遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-77.“ベガスの救世主”イベンダー「すまねえな、ウィスキーローズ」

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 すまねえな、ウィスキーローズ。
 もう一度酒を酌み交わすあの約束は、天国か地獄での事になりそうだ。いや、お前は分からねえが、俺は間違いなく地獄行きか。俺が殺してきた悪党共が、手ぐすね引いて待ってやがる。
 言ってみりゃ俺の人生はしくじりばかりだ。
 他の連中は俺を成功者みたいに言うだろう。
 希望の盾。不毛の荒野ウエイストランドの守護者。聖なる羊飼い。ベガスの救世主……。ああ、そうかもしんねえさ。だがそれでも───俺の人生ってやつはしくじりばかりだ。
 
 故郷を灰にして、仲間を失って、砂漠をさまよった果ての運び屋家業。
 何に抗ってたつもりなんだかな。
 いや……結局はただ逃げていただけなのかもしれねえ。
 イカレ科学者共との乱痴気騒ぎも、キャラバンとの旅も、シエラでの馬鹿げた“命懸けの”ギャンブルも、結局はただの逃げ道でしかなかった。
 
 なあ、ウィスキーローズ。薔薇色に染まるお前の頬を、もう撫でてやる事も出来ねえ。
 右手にゃあ既に感覚もねえ。流れる血の匂いに、焼け焦げた皮膚の匂いも感じられなくなってきた。
 暗い、牢獄みてえな石の部屋だ。いつから此処にいる? ああ、それすら思い出せねえな。
 
 薄っ暗闇にぼんやり見えるのは、格子のはまった排水口。下水の糞と小便の臭いが、俺の死に際の記憶になるのか。
 全くお似合いだ。どうしようもねえこの俺の、最期に相応しい牢獄だ。
 
 牢獄……?
 妙な話だ。いつだ? いつ……誰に捕まった?
 全く分からねえ。薄ぼんやりした糞脳みそに、もやでも掛かったみたいだ。
 息を深く、長く吸い、同じ様に深く長く吐き出す。
 肋が痛む。折れてるのかヒビなのか。だが……どういうこった? どうにもまだまだ死にそうにねえじゃねえか。
 或いは既に死んだのか。まあ、死にかけたのは一度や二度でもねえ。そして生き返ったのも一度や二度でもねえ。
 
 どうするか? 少なくともここが牢獄なら、好意的な奴らに囲まれているとは思えねえ。
 僅かに引っ掛かる記憶の欠片に、何人かの声が浮かぶ。
 この女と───は、───に売りつけ───奴隷───牢に───入れておけ───。
 どこの言葉だか分からねえが、何を言っていたかは思い出せる。断片的で途切れ途切れ。それでも連中が俺をどうしたいのか───。
 どうあれ、ここに止まってても楽しいことにゃあなりそうにない。うっすらとそう思いながら、死に損ないがまだ意地汚く生きようとしてる。
 ああ、頭じゃねえな。心が───いや、そのもっと奥底にある何物かが、この俺をまだ生かそうとしてやがるんだ。
 まだだ。まだまだだ。生きて、生き抜いて、無様にみっともなく戦いやがれ。
 死に損ないの死にそびれが、まだまだ生きろと足掻き出す。
 
 ずるずると這い進む移動速度は、亀かなめくじ同然だ。
 だが薄汚れた床と大差ないこの身体は、着実に格子のそばへと近付いて行く。
 やけに寒いぜ。砂漠の真ん中で、夜でもねえのにこの冷え込みは何だ? そうか、下がってンなあ気温じゃあねえのか。俺の身体から命が抜け落ちて行ってるのか。
 零れ落ちてく命の温もりを、かき集めるようにしながらじりじり動く。
 それでどうする? この排水口の広さじゃ、俺の身体は通らねえ。そもそも格子がはまってやがる。
 俺のその弛んだ思考と無関係に、両手ががしりと格子をつかむ。
 なんだい、随分短ェ腕だな。しなびて身体も縮んだか。
 それから妙な力が漲りだしてがしがしとそいつを動かしていると、格子のはめ込んである石を削り外しっちまう。死に際の馬鹿力か。たいしたもんだな、俺の身体も。
 
