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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-52.マジュヌーン 川賊退治(35)-皆殺しのメロディ

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 ぐらぐらとしためまいと吐き気が絶え間なく俺を襲う。
 その原因は恐らくティドのツレであるゴロツキ共の手にした術具。手のひらに乗る程度の丸い凝った装飾の金属製で、真ん中に水晶みてーな宝石がある。多分あれは話に聞いてる魔晶石とかいうシロモノだろう。
 そいつで俺を囲んで閉じ込めた形。そしてその中心の俺に対して、何等かの術を掛けているのが孤児院の経営者であり“慈愛の母”グリロド。いや───。
 
「しっかしシャーイダール様よ。こないなガキ、わざわざ生かしておく必要もあらへんやろ?」
 なんとかして右肩を戻して立ち上がったティド曰わく、邪術士シャーイダールその人だ。
 
「ふん! 良いかい坊や。誰を殺し誰を生かすか決めるのはアンタじゃない、アタシだよ!
 余計な口を叩いて無いで、【悪寒の呪い】が効いてるウチにさっさと縛り上げな!」
「分かったて、シャーイダール様。俺がアンタに逆らうようなことは今まであったか? ないやろ?
 俺はこれでもシャーイダール様の忠実なしもべ、……っちゅーやっちゃで」
「どうだかね。縛り上げたら地下室へ連れて行くよ。残りの連中は見張りだ。
 まさかとは思うが、もしかしたらこいつの仲間が来るかもしれないからね」
 
 手早く縛り上げられ、俺は引きずられるようにして連れて行かれる。
 縛られている最中にも、【悪寒の呪い】とやらの効果は薄れだし、最初のような猛烈な吐き気とめまいはなくなりだしてはいるが、そのとき消耗した体力までは戻って来ない。抵抗らしい抵抗も出来ないまま、おれは地下室のボロい椅子へと座らさせられる。
 
「さぁて……。ふん、面倒なことになったね。そろそろここも潮時かもしれないが……その前にアンタ等がどんだけのことを掴んでるかを知っておきたいからね。
 さあ、知ってる事を全部お話し。そうすれば悪いようにゃあしないよ」
 
 老婆……いや、“シャーイダール”はそう言って来る。
 つまりは想像通りに、“慈愛の母”グリロドの変心は、文字通りに中身が入れ替わったこと……別人の成り代わりによって起きたことで、その成り代わっていた犯人がこのババァ……“シャーイダール”だと言う事だ。
 が……。
 
「俺が……知ってンのは、な……」
 手首を捻り、細かく動かすが、さすがにティドの野郎は手慣れてやがる。そう簡単に緩むような縛り方はしてねえようだ。
「ティドの糞は組合の裏切り者で、テメーに船便の予定や積み荷、護衛や規模の情報を流してた、ってのと……」
 おおっと、ティドが生唾を飲み込み……ややビビったな。図星みてえだ。
「同じく、街の色んな情報流して、襲撃したり誘拐したりの……手引きもしてた……ってのが、一つ」
 再びティドに恐れと驚きの気配。半分以上は宛推量。カマかけの反応、匂いで答え合わせが出来るのは、猫獣人バルーティ故の特性だ。
 
「なあおい、シャーイダール様よ。こないなってもーたら、今までのやり方ァ通用せんようなってまうで。
 このガキをぶち殺して、さっさとズラかった方がええんとちゃうか……」
「いいからアンタは黙っときな。
 で、他は何を掴んでるんだい?」
 
 さあて。ここまでも半分以上証拠も何もない。そしてこっから先も同じくそうだ。
 
「海賊……川賊共の頭目がアンタで、ウワサされてる“呪い”の主もアンタ。とは言え殆どは、印に書いた情報通りに、手下のゴロツキ共が襲撃したってだけの話だ。
 グリロドを殺して孤児院を密かに乗っ取り、孤児や浮浪児、宿無しなんかを奴隷として色んな連中に売り払い、川賊やならず者の奴隷兵に仕立ててた───」
 偽のグリロド……シャーイダールの反応は無し。
 その辺、ティドなんかよりも役者が上だ。そうそう簡単に本心を見せたりはしねぇようだ。
 いや……。
 
