356 / 496
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-156.マジュヌーン(89)静寂の主 -お家へ帰ろう
しおりを挟む「───“砂漠の咆哮”のマジュヌーンは死んだ。それが、ここで起きた事実だ」
リカトリジオス軍により荒らされ、略奪された農場は、わずかにだが直され、整備されつつあるが、未だ見た目は焼け落ちた廃墟のようだ。
ラアルオーム近郊で攻撃されたのは、ここを含めた城壁外のいくつかの農場や船着場、そして“砂漠の咆哮”野営地のみ。連中の第一の目的は“砂漠の咆哮”へ打撃を与え、野営地を破壊する事だし、第二の目的は物資食糧の略奪。城壁のあるラアルオーム自体は完全に無視し、素早く、まさに火のごとき速さで目的を達して去って行った。
農場の中で言うなら、避難民たちの天幕は真っ先に焼かれて殺戮の海となり、次は猛き岩山たち。
悪食の顎のアンラ・シュジャを中心にした何人かは逃げおおせた姿を見られては居るらしいが、未だここには戻ってこず行方知れず。
カリブルを初め、残って戦った猛き岩山の勇士たちのほとんどは殺され、野営地の岩からはバラバラにされた死体が吊り下げられていた。
唯一幸運だったのは、“砂伏せ”達のために作った隠れ家洞窟は見つからず、中に隠れられた者達は全員無事だった事と、そこに隠して保管していた保存食や物資もまるまる残ってるということだ。
あれらが残っているなら、この農場を再建するまでの間は十分に保つ。
そして俺は、聖域からここへと戻ると誰にも会わずに真夜中まで待ち、それから隠れ家洞窟にいるムーチャを密かに呼び出してそう告げた。
「───行くのか?」
相変わらず、ムーチャは余計なことは聞かねぇ。なんだかんだ言って察しのいいこいつは、なぜ俺がそうするのかについておそらく十分に分かっている。
「……ああ。そして二度とここには戻らねぇ。この農場は、アスバルとお前で何とかしてくれ。全部お前たちのものだ」
アスバルは……生き残った。だが、顔を焼かれ、目を潰され、羽根をもぎ取られた上、両手両足もめちゃくちゃにされてもまともには動かねえ。やつの自慢の美形の顔も、【魅了の目】も、【飛行】の魔術も使えねぇし、飯を食うのも糞を垂れるのにも誰かの手伝いがいる。
だがそれでも……奴は生き残った。
「ワタシがこんなところに残ると思うのか? 荒れて焼けた畑に、世話のかかる甘ったれと、汚いガキしか居ない、こんな場所に?」
むすっくれた無表情で、ムーチャはそう俺へと聞く。
「───残るさ。星詠みに出た不吉な影の持ち主、マジュヌーンはもう死んだんだ。後は幸運しか残ってねぇよ」
以前に聞いたムーチャの別の顔、星詠みの巫女の部族出身だと言う奴の能力は、俺やアスバル達、「前世の記憶を蘇らせた者」の星が分かる。もちろんそれが前世の記憶と関係していることは知らないが、その星の持ち主たちが、偉業や成功、幸運の加護を持ってるとムーチャは信じてる。
だがそれと同時に、俺の中にある“災厄の美妃”による不吉な影も見えていた。
だから、俺さえ居なくなればここにその不吉な影は無くなる。
「───そうかもな」
やや間を置いて、ムーチャがそう返す。
真夜中、しかも僅かな月の光もまた、魔力の月である闇の月の影響で弱々しく、お互いその姿をしかと見定めるのは難しい。
だが、もとより視力の良くない猫獣人同士。目で見える姿より、また、口から発する言葉より、全身から立ち上る様々な臭いの方が、深くお互いのことを知れる。
その沈黙のやり取りの最中、隠れ洞窟の奥から何やらバタバタと騒がしい気配。一瞬、俺が来てることが誰かにばれたのかと思ったがそうではないらしい。
「───生まれるようだ」
ムーチャのその呟きで理由が分かる。
もともとこの隠れ家洞窟は、安全な出産場所が欲しいという“砂伏せ”達の要望に応えて作ったもの。
今は生き残った全員の避難場所としても機能しているが、その本来の目的通りのことが今行われているということだろう。
「人は皆いずれ死ぬ。そしてまた生まれる。ワタシたちは生まれたものをさらに進める。残った猫獣人も、犬獣人も、猿獣人も、南方人達も、いずれは死ぬ。そしてまた生まれ、次へと繋いで行く……」
誰に対してそう言ってるのか。ムーチャはそう言ってから再びこちらを振り返る。
だが、振り返った時すでにそこに俺の姿はない。
そしてきっと多分、ムーチャはその誰もいなくなった夜の暗闇の中をしばし見つめてから、隠れ家洞窟内へと戻り、今まさに生まれるだろう命を取り上げる手伝いに入るだろう。
ああ、ムーチャ。確かにお前が言う通りだったぜ。お前は本当に、いい女だ。
▽ ▲ ▽
真新しい装束の出来を確認する。何種類かのオオヤモリの皮を加工して重ね合わせた胴当てで、部分的には甲羅猪の甲羅も使ってある。篭手とすね当ての素材も同じものらしい。基本は革製なので、金属の物より当然軽い。ただ、魔力も込められたそれには、様々な付与効果に加え、生半可な刃物なぞ通さない硬度もある。
腰と肩掛けに、いくつかの小物入れに投げナイフ入れ。武器として殺傷力より、毒を相手に仕込む目的の投擲武器だ。小物入れには当然薬の類も入っている。基本の回復薬に毒消し、いくつかの変わったものや眠りの粉。
それらの上に着込んでいるのは、魔糸と呼ばれる魔法の糸も使って造られた服。見た目は砂漠の民としてはごく普通の目立たぬもの。頭巾に合わせて顔を隠すことのできるヴェールもつけてある。見た目は普通だが性能は良い。耐久性も高いし、汚れも簡単に落とせる。何より、外気の変化に強いから、真夏の残り火砂漠の炎天下でも、まあそれなりには行動できる。
そしてこの魔糸の服には、魔力を注ぐことで色を変える機能もある。とは言え、俺が“災厄の美妃”から引き出して服に与えられる魔力は闇属性のみ。しかしその魔力を注ぐことで、服の色は闇に溶け込む黒へと変わり、さらに隠密性能をあげることもできる。
「いかがでしょうか、主どの」
