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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-44.J.B.(25)Around The Ghetto(スラム街巡り)

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「よう、売れ行きはどうだい?」
 昼間っから飲んだくれてるロクデナシ共を後目に、カウンターのマランダに声をかける。
「好調ね。あれから貴族街や王国軍の客も増えたし、新しいサービス担当も増やさないと」
 口の端でにんまりと笑う。
 
「また近いうちに仕入れに行けるかもしれねーんだが、樽は要りそうか?」
 マランダの『牛追い酒場』には、濁り酒と一年目の蒸留酒を樽単位で卸してる。
 貴族街の店に卸すやつよりは低ランクで安い。
「今はまだいい。来月辺りに仕入れられるならお願いすると思うけど」
 それでもボーマ城塞の蒸留酒は旧商業地区で飲める酒の中では最高級品だし、当然それを飲めるだけの金を持つ客もそう多くない。
 ある意味客寄せの意味合いが強いので、バカ売れで在庫が即足りねえ……なーんてことにはそうそうならねえ。
 ま、濁り酒の方は価格帯としてもさらに安くて売れる方だけどな。
 
「それと……今月分ね」
 じゃらりと音のする小袋に、金貨が24枚。手渡されたそれは、例の元用心棒兼取り立て屋のカストが、マランダから持ち逃げした金を取り返して来た分の俺への取り分。ただ総額金貨300枚の4割120枚を一気に全部もらうのもかさばるので、分割で受け取ることに決めた。
「ホント、あんたって変わってるわよね。
 たいていの奴はさっさと全額寄越せって言うのに」
「緊急で入り用になりゃそうするさ。
 今はマランダに預けておくだけだよ」
 
 銀行もクレジットカードも無いこの世界では、個人の金はあくまで個人で管理しなきゃならない。
 しかし今の所シャーイダールのアジトにある俺の部屋にコッソリ隠し続けるには、120枚ってのはかさばりすぎる。
 一応俺なりに工夫して分散した秘密の隠し場所なんてのもあるにはあるが、誰かに見つかって盗まれる危険性は常にあるわけで、それならマランダに預かっててもらう方がまだ安全だ。
 マランダは善人でも誠実でも無いし、関係性を度外視して信頼できるかというとそンなことは全く無い。
 けれども今後の取引のこともあるから「たかが」金貨120枚をちょろまかすこともまず無いだろう。そういう意味では信頼出来る。
 
 まあウチだとブルを窓口として預かって貰うと言うやり方もあるし、その方がより確実安全。
 そっちの貯金もそれなりに溜まってはいるんだが、余所で個人的に稼いだ金に関してはそこに入れないことにしてる。
 ま、そんなに深い意味のない俺なりのルールだ。
 
「それと……まあこないだも話したが、情報の件も頼むぜ」
「ええ、分かってる。今そっちに潰れられたらアタシも困るからね」
 
 詳細は伏せているが、「どうもウチを狙ってる奴らが居るっぽい」ということで、マランダにも様々なルートでの情報収集を頼んではいる。
 マランダは特に今、新しい客層も増え始めている分情報は集まりやすい。
 それにヤシ酒の取引もあるから、俺達に損害を与えるような相手は見過ごせない。
 利害の一致という点で、かなり信頼出来る情報源だ。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 ドワーフ遺物の魔法武器取引をしているヴァンノーニファミリーの『銀の輝き』にも寄る。
 が、今回は中には入らず番兵連中の一番の下っ端で、たいてい扉の前で門番をしているシモンとだべるだけだ。
 シモンは俺が日雇いで雇われてたときと同じ頃に雇われ始めた同世代の南方人ラハイシュで、それなりに気安い仲。
 年は俺より上なんだが、妙に人懐っこいタイプで、最初から気兼ねなく付き合えた。
 
