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老害令嬢と私のことを呼ぶようですが

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「このクソダサ老害令嬢が。貴様と隣を歩くなんてこれ以上耐えられない」

 それはつまりどういう意味でしょう?

「貴様は今日で婚約破棄だ!」

 貴族が集まるパーティで、私の元婚約相手となったノイシュタイン第一王子から一方的にそう宣告された。

「ついでに貴族の地位も没収だ。少し読み書きと計算ができるだけの無能貴族が我が国に存在してること自体が不快だったのだ。今日から貴様はただの平民。このような場に足を踏み入れるでない。とっとと出ていくがいい」
「あらあら、お姉さまったら無様ねえ」

 王子の隣で、美しく着飾った女がクスクスと笑みをこぼしていた。
 その着飾った女──私の義妹を、王子が抱き寄せる。

「今日からはこのアーラデと婚約を結ぶこととする」

 私はそれを半ば呆然と見つめていた。
 あまりにも話がうまくいきすぎていたので。



 この国の第一王子、アインツヘルン=ノイシュタイン。

 戦えば国1番の騎士より強く、軍を指揮すれば歴代の軍師たちにも思い付かないような斬新な戦術で他国を圧倒する。
 その美貌は他国から姫様が視察に来るほどで、神の貴公子なんて言われることもあるほど。

 天から二物を与えられ育ったノイシュタイン様は、確かに神の貴公子と呼ぶにふさわしいのだろう。
 この国をたったの3年で世界の半分を支配する大国にまでのし上げたイケメン王子。
 それがアインツヘルン=ノイシュタイン様だった。

 そんな煌びやかな経歴を持つだけあって、私生活も派手なことで有名だった。
 着てる服は常に最先端の最高級品。
 いつでも大量の宝石を身につけ、腰に佩いた剣はそれ一本で庶民10年分の給金を超えるほど。

 そんな贅沢ができるのは、国の財政を全て自由にできる王子だからこそできること。
 それについていくなんて私には無理だ。

 私の家は古く格式こそ高いものの、華々しい経歴もなく、誇れるような財宝もない。
 我が家が最後に表彰されたのは何代も前。100年近くも前になるだろう。

 ドレスなんて一年前の流行遅れ。化粧だって最低限だ。
 先祖の威光を借りるだけの2流貴族。時代遅れの老害令嬢。
 いつからか私は陰でそう言われるようになっていた。

 派手好きでプライドの高いノイシュタイン様にとって、時代遅れの婚約者だなんて耐えられなかったのだろう。
 そこに私の義妹はうまく取り入ったようだ。
 もっとも、そんな噂を王子の耳に入れたのが誰なのか……まあ、考えるまでもないことでしょう。

 ノイシュタイン様の趣味についていくなんて、義理の妹は相当無理をしてるんだろうな。
 聞けばかなり借金してるとも聞くし。
 とはいえ、大国の王妃になれれば余裕で借金を返してさらに有り余る財を手に入れることになる。
 十分に元は取れる、という計算の元だろう。したたかなことだ。

 私はノイシュタイン様の前で跪き、笑顔で首を垂れた。

「婚約破棄ということですね。わかりました。今までありがとうございました」
「む……」

 あっさり受け入れたことが意外だったのか、ノイシュタイン様が少しだけ鼻白んだ。

「あらあら、お姉さま。潔く受け入れるのですね。もっと醜く足掻いてくれてもよかったのですけど」

 義理の妹が公衆の面前で堂々と私を侮辱してくる。
 公の場ではお淑やかにしなさいと何度も教えたのですが。
 マウントをとりたがる悪癖は治ってないようですね。
 必要以上に着飾った服装や装飾品も、彼女の性格をよく表してるといえるでしょう。

 もっとも、そこまで華美な服装が似合うのは、それに負けないくらい容姿が整ったノイシュタイン様だからこそ。
 義妹が身につけるには……

 まあいいでしょう。
 今の私にはもう関係のないことです。
 それではごきげんよう。
 お二人に幸せな未来が訪れることを祈っております。



 館に戻ると、早速引っ越しの準備を始めることにした。
 何せ今の私はもう貴族ではない。王宮区にある館からもすぐに追い出されてしまうだろう。

 今頃王宮では派手な婚約披露宴が行われているはず。
 豪華絢爛、他国からの使者も呼んで、それはもう豪勢に行われるはずだ。

 でも知っていますか。
 その財源はどこから出ているのかを。

 我が家は縁の下で国を支えてきた、財政を一手に担う家系。
 そりゃ表彰されることも、武勲を上げることもないでしょう。
 だってお金周りを管理するだけですから。

 それでも何代か前はその重要性をわかっていたため、文系の家系にして唯一の騎士勲章を賜ったのですが。
 ノイシュタイン様には、ただ文字書きができるだけの庶民と変わらない無能な貴族、のように映っていたみたいですね。
 おそらくは義妹あたりからそう吹き込まれたのでしょう。

 まあ、どうせもう国の財政は私の力でもどうにもできないところまで落ちているのですけどね。
 なのでそれとなく噂を流し、義妹に届くようにした。
 向こうから私を婚約破棄させるように。

 おかげで今の私はフリーの身。
 しかも大国家がもうすぐ財政破綻するという、今の世界で最も重要な情報を握っている。
 どこに行っても高待遇で迎え入れてもらえるでしょう。
 さて、どこにいくのが最もいいでしょうか。

「お嬢様。お手紙が届いております」

 メイドが1通の手紙を持ってきた。
 一見すると簡素な手紙だ。
 だけど見る目のある者が見ればわかる。それは王族同士の公式書簡で使われる超一級品の封筒。
 中を見ると、それは隣国の皇太子ヤンデルセン様からだった。

 氷の皇子とも言われるクールな切れ物として有名だ。
 内容は簡素で、一度お茶をしませんかというもの。人嫌いで有名な皇子らしい簡素な文だった。
 だけど、本当にお茶をするだけではないだろう。

 それにしてもこのタイミング。
 うちの内情を完璧に把握してるってことよね。
 案外この国は、私が思ってるよりも早く滅ぶのかも。

 ま、もう私には関係ないんだけど♪
 ではさっそく引っ越しの準備をしましょうか。

「その必要はない」

「え?」

 急な声に驚いて入り口を振り返る。
 そこには切れ長の目をこちらに向ける長身の殿方が立っていた。

「ま、まさか……ヤンデルセン様!? どうしてこちらに!?」

 慌ててその場にかしずく。
 ヤンデルセン様は私の目の前まで来ると、私の手を取って立ち上がらせた。

「決まっているだろう。貴女を迎えに来るためだ」
「い、いくら私の能力を買ってくれたのだとしても、隣国の皇太子がお忍びでくるなんて、外交問題になります」
「わかっている」
「最悪、捕まって処刑されることだって……」
「それもわかっている」
「ではなぜ……」
「貴女は忘れているようだが、私たちは10年前に一度会っている」
「10年前……あの、親善パーティーで……?」
「そうだ。あの日貴女の姿を一目見たときから決めていた。私の相手はこの人しかいないと」

 そう言って、取った私の手の指に、指輪を滑り込ませた。

「私と結婚してくれないか」





 それから3年後。
 世界の半分を掌握していた超大国アインツヘルンが滅んだ。
 放蕩が重なり国庫も底をついたため、まともに軍も維持できなくなっていたところを見事に突かれた。
 あれほど勇猛で知られた軍も全く抵抗できなかったという。
 それを行ったのはまだ年若い皇子と皇妃。

 のちに氷の剣王と賢姫と呼ばれるその2人は、仲睦まじい夫婦として知られ、長く国民からも愛されたという。
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