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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-88.J.B.(57)So Much Trouble In My Mind.(山積みの問題、心から後悔)

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 とにかく時機が色々悪かったし、今がベストとは言えねえが、これ以上先延ばしにも出来やしねえ。
 そう、出来るワケがない。というよりむしろ遅すぎる。
 何よりもこれを今済ませておかなけりゃ、絶対に余計マズいことになる。それだきゃあ間違い無い。
 
 俺、オッサン、マルクレイにブル。偶然にもシャーイダールの「仮面の下」を知ってしまった俺たち四人。
 その正体が「恐ろしいダークエルフの邪術士」ではなく、「仮面の呪いの影響で、自分は邪術士シャーイダールの相棒だと思い込んでる間抜けなコボルト」だという事を、「もしそれが他の面子に知られて、チームを抜けると言われたら? そしてさらには外部の連中に知られてしまったら?」という危惧から、ひとまず四人だけの秘密にしておいて一月以上。
 
 それを隠し続けるのももはや限界。少なくとも流石に探索班のリーダーであるハコブには打ち明けて、今後のことをきちんと考えなきゃならない。
 そうは決めた。決めはしたものの、正直憂鬱だ。
 気まずいってなモンじゃねえよ。
 一応俺は今、厳密には探索班を抜けて内勤メインの立場。とは言えここに入って遺跡探索者として俺を鍛えてくれたのは他ならぬハコブだ。
 経歴、実力、立場のどれをとっても上だし、世話にもなってる。
 一応、内勤を纏めているのは経理担当のハーフリングのブルで、まあ今の直属の上司もブルということにはなる。その観点から言えばハコブは「移動前の部署の上司」みたいなもんだ。
 そのハコブに、結構長いことこんな重大な話を隠してたんだ。
 
 怒られる? 落胆、失望される? 愛想を尽かされる? そのどれも有り得るし、どれも心底堪えるぜ。
 いや……“堪える”なんてもんじゃねーな。そいつはどれも“怖ぇ”んだ。
 怖ぇから……今までなかなか切り出せずにいた。
 
「ったく、そんなこの世の終わりみてえな面ァしてンじゃあねえよ。
 話は俺が切り出すから、おまえは横で下でも向いてろ」
 そう呆れたような励ますような、どっちでもありつつどっちでもないようなことを言うのは、当然ながらイベンダーのオッサン。
 まあ実際、「この話はひとまず内密に」と最初に言い出したのはオッサンで、その意味でもオッサンが切り出すのが一番良いのは間違いない。
 ブルは商取引なら口も回るが、それ以外じゃ愛想が悪いしぶっきらぼう。マルクレイはオッサン特製の魔装具である程度の発声は出来るが、魔法で無理矢理作られた声であまり良い発音とも言えない。それに元々寡黙だ。
 で、俺はまあ……ビビってる。
 ああそうさ、マジでビビってるわ!
 クソッ!
 
「こんなんだったら最初から話してりゃ良かったわ……」
 そうボヤくも、
「そりゃ今更だろ。何にせよアタシら四人で決めた事だ。お前一人でがちゃがちゃ言っても始まらねーぞ」
 なんつーか、オッサンと良いブルと良い、まともに励ましたり出来る奴はいねーのか。
 ……まあ、こいつらがまともに励ましてきたりしたら気持ち悪ィけどよ。
 
 さて、何にせよ、だ。
 市街地じゃあ既に“センティドゥ廃城塞の戦い”として話の広まった魔人ディモニウムとの戦いから三日ほど。
 俺達……俺、オッサン、ハコブに、例のオッサンの知り合いだかとか言うちっこいオークとそのペットの糞でっけぇ豚は、アジトへと帰還している。
 センティドゥ廃城塞に残ってるのはマーラン他の探索メンバー、古代ドワーフ文明研究家のドゥカム、ニコラウス達王国駐屯軍の一部、囚人部隊、捕虜、狩人達の一部、だ。
 
 王国駐屯軍の一部は、残党狩りと廃城塞自体の確保の為。
 ドゥカムは当然研究の為で、これはニコラウスと今回の作戦に参加する際の交換条件だったらしく、探索予定の俺達と被る。
 だもんで一悶着はあったのだが、喧々囂々の“穏当な話し合い”の結果、お互い利益を融通しつつの共同探索をする事に決まった。
 研究家のドゥカムと俺達では元々欲してるものが違う。ドゥカムが欲しいのは研究価値の高いもので、俺達は金になるかより強い武器防具など。ひとまず手に入れられる物を総浚いして、およそ比率としては3対7くらいで分けて、その中で欲しい物を交換、融通する。
 だいたいはそんなところで落ち着いた。
 
