遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-156.マジュヌーン(89)静寂の主 -お家へ帰ろう

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「───“砂漠の咆哮”のマジュヌーンは死んだ。それが、ここで起きた事実だ」
 
 リカトリジオス軍により荒らされ、略奪された農場は、わずかにだが直され、整備されつつあるが、未だ見た目は焼け落ちた廃墟のようだ。
 ラアルオーム近郊で攻撃されたのは、ここを含めた城壁外のいくつかの農場や船着場、そして“砂漠の咆哮”野営地のみ。連中の第一の目的は“砂漠の咆哮”へ打撃を与え、野営地を破壊する事だし、第二の目的は物資食糧の略奪。城壁のあるラアルオーム自体は完全に無視し、素早く、まさに火のごとき速さで目的を達して去って行った。
 
 農場の中で言うなら、避難民たちの天幕は真っ先に焼かれて殺戮の海となり、次は猛き岩山ジャバルサフィサたち。
 悪食の顎アルダーバのアンラ・シュジャを中心にした何人かは逃げおおせた姿を見られては居るらしいが、未だここには戻ってこず行方知れず。
 カリブルを初め、残って戦った猛き岩山ジャバルサフィサの勇士たちのほとんどは殺され、野営地の岩からはバラバラにされた死体が吊り下げられていた。
 
 唯一幸運だったのは、“砂伏せ”達のために作った隠れ家洞窟は見つからず、中に隠れられた者達は全員無事だった事と、そこに隠して保管していた保存食や物資もまるまる残ってるということだ。
 あれらが残っているなら、この農場を再建するまでの間は十分に保つ。
 
 そして俺は、聖域からここへと戻ると誰にも会わずに真夜中まで待ち、それから隠れ家洞窟にいるムーチャを密かに呼び出してそう告げた。
 
「───行くのか?」
 相変わらず、ムーチャは余計なことは聞かねぇ。なんだかんだ言って察しのいいこいつは、なぜ俺がそうするのかについておそらく十分に分かっている。
 
「……ああ。そして二度とここには戻らねぇ。この農場は、アスバルとお前で何とかしてくれ。全部お前たちのものだ」
 
 アスバルは……生き残った。だが、顔を焼かれ、目を潰され、羽根をもぎ取られた上、両手両足もめちゃくちゃにされてもまともには動かねえ。やつの自慢の美形の顔も、【魅了の目】も、【飛行】の魔術も使えねぇし、飯を食うのも糞を垂れるのにも誰かの手伝いがいる。
 だがそれでも……奴は生き残った。
 
「ワタシがこんなところに残ると思うのか? 荒れて焼けた畑に、世話のかかる甘ったれと、汚いガキしか居ない、こんな場所に?」
 
 むすっくれた無表情で、ムーチャはそう俺へと聞く。
 
「───残るさ。星詠みに出た不吉な影の持ち主、マジュヌーンはもう死んだんだ。後は幸運しか残ってねぇよ」
 
 以前に聞いたムーチャの別の顔、星詠みの巫女の部族出身だと言う奴の能力は、俺やアスバル達、「前世の記憶を蘇らせた者」の星が分かる。もちろんそれが前世の記憶と関係していることは知らないが、その星の持ち主たちが、偉業や成功、幸運の加護を持ってるとムーチャは信じてる。
 だがそれと同時に、俺の中にある“災厄の美妃”による不吉な影も見えていた。
 だから、俺さえ居なくなればここにその不吉な影は無くなる。
 
「───そうかもな」
 
 やや間を置いて、ムーチャがそう返す。
 真夜中、しかも僅かな月の光もまた、魔力の月である闇の月の影響で弱々しく、お互いその姿をしかと見定めるのは難しい。
 だが、もとより視力の良くない猫獣人バルーティ同士。目で見える姿より、また、口から発する言葉より、全身から立ち上る様々な臭いの方が、深くお互いのことを知れる。
 
 その沈黙のやり取りの最中、隠れ洞窟の奥から何やらバタバタと騒がしい気配。一瞬、俺が来てることが誰かにばれたのかと思ったがそうではないらしい。
 
「───生まれるようだ」
 ムーチャのその呟きで理由が分かる。
 もともとこの隠れ家洞窟は、安全な出産場所が欲しいという“砂伏せ”達の要望に応えて作ったもの。
 今は生き残った全員の避難場所としても機能しているが、その本来の目的通りのことが今行われているということだろう。
 
「人は皆いずれ死ぬ。そしてまた生まれる。ワタシたちは生まれたものをさらに進める。残った猫獣人バルーティも、犬獣人リカートも、猿獣人シマシーマも、南方人ラハイシュ達も、いずれは死ぬ。そしてまた生まれ、次へと繋いで行く……」
 
 誰に対してそう言ってるのか。ムーチャはそう言ってから再びこちらを振り返る。
 だが、振り返った時すでにそこに俺の姿はない。
 そしてきっと多分、ムーチャはその誰もいなくなった夜の暗闇の中をしばし見つめてから、隠れ家洞窟内へと戻り、今まさに生まれるだろう命を取り上げる手伝いに入るだろう。
 