 滑るようにその隙間をくぐると、汚くて臭い下水の中へと転がり落ちる。
 オオネズミか何かがチョロチョロしてて、やっこさん死にかけの俺を食いでのある餌だと思ったらしい。
 鼻面を押し当てるように脚や腹や腕へと這わせ、口を開けかぶりつこうとした瞬間、またも無意識に右手がそれを掴む。
 握りつぶすようにして首を捻り、そのまま千切って口元へ。血をすすり命を貰うと、僅かなりの生命力が膨らんだ。
 
 それから暗闇の中を、ひたすら歩き、這い、また虫やネズミの命をむさぼりつつ暫くの時が流れた。
 かなり歩いたようだが、どれほどの距離時間かなんざ分かりゃあしねえ。
 ただ半分寝ているのか起きているのかも分からない闇の中、俺はまるで何かに操られているかに動き続けていた。
 
 どれだけ移動したのか。崩れた通路を抜け、壊れた穴を潜り、滑る階段を上がり、汚水の流れる広い地下水路を渡り……。
 移動しながらも生命を貰い、しかしそれもまた次第にしなびて消えて行く。
 薄れ、命も意識も曖昧とした混沌の渦の中。また何やら人の声が聞こえてきた。
 
『───おい見ろよ、こいつまだ生きてんぞ』
『あー? んだよ面倒臭ェな。ほっとけよ。どーせじき死ぬだろ』
『けどよー、多分こいつドワーフだぜ? ちっけえしヒゲも長ぇしよー。
 ドワーフ遺跡の下水路で、死にかけのドワーフ見つけるとか、こりゃマジ何かあんぜ!』
『知るかよ。何だそりゃ、幸運のお守りか何かかよ』
『おめーだって本物のドワーフなんか見たことねーだろ?
 こりゃぜってーアレだよ。よ、よちょう? 兆しとか? ってなヤツだってばよ!』
『はぁ~、だりぃなー。だーから下水路の見回りなんてヤなんだよなー……』
 
 全くやかましい奴らだ。おちおち死にかけてもいられねえ。
 けど……寝ぼけた俺の頭の方は、そろそろ限界みてえだな……。
 このまま俺も消えて行くのか───或いは───。
 
 □ ■ □
 
 意識を失ってたのはほんの数瞬か? 少なくともそう長くはねえハズだ。
 隙間みてーな場所にはまり込んで、何だか身動きもとれやしねえ。
 見上げるとJBの奴が、“猛獣”ヴィオレトとやりあってやがる。全く面倒な相手だぜ。
 オーバーヒートで暴走した俺のアーマーは現在クールダウン状態。やっぱこりゃ、もっときちんとしたコアを付けねえとまともな制御が出来ねえわ。全体を統括し制御する為のコア……。今後の課題だな。
 ま、今後の事は今後のこと。今はクールダウンから回復して、戦線復帰をしなきゃならん。
 左手の“魔捜鏡”を確認。細かいのは毒蛇犬か? デカいのはヴィオレトと……んんん? こりゃあグイドか? また随分と反応がデカくなってやがるな。
 隠れ邪術士だったとかいう奴の剣闘奴隷時代の元主に埋め込まれた術式は、結構複雑で妙なシロモノだ。
 受けたダメージを魔力に変換し、それを身体の強化に回す。
 普通じゃあり得ないイカレた発想だ。苦労してそんな術式を埋め込んでも、十分なパワーを得る前に死んじまう。つまり意味がねえ。
 ま、イカレ邪術士の発想なんてないつだっておかしなもんだ。けどイカレててもイカレてるなりの計算はある。
 それが要は奴の血筋……元からの図抜けた身体の頑強さ、てとこなんだろうな。
 
