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01 カノジョ
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片桐大地は、戸惑いを覚えた。
目に涙をいっぱい浮かべた銀髪の少女が、片桐を見るなり無我夢中で飛びついてきたからだ。腹部のあたりに大きくて柔らかいものが押しつけられ、鎖骨付近をその小さな鼻先でくすぐられる。思わず転倒しそうになるのを、片桐はすんでのところで踏みとどまった。
「ずっと……ずっと、探してたんだからな」
言葉の意味を片桐が問い返す暇もなく、少女はこちらの頭を抱き寄せると伸びあがるような体勢で貪欲に片桐の唇を奪った。一瞬、息をするのを忘れそうになる。生暖かい匂いと痺れるような感触が、粘膜から粘膜を伝って口の中へと侵入してくる。片桐の背筋を、ゾクリとした感覚が貫いた。
少女の背中に無意識に手を回してしまいそうになり、片桐は気付いて咄嗟に身を離した。
「君は、一体誰なんだ」
「サヤカ……って言えば、分かるかな」
己の両肩を抱いた片桐の手に手を重ね、少女は潤んだブルーの瞳をキラキラさせながら破顔一笑した。今にも吸い込まれそうな美しさだった。
「お前に逢いたくて、逢いたくて、仕方がなかった」
「僕に、逢いたかった……?」
「……まあ、いいよ。分からなければそれでもさ」
きらめく銀髪の少女・サヤカは頬を伝う宝石のような輝きを拭い去ると、改めて力強く片桐の両手を握りしめて言った。
「さあ、早く行こうぜ。こんなところに、いつまでも居たって仕方ないだろ?」
見上げると、そこは屋根の高さが十メートル近くもあるドーム状の構造物の中だった。至るところに褐色と白の縞模様が浮き出ている。確か縞瑪瑙とかいう石英鉱物の一種だ。ドームの円周部には、高さ二メートル半はあるアーチ状の出入口が至るところに設置されていた。
そこはある種のエントランスホールになっていたのだ。
「ここは何処なんだ?」
片桐はようやくそれを訊ねることが出来た。
「気付いたらここに立ってたんだけど、どうやって来たのか全然覚えてないんだ。駅みたいに見えるし、鉄道か何かを使ったんだっけ」
「ここは、ドリームランド」
サヤカが微かに笑むようにして言った。
「人類の集合意識の、そのまた奥にある幻夢が生んだ世界。ここでは倫理も法律も無意味だ。あるのは、訪れた人間の欲望に願望……ただそれだけ。そういうものが具現化した世界だ」
「僕は、そこに迷い込んだってこと?」
「そうさ。でもそのお陰で、俺とお前は逢うことが出来た……怖いか?」
「そんなには」
片桐はサヤカを見つめ返しながら言った。
サヤカには普通の人間にないものがあった。端的に言えば、頭頂から覗いたふたつの猫耳に背面でピンと立つひとつの尻尾。サヤカは、いわゆる獣人だった。全体のシルエットこそ人間だが、要所要所にはネコ科動物の要素が混ざり合っている。
握った手にも先程からプニプニとした感触を覚えていた。きっと肉球のようなものがあるのだろう。赤ん坊の無垢な手に触れているようで気持ちが良かった。
「行こうぜ」
促す様に、サヤカは言った。答えを聞くより先にサヤカは片桐の手を引いて、無数に並んだゲートのひとつを目指す様に歩き始める。
「折角逢えたんだ……ふたりっきりで、誰にも邪魔されない場所の方がいいと思わないか?」
「……そうだね」
片桐は、自身よりもずっと小柄なサヤカの為すがままになっていた。サヤカは、身体面では女らしい特徴を余すことなく備えているのに、精神面では片桐などより余程積極的で、自信に満ち溢れていて男らしかった。
理想的要素の塊みたいなカノジョに先導されるうちに、片桐は嗚呼、とひとつの事実にようやく思い至ることが出来た。