 ああ、ムーチャ。確かにお前が言う通りだったぜ。お前は本当に、いい女だ。
  
 ▽ ▲ ▽
 
 真新しい装束の出来を確認する。何種類かのオオヤモリの皮を加工して重ね合わせた胴当てで、部分的には甲羅猪シャルダハカの甲羅も使ってある。篭手とすね当ての素材も同じものらしい。基本は革製なので、金属の物より当然軽い。ただ、魔力も込められたそれには、様々な付与効果に加え、生半可な刃物なぞ通さない硬度もある。
 腰と肩掛けに、いくつかの小物入れに投げナイフ入れ。武器として殺傷力より、毒を相手に仕込む目的の投擲武器だ。小物入れには当然薬の類も入っている。基本の回復薬に毒消し、いくつかの変わったものや眠りの粉。
 それらの上に着込んでいるのは、魔糸と呼ばれる魔法の糸も使って造られた服。見た目は砂漠の民としてはごく普通の目立たぬもの。頭巾に合わせて顔を隠すことのできるヴェールもつけてある。見た目は普通だが性能は良い。耐久性も高いし、汚れも簡単に落とせる。何より、外気の変化に強いから、真夏の残り火砂漠の炎天下でも、まあそれなりには行動できる。
 そしてこの魔糸の服には、魔力を注ぐことで色を変える機能もある。とは言え、俺が“災厄の美妃”から引き出して服に与えられる魔力は闇属性のみ。しかしその魔力を注ぐことで、服の色は闇に溶け込む黒へと変わり、さらに隠密性能をあげることもできる。
 
「いかがでしょうか、主どの」
 相変わらずのガサガサした声で慇懃にそう聞いてくるのはアルアジル。
 元々前の持ち手であるヒジュルが使ってたものをベースにし、奴より小柄な俺の体格に合わせて作り直したのだそうだ。
 
「……そうだな」
 俺は腰帯に佩いた狩人の山刀をすっ、と抜き、それを軽く振り回しながら体の動き易さを確かめる。
 
「ま、悪くはねぇな」
 実際悪くはない所じゃねえ。重さも引っかかりもまるで感じない。着ているだけで体の動きが滑らかになり、今まで以上に自由自在に動けるような、そんな錯覚さえしてくる。

「ありがたきお言葉」
 またもや慇懃に頭を下げ、感謝の言葉を述べるアルアジル。
「集まっている他の者達にも、そのお姿を見せてやりましょう」
「よせや。見せ物じゃねーんだぞ」
「しかし、仕える者たちがそのお姿を見れば、ますます自らの使命にやる気を出すことでしょう」
 こんなイカれカルト集団にやる気なんざ出されたら、実際世の中たまったもんじゃねえだろうがな。
 
「いい、また今度だ」
 俺はひらひらと手を振ってそう返す。実際どうあれここにいりゃあ、奴らもこの姿を嫌って言うほど目にするだろう。
 
「───では、まずはこれからの方針の確認をさせていただきます」
「ああ」
「主どのの大目標は、リカトリジオス軍を引き回し、その中でシュー・アル・サメットなる犬獣人リカートを“災厄の美妃”の供物とすること。
 彼の者はリカトリジオス軍の東征将軍の役職に就いておりますれば、まずはシーリオにボバーシオ、さらにはそこから先、クトリアへと順調に進軍してもらうことが肝要かと思われます。
 シーリオは問題なく陥落しますが、堅牢な城壁に港を持つボバーシオにはやや手こずるでしょう。ここでアル・サメットが前線に出てくれば目的には叶いますが、シーリオを落とした後、ボバーシオへは長期の包囲戦になる可能性があり、その場合後方からの指示に徹する事も考えられます。
 これら踏まえて、状況に応じ双方の戦力を適度に調整するため、ボバーシオ、リカトリジオス軍双方の重要人物を纏めました」
 
 だらだらごちゃごちゃと言ってはいるが、一言でまとめりゃこういう事だ。アル・サメットを無防備に前線に引っ張り出すのなら、誰を殺すのが効率が良いか。
 
「そしてまた、それら大目標に向けて、主どのは適宜“災厄の美妃”へ供物を捧げる必要があります。
 これには各地での“闇の手”への祈祷、信仰などをつぶさに調べあげ、彼らが“災厄の美妃”へと捧げて欲しいと望む者達を調べております……」
 
 これもまたごちゃごちゃと言ってるが、簡単に言えば色んな場所で誰かが激しく憎み殺して欲しいと願っている対象を探り出し、その中から“災厄の美妃”の供物とするのに“丁度良い”奴をリストアップする……てな事だ。
 
 本来、“災厄の美妃”は魔力が高い者を供物として望んでいる。
 だが、同時に“災厄の美妃”は、邪神によりこの世界に齎された武器として、このイカれカルト集団以外にもある種の信仰対象として密かに祀られてたりもする。
 善神に天罰を望む者も居るが、様々な理由で善神の恩寵を信じられなくなったような者達が、最後の望みとして縋る。
 それらを叶えるのもまた、“災厄の美妃”の持ち手の役割だ……と言う。
 
 それらの怨嗟の声は、“導きの声の伝え手”であるアルアジルを通じて齎されるが、それだけでは色々と足りない。
 その場合、各地へと散っている“闇の手”の構成員が調べた情報に応じて、捧げるべき供物を選ぶ。
 
 要するに、俺がこれからやることは大きく二つ。
 アル・サメットを殺すために、沢山の見知らぬ誰かを殺す。
 そして、“災厄の美妃”を喜ばせ、その力を俺が十全に使えるようにしておくため、さらに沢山の見知らぬ誰かを殺す。
 
 血にまみれた暗い夜の道を、ただただそうして歩き続ける。
 
 “砂漠の咆哮”の戦士、マジュヌーンは死んだ。
 ラアルオームにあった農場に帰る事は無い。
 今ここに居るのは、“闇の手”の暗殺者のマジュヌーン。そしてこの“聖域”が、帰るべき俺の家だ。
 
 
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