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美しき伯爵の前世

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『本当に、申し訳ないことをしました。あの時、わたしが下を見ようとしなければ。声など掛けなければ。貴方はあの場で立ち止まったりせず、落石で頭を打たずに済んだでしょうに……』


あんまり落ち込んでるので、かわいそうになった。

だって、もうとっくに過ぎたことだ。こうして、恵まれた容姿、恵まれた環境の世界に生まれ変われたんだし。
話を聞いても、恨む気持ちなんてない。

『いや、俺が死んだのはあんたのせいじゃないよ。元々、もらい事故だったんだろ? それに、あの時は色々な偶然が重なってて。もうそういう運命だったとしか思えないし』


*****


その後のことは。
もちろん、俺の知らない話だった。

コンクリートブロックに当たって、そのまま即死したとばかり思っていたが。
あの後、俺は意識不明のまま救急車で病院に運ばれたという。

呼んだのはヘンリーで。そのまま救急車に同乗して救急病院に向かったらしい。

しかし俺の受けたダメージは大きく。
治療の甲斐なく、いわゆる植物人間になったという。

脳死状態で、機械の補助があってようやく息をしているような感じか?


ヘンリーは正直に、警察には完全に自分の過失だと申し出たが。事故ってことで処理されたとか。
事件にするには、色々面倒だったんだろうな。被害者本人は意識不明で話もできないし。
加害者は、外国の社長さんだし。


『非常事であったとはいえ、勝手に貴方の手荷物を調べ、身元調査をしたことも。重ね重ね申し訳なく……』

ヘンリーは、俺の家族に連絡をして、謝罪と手術代や入院費などは自分が支払うことなどを伝えようと思い、その辺に散らばっていた手荷物を集めて身元を調べたという。
……を。


ああ、そう。見たんだ? 俺が手に入れたお宝本たちを。
フタナリっ娘同人も? そうなんだ。へえ。

動揺して、顔が引きつりそうになったが。何とか耐えた。


『しかし、ご家族は……いらっしゃらないようでしたので。わたしが身元引受人になりました』
言葉を濁したのを見て。


ああ、事故で入院したって聞いて、入院費やら賠償金を請求されると勘違いして。
ろくに話も聞かず、うちにはそんな子はいないとか、もう縁は切ったとか何とか言って追い返されたんだろうな、と想像ついた。

そういう人たちだ。


『いいんだよ、そんな悲しそうな顔をしなくても。とっくにこっちから見限ってたんだから。調べたなら、うちの事情も知ったんだろ? オタクも、いいことばっかじゃないってさ』
笑って言おうとして。

微妙な顔になってしまったのが、自分でもわかった。


*****


すっかり忘れたつもりだったけど。
案外、忘れられないもんだな。家族の記憶ってやつは。


うちの両親は、コミックマーケットが出来たころ。いわばファースト世代で。

今みたいに、肌が見えるのは駄目だとか、カメラやレイヤーの登録とか。コスプレのルールもちゃんとしてなかった。
著作権侵害って概念もなく、コピーやらトレスやらやりたい放題だったって話だ。


両親はコスプレ売り子でサークル参加して、中身がスカスカで表紙ばかり立派な、いわゆる”テンプラ同人”を粗製濫造してたようだ。

まだ需要と供給が追い付かない時代はそれでも飛ぶように売れてたみたいだけど。
当然ながら、中身のない本はすぐに見放された。


俺は、赤ん坊の頃から女装コスをやらされていた。

両親からは、「女の子が欲しかったのに」って文句ばかり言われながら育った。
食事を抜かれたり、痕の残るような暴力をふるわれなかったのだけは幸いだったかな。

それでも、自我のない小さい頃は、周囲の参加者たちから可愛いコスプレイヤーだってちやほやされてたんで、素直に喜んでたけど。


小学校に入って。
自分がおかしいことに気づいた。……というか、気づかされた。
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