「フッフェフェフェ……。アンタ、“砂漠の咆哮”の二ツ目だって?
 ハッハ! 笑わせるね! 冗談じゃあない!」
 不意にそうケラケラと笑い声をあげる。
「とンでもない! 獣人にしちゃあ頭の出来が良すぎるよ! いいや、獣人にしちゃあどころじゃないね! アタシの手下の誰よりも頭が良いじゃないのさ!」
 さも愉しげに笑い続け、それから大きく息をして真顔になる。
 
「いいね。アンタ、アタシの手下になりな。そうすりゃ“砂漠の咆哮”で小間使いなンざしてるより、よっぽど良い目を見させてあげるよ」
 なるほど、そう来たか……。
 
 やや間を取って無言のまま目を合わせる。
「いいかい、誘うのはこの一回だけだ。二度目は無いよ。その賢い頭で、素早く答えを出しな」
 さて、こっからが……賭けになるな。
 
「───悪ィ話じゃあねえな」
 ボソリと、聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言う。
「けどそうだな……何つーかよ。アンタの言うとおり、俺は猫獣人バルーティにしちゃあ細けぇ事を気にしちまうタチだもんでね。
 お陰でそう時間もかからずここまで来れたワケだが、まだ色々引っかかることもある。
 そういうのが残ってると、座りが悪くてしょうがねェんだ。
 例えば───このティドが何で長年仕えていた組合長のキオン・グラブスを裏切ったのか……。
 これなんかは全く分からなかった」
 
 ティドと偽グリロドの双方へと視線を向ける。
 それを受けて二人もまた顔を見合わせ、それから偽グリロドの意を受けたようにティドがニヤつきながら口を開く。
「長年仕えとる……なんちゅうのは、何の意味もあらへんわい。
 あの間抜けでボンクラの下で、色々ちょろまかして遊んでられたからついとっただけや。
 俺はオヤジみたいに、しょーもない奴らに忠義を尽くすようなくだらん生き方はせえへんのや。
 仕える相手は、本当に力のある相手だけ。それがシャーイダール様やった……ちゅうことや」
 より利益のある強いヤツにつく。分かり易いっちゃあ分かり易い思考だな。
 
「キオンの年若い妻の死……そこが契機か?」
 一部でウワサされていた「最初の呪い」。それがこの男の変心に関係しているのか。
 そう聞くと再びティドはニタリと笑い、
「───あのアマは、俺が先に目ェつけとったんや。それをキオンのボンクラが横からさらいおって……ホンマ、けったくそ悪いやっちゃで。
 そしたらな……このシャーイダール様が……ククク」
 呪い殺してくれた───そう言うことか。
 
 さっきの【悪寒の呪い】とやらもそうだが、多分この偽グリロドのシャーイダールは、術具を用いた呪いが得意なようだ。
 さっきのは俺を殺す目的ではなく身動きを封じて捕縛する為に使ったが、あれと同等か、それ以上に効果のある呪いを長い時間かけて仕掛ければ───そりゃ“病死”するだろう。
 この偽グリロドのシャーイダールは、この街の中心に近い立場の手下が欲しかった。
 そこにうまい具合にピッタリとハマる奴がこのティドで、こいつのタチの悪い性質を利用するのに、キオンの妻を呪い殺して、「力を見せつけた」。
 
「小僧、シャーイダール様の力はホンマモンや。
 敵になるより、味方になった方が間違いあらへんで」
 得意気なティドに、その横で相変わらず感情の読めねえ面のままの偽グリロド。
 コイツら同士の結びつきに、川賊ならず者との関係も、だいたいは分かった。
 後は───のるかそるか。
 