 ヴァンノーニファミリーは武器取引の最重要顧客として利害関係も強いが、下手にこちらの弱味を晒すとつけ込まれそうなところがある。
 だから「狙われてるらしい」という事は伏せた上で、あくまでも与太話の流れでシモンからネタを聞き出したいところ。
 勿論、『牛追い酒場』で調達したヤシ酒も忘れずに、だ。
 
「よう、『牛追い酒場』の新しい酒だぜ」
「え? 何だよ仕事中だぞ?」
「いや、終わってから飲めよ」
「手元にこんなの置いとかれたら飲みたくなんだろ!」
「悪い。じゃあ持って帰るわ」
「待て待て待て待てい! いらないとは言ってないィ!」
 
 店の建物の壁に寄りかかるようにして近くに立ち、
「なあ、何か面白ェ話とかねーか?」
「あったらこんなとこで立ちっぱしてねーわ」
「腐ってんなー。どうしたよ?」
 
 そう聞くとちらちら周りを見回し声を潜めつつ、
「なんつーかさ。最近ピリピリしてやんのよ。ファミリーがよ」
「グレタとジャンルカが、か?」
「名前出すなよ! どこで聞かれてッか分ッかンねーだろ!?」
「お前だよ、ピリピリしてんのは。
 で、トラブルか?」
「知らねーよ、俺は殆ど朝からずっと門の前だからな。店の中で斬り合いが始まっても分かりゃしねーし」
 いやいや、それは分かるだろ流石に。ていうか分かれ。
 
 ヴァンノーニファミリーは強引かつあくどいやり口でも知られていて、正直敵も多い。
 王国領土内での禁制品取引や、同業他社への悪質な妨害行為も噂されている。
 それでもうまいことやってこれてるのは、多くの魔法武器や魔導具を所有していて武力に長け、また王国軍とも取引があることや、本家が辺境伯の庇護下にある事など、色々と政治的な背景からだ。
 ま、分かり易い程の“悪徳商人”っぷりだが、その分利益に貪欲。そのツボさえ間違えなきゃそうそう敵対はしない。
 現時点での容疑者ランクは低いが……逆に「ヴァンノーニファミリーの敵」が、重要な取引相手である俺達を潰し、ヴァンノーニへの妨害工作をしようと企んだ……というのも考えられなくもない。
 ヴァンノーニの内部で何か問題が起きてるとしたら、それを知っておく方が良いかとも思うが……さてどうするか。
 
「分からねーのか? 何があるのかよ」
「俺なんかに教えてくれるわけねーだろ?
 知らねーウチにヤバい事になってたりしたら嫌だから、俺だって知りてーんだけどよ。
 あーあ。あンときおめーも一緒に入って来てくれりゃあ、下っ端も俺とおまえの二人になって、今よりは気楽だったんだろーけどなー」
 どうも結構なストレスが溜まってるらしい。こりゃ長く居ても愚痴が増えるばっかだな。

「じゃあもう一本くれてやるよ」
 肩掛け鞄に入れてあるボーマ城塞のヤシ酒をさらに一瓶追加で渡すと、
「お、おう。ま、ありがてーンだけどよ。一人でこんなに飲めねえぞ?」
「バーカ、何で一人で飲むんだよ。
 仕事あがってから、他の連中を飲みに誘うんだよ。
『先輩、仕事を教えて下さい』とか『いつも尊敬してます』とかなんとかテキトー言ってな。
 んで、アホみてーに誉めまくってやりゃあ、口も軽くなるし、おめーへの当たりも良くなんだろ?」
 
 あー、成る程、なーんつってるシモンに別れを告げ、次の場所へ。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 旧商業地区南地区の門近くに店を構えている『ミッチとマキシモの何でも揃う店』は、武器以外のドワーフ合金遺物の取引先の一つで、読んでのごとく雑貨屋だ。
 手先が器用なミッチと、偉丈夫で気の良い大男のマキシモの共同経営で、武器防具から生活雑貨に、探索に必要な諸々の備品も揃えているため、ヴァンノーニファミリーと王国駐屯軍の次に大きな取引相手でもある。
 彼らとは少なくとも利害の対立は無いが、かと言って特別親密という程でもない。
 
