天涯孤独になって路頭に迷いそうなところを大企業の跡取りが許嫁として現れて花嫁にされてしまいました。

篠崎笙

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婚姻届けを出しに

午前の授業が終わったので、帰り支度をした。
綾小路君は、今日は午後、選択授業があるというので、玄関前まで送ってくれた。

ちょうど校門に来たタイミングで、乗降場に送迎車が滑るように寄せて来た。


「おかえり、周。早く会いたくて、この時を待ち侘びたよ」

朝、別れてからまだ5時間くらいなのに、そんなことを言って。
でも、そんな顕正さんの言葉を喜んでしまう。


「ただいま、顕正さん」
わざわざ車から降りてきてくれた顕正さんにエスコートされて、車に乗った。


*****


綾小路君は喬任と、何かを話して。
喬任にぼくの鞄を渡した。

「わかりました。引き続き、頼みますよ」
「はい、お任せください!」


「随分と慕われたものですねえ」
くすくす笑いながら、喬任が車に乗った。

「どうした?」
「大学でも、引き続きお目付け役をさせて頂きたいそうです。その後はお世話役希望だとか」

「ほう。彼は確か、大学卒業後本社勤務希望のはずだったが?」
「幼稚園来の夢を覆す何かと出会ったようですね」

「ふむ」
顕正さんがぼくを見て。

「周は、綾小路君をどう思う? 傍に置くのに不快かな?」


「いえ、言動が面白いですけど、気が利くし、不快ではありません。ただ、クラスメイトなのに、敬語で話すのはやめて欲しいと思うくらいです」

もしかしたら、お目付け役という役柄を楽しんでいて。
わざとそういった口調で話しているのかもしれないけれど。

「敬語については、私もそう思っているのだがね?」
顕正さんは苦笑して、ぼくの頭を撫でた。

「それは……、慣れるまで、待ってください」


穂積相手なら、子供の頃からそうなので、話せるけど。
見知らぬ人や年上の人と話すのに、敬語を使わないで会話をするのはどうしても気後れしてしまう。


*****


「早く役所に行きたいところだが。昼食はまだだったね?」
「はい」

頷くと。
普通の一戸建てのような、個人経営らしきレストランの前で停まった。

すでに予約済みだったようで、店主らしき白衣の男性に迎えられる。

ウォークインクローゼットに案内され、喬任から着替えを渡された。
白いシャツの袖はカフスで留めて。薄い青色のジレとスラックス、チェックのネクタイ。

これから役所で婚姻届けを出すのに、制服姿のままだと問題があるのかもしれない。
学校もわかってしまうからかな?


顕正さんにエスコートされて、席に座るけど。
ぼくの席だけクッションがふわふわなのが気恥ずかしい。

創作料理のお店だという。
でも、名称から想像していたような奇想天外な料理ではなく、和風だったり洋風だったり、旬の素材に合った味付けをされている料理だった。

ここのシェフはうちのシェフ……台所頭のお弟子さんだそうで。
その腕を見込んで、お店に出資したりしているらしい。

知る人ぞ知る、隠れ家風のレストランで。個室でゆっくり食事できて、味も最高ということで。予約を取るのが難しいほど、かなりの人気店だという。
やっぱり顕正さんは商才があるんだ。

デザートまで美味しく頂いて。
お店を出た頃には15時になっていた。フルコースって、時間が掛かるんだ。


また車に乗って、区役所へ向かった。

しばらくして。
車が区役所の前に停まった。


*****


平日の午後だから空いているかと思えば、けっこう人がいた。
顔が知られている顕正さんが注目されないか心配したものの、気付いても騒ぐ人はいなかった。注目はされたけれど。


身分証明書は、学校で取ったパスポート。
ちゃんと金庫の中に入ってた。

番号札を取って、戸籍住民課で申込書を書いて。
戸籍謄本を二枚取った。住所変更の手続きなどは穂積に任せるそうだ。

代理や郵送でも取れるけど。時間や手間が掛かるので、本人が取ったほうが早いらしい。


いよいよ、婚姻届けだ。保証人は記入済みだ。
ぼくの本籍地はこの区ではないので、身分証明書の他に戸籍謄本が必要なので、さっき取った内の一枚を提出する。

顕正さんは本籍地なので、身分証明書だけでいいらしい。
窓口にそれらを提出した。


……何だかものすごく注目を浴びているような気がする。
気のせいではなかった。

ぼくまで見られている。何故。


「はい、書類に不備はありません。……ご結婚おめでとうございます」
婚姻届けが受理されたことを窓口の人に言われて。

周りにいた人達からも、おめでとう、と拍手されてしまった。


これは恥ずかしい。
制服から着替えていて良かった。悪目立ちしてしまう。

顕正さんは、ぼくの背に手を添えながら、笑顔で拍手に応えている。
さすがは大企業のCEOだ。心臓が鍛えられている。


見物人が増えてきたので、早々に退散した。


*****


車に乗り込みながら、記者とか嗅ぎつけてこないかな、と心配したけど。
近衛グループ名義でほとんどの出版関係の会社の株を持っているし、広告を引き上げると言えば黙る、と言われた。

そういうものなんだ。


顕正さんが、ぼくをじっと見つめていた。
「私の祖父と君の祖母の喪が明ける来年まで、正式に発表するのは待たないといけないが。本日をもって、君は私の妻になったんだな……」

まだ、そんな実感はわいてこないけれど。
ぼくはもう、顕正さんの伴侶になったんだ。昨夜、身も心も結ばれて。


「君を、幸せにすると誓う」
手を握られて。手の甲に、キスをされる。
お姫様じゃないんだから、とか思いつつ、嬉しかったりして。

「……もう、充分幸せですよ?」
そう言うと。
顕正さんは嬉しそうに笑ってくれた。


「君は欲がない。もっともっと、幸せにしてやりたい」

「ぼくも、顕正さんのことを幸せにしたいと思います」
心から、そう思う。

肩を抱き寄せられた。
「……愛している、周」
「ぼくも……愛してます」


咳払いの音がした。
「そういうのは自宅で、人目のない場所でお願いします。それと、念のため後部座席でもシートベルトの着用を」

喬任の声で、はっとした。


ここ、車の中だった。


*****


「周さまをお送りしてからのち、代表とわたくしは社に戻ります。今日は帰りが遅くなる予定ですので、夕食は岩倉が同伴いたしますが、よろしいでしょうか?」

午後から休みを取っていたけど。外せない仕事が入ってしまったので、本社に戻ることになったようだ。

「寂しいですけど。お仕事なら仕方ないですよね。行ってらっしゃいませ。喬任もお疲れ様です」

秘書としての時間が伸びたら、残業扱いになるのだろうか。
秘書が終われば家老だし。休む暇がなさそう。


「ああ、行ってくる。なるべく早く片付けて帰って来るから、全身を磨き上げて待っていてくれ」
別れ際、顕正さんはぼくの頬にキスをした。


「はい、待ってます」
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