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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-90.J.B.-Eastside Woman, Wastland Man.(東地区の女、荒野の男)

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「さあな、知らねえな」
 端的に素っ気ない返しをする南方人ラハイシュの男は名をカラムと言い、火砂神モトムチャンガの加護の入れ墨をしている。俺とは違う村の出身で、同じくリカトリジオス軍からの逃亡奴隷の一人。
 火砂神モトムチャンガの入れ墨は無尽のスタミナをもたらすとされていて、まあそれは大袈裟に言い過ぎとしても、常人と比較にならねーほど長時間身体を動かし続けられるタフな戦士の部族。
 
 カラムは反乱時に負った怪我が原因で左腕が壊死してしまい肘から先がない。簡単な義肢をつけているが、今は戦士としては一線を退いていて、東地区でちょっとした酒場の経営者だ。
 元々はここに来た頃に酒場をやっていた女主人に気に入られて働いていたのが、一年ほど前にその女が死んじまっただか何だかで跡を継いだ……てな事らしい。
 俺との仲は……まあハッキリ言って良くはねえ。モトムチャンガの部族とシジュメルの部族自体もともと友好的じゃねえが、俺からすりゃあそんなのはどーでも良い。ただ単にコイツとは奴隷だった頃も、その後の反乱後の逃避行の最中にも良い関係が作れてなかった、てだけだ。
 
「他に“加護持ち”の話は聞かねーか?」
「ここにゃ確か南方人ラハイシュだけで200かそこらは居るがよ。お前みてーな半端者も含めりゃ“加護持ち”は30人くれーかな。だが知ってる限りじゃあ、シジュメルは1人もいねえな」
 半端者、てーのは、俺みたいに全ての入れ墨魔法を入れ終える事が出来なかった奴のこと。
 加護の入れ墨を入れる風習のあった村、部族はそう多くない。それにボバーシオみてーな街住みになってった南方人ラハイシュなんかじゃ、加護の入れ墨魔法の存在すら知らねー奴の方が多い。俺たち同様にリカトリジオスの奴隷狩りで捕まり逃げ出したグレントなんかの村は、北西の沿岸部にあった小さな漁村だそうだが、加護の入れ墨魔法のことなんかちらとも知らなかったそうだ。ある種の民族的伝統も、都市化とともに廃れていく……てなところか。
 
 取りあえずは話を切り上げ、他の“加護持ち”を当たり聞き込みを続ける。
 いわゆる悪所、たちの悪い連中の吹き溜まりみてーな区域にまで出張ってみたが収穫はなし。
 いや、いらねー収穫しかなし……てとこか。
 
 大柄で筋肉質。傷のある凶悪な面構え。
 数人のごろつきを取り巻きにした親分格のそいつは、褐色というよりさらに黒い肌をした南方人ラハイシュ
 右手にゴツい篭手をしているが、多分ありゃあ魔獣の爪やら牙やらでゴテゴテにしてある。あれで顔を殴られたら、かなりの面になっちまうだろうな。
 
 そう言う、かなり分かり易くハッタリをかました格好の、見るからにたちの悪そうな大男が、狭い路地でガッ、と脚を突き出し道をふさぐ。
 丁度踏切の遮断機みてーなもんだが、それほど脚は長くもねえ。
 
「きれいななりしてんじゃねえか。だが、コッチにゃお前さんの楽しめるようなモンは特にねえぜ」
 
 カラムの酒場の裏手から進んだ奥、比較的改修保全の行き届いてる東地区にしちゃかなりボロい建物がひしめいてるが、住んでる連中の見た目に目つきも同様。市街地に比べりゃ貧富の差も少ないらしいって話だが、ここらは東地区の貧民街と見ても良いだろう。

「ちょっと人探しでね。入れ墨持ちの南方人ラハイシュを知らねーか? 昔の知り合いかもしれねーんだ」
 言いつつ、やんわりとそのたいして長くもない脚をそっとどける。
 
  大男は革製のつば広帽を被り、同じく革製の胴当て。かなり目立ったゴツい篭手もそうだったが、よく見りゃ黒光で鱗がうっすら浮かび上がったそれも、恐らくはオオヤモリの革製。
 クロオオヤモリは成体になっても魔獣化しなかったオオヤモリだから特別な魔法効果はないが、加工の仕方によっちゃやや防御力が増す。
 他の取り巻きにしても、市街地のチンピラに比べりゃかなり装備の質が良い。全体に使い込んでボロくもなっては居るが、実際に魔獣や猛獣と戦って手に入れたにしろ、誰かから買ったにしろ、それなりの実力や財力がなきゃ手に入れられない。
 
 とは言え、明らかにそれら全部よりも高額高性能な古代ドワーフ合金遺物の“シジュメルの翼”を身に付けた俺を相手にゴロを巻くってのは、お世辞にも賢い振る舞いたぁ言えないわな。
 数にまかせて押し切れると思っているのか、はたまた見た目以上の“奥の手”を隠して居るのか分からねーが、少なくとも俺が逆の立場ならこうはやらない。
 
