君をいつまでも

華南

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中編

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その後、郁は須藤と付き合うようになった。

郁が告白して付き合いがスタート。
胸が焼けつくように痛い。

判っていた筈だった。
郁が告白しなくても、須藤が行動を起こして郁に告白すると。
須藤の目を見て直ぐに解った。

須藤も郁に惹かれている事を。
惹かれる二人の心を誰にも止める事など出来ない。

二人の想いに枷を着ける事も出来ない……。

「郁……」

今、もし俺が告白したら君はどんな反応を示すのだろうか?

一瞬浮かんだ言葉に、苦笑を漏らす。
言っても困らすだけだ。
仲の良い幼馴染みで通ってた関係が一瞬に消え去るだけ。
二度と今みたいに気安く会話など出来ない。

過去に見せなかった笑顔を側で見る事も出来ない。
君は何時も泣いていた。
哀しみの涙を流していた。
俺に心からの笑顔を見せる事なく、君は生涯を終えた……。


***


「貴方には、私の妻として子を産んで欲しい……」

俺の言葉に、今までに無い感情が君の眼に宿っているのを直ぐに察した。
驚愕と憤りと憎しみを宿した瞳。
愛する男の命を奪った敵国の男の妻と言う言葉は、最大の屈辱としか言えなかった。

握り締める手が震えている。

戦が終わり捕虜としてこの国へ連れられ、そのまま俺の元に引き渡された。
彼女に再会した時、余りの変貌に言葉が出なかった。

あの、可憐で柔らかい笑みを浮かべていた彼女とは思えぬ程、表情も姿も変わっていた。
愛するものを目の前で奪われた悲劇が彼女の生きる全てを失わせた。
命を果てる事が望みだとしても赦される立場ではなかった。

俺がそうさせた。
彼女を手に入れる為に。
俺の城に彼女だけではなく、生き残った彼女の親族を人質として捕獲した。
彼女が自決しない為の枷として。

「わ、私に貴方の子を産めと申されるの……!」

彼女の言葉に俺は言葉を紡がず、彼女との距離を縮めていく。
顔を青ざめながら後退り俺から離れようとするが、即座に腕を掴み抱き締める。

抵抗する彼女の唇を強引に奪い、そのまま押し倒した……。

薄暗い灯火の中で露になった彼女の痩せた身体が胸に鈍い痛みとして突き刺す。
元々、線の細いたおやかな女性だった。
大輪の薔薇ではなく、可憐な白い花。
それが俺の彼女に対しての感想だった。
側に居たら心癒される存在。
柔らかい笑みを俺だけに注いで欲しい。

そう願った存在が今、俺の腕の中にいる。
耳元で囁く。

「もう、貴女は俺から逃れる事が出来ない」

そう伝えて深く繋がった。
涙を溢れさせながら俺を拒んでいたが、身体は段々と俺に馴染んでいく。
心とは裏腹に甘い吐息を溢す彼女に自然と口角が上がる。

今まで、あの男は何度彼女と繋がった?
彼女の甘い吐息を感じた?
既に居ない存在に暗い嫉妬が心の中に蔓延る。

心を開かせる事など生涯無いだろう。
だが、血の繋がりを彼女に与える事は出来る。

彼女の身体に、快楽を塗り替えるほど何度も求めた。
程なく彼女は懐妊した。

その事に気付いた時、彼女は夢の世界へと己を導いた。

彼女の瞳には誰が映っていたのだろうか?
あの笑みは亡くなった存在への微笑みだったのだろうか?

最後に見せた涙は現との狭間で一瞬取り戻した現実での哀しみであったのだろうか。

君が亡くなった時、君は私の恋情を奪った。
激しい後悔と君への愛。

もし、俺が先に君と出会ったら君は俺を愛してくれたのだろうか……?

それが楔となり俺は生まれ変わる度に君を求め、心を奪われる。

君が欲しい。
この感情が過去に抱いた記憶の残像とか、解らない。

ただ君が欲しいんだ……。

いつの間にか俺は涙を流していた。

「れ、蓮?
どうかしたの?」

側に郁が居たことに気付いていなかった俺は、直ぐ様滲む涙を拭う。
須藤と付き合うようになっても、郁は俺に変わらず色々な事を話してくる。

もう、正直限界だった。

過去の記憶に囚われて君を求める激しい恋情に。
既に執着とも言える君への渇望に。

「郁……。
もう、俺に付きまとわないでくれ」

一瞬、自分でも驚く言葉が出た。
自分が郁に執着して纏わり付いていたのではないか?

「え?」

郁が大きく目を見開いて俺を見る。
まるで信じられない言葉の羅列を聴いている、そんな表情。

「れん……」

だから俺は最後に俺の想いをカタチとして残した……。

甘い薫りが一瞬にして身体中に染み込んでくる。
柔らかくて甘い、郁の唇。
味わうように唇を奪った。

もがこうとする唇を奪い舌を絡める。
信じられない俺の行動に郁は眼に涙を浮かべる。

初めて俺が異性だと思ったんだろう。
抱き締める腕の中で身体を震えさせる。
君のこんな姿を見るのも最初で最後。

どれだけの時間が経ったのだろうか……?

唇を離した時、君の顔を直視できなかった。

最も信じていた幼馴染みが「男」だった。

それが俺達の関係。

これから先、ずっと続く……。

「ゴメン、郁……」

優しい幼馴染みで居られなくて。
過去の恋情と今の恋情を抑える事が出来なくて。

君があの男と幸せになる姿を見たくないんだ……。

「もう、関わらない」

バカで憐れで、そして今でも君に心を囚われている。
君の心を、信頼を踏みにじったのに俺の心に残ったのは……。

君に触れることの出来た暗い欲望であった。
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