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幕間Ⅱ
聖なる水の恩寵
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夕食まではまだ時間があったので、馬車でロチェスターを案内することにした。
リンは、この世界には長命種はいないと聞いてがっかりしていた。
私もファンタジー映画などは好んで観ていたので、その気持ちはよくわかる。獣人はいるのだが。残念ながら、ドワーフやホビットもいない。
スキート商会では、主のヴァンスにのみ、リンが特別な子供で、神の使いであること。この情報は極秘であり、他言無用なことを告げた。
この先、リンと取引をすることになった場合、決して失礼のないようにと念を押した。
ここで、リンの年齢が判明した。まさか、10歳だとは。
喋り方もたどたどしく、幼い印象だが。
……成人まで、あと5年か。
*****
リンは植物や動物の図鑑が欲しいというので。金に糸目は付けず、なるべく詳しく書かれた図版入りの本を出させた。
この世界は製紙産業が活発でなく、書物のほとんどが写本で高価なものが多い。一冊平均10トーン、つまり10万ほどである。
凸版くらいならば私でも広められそうだが。面倒なのでやる気が起きない。
リンはこの世界に来たばかりだというのに、貨幣価値を瞬時に理解し、本の価格を聞いて申し訳なさそうな顔をしたが。案ずることはない。
私は王子としての俸給や冒険者としての収入をほぼ使うことなく、ただ金庫に眠らせていただけであった。有益な使い道が出来て、嬉しいくらいである。
リンに似合いそうな服の草案をいくつか見繕い、仕立てさせたのだが。
見立て通り、とても似合っていた。
これでしばらくの間、着替えに困ることはないだろう。
スキート商会を後にし、馬車で下町を通る。
この国は、大陸の中心にあり、雨量は多く。
作物は育つが、雨水を貯めるという習慣自体がない。川も遠く、飲み水が不足しているなとの話をすると。
リンは何か思案している様子をみせた。対策を考えてくれているのだろうか。
*****
教会を通り掛かった時。
ここの神職の中でも優秀で、26歳で新たな教会を任されるほど誉れ高いプレストン・メイヤーが、珍しくも慌てふためいた様子でこちらへ駆け寄って来た。
馬車を止め、どうしたのかと問えば。
たった今、神託が下され。神の使者がここを通ると聞いて、取る物も取り敢えず馳せ参じたとのこと。
メイヤー師は、馬車にいたリンと目が合った途端。突然跪いて拝みだした。
「ふ、ふあああっ、なんと尊い……!」
「あの、とりあえずお水でも飲んで、落ち着いてください」
リンは全力疾走したせいで息も絶え絶えなメイヤー師に、氷水が入ったコップを差し出した。心優しい子だ。
……待て。コップだと?
この世界では、ガラスのコップは非常に珍しいものだ。そもそもガラスの材料が稀少で滅多に手に入らない。
教会にある、ガラスの小さな欠片をモザイク状に配置したステンドグラスもどきですら、見学者が絶えぬほどである。
”氷が浮いている、水の入ったコップ”を。今、出したというのか。
どうやって? どれほどの魔法を複合すれば、それは可能なのだろう。ヒトの力では有り得ない。
これが、神から与えられた力か。
「……これは、どこから取り出したのかな? 水魔法と、土魔法……ではないな。それも、詠唱破棄……?」
「後で説明するから。お水、渡してあげて……」
遠慮がちに、リンに頼まれる。
メイヤー師は私からコップを奪う訳にもいかず、不審者のような動きをしていた。
「ああ、これは失礼した」
「おお……、素晴らしい。これぞ、神の奇跡……、」
私の手から、聖遺物でも扱うように恭しくコップを受け取り。うっとりとコップを見つめ。
ひと口飲み、メイヤー師は目を輝かせた。
「ああ……、リン様の有難い 聖水……!」
……その言い方はやめろ。
何となくだが。
*****
メイヤー師は、甘露だの言いながら水を飲んでいる。
氷など、王子である私でも滅多に口にできない贅沢品である。水魔法の使い手でも、相当の熟練者でなくては作れない。
自然にできる氷も、遥か遠くの氷山から切り出すので、かなり高額になるのだ。
羨ましく思いながら見ていたのを憐れに思ったか。
リンは私だけでなく、オズワルドとオーソンにまで氷水入りのコップを渡してくれた。
神の使徒は、身分など関係なく、ヒト皆平等に扱うのだろうか?