「入れ墨持ちだ? はっ! おい聞いたか? 誰かこの兄ちゃんの言う入れ墨持ちに心当たりゃあねーか?」
 周りを煽るようにそう声をあげると、取り巻き連中が下卑た笑いでそれに応える。
「聞いたか? ここらにゃ居ねえよ。余所をあたりな」
 
 毎度思うが、この手の奴等ってのは何故こうもわざわざ自分から率先して、「ここに探られると困る事があります」てな自己申告してくんだろうな。まあ暴力の匂いをちらつかせて追い返せば問題ない、てな考えなんだろうが、その手は相手を見て使うべきだろう。
 
「そうかい、手間をかけたな」
 俺はゴロツキ共の笑いを背にしつつ、そう答えて踵を返す。勿論帰るつもりでじゃない。別ルートから進むつもりで、だ。
 
 まだ午後に入り始めの気だるい時間。雲一つない晴天は鮮やかなスカイブルーで塗りたくったキャンバスみてーに青い。
 こんな時間じゃ隠れることも出来やしねえ……てなのは考えが浅い。実際のとこ暑くてかったるい昼下がりに、わざわざ太陽照りつける空の様子なんか見る奴も殆ど居ない。
 東地区を一旦出て、やや離れた位置で上空へ高く舞い上がる。そこから今度は“シジュメルの翼”の背から広げた魔法の羽根で、グライダーみてーに緩やかに滑空し、さっきのゴロツキ共の居たところからやや奥の、そこそこ具合の良い建物の屋根へとふんわりと着地。
 この先に俺の目当ての元村人が居るかどーかは分からねえ。だがまあこれから同じ国としてやってこう、ってな所で、ああまであからさまに「裏で何かやってます」みてーな態度の奴が居たら、レイフの為にも探っておいた方が良いだろう。
 
『よう、おっさん。感度良好か?』
『おうおう、まあまあだな。お前さんの鼻息も聞こえそうだ』
『嘘付け。こりゃ音じゃなくて思念を伝えてるんだろ?』
『おっと、バレたか』
  
 買うとかなり高価だという伝心の耳飾りは、レイフとおっさんの共同製作。探索やこういう潜入時に無線通信でバックアップを得ながら作戦行動が出来る便利ものだが、あまり離れると届かない。
 同じ街中なら全く問題ないし、ちょっとしたテストを兼ねて今回使用してみることにした。
 
 日除けの天蓋があちこちに張られて居る分、なおさら上には目がいかない。
 俺は変装のために持ってきた、ぶかぶかな大きなフードつきトーガを頭からすっぽり被り、腰紐で軽く結ぶ。背中が膨らみ不恰好だが、“シジュメルの翼”は隠れる案配だ。
 それから、人の少ない路地の一つへと降り、辺りを伺いつつ移動していると……。
 
「ねェ、アンタ」
 
 気をつけて降りたつもりが、少し歩くとすぐさまそう声をかけられ、俺は心の中で軽く悲鳴をあげた。
『うおう、何だ?』
『……何でもねえ、声をかけられただけだ』
 
 平静を装いつつ振り向くと、そこには胸元を広げて露わにし、また太股まで切れ目の入った服を着た女の姿。
 明らかに娼婦の格好だが、一番に目を引くのは顔だ。見た目が良い悪いじゃあない。恐らくは元々の顔立ちは整っている方だ。多分な。
 だが、その整ってただろう顔の上半分がほぼ焼けていて、一部は完全なケロイド状になっている。ヴェールと頭巾で隠しちゃいるが、それでもその痛々しい傷跡は目に入る。
 メズーラのこともあるから火傷のひどい顔にゃ馴染みがある。ただメズーラはまだ顔前面の右上半分、面積で言えば顔面の四分の一くらいだ。けどこの女の場合、鼻から上、おそらくは頭頂部に到るまでほぼ全てが火傷を負っていて、頭髪も殆どなく襟足くらいに生えてるだけだろう。
 
「───何か用か?」
 この女に……ではなく、周りの気配に注意しつつ振り返る。
 囲んでるかの気配はなし。少なくとも近くにいるのはこの火傷の女だけのようだ。
「用があんのはあたいじゃなくあんたの方だろ?」
 そう言いながら、女は上体をくねらせるようにしてしなだれかかり、耳元へ口を寄せると小声で囁く。
「さっき糞野郎の“聖人”ビエイムと話してただろ。あのバカに見られたくないなら───」
 言いかけた言葉がそこで止まる。
 