相変わらずのガサガサした声で慇懃にそう聞いてくるのはアルアジル。
元々前の持ち手であるヒジュルが使ってたものをベースにし、奴より小柄な俺の体格に合わせて作り直したのだそうだ。
「……そうだな」
俺は腰帯に佩いた狩人の山刀をすっ、と抜き、それを軽く振り回しながら体の動き易さを確かめる。
「ま、悪くはねぇな」
実際悪くはない所じゃねえ。重さも引っかかりもまるで感じない。着ているだけで体の動きが滑らかになり、今まで以上に自由自在に動けるような、そんな錯覚さえしてくる。
「ありがたきお言葉」
またもや慇懃に頭を下げ、感謝の言葉を述べるアルアジル。
「集まっている他の者達にも、そのお姿を見せてやりましょう」
「よせや。見せ物じゃねーんだぞ」
「しかし、仕える者たちがそのお姿を見れば、ますます自らの使命にやる気を出すことでしょう」
こんなイカれカルト集団にやる気なんざ出されたら、実際世の中たまったもんじゃねえだろうがな。
「いい、また今度だ」
俺はひらひらと手を振ってそう返す。実際どうあれここにいりゃあ、奴らもこの姿を嫌って言うほど目にするだろう。
「───では、まずはこれからの方針の確認をさせていただきます」
「ああ」
「主どのの大目標は、リカトリジオス軍を引き回し、その中でシュー・アル・サメットなる犬獣人を“災厄の美妃”の供物とすること。
彼の者はリカトリジオス軍の東征将軍の役職に就いておりますれば、まずはシーリオにボバーシオ、さらにはそこから先、クトリアへと順調に進軍してもらうことが肝要かと思われます。
シーリオは問題なく陥落しますが、堅牢な城壁に港を持つボバーシオにはやや手こずるでしょう。ここでアル・サメットが前線に出てくれば目的には叶いますが、シーリオを落とした後、ボバーシオへは長期の包囲戦になる可能性があり、その場合後方からの指示に徹する事も考えられます。
これら踏まえて、状況に応じ双方の戦力を適度に調整するため、ボバーシオ、リカトリジオス軍双方の重要人物を纏めました」
だらだらごちゃごちゃと言ってはいるが、一言でまとめりゃこういう事だ。アル・サメットを無防備に前線に引っ張り出すのなら、誰を殺すのが効率が良いか。
「そしてまた、それら大目標に向けて、主どのは適宜“災厄の美妃”へ供物を捧げる必要があります。
これには各地での“闇の手”への祈祷、信仰などをつぶさに調べあげ、彼らが“災厄の美妃”へと捧げて欲しいと望む者達を調べております……」
これもまたごちゃごちゃと言ってるが、簡単に言えば色んな場所で誰かが激しく憎み殺して欲しいと願っている対象を探り出し、その中から“災厄の美妃”の供物とするのに“丁度良い”奴をリストアップする……てな事だ。
本来、“災厄の美妃”は魔力が高い者を供物として望んでいる。
だが、同時に“災厄の美妃”は、邪神によりこの世界に齎された武器として、このイカれカルト集団以外にもある種の信仰対象として密かに祀られてたりもする。
善神に天罰を望む者も居るが、様々な理由で善神の恩寵を信じられなくなったような者達が、最後の望みとして縋る。
それらを叶えるのもまた、“災厄の美妃”の持ち手の役割だ……と言う。
それらの怨嗟の声は、“導きの声の伝え手”であるアルアジルを通じて齎されるが、それだけでは色々と足りない。
その場合、各地へと散っている“闇の手”の構成員が調べた情報に応じて、捧げるべき供物を選ぶ。
要するに、俺がこれからやることは大きく二つ。
アル・サメットを殺すために、沢山の見知らぬ誰かを殺す。
そして、“災厄の美妃”を喜ばせ、その力を俺が十全に使えるようにしておくため、さらに沢山の見知らぬ誰かを殺す。
血にまみれた暗い夜の道を、ただただそうして歩き続ける。
“砂漠の咆哮”の戦士、マジュヌーンは死んだ。
ラアルオームにあった農場に帰る事は無い。
今ここに居るのは、“闇の手”の暗殺者のマジュヌーン。そしてこの“聖域”が、帰るべき俺の家だ。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】
きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。
その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ!
約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。
―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』
KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。
ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。
目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。
「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。
しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。
結局、悠真は渋々承諾。
与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。
さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。
衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。
だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。
――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる