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私の好きな彼は私の友達が好き
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第一節:日常の始まり
校舎の廊下には朝の喧騒が広がっていた。学生たちの笑い声や足音が飛び交う中、私は教室の窓際に座りながら、そっと彼の姿を目で追っていた。
佐藤翔太。サッカー部のエースで、クラスでも男女問わず人気者の彼は、今日も笑顔を浮かべて友人たちと話している。私が彼を好きだと気づいたのは、いつからだっただろうか。思い出せないほど自然な感情だった。
「美咲、今日も翔太くん見てた?」
軽やかな声が耳に飛び込んできた。親友の中村遥が、私の席の隣に腰を下ろしながら笑っている。遥は小柄で可愛らしい顔立ちをしていて、どこにいても目を引く存在だった。
「べ、別に見てないよ。ただ…目に入っただけ。」
慌てて否定しながら、顔が熱くなるのを感じた。
遥は私の肩を小突きながら、「美咲ってほんと分かりやすいよね」と笑った。それに何も言い返せず、ただ視線を逸らすことしかできない。遥には絶対に言えない。私が翔太のことを好きだなんて。
その時だった。教室の後ろから翔太がこちらに向かって歩いてきた。彼が近づくたびに、心臓が高鳴る。
「中村、昨日のノート、ありがとな。助かったよ。」
彼は遥の机に軽く手をつきながら、柔らかい笑顔を見せた。遥は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔で答える。
「あ、全然いいよ。分かりにくいところあったら、また聞いてね。」
「マジか。助かるわ!」
彼らのやりとりを見ているだけで、胸の奥がチクリと痛む。遥に向けられた翔太の笑顔。それは、私に向けられる笑顔とは少し違う気がした。いや、きっと私がそう感じているだけだろう。翔太にとっては、誰にでも見せる普通の笑顔なのに。
放課後、私は教室を出てすぐに遥に呼び止められた。
「美咲、今日ちょっと寄り道しない? 駅前のカフェに新しいメニューが出たんだって。」
遥の誘いに頷く。彼女と過ごす時間は楽しいはずなのに、胸のどこかで引っかかる感情がある。翔太と話している彼女の姿を思い出すと、その感情はますます膨れ上がっていく。
カフェに到着すると、遥が楽しそうに新しいスイーツメニューを注文していた。その無邪気な姿に、私はふと微笑む。
「美咲、こっち見て。これ、インスタ映えするかな?」
遥はスマホを取り出して、メニュー表の写真を撮り始めた。私は曖昧に頷きながら、心の中で思う。遥はきっと、翔太のことなんて何とも思っていない。彼女にとっては、あくまでクラスメートの一人だろう。
しかし、そんな安心感は次の瞬間に打ち砕かれた。
「そういえばさ、翔太くんって、なんか優しいよね。昨日ノート返してもらったとき、すごく丁寧だったの。」
遥が楽しそうに言葉を続ける。その何気ない一言が、私の胸に刺さる。
「ああ、そうだね…。」
絞り出すように答えながら、私は視線をカップの中に落とした。
その夜、部屋に戻っても遥の言葉が頭から離れなかった。翔太が遥に向けた特別な笑顔。遥の何気ない言葉。どれも私の心を締め付ける。
枕元に置いたスマホの画面には、クラスメートたちが投稿した楽しそうな写真が並んでいる。その中に、翔太と遥が映る一枚があった。教室で撮った写真だろうか。翔太は相変わらずの笑顔で、遥は少し照れたような表情を浮かべている。
画面をスワイプして、写真を消す。それでも、脳裏に焼き付いたその笑顔は消えなかった。
> 私が好きな彼は、私の友達が好きなのだろうか――。
その疑問が頭に浮かんだ瞬間、私は枕に顔を埋め、ため息をついた。
第二節:心のざわめき
翌朝、教室に入ると、いつもと少し違った空気を感じた。教卓の前で何人かの生徒たちが集まって笑い声を上げている。その中心には、やっぱり翔太がいた。彼がいると、自然と場が賑やかになる。それは彼の持つ特別な魅力のせいだろう。
「中村、昨日はありがとうな。おかげで助かったよ。」
翔太が遥に笑いかけている声が、教室の喧騒の中でもはっきりと耳に入った。遥は少し照れたように笑い返す。そのやりとりを、私は自分の席からただ見つめることしかできなかった。
遥は私の親友だ。それは間違いない。だけど――。
> どうしてこんなにも、彼女が羨ましいのだろう。
私は自分の胸に湧き上がるこの感情を持て余していた。
