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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-105.マジュヌーン(57)死者の都 -さあこいよ

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 試合に勝てば勇士として迎え入れ、負ければ奴隷か殺されるか。この二択、一見すると自由か死か、とも受け取れるが、実際はどっちの選択にも自由はねえ。
 勇士として迎え入れるとは言うが、結局それは奴らの戦奴になるって事だ。
 つまるとこ、従うか、より酷い条件で従うか、それが嫌なら死ぬか、だ。
 
 リカトリジオス兵士どもは、食屍鬼グール化しているというのに、まるで生きてた時同様に規則正しく、規律正しく、交代で見張りと周囲の警戒とを繰り返してる。
 まあ実際のところ、俺は生前の奴らを知ってるわけじゃねえが、死んだというのに生きてた時と全く同じような行動を繰り返す、ってのは、滑稽な様で恐ろしくもある。
 そしてある意味、一度死んだってーのに、またこうやって馬鹿げた争いを繰り返してる俺も、似たようなもんかもしれねぇぜ。
 
 にしても、奴らの話を色々聞いてみるに、確かに俺の想像通りの状況だったようだ。
 まずカリブルたちが廃都アンディルの食屍鬼グールに襲われた。町の外まで出てくる食屍鬼グールが居たってのは想定外だが、何にせよそこでひと悶着あったようだ。
 その状況に、アンディルの食屍鬼グール達を排除して、リカトリジオス軍の新たな拠点にしようと送り込まれた斥候部隊が遭遇し、凶暴化している食屍鬼グールの群れと戦闘になった。
 奴らは凶暴化した食屍鬼グールを打ち破り撃退した……と、信じ切ってる。だが、“災厄の美妃”の反応からしても、一度全滅し……その後食屍鬼グールとして蘇った。
 この寺院跡らしい建物で野営をし数日、再び食屍鬼グール達が襲ってきたりはしてないらしい。それを奴らは、この寺院に食屍鬼グールを避ける結界か何かが残っているのだろうと都合良く解釈してる。が……、多分そうじゃねえ。ただ単に既に食屍鬼グールと化してるから襲われないだけだ。
 
 と、このぐらいのことを聞きだせたらもうここにゃ用はねえ。
 コイツらは食屍鬼グールへとなりたてだから、そうそう簡単には凶暴化しねえだろうが、実際はいつそうなるかなんて分かりゃしねぇからな。
 
「小便に行くぜ」
 そう言って立ち上がり、寺院跡の隅の方、出口の見える方辺りへと進んでいく。
「待て」
 呼び止めるシェパード隊長。
「なんだよ、漏らすぞ?」
「そうではない。供を一人連れて行け」
 言われてつけられるのはさっき戦ったカリブルもどきだ。
 なるほど、勝つか負けるかで立場がガラッと変わる。 もちろん見張りの意味もあるだろうが、この群れの中での立場上下関係は、こういう風に決まったのか。
「勝手にしな」
 まぁ最悪、こいつをもう1度叩きのめしてから逃げればいいだけの話。
 そう思い薄茶色の短毛をしたカリブもどきを後ろに連れて歩いて行く。
 
 しかしまぁ……と後ろについてくるカリブルもどきをちら見しつつ、改めて思うが、実際このカリブルもどき、色違い2Pキャラクターかってぐらいカリブルに似てやがる。
 たがそこで不意に気付く。いや、ここまで気付かなかった事が間抜けだ、てな事に、だ。
 
「……おい、お前……」
「何だ?」
「もしかしてお前の部族の名前、“猛き岩山”……って言うんじゃねえのか?」
「そうだ。なぜ知ってる?」
 
 何故って? そりゃ、カリブル本人から聞いたからだ。
 おそらくカリブルの部族、“猛き岩山”の連中の特徴は、背があまり高くなく筋肉質。マズルは短く潰れたような顔立ちで、垂れ耳短毛。まあ前世で言うところのブルドッグ似、ってことだ。
 犬獣人リカート猫獣人バルーティも、また猿獣人シマシーマもだが、獣人種ってのは民族的部族的特徴っていうのが、人間種に比べるても極端にわかりやすい。部族間の混血でもなきゃ、親兄弟なんてなほとんど同じ顔が揃ってると言ってもいい。
 もしかしたらそれには前世の人間的感性や知識の下地があるからってのもあるかもしれねーが、ぱっと見雰囲気で似てると思えば、大体は同じか、近い民族、部族だったりする。猫獣人バルーティのはぐれが集まって作った新しい部族なんかを除けば、大体はそうだ。
 
