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幕間/クロノスと黒野蘇芳
クロノスの夢
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真っ白な、何も無い空間に立っていた。
足元は雲みたいで、ふわふわした感じだ。
でも、雲は水の粒子の集まったものだから、こんな風に立てる訳が無いんだけど。
「夢がないなあ。雲に乗ってみたいと思ったことはないのかい?」
くすくすと笑う、明るい声。
振り返ったら。
黒い猫耳に薄い、澄んだ青い目……俺と同じ目をした青年が、ふわふわ浮いている雲の上に腰掛けていた。
何だ、これは夢か。
変な夢だな。
「非ニュートン流体ならダイラタンシー効果で歩けるだろうけど、雲じゃ粘性が足りないよ」
実際やってみるとわかるけど、思ったのと違ってがっくりする。
「なんてこった、科学とは人類に夢を与える物じゃないのか? 君が願えば何だって叶うのに。……まあ、それくらいの方がいいのかもね」
青年は大袈裟に肩を竦めた。
夢があるからこそ、科学に心惹かれるんじゃないか。
実験とか、わくわくするだろ。
それに、ピーターパンを信じて窓から飛び降りるような無謀な夢なら見ない方がよくない?
*****
青年はぴょん、と飛んで。こっちの雲に飛び移って来た。
「僕は”トキ”。お揃いだね?」
自分の目を指差して、青年は笑った。
いや、あんたすんごい美形じゃないですか。
お揃いなのは黒猫だってことと、目の色だけだってば!
「とりあえず、礼を言うよ。君のお陰で、来年起こるはずだった戦争の未来は消えた。少なくとも、ここ数百年、大きな争いは起こらない」
「え?」
「君が野心溢れるレオニダスをメロメロにしたおかげさ。長年ヴォーレィオを落とそうと狙っていたセルジオスすら、もう手出ししようとは考えなくなった。ノーティオは元々薄かったけど、君の介入により、あえて対立する可能性はゼロになった」
くすくす笑っている。
メロメロって。
よくわかんないけど。
世の中が平和になるなら、良かったと思う。
「君は今、幸せ?」
小首を傾げたトキに訊かれる。
何だか小悪魔っぽいイメージのする男だ。
「え? まあ、おおむね幸せ……かな?」
依井を元の世界に返してやりたいな、と思う以外は。
今のところ、だいたい不満はない。
「はあ……、」
トキは、わざとらしいくらいに大きな溜息を吐いてみせた。
「やっぱり変わってるよ、君。あんなめんどくさいツガイが四六時中くっついてるのに不満はない、だなんて」
「え?」
って。
ゼノンのこと?
*****
「ああ、今はゼノンって名前だっけ。あいつ、構い過ぎで鬱陶しいだろうけど。数百年振りに再会したせいだから我慢してあげな?」
トキは笑っている。
数百年ぶり?
今は?
「あんたは、誰なんだ……?」
トキ、と名乗ったように聞こえたけど。
それは日本語だ。
……時。
こっちでは、もしかして。
「君は僕だよ。名前には、力が宿るからね」
ああ、そうだった。
思い出した。
俺は。
僕は。
今から999年前。
全能の神は新たな”世界”を作るべく、太陽、月、星、地、水、火、風、空気、天候、豊穣、重力、死、時間の神を生んだ。
太陽神は獅子、月神は狼、星神は熊、地神は竜の姿をして。
最後に生まれた時間神は子猫の姿だった。
猿に神の座を与えなかったのは、以前失敗したからだ。
他の動物に主導権を与えてみれば何か変わるかと考えたのだ。
十三神はそれぞれ自分らの姿に似た、77の動物神を作った。
植物は豊穣神が受け持った。
他の動物は、77の動物神が作ったものである。
十二の神々はそれぞれの役目を果たすべく、空や地上、この世界中へ散っていき、人々の暮らしを見守っていた。
しかし、時間神だけは残り。
人々の暮らしを見て、失敗する度に時間を巻き戻してはやり直させていた。
何度やり直しても争いをやめない人々に絶望した時間神は。
この世界に力を半分置き、流れる時間はそのままに。
他の世界に飛び出してしまったんだ。
*****
何もかもに疲弊した時間神は。
異世界で、自分と似た名前の人間に魂を宿し。
輪廻の中、眠りながら。
傷ついた精神と魂を休めていた。
一方、可愛がっていた時間神がいなくなってしまい、その寂しさに耐え切れなくなった月神は、自ら時間神を迎えに行こうと決めた。
自分が消えれば重力神とのバランスが狂い天変地異が起こる。
そのため、月は天空に残したまま。
元々の己の姿と同じ、狼神が守護する国の王子として生まれ変わった。
誕生の際、月がしばらくの間その姿を消したのは、力のほとんどを転生するために使ったせいだった。
狼族のヒトに生まれ変わった月神は、その能力や記憶のほとんどを失っていたが。
全能の神の行う”道逢の儀”によって、ようやく探していた時間神と出逢うことが出来た。
全能の神は、強引に連れてこられた時間神が寂しがらないように、同じ世界の、死ぬはずだった人間を何人か呼び寄せておいた。
しかし、時間のずれが起こり、数人は逢うことなく生を終えた。
予定では、同時期に全員集まるはずだった。
時間にかなりずれがあったのは、時間神が不在だったため、歪みが生じたからであった。
そしてツガイの儀式により、異世界の人間の中で深く眠っていた時間神は目を覚ました。
時を司る、時間神クロノス。
異世界の人間、黒野蘇芳。
ゼノンに名乗った時、最初、クロノスと聞き間違えられたのは、そう間違いでもなかったんだ。
時代ごとに自分に似た名前の者に呼び寄せられて、その中で魂を休めていたクロノスは。
今は、俺の中で眠っていたんだから。
”おまじない”は。
呪いなんかじゃなく、魔法でもなかった。
疲労とかが回復したのは、時間神の力で、そうなる前の状態に時間を戻しただけだけど。
それ以外の事は、神々が。
精霊たちみんなが、俺のお願いをきいて、叶えてくれたんだ。
俺は、クロノスは。
ずっと。
愛されて、見守られていたんだ。
足元は雲みたいで、ふわふわした感じだ。
でも、雲は水の粒子の集まったものだから、こんな風に立てる訳が無いんだけど。
「夢がないなあ。雲に乗ってみたいと思ったことはないのかい?」
くすくすと笑う、明るい声。
振り返ったら。
黒い猫耳に薄い、澄んだ青い目……俺と同じ目をした青年が、ふわふわ浮いている雲の上に腰掛けていた。
何だ、これは夢か。
変な夢だな。
「非ニュートン流体ならダイラタンシー効果で歩けるだろうけど、雲じゃ粘性が足りないよ」
実際やってみるとわかるけど、思ったのと違ってがっくりする。
「なんてこった、科学とは人類に夢を与える物じゃないのか? 君が願えば何だって叶うのに。……まあ、それくらいの方がいいのかもね」
青年は大袈裟に肩を竦めた。
夢があるからこそ、科学に心惹かれるんじゃないか。
実験とか、わくわくするだろ。
それに、ピーターパンを信じて窓から飛び降りるような無謀な夢なら見ない方がよくない?
*****
青年はぴょん、と飛んで。こっちの雲に飛び移って来た。
「僕は”トキ”。お揃いだね?」
自分の目を指差して、青年は笑った。
いや、あんたすんごい美形じゃないですか。
お揃いなのは黒猫だってことと、目の色だけだってば!
「とりあえず、礼を言うよ。君のお陰で、来年起こるはずだった戦争の未来は消えた。少なくとも、ここ数百年、大きな争いは起こらない」
「え?」
「君が野心溢れるレオニダスをメロメロにしたおかげさ。長年ヴォーレィオを落とそうと狙っていたセルジオスすら、もう手出ししようとは考えなくなった。ノーティオは元々薄かったけど、君の介入により、あえて対立する可能性はゼロになった」
くすくす笑っている。
メロメロって。
よくわかんないけど。
世の中が平和になるなら、良かったと思う。
「君は今、幸せ?」
小首を傾げたトキに訊かれる。
何だか小悪魔っぽいイメージのする男だ。
「え? まあ、おおむね幸せ……かな?」
依井を元の世界に返してやりたいな、と思う以外は。
今のところ、だいたい不満はない。
「はあ……、」
トキは、わざとらしいくらいに大きな溜息を吐いてみせた。
「やっぱり変わってるよ、君。あんなめんどくさいツガイが四六時中くっついてるのに不満はない、だなんて」
「え?」
って。
ゼノンのこと?