 逆に彼らがシャーイダールへの襲撃に関わりがありそうか? というと、まあそれはないだろう。
 利害関係は薄いが、同時にミッチとマキシモには俺達を潰すことで得られる利点もないからだ。
 何より、連中の戦力は旧商業地区のチンピラ相手になら強力だが、俺達を相手取るのは無謀すぎる。
 二人が決して魔法武器を扱わないのも、ヴァンノーニファミリーと競合して目を付けられるのを恐れているからで、他勢力とは揉めない交渉力と適度な距離感が強みの連中。
 慎重かつ臆病。それが彼等の処世術だ。
 
「毎度ー……と、おおう、お前さんかい。
 独りでってのは珍しいねえ。何か入り用かい?
 こちとら生活雑貨から旅のお供に武器防具類、何でも揃えるミッチとマキシモの何でも商会だ。
 欲しい物をちょろっと言ってくれりゃあ、右から左へちょいとの間で用意立ててくれてやるよ、ええ?」
 
 カウンターで座っているミッチが早口でそうまくし立てる。
 店の中は非常に乱雑で汚い。二人とも整理整頓というモノを頭の中から取り去っているらしい。
 
 肉体派マキシモと頭脳派ミッチという感じに役割分担のはっきりした二人だが、基本どちらもやたらにフレンドリーだ。
 たいていはどちらかが偏屈だったりすんのがパターンなのにな。
 特にミッチのやかましさときたら、アデリアやアダンなんざ足下にも及ばない。
 一言言えばその十倍は返ってくるかってな勢いだ。
 
「今すぐってワケじゃねえんだが、今度ウチも人手を増やすことになってね。
 もうじき纏めて雑貨や探索用装備を何セットか注文しに来ると思うぜ」
 
「へェえ、そりゃあ景気が良いね。羨ましいったらありゃしねえ。
 こちとら最近めっきりだよ。仕事上がりに一杯やるのもご無沙汰だ。
 そうそう、酒って言やあ『牛追い酒場』だ。あそこに新しく入った蒸留酒が、何だい滅法美味いって言うじゃねえの。
 しかもそれを仕入れてるのが誰かって……おおう、目の前に居んじゃねえかよ!
 で、どうなンだい、ええ? アンタら、酒の商売に鞍替えしたって話聞いたけど、実際どうなってんだい?」
 
「全く耳敏みみざてぇな。
 ま、副業だよ、副業。ほれ、こいつだ」
 
 ここでも一瓶、蒸留ヤシ酒をカウンターに置く。
「お、お? これか! こいつが『牛追い酒場』の新しい酒かい!?
 おいおい、マキシモ! 来いよ、来いって!
 良いのが入った、良いのがよ!
 いいからいいから、そんなこ汚ェ革鎧の修繕なんざ後回しで構やしないって!
 買う奴が着たときに壊れてなきゃあなんとでもなんだよ!」
 
 興奮気味のミッチに呼ばれて奥から出てくるのは、皮のエプロンをした作業着姿の偉丈夫マキシモ。
 ぱっと見実に凡庸で惚けた雰囲気。細いタレ気味の目に丸い鼻で、骨ばった無骨な顔立ちだが、ハンマーを使っての戦闘は結構なもので、一時期はミッチと二人で探索者家稼業もしていたらしい。
 ある程度まとまった資金を手に入れた後すぐに引退し、それらを元手にこの店を始めたが、出来て早々盗みに入ったチンピラ五人程を纏めて撃退し、しかもそいつらを子分にしてしまったという。
 
 この辺の逸話も、この二人が襲撃の容疑者と思えない理由の一つではある。
 このクトリアで、チンピラ盗っ人をたやすく撃退出来る奴はけっこう居る。しかし撃退してかつ、改心させられるような奴はそうそう居ない。
 
「ほぅ、それが」
 細いタレ目をさらに細めてぼそりと言う。
 マキシモもミッチ同様にフレンドリーなんだが、口数の方は少ない。
 二人で会話してるところを傍目に見てると、早口のミッチとのんびりマキシモとで、なんつーか子供向けのカートゥーンみたいだ。
「いいねえ、いいねえ。こいつはくれるのかい? 良いのかい、こんなの貰っちゃってよ? 後では返せって言われても返さねーぞ?」
「まあな。次からは『牛追い酒場』で飲んでやってくれ。
 それとここに来る客に宣伝な」
「おうおうおう、宣伝すんならお手のものよ!
 俺が話せばたちまちクトリア全土に広がるぜ! 右や左の旦那様~、これが今噂の高級蒸留酒でございやす……ってェね!」
 
 ま、それは誇大広告だが、口コミ能力が高いこと自体は間違いない。
 単に早口でバカみたいにおしゃべりだ、ってだけではなく、な。
 
「ところで……聞いたか?」
「あ? 何だい何だい? 知らねーよ聞いてねーよ教えろよ、ええ、何なんだよ?」
「顔、近ぇよ!
 ドワーベンガーディアンの改造に成功した奴が居るらしいッて噂よ」
 この言葉にミッチは、今まで以上に興奮し食いついてくる。
 
「おいおいおい、待て待て待てよ、ええ?
 そりゃ一体どこの話だい? ええ?
 聞き捨てならない、ああー、聞き捨てならないじゃあねえかよ、ええ?
 こちとら一体何年かけていじくり回しこねくり回ししてると思ってんだい?
 俺ァね、そりゃあ確かに魔導具作りも魔術理論もからっきしだよ?
 けど遺跡のガーディアンいじくり回した数だきゃあ、そんじょそこらの術士にゃあ到底追い付けるモンじゃあねえッてんだよ?」
「術式も理論も分からねえモンを何百万回いじくり回しても、そりゃ何も分かンねえままだろう」
 
 実際問題、ミッチは独学だがドワーベンガーディアンの研究を続けて居て、実は結構解析が進んでは居るらしい。
 らしい、ってのは普段これだけ饒舌な癖に、こと研究具合に関しては常にはぐらかしまともなことを一切言わないからだ。
 まあ魔術理論はともかく、魔術師となれるだけの魔力適性があるかというと、残念なことにそうでもない。
 高度な理論と弱い魔力適性、というハコブよりもさらに適性が低く、火打ち石代わりに火をつけられる【発火】だとか、一瞬だけ光を灯せる【閃光】のような、限定的でごく弱い魔力適性でも使えるものまでしか魔術は使えない。
 勿論それだけでも、一般人からすれば「すげェ! 魔法使いだ!」てなもんなんだけどもな。
 
 ともかく、魔術理論の理解度と、それによるドワーベンガーディアンの研究自体にはそこそこ進展はあるらしいが、それがどの程度かを知ってる者は誰もいない。
 
「ま、聞いたのは貴族街での話よ。
 “ジャックの息子”のガーディアンが居るだろ?
 アレを解析したか、しようとしてた奴が居るってんだが、詳細はどーも三大ファミリーの秘匿事項扱いらしくてな。
 だから、アンタならそいつのこと何か知ってンじゃねえか、と、思ってよ」
 
 勿論ここで話してるのは、クランドロールの“前”ボスであるサルグランデの雇っていた例のイカレ強姦殺人野郎、“客人”のこと。
 実際対面して薬で自白をとり、奴のやってたことは大まかには知っているが、実のところその正体については誰も分かっちゃいねえ。
 サルグランデもネロスも、奴のことは“客人”としか呼んで無かったらしいし、出自来歴が一切分からん。
 その線を巧く辿れれば、或いは俺たちのアジトに送り込まれた、暴走するよう仕向けられたドワーベンガーディアンの出所も分かるかもしれねえ……てのは、まあ淡い期待か。
 
「貴族街かい、ああ、資金が潤沢ななぁ羨ましいねえ、ええ?
 けどなぁ、研究ってなあオメェさん、金さえありゃあなんとかなるってえモンじゃあないからね。
 俺に言わせりゃあよ、“ジャックの息子”と俺を除いて、ドワーベンガーディアンの解析が出来るかもしれねえっつったら、まあ3人だかそこらだね」
「へえ、そりゃまた具体的じゃねえのよ」
「あたぼうよ!
 いいか、耳かっぽじって良く聞けよ? まあまずはオメェさんとこの邪術士シャーイダールか」
  
 初っ端から何だが、それはないな。何せ仮面の中身はコボルトだ。錬金薬作りは上手いが、根っこはガキみてえな奴だからな。
 
「とは言え奴さん、どーも真面目に解析研究を続けてる気配がねえ。ま、一応名前を挙げとくなあリップサービスだね」
「バラすの早ェなあ、おい」
「で、次は王国軍研究員のエンハンス翁。
 この人はドワーベンガーディアンに限らず古代ドワーフ文明研究の第一人者だな。
 そりゃあてぇしたもんよ。俺もね、苦労してエンハンス翁の本は手に入れてんのよ。
 まあ実施研究が足りてねえところもあるが、クトリア以外の各地遺跡との比較研究も含めて、その考察が凄まじい。
 まー、この人ならいずれ完全な解析も出来るンじゃねえか……と、まあ誰もが認めているわけよ」
 
「へえ。で、後は?」
「ま、こいつはちっと……いや、随分と格は下がるが……ドゥカムの奴になるだろうな」
 
 ふーん? 珍しい。何やら渋い面してんぞ?
 
 ◆ ◇ ◆
 
 旧商業地区の真ん中にある交易所跡地を占拠している『黎明の使徒』は、なんつーか前世の知識で言えばNPOみたいな医療ボランティア団体だ。
 薬師、医療士、治癒術士等を中心とした団体で、寄付を募った医療活動をしている。
 彼らの治療を受け、またその思想に感銘を受けた者達が活動をサポートしているためそれなりにはやっていけてるようだが、懐具合が良いという話は聞かない。
 何にせよ策謀と裏切り、盗みと殺しと食い物の奪い合いが日常茶飯事のクトリアにおいて、見事なまでに善意の集団。
 なのでシャーイダールへの襲撃容疑者ランクはかなり低い……かと言うと、これが正直微妙。
 善意の集団ということはつまり、腹の底では“邪”術士シャーイダールを敵視しててもおかしくはないってことでもある。
 
「よう」
 声をかける相手は一人の長身の女、グレイティア。
 クトリアの『黎明の使徒』を束ねる治癒術士であり、かつての聖光教会公認聖女の一人でもある。
 そう、黎明の使徒は、聖光教会の分派であり異端でもあるらしい。
 
「あら、お久しぶりですね。暫くお見かけしませんでしたけど、何かあったのでしょうか」
 俺より背の高いグレイティアが、やや視線を下げてそう聞く。
「まあ、色々な。日々問題だらけだよ」
 グレイティアは四方に塔のある交易所跡地中庭に設えられた患者用テントの巡回をしていた様子で、今も数人の助手と共に怪我人を診ている。
 背が高く骨ばっていてやや色黒な見た目は聖女というより歴戦の勇士を思わせるが、立ち振る舞いや言葉などは優美で洗練されている。
 肌の濃さは父親が俺と同じ南方人ラハイシュだからだと聞いたことがあるが、確かに顔立ちも含めてその雰囲気はある。
 
 『黎明の使徒』には、不定期にだがシャーイダールの魔法薬を卸している。
 ただし一級品ではない。余り素材で作ったり、調合があまり巧く行かなかった二流品以下のものだ。
 完成度の高い魔法薬は俺たち探索者の装備品にして、そこでの余剰は王国軍に高値で売る。
 二級品も幾つかは装備に含めるが、それでも余ったのを安めの値段で黎明の使徒へと卸す。
 二級品とは言え、シャーイダールの魔法薬は錬金術で作られる治療薬としては結構な上物。
 そりゃあ身体欠損がたちどころに元通りに! ……なんていう神話に出てくる神薬並とは行かないが、例えば大怪我を負い血を流し息も絶え絶えな状態から、止血され呼吸も落ち着いた状態くらいまでは回復出来る。ま、怪我の状態にもよるけどな。
 
 この辺に関しては、ハッキリ言えば点数稼ぎだ。
 俺たち“邪”術士シャーイダール一味の、クトリア内での評判を良くするための行動。
 特にティフツデイル王国駐屯軍なんかは、元々がクトリアの邪術士による“血の髑髏事件”を切っ掛けにしてクトリアの邪術士討伐へと踏み切り、侵攻して来ている。
 その討伐を逃れ生き延びた……と思われているシャーイダールへの心証が良いワケがなく、その点だけで言えば容疑者ランクではトップを独走している。
 ただ連中は転送門と魔力溜まりマナプールの管理で手一杯で、その少ない戦力をわざわざ今現在問題を起こしている訳でもない俺達に差し向ける余力も意味もない。
 しかも実際には魔法薬に遺跡からの発掘遺物の取引に、と、かなり世話にもなっている。
 まあ、複雑な政治的事情というやつだ。
 
 何にせよ、王国駐屯軍にも黎明の使徒にも、それぞれに利益を与えることで、クトリア内での評判、地位を高めておこうという人気取りの一環として、十分に効果と価値のあるシャーイダールの作る魔法薬を都合しているわけで、連中としても痛し痒しというところ。
 つまり、“今”シャーイダールを殺す、というのは、連中にとって損の方が大きい。
 それでも殺ろうというのなら、それは損得を超えた感情に依るものだろう。
 
 が。
 まあ今はその辺りの複雑で微妙な関係性のはなしは一旦脇に除けておく。

「ところでよ。聞いた話だとここに、遺跡研究者の先生が居るっつーことらしいけど、本当なんかい?」
 比較的最近になってクトリア入りしてきたらしいというドゥカムというハーフエルフの研究者は、何の縁なのか黎明の使徒の世話になっている。
 医術薬学にも詳しいことから、ある程度の医療行為への手助けと引き換えに居座っているとの事だが、結構……いや、かなり癖のある人物のようだ。
 
 聞かれて、あまり表情の変わらぬ鉄面皮グレイティアが、やや眉間にしわを寄せる。
「それは……その、もう噂になっているのですか?」
「いや、ミッチに聞いたんだがな」
「ああ……それで」
 あらら、さらに眉根にしわが寄ってきたぞ。
 
「ふぅ~~~んむ?
 何やら耳の腐る名が聞こえて来たなァァァ~~~~~?」
 
 その後ろから割って入る甲高い声。
 躁病めいたしゃべりの男は、蜂蜜色の髪を短めに切り、丁寧に油で撫でつけている。
 ほっそりとしたシャープな顔立ちに、切れ長でエメラルドグリーンの瞳。
 が、服装は毛皮と厚手の布地で、やや幅広の頑丈そうなパンツに、同じく厚手の前あわせのジャケット風。
 印象を一言で言えば、「山男風の格好をしたエスタブリッシュメント」とでも言うべきか。
 
「ハハハのハ! 
 貴様はあの愚か者の知り合いか? 
 あやつはな、ドゥアグラス様式とハンロンド様式の違いすら解らんような無知蒙昧であったぞ!
 それでいてクトリア一のドワーベンガーディアン研究者を名乗りおった。
 なんとも、微笑ましいではないか!
 ハ、ハ、ハハハのハーのハー、だ!」

「ドゥカム、いい加減およしなさい。その様な振る舞いはみっともないですよ」
「みっともない? それは己の無知に気づかずに慢心する者の事を言うのでありますぞ!」
   
 横ではグレイティアの眉根にさらにシワが寄ってきているが、こりゃあまた、面倒臭そうな奴が現れたぞ。
 


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