 囚人部隊はまあ残務整理。参戦した連中はほぼ解放されることになる。ただ数人、身元の引き受けが確定しないことには解放出来ない者達が居て、その辺りをどうするかが決まってない。
 特に、グイドだ。
 グイドは囚人部隊の中では一番の重罪で、かつ王国での政治的にヤヤコシイ問題に関わっている。
 つまり王国軍にとってもなかなか「面倒くせぇ」案件なわけだ。
 けれども戦功に関しては一番。参戦のみならず戦功も諸々考慮されるはずなので、悪い結果にはならないだろう。
 捕虜……魔人ディモニウムの捕虜だった者達も、帰れる場所のある者も居ればそうでない者も居る。残ってるのは後者の方。ひとまずの身の振り方が決まらずにいる者達だ。
 
 狩人達は今回の「遠征での探索」において、日銭を払い下働きをしてもらう契約をした連中だ。
 ボーマ城塞と違って最寄りの生活圏はモロシタテム。しかも廃城塞はそこから結構入り組んだ山間を通るため往復に半日ほどかかる。
 バックアップの為の人手が結構必要になるのだ。
 そして幸いにも、というか、彼ら狩人にもお得なことに、例のジャンヌとアデリアが「落ちて」行き、イベンダーのオッサンの旧知であるオークのガンボンが居たカルデラ内部は、この砂漠と岩の不毛の荒野ウェイストランド に囲まれたクトリア近郊には有り得ないような自然豊かな土地。
 つまり俺達は発掘、狩人達は狩猟をしつつ、協力関係を保ち続ける……てな寸法だ。
 
 ただまああそこは、ガンボンの話によると元々樹木の精霊ドリュアスが支配していて、その上で例のダークエルフの魔術師が現在支配しているらしく、他にも幻術を使い人を惑わすアルラウネのような厄介な魔物も居るらしいので、その魔術師やドリュアスの領域に立ち入ったり害を与えたりすると手痛いしっぺ返しを食らいかねないっつーことで、その辺に気をつけなきゃならない。
 狩人達は元々自然の精霊への信仰心が強いので、その辺の話をしたら「絶対にドリュアスやアルラウネを怒らせるような真似はしない」と、固く誓った。
 
 マヌサアルバ会とボーマ勢はもうそれぞれ帰還している。
 給金やら報奨金その他も一応処理済みで、特に“鉄塊の”ネフィル、“猛獣”ヴィオレト、“炎の料理人”フランマ・クークの三魔人ディモニウム討伐はマヌサアルバ会が報奨金受け取りを辞退したため全て俺たちのものとなっている。
 確かに、色々と計算が狂い、今回結果的に俺達が一番キツくてヤバいミッションを請け負いやり遂げたのは間違いないが、マヌサアルバ会の方も少なくともネフィルに関しては受け取る十分な権利があるとは思うンだが……その辺は多分、連中と深い因縁のあったアルバの考えなんだろう。
 
 ボーマ勢……金色の鬣こんじきのたてがみホルストへとアデリア失踪の件を伝えるのはかなり気まずい事になった。
 一応成人してるとは言えそれでも確か十五、六の小娘であるアデリアを、本人の我が儘勝手とは言え一人送り出し、探索者業なんてヤクザな仕事に就かせたのは、親のロジータや親しい者達にとっては重大な決定だったはず。
 実際アダンの話じゃ結構それなりに揉めて来たらしい。
 それでも、アデリア自身言い出したら聞かない親譲りの頑固さに行動力があり、その相手が俺達であるという事への信頼から許しが出た。
 そのアデリアが飛び出してほんの数日で行方不明、だ。
 何を言われても返す言葉もねえ。
 
 けれどもホルストは冷静に対応をし、俺達はアデリアの行方を必ず探し出す、と約束をした。
 勿論ホルストがボーマ城塞へ戻り、母のロジータや伯父のジョヴァンニ達に話を持ち帰ったときにどう反応するかはまだ分からねえ。
 場合によっては今あるボーマ城塞との取引は全て白紙に……なんてことも無いとは言えない。
 ま、そうなればそうなったで仕方ねえわな。俺達としてはアデリア、そしてジャンヌの行方を探し出すことに全力を尽くすだけだ。
 その鍵になるのが……今の所あのすっとぼけたオークしかいねえってのが不安っちゃ不安だがよ。
 