「成る程ね。確かにそうかもしれねえな。
 けどよ───」
 一呼吸。いや、奴らの匂いを一嗅ぎしてからの間を置いて、
「その“ホンマモンの力”があるのに、何でシャーイダールの名前を騙ってるんだ、アンタは?」
 
「───は? 何言うてんねん、ワレ? 頭湧いとんのんかいボケぇ?」
 ティドの反応はどうでも良い。問題は偽グリロド。僅かに、僅かにだが、奴の発する匂いに変化が出る。
「……へぇ、アンタ面白い事を言うねえ。だがいったい何でそう思うンだい?」
 緊張、焦り……おそらくはそういう匂いが漏れ始める。
 
「俺はクトリアの家畜小屋育ちだ。薬吸わされて朦朧としたまま地下の檻の中で育てられていた。
 そン時に俺を“買って”……キープしてたのが邪術士シャーイダールだ。本物の……な」
 
 朧気な記憶のかけら。かつての───別の世界で生きてきた真島櫂マジマ・カイ としての記憶を思い出すより以前の、この世界の猫獣人バルーティとして生きていた頃の記憶。
 その中にいたシャーイダールは、確かに仮面を被り素顔は分からないが、シャーイダール自身は俺のことを認識していた。それを信じるのなら、俺のことを知らぬ者と見做すこの偽グリロドは、当然偽シャーイダールということになる。
 
「……成る程ねェ、そう言うことかい。つまりはアンタがアイツの捜してた“二重の魂”を持つ者かい。
 それじゃあ……」
 偽グリロドは凄惨とも言える笑みを浮かべながら、手にした歪なナイフを振り上げる。
「ここで始末しちまった方が良さそうだねェッ!!」
 振り下ろされる切っ先。それを、俺はかわすでもなく前のめりになって───喰らいついた。
 そのまま体重を前に傾けて偽グリロドごと床へと倒れ込む。
 
「な、何さらすンねんワレェ!?」
 叫ぶティドだが、俺と偽グリロドとが絡み合うこの状態じゃあ腰の曲刀を振り回すわけにもいかない。
 駆けつけ俺を掴んで引き剥がそうとするところ、俺は口に咥えてもぎ取った偽グリロドのナイフを一旦離し、床を利用して巧みに咥えなおすと切っ先を向けてそのまま刺す。
 叫びはそのまま悲鳴になり、ティドは内股を押さえてうずくまる。
 所詮口で咥えての刺し傷。深い傷じゃあない。俺は跳ね上がるようにしてティドの鼻面へと頭突きをかます。
 そのまま仰向けに倒れたティドへと、両手両脚は縛られたままでのしかかり頭突きを重ねる。
 
 背後に聞こえる奇妙な呪文。背を向けて無防備な俺へと、武器もなく力も弱い偽グリロドは、間違い無く魔法で攻撃をしてくるはず。
 それに、賭けた。
 
 背中を焦がすのはまるで雷。つまりは電撃だ。焦げる肉の匂いに痺れて痙攣する俺の身体。脳が真っ白になるほどの衝撃。だがそれ以上に湧き上がり渦巻くのは腹の底からのおぞましい嘔吐感。
 吐き出されるのは胃液でもなきゃ揚げナマズでもねぇ。
 俺の口からぬらりと現れるのはドス黒い歪んだ刃。
 そいつがまるで避雷針のように偽グリロドの放つ電撃を受け止め、吸収している。
 
「なっ……!? “災厄の美妃”ッ!?」
 
 偽グリロドの驚愕の叫びをファンファーレにして、主演女優が舞台に現れる。
 この気まぐれで傲慢な女が、俺の中から現れるのには幾つかのスイッチがある。
 一つは魔法による攻撃。そして強い敵意。
 あの“砂伏せ”達と死霊術士との件以来、幾度かの仕事や戦いの場でこいつの現れる予兆はあった。
 だが実際に現れたのはごく僅かなときのみ。じらし上手のこの女は、そうそう簡単には姿を見せちゃあくれない。
 