 何にしてもグイドは現状、生命力と引き換えにかなりのパワーを持っている。しかし同時に、理性、意志力、判断力も相応に低下している筈だ。パワーを得た分知能が下がる。
 確かに本人の言うとおりに“呪い”みてーな魔術。
 今回の作戦に際して首枷の封印を一部解放している。それがどう出るか……は、おっとこりゃマズい方に出ちまったみてえだな。
 
 吹っ飛ばされるJBの姿に、巨人かってな程の大きさになっているグイド。剣闘奴隷時代には一応制限をかけられた状態で、目に見えて分かるほどの巨大化まではしてなかったらしいが、その制限を一部解除しただけでこれじゃ、無制限になったらどうなんだ? いや、多分そこまでしたら、グイド自身が持たねえだろう。
 
 この一部解除でもグイドの身体への負担は相当あるハズだ。JBの入れ墨魔法による“シジュメルの加護”のようなものと違って、本人の体内魔力を直接身体能力の向上に回すような術は、身体そのものへの負荷が高い。
 言うなりゃ魔力を使ったドーピングだ。命を削って強化する。
 時間が経てば俺のアーマー同様に“クールダウン”して元に戻るかもしれない。だがグイドがダメージを受ければ受けるほど魔力が増大するし、その分益々命を削る。本当嫌らしい術式だ。イカレてやがる。
 
 アーマーの状態を確認する。クールダウン終了。再び魔力を注ぎ込んで再起動。JBみてえにアーマー無しでも戦えるなら良いが、生憎俺自身はたいして強かねえ。アーマー頼み、魔導具頼み。だがその頼みのアーマーだけじゃこりゃどーにも出来ねえだろうな。
 何はともあれ、再起動したアーマーで両手足のジェットを稼動。ここのバランス制御にはコツが要る。魔力の制御だけじゃなく俺自身の動きの制御もだ。
 全部魔力制御にしちまえばある意味楽だ。言わばオートマチックな自動運転みたいなもんだが、そうすると魔力の消費コストが高くなるし、いざという時に臨機応変に対応しにくい。
 完全魔力制御状態と、非完全魔力制御状態とをスイッチング出来ればさらに良いんだが、そうすると埋め込む術式が複雑化するからエラーも出やすい。
 やっぱこれも、根本から色々いじる必要が出てくる。
 
「さて、お待ちかねのベンおじさんだ」
 ブオン! と一気に吹き出させたジェットで上空へ。おおっと、グイドの剛腕が鼻先を掠める。
 とりあえずJBを抱えて天井近くまで。ここなら奴の腕もヴィオレトの爪も届かない。
「オッサン、無事だったか!」
「おうよ! しっかしこりゃまたえらいことになってるな」
 ま、実際のところ「えらいこと」どころの話じゃあねえんだがな。
 2人して下を見つつグイドを見つつ、はてさてこりゃまたどうしたもんかと言うところ。
 
「オッサン、何か良い策はねえのか?」
「一つ、あるな」
「本当か!?」
「ああ。アルバに来て貰う」
 真面目も真面目の大真面目な回答だが、JBは大口を開けての呆れ顔。
「無理言うな! アルバはまだモロシタテムで療養中だろう!」
「うむ。だからまあ、代わりにマヌサアルバの正会員に手伝って貰えれば良いが───まずはマーランの出番かな」
「はァ? マーラン?」
 再び、JBは呆れ顔の間抜け顔して聞き返す。
 おいおい、そりゃあ俺にもマーランにも失礼ってもんだぞ?
 
 □ ■ □
 
 マーランの奴は魔力量はそこそこ豊富だが、高度な魔術が使えない。
 本人も周りも、それを「魔術理論に対する理解度不足」だと思って居るが、俺の見立てじゃそうじゃない。
 あいつが「高度な術」に失敗する最大の理由は、恐れ───臆病さだ。
 常に「失敗してしまうこと」を恐れている。その恐れが無駄な緊張を生み、その緊張が術式構築や呪文の詠唱を妨げる。
 要するに度胸と、「成功のイメージ」が足りてねえ。
 
 けどまあそれを口で説明してもどうにかなるとは思えない。長年の習い性。「自分は高度な術が使えない」という意識、思い込みが、それこそカチンコチンに染み着き凝り固まっている。すぐさまそいつをとき解せるとは思えない。
 
 そのマーランが何処にいるか? 実に見事なタイミング。勿論俺は“魔捜鏡”で分かって居た。あのイカした奴らがこっちに近付いて来ていることを。
 
「おわーーー! 何じゃこらァ?」
 全く相変わらずの喧しさだが、アダンを先頭に壁の穴をくぐり抜けてホールへと入ってくる。
 俺は奴らに話をつけるため近くへ降り立つ。その間ヴィオレトと、ヴィオレトに操られているグイドを引き寄せるのはJBの役目。あの二人相手に長時間はキツいから、早めに話を纏めないとな。
「おお、オッサン! どういう状況だこれ!?」
「岩鱗熊はグイドが倒した。が、奴の“呪いみてーな魔術”でデカくなった事で、精神が獣同然なってヴィオレトに操られちまってる」
「ハァ!? なんじゃそりゃ!?」
 簡単簡潔。何? 良く分からない? 分からんでも良いから呑み込んでおけ。

「……なら、あの糞女を、叩き潰してやるしか、ないな?」
 マーランに肩を借りつつのハコブは、地黒の顔色を青ざめさせつつそう吐き出す。
「どうだ? 状態は?」
「魔法薬で傷口は塞がった。奴の爪が鋭かった分、塞がりやすかったのは皮肉だな。
 だが、血をかなり失っている。薬の効果での回復を含めても、悪いが本調子とは言えん。
 ……が、足手まといになる積もりは無い」
 目の中の闘志は萎えるどころかむしろ燃え盛ってる。
 
 魔法薬は一般の薬草や調合薬と異なり、傷や毒消し、体力疲労回復には目に見えた効果がある。
 それでも神薬霊薬なんてシロモノでもなきゃ瀕死の怪我が直ちに全快とはいかないし、同種の薬をガバガバ飲めばその分効果が嵩増しされるってワケじゃない。
 1の回復効果がある魔法薬と2の回復効果がある魔法薬を同時に飲んだときの回復量は、より回復量の多い2の分だけになる。
 2の回復量の魔法薬を規定量の半分にすれば1の回復量の魔法薬としても使えるが、規定量以上を立て続けに摂取しても効果が足し算になるワケでもない。
 下手すりゃ致命傷だったあの傷を塞ぐには持ってきた魔法薬の中でも最高級品を使ってるはず。それでここまでなら、今はこれ以上を薬での回復には望めない。
 
「ま、ヴィオレトをぶっ叩きたいのは山々だが、先に色々整理してやんなきゃ刃も届かねえわな」
 周りを示すと、既に生き残りの毒蛇犬の群れが数頭、辺りをうろつき囲んできている。
 
 
 壁を背にした陣を組み、前衛のアダンとスティッフィが牽制。
 アダンの盾使いはなかなか見事で、飛びかかって来た毒蛇犬を弾き返し、返す手でメイスを叩き込む。
 またその横で“雷神の戦鎚”をぶん回すスティッフィの方も、毒蛇犬を簡単には寄せ付けない。
 さらに横から回り込んでこようとする毒蛇犬にはニキのクロスボウ。数が多いときには風の魔力を帯びさせてつむじ風を起こす。
 “シジュメルの翼”の【突風】より威力は弱いし、当然岩鱗熊のような巨体には意味がないが、毒蛇犬程度の体重の魔獣なら、それでよろめきつんのめる。
 で、その集団の真ん中を“雷神の戦鎚”で一発かますと、迸る放電でさらに痺れる。
 
 魔獣の中でも群れによる連携が巧い毒蛇犬達だが、チームの連携って点じゃあこちらも負けてない。
 ハコブにはまだキツいだろうが、いざという時の魔術もまだ温存できている。連発が無理でも、火力は高い。
 
「ほ、ほ、本当に、だ、大丈夫、なのかい?」
 自信なさげに聞いてくるのは、俺が抱えて飛んでいるマーランだ。
 毒蛇犬の援軍は随時やってきている。連携が巧く行ってても、この数押しじゃあ時間の問題か?
 だが俺とマーランはそっちには居ない。向かう先に居るのはJB。そして相対している“猛獣”ヴィオレトと、ヴィオレトを肩に乗せ暴れまくる“狂乱の”巨人、グイド。
 ヴィオレトはグイドの背に乗り操りつつも、グイドの攻撃に合わせて飛び跳ねて、連携して背後や横へと回り込んで素早くJBを攻撃。ハコブのとき同様の一撃離脱で戻り、またすぐに攻めに転じるという戦法だ。
 JBの反射速度だからなんとか致命傷を免れてるが、このチームの他の誰であってもこのパターンでやられたらとっくに血塗れになって死んでてもおかしくはねえ。

「マーラン!」
「ヒ、ヒィ!?」
「“大丈夫”かどうかは、お前さんにかかってる。
 高度な術じゃなくて良い。ただとにかく手数を多く、正確に、だ」
 マーランは魔力量だけならハコブ以上。そして簡単な術なら多種多様に使えるし、個々の練度も高い。
 まずは一発───。
『光よ我が手の内より迸れ───【閃光】』
 広いホールの真ん中あたりでまばゆく強い光。
 多くは目潰しとして使われることの多い、瞬間的に強い光を放つだけの簡易魔法。目潰しとして使うなら、それこそ相手の顔面に直接手をかざすくらいでなきゃならんが、ここはそこまで大きな効果を狙ってのもんじゃない。
 
 瞬間的なストロボフラッシュのようなその光に、“猛獣”ヴィオレトも“狂乱の”グイド・フォルクスも一瞬意識をこちらに引っ張られる。
 その隙をJBが逃さずに、ヴィオレトをグイドから引き剥がす。
 
 まずは分断。そして俺達は───。
 
「ひぐぅいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~!!!???」
 グイドの背。丁度首の後ろほどに張り付いている。
「マーラン! 悲鳴は程々でいいから、ほれ、術を使え、術を!」
 格好としては俺とグイドに挟まれている様な状態のマーランだが、サンドイッチの具材が意志を持っていたらこんな案配かもしれねえ。
「ふいぃぃぃ、い、い………」
 
 グイドはというと、いやいやをする赤子のように、背に張り付く俺達を振り落とそうともがき身体を激しく動かしている。
 正に“狂乱”。目は血走って濁り、口からのぞく犬歯は牙のよう。その口からはよだれと咆哮が漏れ出していて、こりゃあ禁断症状の出たジャンキーよりもイっちまってる。
 巨大な岩に張り付いたまま岩山から転げ落ちている様な状況で、マーランは歯の根も合わない程。呪文を唱える余裕なんかまるでない。
 
 瞬間、ぐん、と沈み込むようにグイドが身体を沈める。沈めてそのまま高く伸び上がって跳躍すると、後方宙返りのように仰け反りながら背中から地面に着地しようとする。
「おおっと、こりゃヤバい!」
 そのまんま地面とグイドの巨体とでサンドイッチになる前に、ジェット推進でマーランごと素早く離脱。そのままグイドの頭の上へと回り込む。
 今のでグイドはさらにダメージを受け、身体も一回り大きくなる。
 現時点で1パーカ(3メートル)近い巨体。巨神の骨の高地に住む巨人達を彷彿とさせる程だ。
 
