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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-69.マジュヌーン 災厄の美妃(40)-暗闇でDANCE

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 サーフラジルはラアルオームと違い完全な猿獣人シマシーマ中心の町で、街中を歩いていても見るのはほぼ 猿獣人シマシーマ。たしか住人の七割近くは 猿獣人シマシーマで、残りはその他の獣人種。人間種はほぼ居ないそうだ。
 だから猫獣人バルーティの俺とスナフスリーもやや浮いているし、南方人ラハイシュのルチアなんかはそのままなら完璧に浮く。
 一応、ルチアは顔を隠すくらいの頭巾にベールをしていて肌の露出も少ない。猫獣人バルーティよりは匂いに敏感じゃない猿獣人シマシーマからはよくよく観察されない限りはバレないだろうが、逆に言えばよくよく観察されればすぐにバレる。
 なので、ルチアにとって今回の仕事は鬼門。何せここじゃ隠密に探ると言うことが不可能だからだ。
 
 その俺たち三人が今居るのは、カシュ・ケン達と泊まってる宿とは別の宿一階の酒場で、ここは“砂漠の咆哮”のメンバーが定宿にしている所。アティック同様に引退した過去のメンバーが経営しているらしい。
 
「……さて。で、どッから手ぇつけるつもりなンだ?」
 大樹と呼ばれる大木を大黒柱みてーに中心にして作られた独特の様式の宿の隅で卓を囲みつつそう切り出す。
 ルチアは“砂漠の咆哮”の中じゃ俺よりも名は売れている。
 実績もあるが、獣人主体の“砂漠の咆哮”の中では珍しい南方人ラハイシュの女戦士という“キャラ”が受けてる、てのもある。
 で、今回はこのサーフラジルでその名声を耳にした名家からの指名依頼が入ってるらしい。
 
 人捜し……ルチアが地道に調査して入手したサーフラジルに居ると思われるアールマール王国内部のリカトリジオスとの内通者の存在。
 現段階じゃあまだ確証のないそいつを探り出すというのは、表向きのその仕事を隠れ蓑にした裏の任務。
 ルチアはその表向きの任務があるから、裏でそいつをやってもらう誰かが欲しくて俺へと頼んだ。
 
「私は護衛任務をしつつ、ここの表社会の人脈からそれとなく手繰る。
 だからお前には裏社会から調べて欲しい。
 何にせよ今は情報が少ない。今回の護衛任務は長期間になりそうだから、じっくり地道に調べる時間はあるだろう」
 裏社会ね。まあそりゃ確かに俺向き……いや、少なくとも同期の中じゃ俺にしか向いてないだろうな。
 アホのアスバル、根っから陽性でお気楽なマハ、武人気質で腹芸の出来ないカリブルにゃ難しい。陰気で陰湿で粗暴な元不良。全く俺向きな仕事だぜ。
 
「だが……良いのか? お前一人で。今回はカシュ・ケンという猿獣人シマシーマを従者にしないのか?」
 そう聞くルチアだが、俺はこの件に関して奴に関わらせるつもりはない。
「アイツは基本騒がしいからな。こーゆーのには向いてねえ。なに、他にも伝手はあるぜ、それなりによ」
 ひらひらと手を振ってそう答えておく。
 実際、他にも伝手はある。というより、それこそが面倒な俺にとっての本命の話。
 つまりはバナナ酒の取引先探しも、ルチアの人捜しも、どちらも俺にとっちゃ「表向きの話」であって、その実ここサーフラジルに来たのには別の用件と別の相方が居る。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 猿獣人シマシーマ……と、大雑把に括られちゃあいるが、実際にはまたさらに大きく五つの民族に分かれているそうだ。
 
 アールゴーラ族。巨体で力強くタフ。戦士の民族とも呼ばれ、アールマールの王族でもある。ゴリラっぽい、と言えばわかりやすい。
 
 シャブラハディ族。神官の民と呼ばれ、アールゴーラに次いで巨体で力強いが太りやすくて鈍重。最も知恵があるともされる。何に似てるかと言えばオラウータンとか辺りか。
 
 アシャバジ族。カシュ・ケンがこの民族だ。全体的には痩せ身で小柄。特に素早く手先が器用なチンパンジーやニホンザル的な、俺たちが「猿」と聞いて一番最初にイメージするようなタイプだ。人間社会で知られる猿獣人シマシーマのステロタイプなイメージの「素早く、手先が器用で社交的」てのの大元もこの民族由来。商人や職人が多く、全体の人口も多い。
 
 クァド族。パッと見だとアシャバジ族との差があまり無いように見えるが、全体的にはやや大きく頑強な体格。他の民族よりも粗野粗暴だとも言われる。農民や、狩人、兵士などの所謂ブルーカラーな肉体労働者が多い。イメージとしちゃあヒヒ系、マンドリル系とかそーゆー感じか。
 
 最後は一番小柄なリムラ族。人間で言うなら子供、幼児並の体格で、素早さなら群を抜いているが、当然力はめちゃ弱い。のみならず頭の方も“幼児並”と見なされ……要するに馬鹿にされている。社会的地位はほぼ底辺で、ぶっちゃけ半分奴隷みてーな扱い。
 外見上のもう一つの特徴としては、耳や目がやたらデカいヤツが多い、てなとこか。アイアイとかリスザルとか、まああんな感じかね。
 
 猿獣人シマシーマの社会には、いわゆるその身体や身分を金で売り買いされるという意味での奴隷制度はない。だが、だからッて社会の中、また民族間の差別や格差が無いッてーわけじゃ無い。
 この並べた順番はほぼそのままアールマール王国内での社会階級とイコールで、王侯貴族や上級の軍人はアールゴーラ族が占めている。神官や文官、高級官僚はシャブラハディ族。商人や職人、下級役人など、街中でやや上位の暮らしをしている中間層をアシャバジ族。下級兵士、力夫に農民や狩人など、前世で言うところのブルーカラーの肉体労働者をクァド族。そしてそれらすべてから「良いようにこき使われている」のが、最底辺のリムラ族、てな具合だ。
 前世の人間同士の民族や人種格差、差別よりもえげつないのは、前世でそれらの口実として言われていた「生まれながらの人種、民族の能力差」ってのがほとんど嘘デタラメによる決め付けでしかなかったのに対して、猿獣人シマシーマ社会で格差を生む一つの理由である民族ごとの生来的差は、ある程度の個人差を除けばほぼ事実だッていう事だ。
 
 実際に王侯貴族のアールゴーラ族は他民族より抜きん出て頑強で強く、そして賢い。
 民族的な能力の高さが、そのまま支配者としての地位を保証している。
 
 だが。
 この民族的格差が完全に社会の中でがっつりとガチガチに決められ動かないモンかっつうと、ぜってーッてワケでもねえ。
 能力が高く、生まれながらに支配者の地位が保証されたアールゴーラ族でも、転落することはある。
 
 例えばこいつ……ムスタみてーに、な。
 
 
 暗がりの中からぬうっ、と現れるのは、まさに闇の中から滲み出るかの黒いアールゴーラ族の大男。
「予言を信じるようになったか、“災厄の美妃の主”よ」
 ムスタと言う右目に傷痕のあるそいつは、アルアジル言うところの“聖域”で会った猿獣人シマシーマだ。
 そして今回、俺の従者として働く……と言うことになっている。
 