 消えたアデリアとジャンヌ。その入れ替わりみてえにやってきたオークのガンボン。
 まーこいつも何だか良く分からねえ奴だ。
 
 第一印象は「なんだこのちっさい豚面野郎は?」で、少なくとも普通の人間じゃねえのは分かった。
 この辺にゃあまり居ないらしいが、ゲームとかにも出てくるゴブリンって小鬼がもうちっと北の方の地域にゃ居るらしいのでそのお仲間か? と思ったら、何でもイベンダーのオッサンの旧知のオークだって言う。
 オーク? どう見ても……そんな感じじゃあねえわな。
 ま、俺の知ってるオークってのも、実際にはクランドロールの元副長、“鉄槌頭”のネロスだけ。あいつは混血だっつう話だが、何にせよとんでもねえマッチョの大男だ。見た目のごつさで言えば、“狂乱の”グイド・フォルクスと唯一タメをはれた。
 比べりゃこのガンボンって奴は……まあ小さい。
 灰緑色の肌に豚っ鼻、ギョロ目の三白眼に獣みてーな牙。たしかにオークっぽいパーツはあるんだが……何だかこう……なあ。
 俺と違い伝聞でしかオークを知らない他の連中も同じ様に思ってたらしく、スティッフィの言葉を皮切りにその事が話題になる。
「お前、本当にオークなのか?」ってな。
 
 そしたらその返しが……ああ、全く奴の言う通りだ。
 オークだろうと人間だろうと人それぞれ。ステロタイプのイメージで決めつけるのは、確かに間違ってる。
 俺とアダンは同じ南方人ラハイシュだがそれぞれ個性は全く違う。ただ肌の色や髪の質やら、所謂遺伝的なものに似たような構成要素があるってだけだ。
 みんな違って、みんな良い、ね。
 見た目の印象はボンクラだが、あの状況でそんな言葉が出てくるあたり、ありゃあ中々賢い所がありやがる。
 
 今、恐らくアデリアやジャンヌ達と一緒に居るらしいレイフとかって言うダークエルフの魔術師が、その“賢い所”のあるガンボンの言う通りの野郎なら有り難いンだがな。
 知性ある魔術工芸品インテリジェンス・アーティファクトを使い、地下迷宮を自在に作り出し、数多の魔獣、使い魔、精霊獣を操る……。少なくとも“シャーイダールの呪われた仮面”を被っただけのコボルトよか、よっぽど頼りにはなりそうだ。
 
 
 で……あー、その、 “シャーイダールの呪われた仮面”を被っただけのコボルト、の件に……話が戻っちまうんだよなァ~~~~~…………。
 
 
 ■ □ ■
 
 ───沈黙。
 俺を含めた四人と、相対しているのは探索班の班長、ハコブ。
 俺達“邪術士シャーイダールの探索者”の中では一番の古株で、人間より寿命の長いドワーフのオッサンを除けば一番の年長者でもある。
 たしか30は過ぎてるんだったか? まあそのくらいの年だ。
 背も高く、偉丈夫で歴戦の疵痕が顔や体の至る所にある。
 地黒だが彫りの深い顔立ちは東方の民族出身である事が見て取れるが、詳しい出自は話さない。

 魔術理論に長け、人間としては結構高度な魔術を使えるンだが、魔力適性に欠けるため一度に使える術の数が少なく、高度な魔術を使うとすぐに疲弊してしまう。
 そして本人曰く、だから戦士として肉体と技を鍛え、魔術と剣のどちらも臨機応変に使えるようにしたのだとか。
 クトリアへと来る前は傭兵をしていたと聞くが、その頃の話もあまりしたことがない。
 戦場はもう懲り懲りだ。そう愚痴ってたことが何度かあるのは聞いた事はある。

「───四年……」
 ハコブの低い声が、ここ“シャーイダールの謁見室”に響く。
「いや、四年半……か」
 ふぅ……、と深く長い息を吐く。

「ま、そんくれーじゃねーの? アタシよかちょっと長ぇかんな」
 その声に答えるのは、こちら側の四人の中では一番の古株、経理担当のハーフリング、ブルだ。
 つまりこの中では最もハコブとの付き合いも長いことになる。
 
「傭兵家業から足を洗い、ティフツデイル王国軍による邪術士討伐で解放されたばかりのクトリアに、のし上がるチャンスがあると睨んでやってきて数人と始めた遺跡漁りで死にかけた俺を助けたのが“邪術士シャーイダール”だった……」
 
 この時期の話は、何度か“教訓”として聞かされている。
 古代ドワーフ遺跡に潜むのは、盗賊野盗の類でも、魔獣野獣でもなく、ドワーフ合金製の古代のからくりゴーレム。
 それを“命あるものと同等の敵”と思って戦えば痛い目に合う。そういう“教訓話”として、だ。
 ドワーフ合金製のからくりゴーレムには魔法の攻撃、剣などの斬撃、素手の打撃は殆ど効かない。
 出血もしないし痛みも無く、恐怖も感じず逃げ出す事もない。
 とにかく戦鎚や斧などで動けなくなるまでぶっ叩くか、核を壊すしかない。
 ドワーベン・ガーディアンを相手にするときは、“戦闘”だと思うな。“解体作業”だと思え。
 最初の頃に徹底的に教え込まれた基本中の基本。
 
「───いや……」
 
 ややうつむき気味だった顔を上げる。だが薄暗い部屋の中でその顔は暗く陰になり表情は見えない。
 
「“邪術士シャーイダール”だと“思って”いた───」
 
 クソ、明確に分かるぜ。今の声には……怒りの響きがある。
 
「ま、分からんのは当然だ。あの仮面、恐らく邪術士シャーイダール本人の作なんだろうが、かなり出来が良い。
 常時発動の【威圧】効果に、魔力効率をかなり最適化してくれる上、錬金術の効果も高めてくれる。
 あのナップルは仮面が無くても錬金薬作りだけはたいした腕で、俺達の誰よりも上手いからな。
 アレで中身を見抜けるとしたら、それこそ“主”と称されるくらいの大魔術師ぐらいなんじゃねーか?」
 魔装具魔導具の専門家であるイベンダーのオッサンの見立ては多分正しいんだろう。けどまあハコブの立場からすりゃそうも思えない。
 
「クソ!」
 
 怒気を発しながら拳を床に叩き付けるハコブ。絨毯が敷いてあるとは言え石畳だ。皮手袋しててもかなり痛いはず。
 
「四年半も居て、何一つ気付かんとは───!
 なんて間抜けだ、この俺はっ……!!」
 
「アタシだって四年居て気付かなかったよ」
「お前は魔術のことが分からんだろ。俺とは違う。
 それに……結局お前達の方が先に気付いた」
 
 ぎろりと血走った目で睨まれ、俺は金玉が縮みあがる。
 
「そ、それはドワーベン・ガーディアンの襲撃で偶然仮面が外れたからだ!
 そのときハコブは居なかっただろ!? 居れば真っ先に気付いてた!
 あ、いや、居ればドワーベン・ガーディアンをもっと早くに撃退してただろうから、仮面が外れる事もなかった───か?」
 
 慌ててそうまくし立てるが、事実だとしても弁解めいているなと内心自嘲する。
 
 そしてまた少しの沈黙。
 
「───なんとも、間の悪い話だな」
 そう言うハコブの声音からは、やや怒りの色が抜け、俺同様の自嘲めいた響き。
 それからまた、ふぅ、と大きく息を吐きだし、
「今更───過去の愚かさを嘆いても始まらんか……。
 “たら、れば”、は負け犬の言い分だ。
 ああ、お前らの判断は正しい。
 “邪術士シャーイダール”の正体は決して外部に知られてはならないし、内部でも───知る者は極力少ないに越した事は無い。
 特に───口の軽いアダンや、ジョスの死に動揺していたニキ、アリック達に知られないようにしたのはな」
 
 まだ完全にとは言えないが、落ち着きを取り戻したハコブは椅子に座り直して前傾姿勢になる。
 そして両手でゆっくりと顔を覆うようにしながら、そう言葉を続けた。
 
「体制の立て直し、勢力拡大に人材の補充。お前たちが“シャーイダール様の意志”と称してやったことも、間違ってない。
 知られない事が一番だが、知られる可能性を前提に対処しておく慎重さも必要だ」
 
 うっ……。やっぱりまだちょっとトゲがあるな。
  
「そして……いくらか不測の事態もあったが、それらは全体的に上手く行ってる。今の所、な」
 両手を顔から離したことで見えた表情は、決して晴れやかとは言えないものの、地獄のように不機嫌と言うこともない。喜ぶべきか恐れるべきか。
 
「実際今月だけでも、新しい遺物、酒の取引、魔人ディモニウム討伐の報奨金と、去年の収益の半年分は稼げてるぜ。
 まあ去年がけっこうひどかったからッてのもあるけどよ」
 経理担当としてはそこを強調したいだろうブルが言う。
 