*****
「ああ、今はゼノンって名前だっけ。あいつ、構い過ぎで鬱陶しいだろうけど。数百年振りに再会したせいだから我慢してあげな?」
トキは笑っている。
数百年ぶり?
今は?
「あんたは、誰なんだ……?」
トキ、と名乗ったように聞こえたけど。
それは日本語だ。
……時。
こっちでは、もしかして。
「君は僕だよ。名前には、力が宿るからね」
ああ、そうだった。
思い出した。
俺は。
僕は。
今から999年前。
全能の神は新たな”世界”を作るべく、太陽、月、星、地、水、火、風、空気、天候、豊穣、重力、死、時間の神を生んだ。
太陽神は獅子、月神は狼、星神は熊、地神は竜の姿をして。
最後に生まれた時間神は子猫の姿だった。
猿に神の座を与えなかったのは、以前失敗したからだ。
他の動物に主導権を与えてみれば何か変わるかと考えたのだ。
十三神はそれぞれ自分らの姿に似た、77の動物神を作った。
植物は豊穣神が受け持った。
他の動物は、77の動物神が作ったものである。
十二の神々はそれぞれの役目を果たすべく、空や地上、この世界中へ散っていき、人々の暮らしを見守っていた。
しかし、時間神だけは残り。
人々の暮らしを見て、失敗する度に時間を巻き戻してはやり直させていた。
何度やり直しても争いをやめない人々に絶望した時間神は。
この世界に力を半分置き、流れる時間はそのままに。
他の世界に飛び出してしまったんだ。
*****
何もかもに疲弊した時間神は。
異世界で、自分と似た名前の人間に魂を宿し。
輪廻の中、眠りながら。
傷ついた精神と魂を休めていた。
一方、可愛がっていた時間神がいなくなってしまい、その寂しさに耐え切れなくなった月神は、自ら時間神を迎えに行こうと決めた。
自分が消えれば重力神とのバランスが狂い天変地異が起こる。
そのため、月は天空に残したまま。
元々の己の姿と同じ、狼神が守護する国の王子として生まれ変わった。
誕生の際、月がしばらくの間その姿を消したのは、力のほとんどを転生するために使ったせいだった。
狼族のヒトに生まれ変わった月神は、その能力や記憶のほとんどを失っていたが。
全能の神の行う”道逢の儀”によって、ようやく探していた時間神と出逢うことが出来た。
全能の神は、強引に連れてこられた時間神が寂しがらないように、同じ世界の、死ぬはずだった人間を何人か呼び寄せておいた。
しかし、時間のずれが起こり、数人は逢うことなく生を終えた。
予定では、同時期に全員集まるはずだった。
時間にかなりずれがあったのは、時間神が不在だったため、歪みが生じたからであった。
そしてツガイの儀式により、異世界の人間の中で深く眠っていた時間神は目を覚ました。
時を司る、時間神クロノス。
異世界の人間、黒野蘇芳。
ゼノンに名乗った時、最初、クロノスと聞き間違えられたのは、そう間違いでもなかったんだ。
時代ごとに自分に似た名前の者に呼び寄せられて、その中で魂を休めていたクロノスは。
今は、俺の中で眠っていたんだから。
”おまじない”は。
呪いなんかじゃなく、魔法でもなかった。
疲労とかが回復したのは、時間神の力で、そうなる前の状態に時間を戻しただけだけど。
それ以外の事は、神々が。
精霊たちみんなが、俺のお願いをきいて、叶えてくれたんだ。
俺は、クロノスは。
ずっと。
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