子にとてもモテていた……今もモテているという話だし。さぞかし美青年に育っていることだろう。
反抗期も知らず、一番いいときに別れたせいか、奈津に対して、悪い思い出はない。
小さくて、かわいらしい子だったと記憶している。
大きな榛色の瞳をきらきらさせて。あきちゃんあきちゃんと、いつも僕の後ろをついてきてたっけ。さらさらの猫っ毛で。頭を撫でると、くすぐったそうに笑っていた。
可愛かったなあ。
近所でも評判の美人だった母に似ていたし、色白で細身の、白馬の王子様系美青年に育ってたりして。
……まだかなあ。
まさか僕がわからないとか……ないよね? 我ながら、中学生の頃と見た目が全然変わってないし。嬉しくないけど。
まさか、僕の見た目がヲタ丸出しだから一緒に歩くのが恥ずかしいと思って、先に家に行っちゃったとか? それはひどい!
僕は空港の到着ロビー出口……から少々離れた柱の前で、ひとり、極度の緊張に身を強張らせながら弟が来るのを待っていた。
引きこもり気味で久々の外出、それも、初めての空港に来たのにも緊張しているが。それ以上にどうも落ち着かなくて、少々挙動不審になっている気がする。
血の繋がった実の弟が来るのをただ待っているだけなのに。我ながら緊張し過ぎじゃないかと思うが。
実の弟、といっても、20年前に両親が離婚し、僕は父に、弟は母に引き取られることになり、母がイタリアに移住してからは一度も弟の顔を見ていないし、会話もしなかった。メールでのやりとりすら皆無だったため、本当に久しぶり過ぎて、困惑している。
てっきり奈津はそのままイタリアに永住するのかと思っていたし。寝耳に水……というか青天の霹靂って感じかな?
妙に緊張してしまっているのはそのせいだろう。
20年前に父と離婚して家を出て行った母は、当時、業界内で少々名の売れた服飾デザイナーだった。
公務員……高校教師をしていた厳格な父とは折り合いが合わず。数年の喧嘩の末離婚し、まだ6歳だった弟の奈津を連れて、契約している会社があるというイタリアへ移住してしまったのだ。
僕は進学校だった私立中学に入り、高校受験を控えていたし。日本から出るのが嫌だったので、父の元に残ることになったのだけど。
奈津も、外国へ行くのを泣いて嫌がっていたのにもかかわらず、無理矢理連れて行かれてしまった。
離婚の際の、慰謝料とかの問題もあったのかもしれない。養育費はお互いに受け取らない、という約束だったようだ。
お互いの没交渉も、裁判で決まってでもいたのだろうか? 奈津からは手紙や電話などの連絡が来たことはなかったけど、時折、気まぐれのように送られて来る母からのメールなどで奈津の近況を知らされていたくらいだ。
イタリア語を、すぐに覚えたこと。
成績はかなり優秀で、高校、大学はスキップして卒業したこと。
イケメンで、女の子にモテモテなこと。
奈津は今、母と住んでいたアパートメントを出て独立し、カメラマンをしているそうだ。
写真集が出たので送ってあげる、と言われたが。
未だにそれは届いてない。
そういう、ちゃらんぽらんなところのある母で。そこは全く変わっていないようだった。
とにかく。
その、20年も音信不通だった弟の奈津が。
今日、これから。日本に帰ってくるというのだ。
◆◇◆
本当に、突然のことだった。
昨日の話だ。
奈津から、イタリアに行って以来、はじめて連絡があったのは。
母からアドレスを聞いたのか、電話やスカイプなどではなく、メールでだったけど。
その内容は、奈津は仕事の関係で一度日本に来る予定があること。それと、亜樹と一緒にあの家に住みたいのだがいいか、という簡単な文章だった。
父方の祖父が亡くなったときも、10年前に父が亡くなったときも、奈津からは連絡もなく、一度も帰ってこなかったくらいなのに。いったい、どういう心境の変化だろうか?
ちなみに、母からは申し訳程度に弔電が入ったのみだった。
離婚で別々になり、名字も変わったとはいえ、兄弟だし。元々、奈津の実家でもある。
もちろん、僕は同居の申し出に対し、すぐに快諾した。気にしないで帰っておいで、と書いて送った。
それでも奈津が来るのは来月か、早くても再来週くらいかな、……と、思っていたのだけれど。
僕がメールを返信した直後。
それならすぐに帰る、と返信してきたのだった。
実際、もうすでに飛行機のチケットを取ってある、という。
そして、明日到着するから空港まで迎えに来て欲しい、と。
いくらなんでも急すぎる、いきなり明日迎えに来いと言われても困る、との僕の返事に。どうせそんな忙しくない仕事なんだからいいだろ? と奈津は悪びれずに言ったのだった。メールでだけど。
……漫画家になったことは、母から聞いたのだろうか?
確かに僕は漫画家をやっている。
といっても、現在はwebで細々と糊口を凌いでいる、無名漫画家なのだけど。
何故漫画家になったかといえば、なりゆきというか。大学時代所属していた漫画研究会で参加していたイベントで、出版社から声をかけられて。そのまま商業デビュー、というコースだ。
大学生、20歳の時だった。
運良く商業誌で掲載され、何冊か単行本は出してもらえたが。特にヒットといえる作品はなく。現在は原稿料の安いwebに流され、売れない漫画を描いている。
自宅があり、親の遺産を食い潰してるおかげでどうにか専業で生活が出来ている、という程度だ。
PNは夏野千秋。
その名で名乗っても、知ってる人は単行本の部数から考えても、3千人いるかどうかくらいだろう。
まあそれだけの数の人が読んでくれて、本を買ってくれているのだから、ありがたいと思わねば。
本名は千川亜樹だ。
本名をもじって、千のアキでチアキにした。名字は適当につけた。
PNのせいか、線の細い絵柄のせいか、描く漫画の内容のせいか。たまに、僕のことを女性作家だと思ったのか、顔が見たいというファンレターが届くこともある。
主に男性から。
残念ながら、今年35になる、地味ダサ眼鏡のチビぽちゃ中年男である。
がっかりされたくないので、サイン会もしたことはない。
◆◇◆
……なかなかそれっぽい青年は出てこないな。
飛行機はもう、30分前には到着しているはずなのだが。さすがにもう、到着ロビーの出口から出て来る人の姿もない。次の便から降りた人が来てしまってるくらいだ。
荷物の受け取りに手間取ってるとか? 外国は荷物の扱いが杜撰だと聞く。お腹を壊してトイレの住人になってるとか? まさか迷子にはなってないよな……?
奈津はもう、26歳の立派な青年になってるはずだ。
ジュニアスクールの頃から女の子にとてもモテていた……今もモテているという話だし。さぞかし美青年に育っていることだろう。
反抗期も知らず、一番いいときに別れたせいか、奈津に対して、悪い思い出はない。
小さくて、かわいらしい子だったと記憶している。
大きな榛色の瞳をきらきらさせて。あきちゃんあきちゃんと、いつも僕の後ろをついてきてたっけ。さらさらの猫っ毛で。頭を撫でると、くすぐったそうに笑っていた。
可愛かったなあ。
近所でも評判の美人だった母に似ていたし、色白で細身の、白馬の王子様系美青年に育ってたりして。
……まだかなあ。
まさか僕がわからないとか……ないよね? 我ながら、中学生の頃と見た目が全然変わってないし。嬉しくないけど。
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