 ……あー、糞! だからマジで本当めんどくせえぜ。
 とにかくこのカリブルもどきはカリブルと同じ部族。つまり、カリブルの奴が取り戻したいと考えている対象そのものだ。
 だが既にこいつは食屍鬼グールと化してる。リカトリジオスの戦奴から解放し、部族の仲間を取り戻す……てな話じゃ終わらねえ。
 いや、こうなりゃいっそ……。
 
「どこまで行く気だ?」
 カリブルもどきに不意にそう言われ、 ようやく気づいて辺りを見回す。すでに今の場所は例の寺院跡っぽい場所から離れて2、30メートルは進んだところ。
「俺は小便する場所にこだわるタチなんだよ」
 そう適当なことを言いつつ、辺りを見回す。
 
 石造りか日乾しレンガと粘土の組み合わせが基本の砂漠の町。ラアルオームもそれに近いが、密林地帯から豊富に材木も採れるので石ばかりってな感じじゃねえ。比べりゃここなんかは半ば砂に埋もれてるくらいの場所。昔は街中にオアシスもあったってな話だが、今はその影もなく干上がっている。
 
 こんなカラカラに乾いた瓦礫の廃墟で動き回れんなあ、確かに食屍鬼グールぐらいか。こんなところにどうやって新しい野営地を建設しようとしているのか。確かに守るにゃ向いてるが、飲み物食料、物資の補充にゃ難がある。
 
 まあ、奴らの思惑なんてなぁこの際どうでもいい。 先遣隊は壊滅して食屍鬼グールになったし、後続の本隊だって、このままやってくりゃあ二の舞だろう。
 とにかくさっさとカリブル達を見つけ出してオサラバする……と行きたいが、まあ、そうもいかねーか。
 
「……分かるか?」
「何だ……むッ!?」
 瓦礫の陰から飛びかかってくる影は 四体、いや五体か?
 リカトリジオス兵士たちとは違う。明らかに干からびたミイラか餓鬼のような姿をしている。 肌は干からび毛は抜け落ち、眼窩は窪んで、そこにあるのが目玉かどうかも分かりゃしねえ。
 奴らの狙いは全て俺だ。そりゃ当然、奴らにとっちゃ食いでのある生き物はここには俺一人だからな。
 
 疼く胸の痛みに、未だ感じる嘔吐感。最初の頃に比べりゃ全然マシだが、右手を心臓の上に押し当てると、そこから突き出される“災厄の美妃”の柄を握る。
 囲むやつらに回転一閃、どす黒く歪に曲がりくねった刃が、奴らの身体を切り裂くと、そこから煙のように、あるいは粉のように黒くなった粒子みてえなのが吹き出しては、刃の中に吸い込まれる。
 
食屍鬼グールどもかッ!?」
 カリブルもどきは背負っていた馬鹿でかい棍棒を手にすると、そいつを振り回しまた突き入れて応戦する。
 戦い方の相性と駆け引きのおかげで、さっきの試合じゃ俺が圧勝したが、このカリブルもどきだって別に弱いわけじゃねえ。
 パワーに関しちゃ明らかに俺よりはるかに上。棍棒の一撃で、食屍鬼グール一体の頭蓋を粉微塵に砕いていく。
 
「なかなかたくさん気配がするぜ。 ビビったんならあっちに戻ってもいいんだぞ?」
「抜かせ! 試合では不覚を取ったが、食屍鬼グールになど臆するものか!!」
 今までどこに隠れてたんだってぐらい わらわら湧いて出てくるぜ。
 年季の入った食屍鬼グールの皆さんも、たとえ相手が同じ食屍鬼グールとはいえ、攻撃されりゃあ反撃もする。 
 俺とカリブルもどきへそれぞれに飛びかかる食屍鬼グールども。さて、俺としちゃあこの混乱に乗じて抜け出したいところだぜ。
 
 その食屍鬼グールの群れの隙間を縫うように、地面の上をくるくる渦を巻いて砂を巻き上げる小さな影がある。
 あの気取り野郎、うまいことタイミング見てやがったな。
 俺はそいつのやってきた方へと視線を向ける。カビ臭い古い死臭に混じって、僅かに感じるのはフォルトナの匂い。
 かわし、走り、サイドステップにバック転。そしてたまに、ムーチャに聞いてた食屍鬼グールの弱点、魔力点とやらを巧みに突いてブチ殺す。
 そうして戦いつつ刃を振りつつ、徐々にそちらへ位置を変える。
 
「おい、離れ離れになるな! 囲まれるぞ!」
「気にするな! こいつらに捕まるほどのろまじゃねえ!」
 ついさっきまで敵同士。得体の知れねえ流れ者だっていうのに、一度勇士と認め仲間と見なしたら、徹底して守ろうとする。こんなところまでカリブルと似てるとはな。
 