「おい、マーラン!
 回避は俺が全部やる。お前さんは術にだけ集中しろ!」
 痩せたマーランを抱えて飛んで逃げて回り込み、けっこうこのアーマーには厳しい制動制御を繰り返しての立ち回り。
 ダメージの累積と巨大化で動きの鈍くなってるグイド相手だからまだなんとかなってるが、これが“猛獣”ヴィオレト相手なら太刀打ちすら出来てねえだろうな。
「わ、わか、っ……たよ。
 やっ……てみ……るヒィィィ~~~~~!!!???」
 鼻先を掠めるグイドの剛腕。こりゃ吸盤粘体スライムサッカーの触手なんざ目じゃねえわ。鞭のようにしなる速度はあちらが上だが、破壊力は恐らくこっちが上。拳の誤爆した石壁に大きな穴が開きやがる。
 
 俺よりも必死なのは勿論マーラン。青ざめながらも魔力で術式を組み立て、呪文を唱え───。
「いけるか?」
 ガクガクと頷く。
 JBの“シジュメルの翼”に比べりゃぎこちない動きだが、巨体のグイドの後ろに回り込み術を発動。
 まず放たれるのは水しぶき。だが、これは攻撃の為じゃない。中級の下程度の水属性魔法、興奮や怒りを沈める【沈静の水】だ。
 顔面にかかるその【沈静の水】は、実際さほどの効果も無く、むしろ怒りを増加させたようだ。吠え声で耳が痛い。

「効いてないよ!」
「続けろ、続けろ。手当たり次第だ、かけまくれ!」
 
 マーランは急かされ次々と術を構築して発動する。
【悪寒】……寒気を感じさせる、やや初歩的な魔法。効いてるかどうか見た目じゃ分からん。
【鈍重なる鎖】……動きを鈍くする効果。やや効く。
【眩暈】……ちょっとした立ち眩みのような効果。一瞬だけ効き、次の術の構築時間をけっこう稼げる。
【眠りの霧】……こいつが効けば万々歳だが、魔法耐性のある相手にゃなかなか効かない。当然のように耐えられたが、ある程度の眠気をもたらすことは出来たようで、グイドの動きや挙動が目に見えて悪くなる。
 
「よーし、良いぞ! この調子だ!」
 普段ドワーベン・ガーディアンの相手が多い分、生き物にしか効き目のないタイプの魔術は滅多に使わない。
 使い慣れてない術を立て続けにこうも連発できるのは、やはりマーランは見込み通り地力がある。
「よ、よし、じゃあ次は……」
 マーランが意気を上げ新しい術式を構築しようと魔力を膨らませていると、眠気でふらついたグイドの脚がもつれ、倒れ込み気味に振り下ろされた腕が俺達を叩き落とした。
 
「ぬお! こりゃマズいっ……!!」
 丸太のような腕の下敷きになり抱え込まれた様になる。眠気は感じているモノの、完全に意識が無くなってる訳じゃない。その朦朧としかけている意識を支配しているのは、“猛獣”ヴィオレトの持つ俺たちへの殺意。
 腕に挟んだまま、膝立ちで起きあがろうとし、同時にギリギリと俺達二人を締め上げる。
「い、息が……!」
 肺から空気を絞り出されるかになるマーラン。俺はアーマーに守られているからまだ大丈夫だが、ローブの下にソフトレザーの胸当てのみのマーランにこれは厳しい。
 俺はアーマーの防御結界機能を発動。こいつは魔力をけっこう使うが、物理ダメージの多くを緩和する個人結界を発動する。当然抱えているマーランもその範囲内。墜落や衝突時には自動で出るようになってる結界だが、あいにく長時間は使い続けられない。それが切れたら……おそらく潰される。
 
「よーし、マーラン、チャンスだ」
「へ? ええ? 何……言ってんの!? 明らか……に、絶体絶命だよ!?」
「いーや、大チャンスだろ?
 今なら、“接触しなきゃ使えない”術がじっくり出来る」
 俺は不敵にニヤリと笑うが、兜の面に覆われていて、マーランには見えてないだろう。
 
 ああ、すまねえなウィスキーローズ。あの世で酒を酌み交わせるのは、まだまだ先になりそうだ。
 

 
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