昼休み、遥が私を屋上に誘ってきた。屋上は普段、先生たちの目が届きにくいせいか、クラスメートたちの溜まり場になっている。翔太もよくここにいると聞いていたが、今日は姿が見えなかった。
「美咲、どうしたの? 最近、なんだか元気ないよ。」
遥が心配そうに私を覗き込む。その瞳の中には嘘がない。遥はいつだって正直で、優しい。そんな彼女の優しさに触れるたび、私は自分の気持ちを言えない弱さに腹が立つ。
「大丈夫だよ。ただ、ちょっと眠いだけ。」
私は笑顔を作りながら答えた。
それでも遥は納得しないようで、「何かあったらちゃんと言ってね」と繰り返す。彼女の優しさが痛い。
放課後、帰り道で翔太とすれ違った。彼は部活帰りらしく、スポーツバッグを肩に掛けていた。
「早川、帰り?」
突然声をかけられ、私は立ち止まる。翔太がこんな風に自分から話しかけてくれるなんて、予想していなかった。心臓が跳ね上がるのを感じながら、私はぎこちなく頷いた。
「うん。翔太くんも、部活お疲れ様。」
翔太は少し照れたように笑いながら、「ありがとう」と返した。その笑顔があまりにも自然で、眩しい。私は何を話せばいいのか分からず、視線をそらしてしまう。
「そういえば、中村とは仲いいよな。すごく面倒見が良いし、いい子だよな。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がまた痛んだ。
「うん、そうだね。遥は本当に優しい子だよ。」
私は精一杯平静を装って答えた。でも心の中では、どうしても言えない言葉が渦巻いていた。
その夜、私は自分の部屋で考え込んでいた。遥が翔太のことをどう思っているのか、翔太が遥のことをどう思っているのか。そして、自分がこの状況で何をしたいのか。答えは一向に見つからなかった。
机の上には、遥と撮った写真が一枚置かれている。笑顔で肩を寄せ合う私たちは、間違いなく親友だった。でも、もし私がこの友情を壊すような行動を取ったらどうなるのだろう。
> 私が彼を好きな気持ちを、遥に知られる日は来るのだろうか。
その思いが、夜の静けさの中で際立っていった。
第三節:距離の縮まり
それから数日が経った。翔太と遥の間には、少しずつ変化が現れ始めていた。翔太が遥に話しかける機会が増え、遥もそれに応じるようになったのだ。二人の会話を聞いているだけで、胸が締め付けられる思いがする。
授業中、翔太が遥に何かを耳打ちしている場面を目撃した。その時、遥が恥ずかしそうに笑う姿が目に焼き付いた。教室中がその雰囲気に気づき始めているのかもしれない。
放課後、私は教室を早く出た。これ以上、二人を見ているのは耐えられなかったからだ。
帰り道、いつもの公園で一人ベンチに座っていた。周囲の木々が風に揺れる音だけが響く中、私はただ俯いていた。すると、足音が近づいてくるのが聞こえた。
「早川、ここにいたのか。」
顔を上げると、そこには翔太がいた。思わず驚いて声が出なかった。
「ちょっと話せるか?」
彼はそう言うと、私の隣に腰を下ろした。その距離が近すぎて、心臓が早鐘のように打ち始める。
「最近、元気ないみたいだけど、どうしたんだ?」
まっすぐな視線でそう尋ねられ、私は言葉に詰まった。
「そ、そんなことないよ。いつも通りだよ。」
なんとか言葉を絞り出す。
翔太は少し困ったように笑って、「そっか。けど、俺は早川が無理してる気がするんだけどな」と続けた。その言葉に、一瞬胸が温かくなるのを感じた。
> もしかしたら、彼は私のことを気にかけてくれているのかもしれない――。
そんな淡い期待が、私の中に小さな火を灯した。
第四節:嫉妬と苦悩
その日から、私は自分の中の感情が少しずつ形を変えていくのを感じていた。翔太の何気ない言葉や行動が、私を喜ばせると同時に、苦しめる。彼の笑顔を見れば幸せになるはずなのに、同時に心の中に影が差すのだ。
翌日、昼休みの教室で遥が嬉しそうに私に話しかけてきた。
「美咲、聞いて! 昨日、翔太くんが私を図書室まで送ってくれたの!」
その瞬間、胸の中で何かが音を立てて崩れ落ちたような気がした。私は笑顔を作りながら、「そっか、よかったね」と答えたが、内心では自分の気持ちを抑えるのに必死だった。
遥はそんな私の葛藤に気づくことなく、翔太との会話を楽しそうに話し続ける。私はただ頷くしかなかった。
> 遥は何も悪くない。彼女は私の親友だ。きっと、彼女も翔太くんの気持ちには気づいていないだけ。
> それなのに、どうして私はこんなに嫉妬してしまうのだろう?
遥の話す声が遠くに感じられ、私は自分が何をしているのか分からなくなった。
放課後、私は一人で校舎の裏庭に行った。ここは普段誰もいない場所で、私が一人になりたいときに訪れる場所だった。小さな桜の木が立っていて、春には薄いピンクの花が咲く。今はその葉が風に揺れていた。
私は桜の木にもたれかかり、深呼吸をした。周りに誰もいない空間で、自分の心を落ち着けようとする。
「美咲?」
不意に聞き慣れた声がして、驚いて振り返った。そこには遥が立っていた。
「どうしたの? 今日、何かあった?」
遥の優しい問いかけに、私は何も言えなくなった。嘘をつくことができないと分かっていたからだ。
「……遥、ごめん。ちょっと疲れてるだけ。」
絞り出すように言ったが、遥の目は鋭く私を見ていた。
「美咲、なんだか最近、変だよ。本当に何もないの?」
その言葉が胸に刺さる。私はその場で涙が溢れそうになるのを感じ、目をそらした。どうしても、遥にだけは知られたくなかった。私の嫉妬心や、隠している恋心を。
その夜、私はベッドに横になりながら、自分の感情をどうするべきなのか考えていた。翔太に気持ちを伝えるべきなのか、それともこのまま黙っているべきなのか。しかし、どんな選択をしても、遥との友情が壊れるかもしれないという恐怖が私を縛っていた。
私は自分のスマホを取り出し、翔太の連絡先を眺める。メッセージを送るべきか迷ったが、結局何もできないまま、スマホをベッドの上に置いた。
第五節:友情の揺らぎ
翌日、私はいつも通り学校に向かった。教室に入ると、遥と翔太が笑い合っているのが目に入った。その姿を見るだけで、また胸が痛む。
「おはよう、美咲!」
遥が私に気づいて笑顔で手を振る。その無邪気な笑顔が、私にはどうしても眩しすぎた。
私は自分の席に座り、鞄を机に置く。視線を上げると、翔太がこちらを見ていることに気づいた。彼は少しだけ手を挙げて挨拶をしてきた。その何気ない仕草に、また心がざわつく。
昼休み、遥が私を屋上に誘った。ここ最近、遥は何かを感じ取っているのか、私にやたらと気を使うようになっていた。
「ねえ、美咲。私たち、何かギクシャクしてない?」
屋上の片隅で、遥が真剣な表情でそう切り出してきた。
「そんなことないよ。」
私は慌てて否定したが、遥はじっと私の目を見つめている。
「美咲が何か悩んでるなら、ちゃんと言ってほしい。私、美咲の力になりたいんだ。」
その言葉に、私は胸が締め付けられるような思いだった。遥はいつだって、私のことを本気で心配してくれている。それなのに、私は彼女に何も言えない。翔太への気持ちを隠して、嘘をついている。
私は小さく息を吐き出し、曖昧に頷くだけだった。
第六節:衝突と秘密
その日の放課後、私は珍しく遥と言い合いになった。原因は些細なことだったが、根底には私自身の嫉妬や不安があったことを自覚していた。
「美咲、最近本当に変だよ。何か隠してない?」
遥が眉をひそめて問いかける。これ以上、彼女に心配をかけたくないという気持ちと、彼女に全てを打ち明けたいという気持ちがせめぎ合う。
「何もないよ。遥こそ、私に何を期待してるの?」
思わず冷たい声を出してしまった。遥が驚いた顔をするのを見て、すぐに後悔が押し寄せたが、もう遅い。
「……分かった。美咲がそう言うなら、もう聞かない。」
遥はそう言い残し、教室を出て行った。私の胸には重たい沈黙が残された。
帰り道、私は公園で足を止めた。ベンチに座って空を見上げると、夕焼けが色濃く空を染めていた。風が少し冷たく感じられる中で、私は自分の愚かさを噛みしめていた。
> 遥に本当のことを言えば、きっともっと簡単になる。だけど、それで友情が壊れたらどうするの?
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。
「早川?」
不意に声をかけられ、顔を上げると、翔太が立っていた。
「こんなところで何してるんだ? 大丈夫か?」
心配そうに覗き込む彼の瞳に、私は言葉を失った。
「……ちょっとね、考え事してただけ。」
できるだけ平静を装って答える。翔太は隣に座り、柔らかく笑った。
「俺もよくここに来るんだよ。部活で失敗したときとか、何か悩んでるときとかさ。」
彼がそう言いながら空を見上げる横顔が、いつもより近く感じられた。
> 翔太くんも悩むことがあるんだ――。
その一言が、なぜか私の心を少しだけ軽くしてくれた。
その夜、私は遥に謝るべきかどうか考えていた。友情を壊したくないという気持ちと、もうこれ以上自分を偽りたくないという気持ちが交差する。
スマホを手に取り、遥の名前をタップする。一度深呼吸をしてから、メッセージを打ち込んだ。
> 「遥、ごめんね。明日、話がしたい。」
送信ボタンを押した瞬間、胸が重たくなる。だが、このままではいられないと自分に言い聞かせた。
第七節:告白の代償
翌日、放課後の教室で私は遥と向き合った。空気はどこか重たく、誰もいない教室の静けさが私の緊張をさらに煽る。
「美咲、話って何?」
遥は柔らかい声で問いかける。その瞳には少しの不安と期待が混じっているように見えた。
私は息を整え、目を伏せながら言葉を紡いだ。
「……私、翔太くんのことが好きなの。」
その瞬間、時間が止まったように感じた。遥は目を見開き、驚いた表情を浮かべていた。私はその反応を見るのが怖くて、俯いたまま続きを話す。
「ずっと言えなかった。でも、翔太くんが遥のこと好きなんじゃないかって思って、それが辛くて……。」
言葉が途切れると、教室には静寂だけが残った。遥が何を思っているのか分からず、不安で押しつぶされそうになる。
「……美咲。」
遥がようやく口を開いた。その声には怒りも呆れもなく、ただ優しさが滲んでいた。
「私ね、翔太くんのこと好きじゃないよ。」
その言葉に、私は信じられない思いで顔を上げた。遥は微笑んでいた。
「翔太くんは確かにいい人だけど、私にとってはただのクラスメートだよ。それよりも、美咲がそんな風に悩んでたことが、私には辛い。」
その言葉を聞いた瞬間、私は涙が溢れて止まらなくなった。遥は何も責めず、ただ私をそっと抱きしめてくれた。
> 遥は私の親友だ。それは、これからも変わらない。
第八節:翔太の選択
遥に自分の気持ちを打ち明けた翌日、私は少しだけ気持ちが軽くなった。彼女の言葉に救われたからだ。それでも、翔太への想いは簡単に消えるわけではなかった。
放課後、私は意を決して翔太に話しかけることにした。遥に「自分の気持ちを隠さずに生きてほしい」と言われたことが、背中を押してくれたからだ。
「翔太くん、少し話せる?」
部活終わりの彼に声をかけると、翔太は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で頷いた。
「もちろん。どうした?」
夕陽が差し込む校庭で、私は彼と向き合った。緊張で手が震えそうになるが、それでも勇気を振り絞る。
「……私、ずっと翔太くんのことが好きでした。」
言葉を吐き出すと、世界が静まり返ったように感じた。翔太は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情に変わった。
「早川……ありがとう。」
彼の声は穏やかで、少しだけ切なさを含んでいた。そのトーンから、彼の答えがどうなるのかを直感的に理解した。
「俺ね、早川のこと、いつも気になる存在だと思ってたんだ。」
翔太は私をまっすぐに見つめながら続ける。
「でも、それが“好き”なのかどうか、自分でも分からないんだ。」
その言葉に、胸が締め付けられるような思いがした。それでも、彼が真剣に自分の気持ちを伝えようとしてくれているのが分かったから、私は頷いた。
「分かった。ありがとう、ちゃんと話してくれて。」
そう言いながら、私は微笑もうとした。
帰り道、一人で歩きながら、私は自分の気持ちが少しずつ整理されていくのを感じていた。翔太に気持ちを伝えたことで、胸の中に溜まっていた重たいものが消えていった気がする。
> 私の想いは届かなかった。それでも、私は彼を好きでいられたことに感謝している。
そう思ったとき、私は初めて自分を少しだけ好きになれた気がした。
第九節:私が好きな私
数日後、私は遥と再び屋上にいた。彼女は私の顔を見るなり、安心したように笑った。
「美咲、なんだか表情が柔らかくなったね。」
私は少し照れながら頷く。翔太に気持ちを伝えたことで、今までよりも遥に素直になれる気がしていた。
「遥、今までありがとうね。私、少しだけ強くなれた気がする。」
そう言うと、遥は驚いた表情を見せた後、笑顔で私の肩を叩いた。