 だがそれに構わず、フォルトナの誘導に従い俺は瓦礫の方へと進んで行く。要するに奴は手軽な逃げ道のナビゲーター。
 だが、 それがまずかった。
 誘導、カリブルもどき、そしてさらには襲ってくる食屍鬼グールの群れ。あまりにも注意しなきゃならないものが多すぎて、逆に足元がおろそかになっていた。
 
「うお!?」
 間抜けな声を上げながら、足元の瓦礫につんのめる。そこへ近くで伏せていた 食屍鬼グールがむくりと起き上がりのしかかって来て、その足元をさらに不安定に。
 倒れないように数歩、片足で跳ねるように進みつつ、バランスを取ろうと足掻き両手を動かす。
 そして……ぐらり……揺れて───落下。
 
 落ちた先は……古い枯れ井戸か。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 もちろん猫獣人バルーティの身体能力なら、頭から落ちて首の骨を折るなんて無様な真似は晒さねえ。
 落ちつつもうまく体を捻ると、壁面を蹴り、岩の隙間に指を差し込み、さすがに勢いは完全には止められねーものの、底に着く前には体勢を整え足から着地。
 衝撃はわずかにあるが、全体としては 一切ケガもなし、オリンピック級の見事な着地だ。残念ながらメダルは無いがな。
 
「……くそ、ドジこいたぜ」
 そう軽く悪態をつくが、いや、いやいや待てよ? これは逆にちょうどいいか?
「……フォルトナ、聞いてんだろ?
 お前その竜巻の子分みたいなのを使って、外から出口を探してくれ。俺は俺で中から外への出口を探す」
 了解とでも言うかに、小さな竜巻みたいなやつがふるふると震えると、そのまま外へと去っていった。 
 
 さて、こん中だ。
 枯れ井戸の中とは言ったが、実際これは枯れ井戸というより、なかなか広めの地下水路みてえな感じだ。
 しかも、よくよく見ると自然洞というより、完全に人為的に作られたもので、 土を掘って造られた幅と高さそれぞれ2メートルくれーのトンネルみてーだ。所々が石材やらレンガやらで補強されている。
 クトリアの地下にあった下水道なんかに比べりゃ、土肌むき出しでお粗末だが、それでもかなりの手間暇かけて作ったもんだろう。
 ただまあ、僅かにじっとり濡れて、ちょろちょろ筋みてーな水も流れちゃあ居るが、井戸とするには枯れてる事にゃあ違いねえ。
 
「……おい、無事か!」
 律儀にも上から声をかけてくるカリブルもどき。俺の姿がなくなったことで、上での戦闘もちょっとした一段落がついたらしい。
「無事だ、気にすんな! こっちゃ勝手に出口を探すぜ! 先に戻ってろ!」
 そしてそのままお前らとはオサラバだ。悪いね。だが俺も食屍鬼グールとは一緒にゃ暮らせねえ。
 
 匂い、そして音。集中して周りの気配を探っていく。それに“災厄の美妃”の力で、魔力の動きもぼんやりとだが感じ取れる。
 魔力の動き……まあ、この場合、ぶっちゃけ食屍鬼グールたちの動きに関しては、集中して感じ取ろうとして初めて分かったが、バラけてはいるもののかなり広範囲に多数ある。
 ムーチャ情報による食屍鬼グールの生態の一つ、休眠状態のものがたくさんいるって事だろう。
 休眠状態、ってのは、傍目には本当にただの干からびた死体にしか見えねえ、完全に動きを停止させた状態のことだ。そうして、まるでただの死体であるかに擬態しながら、生ある者が近づくと、突如起き上がり攻撃してくる。
  
 だがそれより気になるのは……この地下水路の奥の奥から感じる、別の匂いだ。 
 
 ▽ ▲ ▽
 
「おお、貴様、何故こんな所に!?」
「うるせえ、響くぞ、声」
 久しぶりの、もどきじゃねえほうのカリブルのバカでかい声がキンキンと耳に痛い。
 枯れた地下水路を進んで行った奥の奥。そこにあったちょっとした広間みたいな場所だ。そこにはカリブルを含めたおよそ十数人の者達。
 見知った者もいるし、そうでない者もいる。おそらくほとんど“砂漠の咆哮”の戦士か、その従者だ。
 