「よう、サリタ」
 粘つくような下卑たその声には聞き覚えがある。先ほど絡んできた、筋骨隆々の南方人ラハイシュの男。
 あいつの手下の一人に違いない。
 
 顔は向けず横目にちらりと見つつ、気配だけを探ってみる。
 人数は三人ほど。さっき居た手下共の半分以下か。 親玉臭いごつい篭手をした大男はいないが、その男の横にいた年かさの 南方人ラハイシュの男がいる。
 いかにもくたびれた中年男という感じのたれ目男は、風貌にはさして特徴はないが、やたらに目立つ兜を被っている。
 あれは多分、昔のクトリア親衛隊が被っていた兜だ。ドワーフ合金製で、硬さという点じゃばっちりだが、飾りや装飾がやたら多く取り扱いがちょっと面倒。つまり、実用性はちょっと低い。
 とは言えその分、ハッタリが効くのは間違いない。
 ただこの男、つけている他の装備がこの街お得意の魔獣素材製。 トータルコーディネートとしちゃあちぐはぐすぎて、むしろ間抜けにすら見える。
  
 親衛隊兜男はむっつりと押し黙ったまま腕を組み、俺の方へと軽く顎をしゃくる。
 それを受けて、横にいた痩せたチンピラ男が、
「おいサリタ、そいつはよそ者だな? 一体誰なんだよ、ええ?」
 と、やはり粘ついた甲高い声でがなり立てる。
 それを受けたサリタは、
「客だよ、見てわかんないのかい、このボンクラ?」
 と睨む。
「はァ!? 客だァ!?」
 サリタのごまかしの答えへと、半ば食い気味にそうまくしたてるチンピラ男。
「おい聞いたかよ、みんなよ!? あのサリタにまだ金を払うってなもの好きがいたとはね」
 そうわかりやすく下品な、挑発と侮蔑。
「黙ってな祖チン野郎!」
 受けるサリタの啖呵も見事だが、ここでこいつらとの揉め事が長引いても、俺からすれば面倒なことになる。
 俺はサリタの腰へと腕を回し、ぐいっと引き寄せるようにして抱しめる。それからヴェールに隠れていた頬や耳元へと、貪るようなキスの嵐。
 最初は一瞬面食らったような反応をしたサリタだが、すぐに俺の意図を読み取り、同様に腰から背中首元へと腕を回して抱きしめ返しながら、
 
「客はもう待ちきれねえってよ。
 あたいらが稼げば、そのぶんだけビエイムに入る金も増えるだろ、違うかい?
 だったら邪魔なんかしないでさっさと失せな!」
 そう言いながらサリタは少しずつ位置を変え、扉の向こう側へと移動を始める。
 
 痩せチンピラ男は窺うように親衛隊兜男へと視線をやり、男が無言のまま頷いたのを確認すると、
「へっ! だったら頑張って金を稼ぐことだな!」
 と、 捨て台詞なんだかそうじゃないんだかよくわからない言葉を残し、連れ立って立ち去っる。
 とりあえずはこのサリタという女のおかげで、面倒事からは逃れられたようだ。
 とりあえず今は、な。 
 
 ◇ ◆ ◇
 
 招く先はボロくて薄汚い古い集合宿舎の一室。広くはない薄暗い部屋の中には、半ば壊れかけのボロい椅子と壊れかけのカウチに、テーブルと幾つかのチェスト。片隅には水瓶とぶら下がった干し肉や野菜に果物。レンガと粘土で作られた小さなかまどの上には汚い鍋。
 そしてそれらの中じゃあまだ状態の悪くないベッドが壁際にあり、寝藁とシーツが乱れている。
 
「来なよ」
 そのベッドに座りつつ、女は自分の横を指し示す。
「なあ、悪ィがそーゆー遊びのために来たワケじゃねーんだわ」
 そう返すと再びやや小さめの声で、
「ばか、良いんだよ。奴らの手下が覗いているかもしんないんだからさ」
 言いつつ女が俺の手を引くと、そのまま俺は倒れ込み、女の脇のベッドに座る。
 どういうつもりか。何にせよこの女はさっきのチンピラ野郎にとっちゃ知られたくないだろう事を知っている。そういう可能性があるのは確かだ。
 
 そう思い相手の出方を少し待つ。待つと女は俺の目をじっと見るように数秒。それから軽く自嘲するように笑ってから口を開く。
 
「はは! このご面相だから、もしかしたら覚えて貰ってるかもと思ってたけど───はぁ……。この様子じゃ全然ダメっぽいね」
 言いながらベッドに身をなげうつようにごろりと横になると、再び軽く笑う。
 
「あ? もしかして前に会ってるのか?」
 まじまじと見返しはするが、やっぱりどうにも覚えちゃいねえ。
 再び、女は少しだけ口角をあげてから、
「センティドゥ廃城塞───あそこでね。
 アタシは魔人ディモニウムどもの捕虜……奴隷として奴らに“売られて”たのさ」
 
 
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