リンは、この世界には長命種はいないと聞いてがっかりしていた。
私もファンタジー映画などは好んで観ていたので、その気持ちはよくわかる。獣人はいるのだが。残念ながら、ドワーフやホビットもいない。
スキート商会では、主のヴァンスにのみ、リンが特別な子供で、神の使いであること。この情報は極秘であり、他言無用なことを告げた。
この先、リンと取引をすることになった場合、決して失礼のないようにと念を押した。
ここで、リンの年齢が判明した。まさか、10歳だとは。
喋り方もたどたどしく、幼い印象だが。
……成人まで、あと5年か。
*****
リンは植物や動物の図鑑が欲しいというので。金に糸目は付けず、なるべく詳しく書かれた図版入りの本を出させた。
この世界は製紙産業が活発でなく、書物のほとんどが写本で高価なものが多い。一冊平均10トーン、つまり10万ほどである。
凸版くらいならば私でも広められそうだが。面倒なのでやる気が起きない。
リンはこの世界に来たばかりだというのに、貨幣価値を瞬時に理解し、本の価格を聞いて申し訳なさそうな顔をしたが。案ずることはない。
私は王子としての俸給や冒険者としての収入をほぼ使うことなく、ただ金庫に眠らせていただけであった。有益な使い道が出来て、嬉しいくらいである。
リンに似合いそうな服の草案をいくつか見繕い、仕立てさせたのだが。
見立て通り、とても似合っていた。
これでしばらくの間、着替えに困ることはないだろう。
スキート商会を後にし、馬車で下町を通る。
この国は、大陸の中心にあり、雨量は多く。
作物は育つが、雨水を貯めるという習慣自体がない。川も遠く、飲み水が不足しているなとの話をすると。
リンは何か思案している様子をみせた。対策を考えてくれているのだろうか。
*****
教会を通り掛かった時。
ここの神職の中でも優秀で、26歳で新たな教会を任されるほど誉れ高いプレストン・メイヤーが、珍しくも慌てふためいた様子でこちらへ駆け寄って来た。
馬車を止め、どうしたのかと問えば。
たった今、神託が下され。神の使者がここを通ると聞いて、取る物も取り敢えず馳せ参じたとのこと。
メイヤー師は、馬車にいたリンと目が合った途端。突然跪いて拝みだした。
「ふ、ふあああっ、なんと尊い……!」
「あの、とりあえずお水でも飲んで、落ち着いてください」
リンは全力疾走したせいで息も絶え絶えなメイヤー師に、氷水が入ったコップを差し出した。心優しい子だ。
……待て。コップだと?
この世界では、ガラスのコップは非常に珍しいものだ。そもそもガラスの材料が稀少で滅多に手に入らない。
教会にある、ガラスの小さな欠片をモザイク状に配置したステンドグラスもどきですら、見学者が絶えぬほどである。
”氷が浮いている、水の入ったコップ”を。今、出したというのか。
どうやって? どれほどの魔法を複合すれば、それは可能なのだろう。ヒトの力では有り得ない。
これが、神から与えられた力か。
「……これは、どこから取り出したのかな? 水魔法と、土魔法……ではないな。それも、詠唱破棄……?」
「後で説明するから。お水、渡してあげて……」
遠慮がちに、リンに頼まれる。
メイヤー師は私からコップを奪う訳にもいかず、不審者のような動きをしていた。
「ああ、これは失礼した」
「おお……、素晴らしい。これぞ、神の奇跡……、」
私の手から、聖遺物でも扱うように恭しくコップを受け取り。うっとりとコップを見つめ。
ひと口飲み、メイヤー師は目を輝かせた。
「ああ……、リン様の有難い 聖水……!」
……その言い方はやめろ。
何となくだが。
*****
メイヤー師は、甘露だの言いながら水を飲んでいる。
氷など、王子である私でも滅多に口にできない贅沢品である。水魔法の使い手でも、相当の熟練者でなくては作れない。
自然にできる氷も、遥か遠くの氷山から切り出すので、かなり高額になるのだ。
羨ましく思いながら見ていたのを憐れに思ったか。
リンは私だけでなく、オズワルドとオーソンにまで氷水入りのコップを渡してくれた。
神の使徒は、身分など関係なく、ヒト皆平等に扱うのだろうか?
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