これは片桐自身の、夢の中の出来事なのだ。
目に涙をいっぱい浮かべた銀髪の少女が、片桐を見るなり無我夢中で飛びついてきたからだ。腹部のあたりに大きくて柔らかいものが押しつけられ、鎖骨付近をその小さな鼻先でくすぐられる。思わず転倒しそうになるのを、片桐はすんでのところで踏みとどまった。
「ずっと……ずっと、探してたんだからな」
言葉の意味を片桐が問い返す暇もなく、少女はこちらの頭を抱き寄せると伸びあがるような体勢で貪欲に片桐の唇を奪った。一瞬、息をするのを忘れそうになる。生暖かい匂いと痺れるような感触が、粘膜から粘膜を伝って口の中へと侵入してくる。片桐の背筋を、ゾクリとした感覚が貫いた。
少女の背中に無意識に手を回してしまいそうになり、片桐は気付いて咄嗟に身を離した。
「君は、一体誰なんだ」
「サヤカ……って言えば、分かるかな」
己の両肩を抱いた片桐の手に手を重ね、少女は潤んだブルーの瞳をキラキラさせながら破顔一笑した。今にも吸い込まれそうな美しさだった。
「お前に逢いたくて、逢いたくて、仕方がなかった」
「僕に、逢いたかった……?」
「……まあ、いいよ。分からなければそれでもさ」
きらめく銀髪の少女・サヤカは頬を伝う宝石のような輝きを拭い去ると、改めて力強く片桐の両手を握りしめて言った。
「さあ、早く行こうぜ。こんなところに、いつまでも居たって仕方ないだろ?」
見上げると、そこは屋根の高さが十メートル近くもあるドーム状の構造物の中だった。至るところに褐色と白の縞模様が浮き出ている。確か縞瑪瑙とかいう石英鉱物の一種だ。ドームの円周部には、高さ二メートル半はあるアーチ状の出入口が至るところに設置されていた。
そこはある種のエントランスホールになっていたのだ。
「ここは何処なんだ?」
片桐はようやくそれを訊ねることが出来た。
「気付いたらここに立ってたんだけど、どうやって来たのか全然覚えてないんだ。駅みたいに見えるし、鉄道か何かを使ったんだっけ」
「ここは、ドリームランド」
サヤカが微かに笑むようにして言った。
「人類の集合意識の、そのまた奥にある幻夢が生んだ世界。ここでは倫理も法律も無意味だ。あるのは、訪れた人間の欲望に願望……ただそれだけ。そういうものが具現化した世界だ」
「僕は、そこに迷い込んだってこと?」
「そうさ。でもそのお陰で、俺とお前は逢うことが出来た……怖いか?」
「そんなには」
片桐はサヤカを見つめ返しながら言った。
サヤカには普通の人間にないものがあった。端的に言えば、頭頂から覗いたふたつの猫耳に背面でピンと立つひとつの尻尾。サヤカは、いわゆる獣人だった。全体のシルエットこそ人間だが、要所要所にはネコ科動物の要素が混ざり合っている。
握った手にも先程からプニプニとした感触を覚えていた。きっと肉球のようなものがあるのだろう。赤ん坊の無垢な手に触れているようで気持ちが良かった。
「行こうぜ」
促す様に、サヤカは言った。答えを聞くより先にサヤカは片桐の手を引いて、無数に並んだゲートのひとつを目指す様に歩き始める。
「折角逢えたんだ……ふたりっきりで、誰にも邪魔されない場所の方がいいと思わないか?」
「……そうだね」
片桐は、自身よりもずっと小柄なサヤカの為すがままになっていた。サヤカは、身体面では女らしい特徴を余すことなく備えているのに、精神面では片桐などより余程積極的で、自信に満ち溢れていて男らしかった。
理想的要素の塊みたいなカノジョに先導されるうちに、片桐は嗚呼、とひとつの事実にようやく思い至ることが出来た。
これは片桐自身の、夢の中の出来事なのだ。
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