「やっと言えたね。これからはもっと自分に自信を持ちなよ。」
遥のその言葉に、私は心の中から笑顔が溢れてくるのを感じた。
教室に戻ると、翔太が他のクラスメートたちと笑い合っているのが見えた。その笑顔を見ても、私はもう胸が痛くなることはなかった。
> 彼が誰を好きでも、私は私の道を歩いていける。
そう思えたのは、翔太や遥、そして自分自身と向き合えたからだ。
第十節:未来への一歩
季節は春を迎え、校庭の桜が満開を迎えていた。私は遥と一緒に桜の木の下を歩きながら、ふと立ち止まった。
「美咲、これからどうするの?」
遥が問いかけてきた。私は桜を見上げながら、少し考えた後に答える。
「もっと自分に正直になりたい。それに、今まで見えなかったことにも目を向けたいな。」
遥は満足そうに頷き、私の手を取った。
「それなら、私も一緒にいるよ。だって、私たち親友でしょ?」
その言葉に、私は力強く頷いた。翔太への想いは、きっとこれからも忘れることはないだろう。それでも、私はもう過去に縛られることはない。
目の前には未来が広がっている。そして、その未来にはきっと、また新しい出会いが待っているはずだ。
桜の花びらが風に舞う中、私は一歩を踏み出した。
校舎の廊下には朝の喧騒が広がっていた。学生たちの笑い声や足音が飛び交う中、私は教室の窓際に座りながら、そっと彼の姿を目で追っていた。
佐藤翔太。サッカー部のエースで、クラスでも男女問わず人気者の彼は、今日も笑顔を浮かべて友人たちと話している。私が彼を好きだと気づいたのは、いつからだっただろうか。思い出せないほど自然な感情だった。
「美咲、今日も翔太くん見てた?」
軽やかな声が耳に飛び込んできた。親友の中村遥が、私の席の隣に腰を下ろしながら笑っている。遥は小柄で可愛らしい顔立ちをしていて、どこにいても目を引く存在だった。
「べ、別に見てないよ。ただ…目に入っただけ。」
慌てて否定しながら、顔が熱くなるのを感じた。
遥は私の肩を小突きながら、「美咲ってほんと分かりやすいよね」と笑った。それに何も言い返せず、ただ視線を逸らすことしかできない。遥には絶対に言えない。私が翔太のことを好きだなんて。
その時だった。教室の後ろから翔太がこちらに向かって歩いてきた。彼が近づくたびに、心臓が高鳴る。
「中村、昨日のノート、ありがとな。助かったよ。」
彼は遥の机に軽く手をつきながら、柔らかい笑顔を見せた。遥は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔で答える。
「あ、全然いいよ。分かりにくいところあったら、また聞いてね。」
「マジか。助かるわ!」
彼らのやりとりを見ているだけで、胸の奥がチクリと痛む。遥に向けられた翔太の笑顔。それは、私に向けられる笑顔とは少し違う気がした。いや、きっと私がそう感じているだけだろう。翔太にとっては、誰にでも見せる普通の笑顔なのに。
放課後、私は教室を出てすぐに遥に呼び止められた。
「美咲、今日ちょっと寄り道しない? 駅前のカフェに新しいメニューが出たんだって。」
遥の誘いに頷く。彼女と過ごす時間は楽しいはずなのに、胸のどこかで引っかかる感情がある。翔太と話している彼女の姿を思い出すと、その感情はますます膨れ上がっていく。
カフェに到着すると、遥が楽しそうに新しいスイーツメニューを注文していた。その無邪気な姿に、私はふと微笑む。
「美咲、こっち見て。これ、インスタ映えするかな?」
遥はスマホを取り出して、メニュー表の写真を撮り始めた。私は曖昧に頷きながら、心の中で思う。遥はきっと、翔太のことなんて何とも思っていない。彼女にとっては、あくまでクラスメートの一人だろう。
しかし、そんな安心感は次の瞬間に打ち砕かれた。
「そういえばさ、翔太くんって、なんか優しいよね。昨日ノート返してもらったとき、すごく丁寧だったの。」
遥が楽しそうに言葉を続ける。その何気ない一言が、私の胸に刺さる。
「ああ、そうだね…。」
絞り出すように答えながら、私は視線をカップの中に落とした。
その夜、部屋に戻っても遥の言葉が頭から離れなかった。翔太が遥に向けた特別な笑顔。遥の何気ない言葉。どれも私の心を締め付ける。
枕元に置いたスマホの画面には、クラスメートたちが投稿した楽しそうな写真が並んでいる。その中に、翔太と遥が映る一枚があった。教室で撮った写真だろうか。翔太は相変わらずの笑顔で、遥は少し照れたような表情を浮かべている。
画面をスワイプして、写真を消す。それでも、脳裏に焼き付いたその笑顔は消えなかった。
> 私が好きな彼は、私の友達が好きなのだろうか――。
その疑問が頭に浮かんだ瞬間、私は枕に顔を埋め、ため息をついた。
第二節:心のざわめき
翌朝、教室に入ると、いつもと少し違った空気を感じた。教卓の前で何人かの生徒たちが集まって笑い声を上げている。その中心には、やっぱり翔太がいた。彼がいると、自然と場が賑やかになる。それは彼の持つ特別な魅力のせいだろう。