 だからいつでもどこでもコイツを頼りにしてらんねえが、こんな状況じゃ一か八か。偽グリロドが本気で俺への敵意を持って、魔法で攻撃してくる状況に持ち込まなきゃ勝ち目はない。
 そして俺は……その賭けに勝った。
 
 現れた曲がりうねる歪な黒刀は俺の身体の上を滑るようにして手の中に収まる。そして曲がりうねるその刃が手首を縛る紐を切り、俺はその自由になった右手で“災厄の美妃”を振るい足首の紐を切る。
 黒刀は変わらずに偽グリロドの魔力を吸収し続けている。前にモディーナと言う女術士の魔眼の魔力を奪ったときより激しく強い。あのときの魔眼は敵意はあったが殺意じゃなかった。その違いがこの反応に現れているのかもしれねえ。
 
「な、何だ!?」
「うわぁッ!?」
 異変を感じてか、上からぞろぞろ降りて来たゴロツキの手下どもが口々に何事かを喚く。
 どいつもこいつも間抜け面を晒して雁首揃えていやがるぜ。
 いかにも───今すぐその首を刈り取ってくれとでも言わんばかりに、だ。
 
 唐突に、粘ついたどろどろした衝動が強く身体の内を駆け巡る。
 黒い刃を握った右手から、偽グリロドから放たれる魔力が身体の中を渦巻いて、その渦が新たな衝動、欲望を沸き上がらせる。
 喰らい、殺し、なぶり、刈り取れ。
 魔力を奪い、生命を捧げろ。
 苦痛と、悲嘆と、叫びを降り注げ。
 
 それは───そうだ、この歪んで曲がりくねる黒い刃、“災厄の美妃”の意志だ。
 コイツが俺に、そう命令して……いや、違う。
 そう誘惑してきやがる。
 
 そうだ、俺の中にある怒り、殺意、暴力への渇望。
 それをくすぐり、呼び起こし、表へと誘い出そうとしている。
 その誘惑に乗り、流されたいという欲求。
 それに反発し、抗いたいという感情。
 その狭間で引き裂かれそうな感覚。
 
 実際の時間にして、それは多分僅かな時間だったろう。
 だがその硬直した隙間に、ゴロツキ共とティドはこけつまろびつ逃げ出して、偽グリロドはへたり込み力無く喘いでいる。
 偽グリロドの放っていた魔力も尽き果てたかになり、脈打ち黒光りする刃だけがこの薄暗いカビ臭い地下室の中でどくどくとした明滅と存在感を放っていた。
 
「……おま、おま……えが、何故……それ、を……」
 荒い呼吸の隙間に、そう掠れた声で聞いてくる偽グリロド。だがその答えはと言えば、
「知るかよ」
 とでも返すしかない。
 
 先程までの激しい嵐のような感情は過ぎ去っている。穏やかな……とまでは言わないが、少なくとも目の前の老婆をこの刃で突き刺し殺したいというような感情はもはや無い。いや、ゼロじゃあない。僅かに残ってはいる。だがそれは、十分に制御し抑えられる程度のものだ。
 そしてそうなればまた、あのモディーナの時と同様に右手のこの刃もいつの間にかなくなっているのだろうと、このときこの場面ではそう思っていた。
 
「───なんとも、思っていた以上に克己心が強いのですな、マジュヌーン」
 じわりと、まるで暗闇から滲み出すかにそこに現れたのは背の高い黒衣の男。いや、男なのか何なのか。全身を真っ黒な服で覆い、さらには木彫りの民芸品のような仮面を被った姿からは実際のところは定かじゃあない。ないが俺にはそのガラガラと鳴る笛のような声が、何故か男のモノのように感じられた。
 
「───誰だ」
「───シャーイダール……!?」
 俺と偽グリロドの声がそう重なる。つまりはそれが───答えだ。
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