「……ったく、揃いも揃ってお前らも枯れ井戸に落ちたのか? 間抜け揃いだな」
「ば、馬鹿を言うな、誰が落ちるか!!」
 無駄に元気に騒ぐカリブルの横から、別のスマートな犬獣人リカートが、
「あそこが見えるか? 最初はそこに金属製のはしごかかかってた。どうやら地下水路を整備補修する為の入り口だったらしいが、食屍鬼グールから逃れようと降りた後に折れてしまった。
 数日手分けをして他の出口がないかを探しているんだが、ほとんどが崩れて埋まっていて行き詰まってる」
 と、簡潔に説明をしてくれる。
「サルフキルだ。君はマジュヌーンだな? 話は聞いてるよ」
「ああ、そうだ。そこのずん胴間抜けの同期だよ」
「おい待て待て、俺はさっき聞き逃さなかったぞ!? お前はさっき、おまえら“も”落ちたのか、と言ったな?
 つまり、お前はここに落ちてきたんだろう? そうだろう、間抜けのマジュヌーン!?」
「……くそ、覚えてんじゃねーよ。
 あーそうだよ、上で食屍鬼グールの群れに襲われてな、ちきしょうめ」
 余計な事言うんじゃなかったぜ。
食屍鬼グールか……。どのくらいだ?」
「まぁ、あんときゃ10か20……ってとこかな。休眠してたやつをうかつにも起こしちまったみてえだが」
「そうか。ところで、奇妙な食屍鬼グールは見なかったか」
 サルフキルと言うスマートな犬獣人リカートは、やや声をひそめるかにしてそう聞いてくる。
「いや、知らねぇな。つうか、何がどう奇妙だったんだ?」
「俺たちは最初、この廃都アンディル を遠目に見る岩場に野営を張り、食屍鬼グールの活動が少ない昼間のうちだけ廃都アンディルに入って調査をする予定で居た。
 だが二日目の帰り、野営地へ戻る途中にその奇妙な食屍鬼グールが数体の食屍鬼グールを引き連れるかのようにして現れて、仲間の何人かを襲い、二人ほどを攫っていった。
 姿は……遠目には普通の食屍鬼グールとそんなに変わらなかったが、何というか、太い管のような物を伸ばしてきて、仲間を掴んで捕まえたんだ。
 我々はその後を追ったがまるで追い付けず、廃都アンディルの中で多数の食屍鬼グールに囲まれ、この場所へ逃げ込むはめになった」
 
 町の外では岩場に野営地を見つけ、また、そう多くない食屍鬼グールと戦闘したらしき痕跡に、さらにはそれを追いかけたらしい痕跡を見つけてる。
 そしてリカトリジオス兵士たちの目撃証言によれば、多数の食屍鬼グールの群れに襲われ逃げている数人を見かけているとも聞いてる。
 それらの情報と今の話には、大きな矛盾はねぇ。
 
 さって、どーするかな。
 とりあえずカリブルのアホとその仲間たちは見つけた。奇妙な食屍鬼グールとやらには会いたくもねぇし、もうじきリカトリジオスの本隊が来るってンなら、そいつらと勝手にバチバチやりあっててほしい。
 まずはこの地下からの出口を探す。そんでアラークブやマハ達と合流してトンズラかます……てのが、俺的にゃあベストな展開だが……う~む……。
 
「……なんだ? また難しい顔をしとるな」
 先々のことを考え込む俺に、カリブルはそう呑気に言ってきやがる。
「クソ……おめーがいるからややこしいんだっつーの!」
「はぁ? なんだかわけわからんことばかり言いおって……。というか、そもそもなぜお主がここにいるのか、まだ聞いておらんぞ?」
 だからそれを今、どこからどこまで、どう話せばいいかが難しいんだよ!
 
「……あー、アラークブの奴がお前のこと心配して、探しに来るの手伝って欲しいって頼んできたんだよ。他に、町の外にはマハとムーチャ、アスバル達が来てる」
「何!? ううむ、あやつめ……、そうか、 俺に置いてかれたと思って拗ねておるな?」
 ちげーわ、アホが! と、ツッコミたくもなるが、アラークブの考えとしちゃあ、ここでカリブルとリカトリジオスとの鉢合わせを避けてーってのがある。確かにこの段階でそれを言うのはまだまずいか……?
 
 と、そこで、周りの別の“砂漠の咆哮”戦士達の数人が騒ぎ、この広間から水路に繋がる入り口、俺が入って来た方のあたりがバタバタとしだす。
 
「なんだ貴様は!?」
「あれはリカトリジオスの兵装だぞ!?」
「捕らえろ!」
 
 口々に叫ばれるその言葉。マジで今、 嫌な予感しかしねーが、諦めつつ後ろを振り返ると、当然のようにあのカリブルもどきだ。
 そしてその当のカリブル本人の方が、 俺を押しのけ猛烈な勢いで走り出す。
 
「まて、まて、まて!! お主、まさか……!?」
「カリブル!?」
「ボルマデフ!! 我が従兄殿よ!!」
 
 ……まったく、ため息しか出ねーってのはまさにこのことだ。
 悲劇的結末しかねーってことがわかりきってる再会を目撃するってのはよ。

 
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