「売り物の遺物ばかりじゃなく、俺達の戦力をかなり上げられる遺物も立て続けに手に入ってるしな」
『イベンダー、の、修理、のオカゲ、ダ』
 オッサンとマルクレイは遺物やその他の装備品、物資の管理と補修、ついでに魔改造をやっているが、実際俺の“シジュメルの翼”をはじめとした遺物とその補修品による恩恵は計り知れない。これらがなきゃ、魔人ディモニウム討伐なんてまるで出来なかっただろう。
 
「そうだな。皮肉な話だが──“シャーイダールの正体”が露見した事をきっかけにして、逆に俺達は今、あらゆる意味でかつてない程に力を強めている。
 ───その上人気までも、だ」
 
 そう。ハコブの言う通り、収入や戦力だけでなく、特に魔人ディモニウム討伐の話がクトリア城壁内でも知れ渡りだしてから、今までは恐れられつつも“穴蔵鼠”と蔑まれても居た俺達の立場がかなり変わって来ている。
 モロシタテムでの防衛戦については王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの連中が。センティドゥ廃城塞でのことは狩人連中が。勿論奴ら自身の手柄を自慢するのと同時にではあるが、あらゆるところで吹聴している。
 
 さらには貴族街じゃマヌサアルバ会の美食サロンに出入りする金持ちや王国貴族やらが興味本位に聞いてくるのを、彼ら流の「もったいぶった言い回しのやんわりした秘密主義的回答」で、より想像と憶測を掻き立てて噂になる。
 勿論一朝一夕に変わるわけではないが、畏怖と蔑みの視線の中に、賞賛と畏敬が紛れ増え始めている。
 その上“牛追い酒場”のマランダなんかも、酒の宣伝ついでに俺達の名を出すから、そっち方面からも評判がじわじわと上がってる。
 まだセンティドゥ廃城塞に残っているアダン辺りが戻って来たら、「うっひょー、マジか!? これで俺もモテモテだぜ~!?」と、大喜びしそうだ。
 
 再びしばしの沈黙。今度の顔は、また別の厄介ごとについて考えている。そんな顔だ。
 ややあってぶるりと顔をなで上げてると、ハコブは改めて俺たち全員へと改めて向き直る。

「今の状況は、確かに悪くない。いや、一部を除けばかなり良い。
 だからこそ“シャーイダールの正体”に関しては今まで以上に厳重に隠し通す必要がある。
 その上で、だ───」
 いったんここで言葉を切り、
「現状、最も気をつけるべき相手、秘密を知られてはいけない相手は誰か……分かるか?」

 俺は、眉根を寄せてオッサン達を見る。
 俺の中の答えはハッキリしてる。あの暴走する“ハンマー”ガーディアンをけしかけ、俺達を葬ろうと画策した正体不明の敵。ただ、正体不明だから、警戒のしようもない。
 
 だが続いてハコブから出てきた名前は意外でもあり、同時に言われてみれば全く異論の挟みようも無い相手だった。
 
「一番に警戒すべき相手は、ヴァンノーニファミリーだ。
 特にグレタ。あの女にこの事を知られたら、首に縄を掛けられるのと同じ───いや、それ以上に面倒なことになる」
 
 ここクトリアでは、取引相手だからと無条件に信用できるわけじゃ無い。ボーマ城塞のヴォルタス家みたいなのはむしろ珍しい方だ。
 特に城壁内の相手なら、貴族街の三大ファミリー含めて信用出来るかと言えば難しい。
 中でも、『銀の輝き』経営者、グレタ・ヴァンノーニ。
 旧帝国領に拠点を持つヴァンノーニ商会の娘の一人で、美しさと凶悪さを兼ね備えた烈女。
 あの女に比べりゃあ、ロジータもマランダもジャンヌも、そりゃみんな可愛らしいお嬢様だ。
 
「確かにな。あいつらに知られるってのは、ゾッとしねえ話だぜ」
 度胸の塊みてえなブルが、軽く肩をすくめつつそう返す。弱味を掴まれりゃ、どんな不利な取り引きをさせられるか分かったもんじゃない。
 
 やや冷えた場の空気だが、困ったことにまたさらに薄ら寒くなる話をしなきゃなんねえ。
 しかもこっちは……はァ……。
 溜め息とともにオッサンやブルをちらりと見、けどもまあ何せこれは俺の掴んできたネタなので、やはり俺から伝えるしかねえ。
 
「それとな、ハコブ。その、例の“暴走したドワーベン・ガーディアン”の事なんだがな───」
 その言葉にハコブの目が、ぎらりと濡めって鈍く光った。
 ……怖ェよ!
 
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