「中村、昨日はありがとうな。おかげで助かったよ。」
翔太が遥に笑いかけている声が、教室の喧騒の中でもはっきりと耳に入った。遥は少し照れたように笑い返す。そのやりとりを、私は自分の席からただ見つめることしかできなかった。
遥は私の親友だ。それは間違いない。だけど――。
> どうしてこんなにも、彼女が羨ましいのだろう。
私は自分の胸に湧き上がるこの感情を持て余していた。
昼休み、遥が私を屋上に誘ってきた。屋上は普段、先生たちの目が届きにくいせいか、クラスメートたちの溜まり場になっている。翔太もよくここにいると聞いていたが、今日は姿が見えなかった。
「美咲、どうしたの? 最近、なんだか元気ないよ。」
遥が心配そうに私を覗き込む。その瞳の中には嘘がない。遥はいつだって正直で、優しい。そんな彼女の優しさに触れるたび、私は自分の気持ちを言えない弱さに腹が立つ。
「大丈夫だよ。ただ、ちょっと眠いだけ。」
私は笑顔を作りながら答えた。
それでも遥は納得しないようで、「何かあったらちゃんと言ってね」と繰り返す。彼女の優しさが痛い。
放課後、帰り道で翔太とすれ違った。彼は部活帰りらしく、スポーツバッグを肩に掛けていた。
「早川、帰り?」
突然声をかけられ、私は立ち止まる。翔太がこんな風に自分から話しかけてくれるなんて、予想していなかった。心臓が跳ね上がるのを感じながら、私はぎこちなく頷いた。
「うん。翔太くんも、部活お疲れ様。」
翔太は少し照れたように笑いながら、「ありがとう」と返した。その笑顔があまりにも自然で、眩しい。私は何を話せばいいのか分からず、視線をそらしてしまう。
「そういえば、中村とは仲いいよな。すごく面倒見が良いし、いい子だよな。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がまた痛んだ。
「うん、そうだね。遥は本当に優しい子だよ。」
私は精一杯平静を装って答えた。でも心の中では、どうしても言えない言葉が渦巻いていた。
その夜、私は自分の部屋で考え込んでいた。遥が翔太のことをどう思っているのか、翔太が遥のことをどう思っているのか。そして、自分がこの状況で何をしたいのか。答えは一向に見つからなかった。
机の上には、遥と撮った写真が一枚置かれている。笑顔で肩を寄せ合う私たちは、間違いなく親友だった。でも、もし私がこの友情を壊すような行動を取ったらどうなるのだろう。
> 私が彼を好きな気持ちを、遥に知られる日は来るのだろうか。
その思いが、夜の静けさの中で際立っていった。
第三節:距離の縮まり
それから数日が経った。翔太と遥の間には、少しずつ変化が現れ始めていた。翔太が遥に話しかける機会が増え、遥もそれに応じるようになったのだ。二人の会話を聞いているだけで、胸が締め付けられる思いがする。
授業中、翔太が遥に何かを耳打ちしている場面を目撃した。その時、遥が恥ずかしそうに笑う姿が目に焼き付いた。教室中がその雰囲気に気づき始めているのかもしれない。
放課後、私は教室を早く出た。これ以上、二人を見ているのは耐えられなかったからだ。
帰り道、いつもの公園で一人ベンチに座っていた。周囲の木々が風に揺れる音だけが響く中、私はただ俯いていた。すると、足音が近づいてくるのが聞こえた。
「早川、ここにいたのか。」
顔を上げると、そこには翔太がいた。思わず驚いて声が出なかった。
「ちょっと話せるか?」
彼はそう言うと、私の隣に腰を下ろした。その距離が近すぎて、心臓が早鐘のように打ち始める。
「最近、元気ないみたいだけど、どうしたんだ?」
まっすぐな視線でそう尋ねられ、私は言葉に詰まった。
「そ、そんなことないよ。いつも通りだよ。」
なんとか言葉を絞り出す。
翔太は少し困ったように笑って、「そっか。けど、俺は早川が無理してる気がするんだけどな」と続けた。その言葉に、一瞬胸が温かくなるのを感じた。
> もしかしたら、彼は私のことを気にかけてくれているのかもしれない――。
そんな淡い期待が、私の中に小さな火を灯した。
第四節:嫉妬と苦悩
その日から、私は自分の中の感情が少しずつ形を変えていくのを感じていた。翔太の何気ない言葉や行動が、私を喜ばせると同時に、苦しめる。彼の笑顔を見れば幸せになるはずなのに、同時に心の中に影が差すのだ。
翌日、昼休みの教室で遥が嬉しそうに私に話しかけてきた。
「美咲、聞いて! 昨日、翔太くんが私を図書室まで送ってくれたの!」
その瞬間、胸の中で何かが音を立てて崩れ落ちたような気がした。私は笑顔を作りながら、「そっか、よかったね」と答えたが、内心では自分の気持ちを抑えるのに必死だった。
遥はそんな私の葛藤に気づくことなく、翔太との会話を楽しそうに話し続ける。私はただ頷くしかなかった。
> 遥は何も悪くない。彼女は私の親友だ。きっと、彼女も翔太くんの気持ちには気づいていないだけ。
> それなのに、どうして私はこんなに嫉妬してしまうのだろう?
遥の話す声が遠くに感じられ、私は自分が何をしているのか分からなくなった。
放課後、私は一人で校舎の裏庭に行った。ここは普段誰もいない場所で、私が一人になりたいときに訪れる場所だった。小さな桜の木が立っていて、春には薄いピンクの花が咲く。今はその葉が風に揺れていた。
私は桜の木にもたれかかり、深呼吸をした。周りに誰もいない空間で、自分の心を落ち着けようとする。
「美咲?」
不意に聞き慣れた声がして、驚いて振り返った。そこには遥が立っていた。
「どうしたの? 今日、何かあった?」
遥の優しい問いかけに、私は何も言えなくなった。嘘をつくことができないと分かっていたからだ。
「……遥、ごめん。ちょっと疲れてるだけ。」
絞り出すように言ったが、遥の目は鋭く私を見ていた。
「美咲、なんだか最近、変だよ。本当に何もないの?」
その言葉が胸に刺さる。私はその場で涙が溢れそうになるのを感じ、目をそらした。どうしても、遥にだけは知られたくなかった。私の嫉妬心や、隠している恋心を。
その夜、私はベッドに横になりながら、自分の感情をどうするべきなのか考えていた。翔太に気持ちを伝えるべきなのか、それともこのまま黙っているべきなのか。しかし、どんな選択をしても、遥との友情が壊れるかもしれないという恐怖が私を縛っていた。
私は自分のスマホを取り出し、翔太の連絡先を眺める。メッセージを送るべきか迷ったが、結局何もできないまま、スマホをベッドの上に置いた。
第五節:友情の揺らぎ
翌日、私はいつも通り学校に向かった。教室に入ると、遥と翔太が笑い合っているのが目に入った。その姿を見るだけで、また胸が痛む。
「おはよう、美咲!」
遥が私に気づいて笑顔で手を振る。その無邪気な笑顔が、私にはどうしても眩しすぎた。
私は自分の席に座り、鞄を机に置く。視線を上げると、翔太がこちらを見ていることに気づいた。彼は少しだけ手を挙げて挨拶をしてきた。その何気ない仕草に、また心がざわつく。
昼休み、遥が私を屋上に誘った。ここ最近、遥は何かを感じ取っているのか、私にやたらと気を使うようになっていた。
「ねえ、美咲。私たち、何かギクシャクしてない?」
屋上の片隅で、遥が真剣な表情でそう切り出してきた。
「そんなことないよ。」
私は慌てて否定したが、遥はじっと私の目を見つめている。
「美咲が何か悩んでるなら、ちゃんと言ってほしい。私、美咲の力になりたいんだ。」
その言葉に、私は胸が締め付けられるような思いだった。遥はいつだって、私のことを本気で心配してくれている。それなのに、私は彼女に何も言えない。翔太への気持ちを隠して、嘘をついている。
私は小さく息を吐き出し、曖昧に頷くだけだった。
第六節:衝突と秘密
その日の放課後、私は珍しく遥と言い合いになった。原因は些細なことだったが、根底には私自身の嫉妬や不安があったことを自覚していた。
「美咲、最近本当に変だよ。何か隠してない?」
遥が眉をひそめて問いかける。これ以上、彼女に心配をかけたくないという気持ちと、彼女に全てを打ち明けたいという気持ちがせめぎ合う。
「何もないよ。遥こそ、私に何を期待してるの?」
思わず冷たい声を出してしまった。遥が驚いた顔をするのを見て、すぐに後悔が押し寄せたが、もう遅い。
「……分かった。美咲がそう言うなら、もう聞かない。」
遥はそう言い残し、教室を出て行った。私の胸には重たい沈黙が残された。
帰り道、私は公園で足を止めた。ベンチに座って空を見上げると、夕焼けが色濃く空を染めていた。風が少し冷たく感じられる中で、私は自分の愚かさを噛みしめていた。
> 遥に本当のことを言えば、きっともっと簡単になる。だけど、それで友情が壊れたらどうするの?
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。
「早川?」
不意に声をかけられ、顔を上げると、翔太が立っていた。
「こんなところで何してるんだ? 大丈夫か?」
心配そうに覗き込む彼の瞳に、私は言葉を失った。
「……ちょっとね、考え事してただけ。」
できるだけ平静を装って答える。翔太は隣に座り、柔らかく笑った。
「俺もよくここに来るんだよ。部活で失敗したときとか、何か悩んでるときとかさ。」
彼がそう言いながら空を見上げる横顔が、いつもより近く感じられた。
> 翔太くんも悩むことがあるんだ――。
その一言が、なぜか私の心を少しだけ軽くしてくれた。
その夜、私は遥に謝るべきかどうか考えていた。友情を壊したくないという気持ちと、もうこれ以上自分を偽りたくないという気持ちが交差する。
スマホを手に取り、遥の名前をタップする。一度深呼吸をしてから、メッセージを打ち込んだ。
> 「遥、ごめんね。明日、話がしたい。」
送信ボタンを押した瞬間、胸が重たくなる。だが、このままではいられないと自分に言い聞かせた。
第七節:告白の代償
翌日、放課後の教室で私は遥と向き合った。空気はどこか重たく、誰もいない教室の静けさが私の緊張をさらに煽る。
「美咲、話って何?」
遥は柔らかい声で問いかける。その瞳には少しの不安と期待が混じっているように見えた。
私は息を整え、目を伏せながら言葉を紡いだ。
「……私、翔太くんのことが好きなの。」
その瞬間、時間が止まったように感じた。遥は目を見開き、驚いた表情を浮かべていた。私はその反応を見るのが怖くて、俯いたまま続きを話す。
「ずっと言えなかった。でも、翔太くんが遥のこと好きなんじゃないかって思って、それが辛くて……。」
言葉が途切れると、教室には静寂だけが残った。遥が何を思っているのか分からず、不安で押しつぶされそうになる。
「……美咲。」
遥がようやく口を開いた。その声には怒りも呆れもなく、ただ優しさが滲んでいた。
「私ね、翔太くんのこと好きじゃないよ。」
その言葉に、私は信じられない思いで顔を上げた。遥は微笑んでいた。
「翔太くんは確かにいい人だけど、私にとってはただのクラスメートだよ。それよりも、美咲がそんな風に悩んでたことが、私には辛い。」
その言葉を聞いた瞬間、私は涙が溢れて止まらなくなった。遥は何も責めず、ただ私をそっと抱きしめてくれた。
> 遥は私の親友だ。それは、これからも変わらない。
第八節:翔太の選択
遥に自分の気持ちを打ち明けた翌日、私は少しだけ気持ちが軽くなった。彼女の言葉に救われたからだ。それでも、翔太への想いは簡単に消えるわけではなかった。
放課後、私は意を決して翔太に話しかけることにした。遥に「自分の気持ちを隠さずに生きてほしい」と言われたことが、背中を押してくれたからだ。
「翔太くん、少し話せる?」
部活終わりの彼に声をかけると、翔太は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で頷いた。
「もちろん。どうした?」
夕陽が差し込む校庭で、私は彼と向き合った。緊張で手が震えそうになるが、それでも勇気を振り絞る。
「……私、ずっと翔太くんのことが好きでした。」
言葉を吐き出すと、世界が静まり返ったように感じた。翔太は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情に変わった。
「早川……ありがとう。」
彼の声は穏やかで、少しだけ切なさを含んでいた。そのトーンから、彼の答えがどうなるのかを直感的に理解した。
「俺ね、早川のこと、いつも気になる存在だと思ってたんだ。」
翔太は私をまっすぐに見つめながら続ける。
「でも、それが“好き”なのかどうか、自分でも分からないんだ。」
その言葉に、胸が締め付けられるような思いがした。それでも、彼が真剣に自分の気持ちを伝えようとしてくれているのが分かったから、私は頷いた。
「分かった。ありがとう、ちゃんと話してくれて。」
そう言いながら、私は微笑もうとした。
帰り道、一人で歩きながら、私は自分の気持ちが少しずつ整理されていくのを感じていた。翔太に気持ちを伝えたことで、胸の中に溜まっていた重たいものが消えていった気がする。
> 私の想いは届かなかった。それでも、私は彼を好きでいられたことに感謝している。
そう思ったとき、私は初めて自分を少しだけ好きになれた気がした。
第九節:私が好きな私
数日後、私は遥と再び屋上にいた。彼女は私の顔を見るなり、安心したように笑った。
「美咲、なんだか表情が柔らかくなったね。」
私は少し照れながら頷く。翔太に気持ちを伝えたことで、今までよりも遥に素直になれる気がしていた。
「遥、今までありがとうね。私、少しだけ強くなれた気がする。」
そう言うと、遥は驚いた表情を見せた後、笑顔で私の肩を叩いた。
「やっと言えたね。これからはもっと自分に自信を持ちなよ。」
遥のその言葉に、私は心の中から笑顔が溢れてくるのを感じた。
教室に戻ると、翔太が他のクラスメートたちと笑い合っているのが見えた。その笑顔を見ても、私はもう胸が痛くなることはなかった。
> 彼が誰を好きでも、私は私の道を歩いていける。
そう思えたのは、翔太や遥、そして自分自身と向き合えたからだ。
第十節:未来への一歩
季節は春を迎え、校庭の桜が満開を迎えていた。私は遥と一緒に桜の木の下を歩きながら、ふと立ち止まった。
「美咲、これからどうするの?」
遥が問いかけてきた。私は桜を見上げながら、少し考えた後に答える。
「もっと自分に正直になりたい。それに、今まで見えなかったことにも目を向けたいな。」
遥は満足そうに頷き、私の手を取った。
「それなら、私も一緒にいるよ。だって、私たち親友でしょ?」
その言葉に、私は力強く頷いた。翔太への想いは、きっとこれからも忘れることはないだろう。それでも、私はもう過去に縛られることはない。
目の前には未来が広がっている。そして、その未来にはきっと、また新しい出会いが待っているはずだ。
桜の花びらが風に舞う中、私は一歩を踏み出した。
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