 アルアジルの言う“闇の手”という結社は、言い換えれば“災厄の美妃”の信奉者の集まりでカルト教団の信者どもだ。
 そしてその信仰の対象である“災厄の美妃”の持ち手が現れれば、その手足となり働くのが務め……てな事らしい。
 俺から言わせりゃ、イカレたキモいストーカー集団。
 訳も分からず“災厄の美妃”とかいう呪われ曲がりくねった曲刀の持ち主にされた挙げ句、トカゲだのゴリラだののイカれ野郎どもに監視されつきまとわれている。
 ストーカー防止ナンタラもありゃしねえから、連中のつきまといを止めさせる方法は当然ねえ。何より面倒なのは、知識っつー点で言や間違いなく連中の方が“災厄の美妃コイツ”について詳しいッてことだ。
 ボコボコに痛めつけて知ってることを全部吐かせる……なんて不良の喧嘩みてーなので済むンなら話は早ぇが、あのトカゲ野郎からしてそんなチョロい奴じゃねえ。
 
 そして何より今ムスタが言った言葉───予言。
 
「さてな。コレが本当に“予言”とやらの言う通りのことかなんざ、まだ分かりゃしねえだろ?」
 
 分かりゃしねえんだよ。まだ……な。
 
 改めて、俺とムスタは、この薄暗い地下酒場の隅の席で密談を続ける。
 乱雑で日の当たらない、入り乱れた路地の奥のさらに奥。店構え自体荒ら屋同然の薄汚ェ安酒場の地下室……いや、穴蔵だ。
 ここはムスタが裏で経営している隠れ家の一つらしいが、マトモな客どころか意識のハッキリした客すら来ないボロ安酒場だから、ある意味外に少しばかり声が漏れても聞かれることはほぼ無いと言う。
 その薄暗い地下室には作りかけの粗悪なバナナ酒やカビの生えかけた芋に干し肉やらが散乱し、厨房の奥にあるヤバい薬を作る調合台の周りには干したハーブや麻薬、毒草なんかが所狭しと置かれてる。
 
「この街のそれなりに大きなゴロツキ集団は三つある。
 勢力は民族ごとに別れてて、シャブラハディ族の“赤ら顔”、クァド族の“銀の腕”、アシャバジ族の“輪っかの尾”がそれぞれの元締めだ」
「シャブラハディ族? 連中は神官だの文官の民族だろ? それがゴロツキ集団になんかなるのか?」
「だからこそ、だ。分離した異端教派の成れの果て。王の温情で根絶やしにならぬものだから、しつこく生き延びている。
 表向きは貧民に医療と施しを提供する慈善団体だが、裏では毒や麻薬を売り買いしているとも言う」
 
「インテリ経済ヤクザが半グレ化して新興宗教教組織してるみてーなモンか」
「どういう意味だ?」
「気にすんな、コッチの話だ。
 で、他は?」

「アシャバジ族の“輪っかの尾”は、主に賭博で稼いでいる連中だ。下層地区のあらゆるところに賭場を開いて居る。元締めは“ダイスの王さま”を自称しているが、当然王族とは無関係だ」
 新興宗教のお次は博打うち。コッチの方が分かり易いな。
「最後はクァド族の“銀の腕”だ。こいつらは人足頭で、日雇いの荷運び、人足どもを取りまとめているが、裏では奴隷売買をしているとの噂がある」
「奴隷? アールマールには奴隷制は無いんじゃなかったか?」
「そうだ。だから王国内ではなく王国外に売る」
 ……なるほど、そりゃそうか。
 だがそうなって来ると、分かり易くもなるが……さて、どうだ?
 
「ムスタ。コイツ等同士の関係性はどうなんだ?」
「“赤ら顔”は表向き慈善団体だから我関せずだ。悪事には荷担してないし擁護もしないと言っている。罪あらばその懺悔を受け入れるともな。
 “輪っかの尾”は自ら王さまを名乗るだけあり傲岸不遜。わらしのようなリムラ共を周りに侍らせ、他の連中を小馬鹿にしている。
 “銀の腕”は人足頭という性質上、クァド族主体ではあるが関わる民族は雑多だ。“銀の腕”本人にも人望があり、手下の荒くれ共が他の連中を敵視してる」
「火種はくすぶって居るが、表立ってやり合うほどじゃねえ……と」
 
 俺は考える。コイツ等のこと? 予言のこと? いや、それらを含めたこの先のことだ。
 
 ▽ ▲ ▽
 
『───西より立ち昇りし暗雲。“漆黒の竜巻”が静かに嵐への予兆を携えて来るだろう。
 山の頂の玉座は荒れ、暴威と奸計と裏切りの果てに、岩と丘に囲まれし町は火の渦へと巻き込まれ燃え落ちる。
 妖しき仮面の裏には卑小なる魂。捜し人の選択を誤れば、多くの命が失われ、多くの悲嘆が生まれ出る』
 
 アルアジルの告げた「予言の言葉」は、ハッキリ言ってどうともとれるしどうともとれない、いかにもインチキ占い師の戯言みてーなもんだ。
 “漆黒の竜巻”はルチアの事だろう。だがその二ツ名を与えたのは“砂漠の咆哮”の訓練教官であり、その実裏ではアルアジルと通じていた“災厄の美妃”の持ち手だったヒジュル。
 だからアルアジルが適当にでっち上げた“予言”にその名が出てても何も不思議じゃねえ。
 
「俺も“予言”してやろうか?
 『間抜けなトカゲ野郎は、間抜けな予言をでっち上げた後に、臭い屁をしてから寝るだろう』
 屁が臭ェのは肉の食い過ぎだ。野菜も食えよ」
「健康へのご配慮痛み入ります。
 “予言”についてご不審なのもそれは当然。しかし───あなたに“精霊憑きマジュヌーン”の二ツ名を与えたのもまた“予言”に依るもの……となればどうです?」
 
 俺の下らねえ揶揄に構いもせずのアルアジルの答え。ああ、全くその通りだぜ、糞ったれが。
 “精霊憑きマジュヌーン”。この世界の言葉じゃねえ。確かあのテレンスの話じゃアラビア語だか何だかだ。
 
「───お前、あのときのアラブ人なのか?」
「いえ、それは知りませんが」
 飛行機にいたあのアラブ人がこのアルアジルというこのトカゲ野郎に生まれ変わりさせられてた……てーんなら分かり易い。とぼけてるのかそうじゃねーのか。相変わらず感情のまるで読めねーウロコ顔だ。
「あの飛行機に乗ってて、真っ赤な荒野で爺に生まれ変わりをさせられたんじゃねーのか?」
 顔の真ん中にあるデスクロードラゴンとやらの大きな爪痕含めて、人間の感覚からすりゃ恐ろしく凶悪な俺の顔を近づけて凄むと、
「───おお、やはりそうですか。
 まさに“預言”の通り……! 貴方は直接“辺土の老人”グィビルフオグとの謁見を経ているのですな!?」
 そうやや勢い込んで言う。
 
 アレが……まあそうだな、「邪神との謁見」だっつーなら、確かにそうなんだろう。
 タチの悪ィいかれ爺に目を付けられたうちの一人。それはそうだ。
「……何でそれを知ってる?」
「ですから、それが“預言”であり“予言”なのです。“辺土の老人”グィビルフオグとの謁見を経てこの世に蘇りし、“大いなる魂”を持ちたる者。それこそが“精霊憑きマジュヌーン”……。クトリアの地下にて目覚め、ヒジュルの後継者となるべき者……」
 と、そいつが“預言”の言葉だっつうなら、確かにそりゃ俺の事かもしんねえ。
 そしてそれがあの爺の思惑通りなのか、またトカゲ野郎言うところの“災厄の美妃”による生みの親の糞爺への反抗からのものなのか……。
 そこが俺には分からねえし、結局分かろうとすること自体が無駄なのかもしんねえ。
 
 ……そう。結局分かりようもねえ邪神だの刀だのの思惑を推し量ろう、なんてのが無意味なんだ。
 重要なのはそこじゃねえ。
 その“予言”とやらが俺にどう関わり、何を意味して何をもたらすのか……?
 まず第一に重要なのはそこンところだ。
 
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