9 / 19
#8 見切りどき
しおりを挟むすっかり客足のひいた店内にもどったおれは、椅子を手繰り寄せ、背もたれを前にしてどっかとまたがった。
黙々とグラスを拭いている亭主をキッとにらみつける。
「あんたがおれを用心棒に雇った理由がやっとわかったぜ」
亭主は目をあげ、いたずらがみつかった子供のような視線をくれるとニヤリと笑った。
「おれとドンを嚙み合わせるつもりだな」
「おまえさん、ライアン・クロウという賞金稼ぎだろ?」
ラモン亭主の目が底光りしている。
「噂に聞いたことがある。ドンを逮捕したそうじゃないか」
「逮捕したのは連邦保安官だ。おれはヤツに鉛玉をぶち込んだだけだ」
「同じことだよ。ドンは帰ってくる。手を貸してもらいたい」
新婚旅行に旅立ったこの町の保安官は帰ってこないだろう。いや、帰ってこないというよりは、彼は逃げたのだ。
連邦保安官事務所から派遣されてくる予定の代理保安官もおそらくこない。法執行官である保安官すら恐れさせる男、それがドン・フォーゲルなのだ。
「この〈クラウン亭〉という酒場は親父の代からの飲み屋でね。ドンたち無法者のたまり場だった。みかじめの取り立ても厳しくて、親父はドンに殺されたようなものだ」
ラモン・クラウンは突然、昔話を語りはじめた。
「ヤツは”王国”を築くため、この町を出ていった。正直ほっとしたよ。ドンがいなくなってランズロウは平穏と秩序を取りもどした。もう、昔にもどってほしくないんだ」
ドン・フォーゲルには独特のカリスマ性があり、南西部各地の無法者たちを束ね、独自のネットワークを築いていた。そのネットワークによる情報で銀行や列車を襲い、ときには軍から武器弾薬、商人からは鉱山の採掘権などを強奪略奪して財を蓄えた。
彼は巨大な富を一か所に集めることなく分散させた。それが”王国”と呼ばれるもので、南西部の物流の主要地点に複数あり、いわばドン・フォーゲルは大陸南西部の裏の支配者といっていい。
だが……
ドンは失墜した。逮捕収監され、懲役についた彼の各地の富は全部、時の政府によって没収され仲間も手下も散り散りになった。”王国”は崩壊したのだ。
そのドンが帰ってくる。一度の挫折であきらめるような男ではない。このランズロウを足場に再起をはかるに違いない。
「やれやれ……」
と、おれは首を振った。
「手を貸してくれたら、金貨を20枚やる。それでどうだ?」
亭主がカウンターから身を乗り出してきた。
「おれも手を貸すよ!」
厨房からダンが飛びだしてきた。目がらんらんと輝いている。
「おまえじゃダメだ。おれはこの賞金稼ぎの旦那に頼んでいる」
亭主がにべもなく却下する。
「ライアン、おれに拳銃の撃ち方を教えてくれ。おれだって、この町の役に立ちたい!」
ダンがおれに視線を向けた。すがりつくような視線だ。
おれはいった。
「ガンマンという稼業をつづけたもので40まで生きたものはいない。たいてい30半ばで墓場にゆく。おれもそろそろ、そういうお年頃だ。齢とともに反射神経は鈍る。相手より早く抜けなくなったときが見切りどきなのさ」
「その見切りどきがきたというのか?」
亭主がカウンターから出てきて、おれの正面に立った。
「あんたはまだ早い。モランドの銃を制したじゃないか」
「あんな酔っ払いの馬鹿など敵じゃない。この南西部ではおれより早いヤツなどごろごろいる。おれがいままで生き延びてきたのは運がよかったからだ」
おれはそういうと腰をあげた。
出ていこうとするおれの背中に亭主がいった。
「ドン・フォーゲルは明日の午後、州境の駅に着くそうだ。手下が三人、すでに迎えに向かっているそうだ」
酒場の亭主だけに情報が早い。
おれは無言でスイングドアを押し開け出ていった。
#9につづく
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる