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第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?

1-15.「俺のタカギのブーが!?」

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 そのとき俺は地豚の世話をしていた。
 家畜の世話は基本的に朝と夕の仕事で、今日はアランディ隊長のブートキャンプもお休みの日なので、朝から癒やしと触れ合いを求め家畜舎へ手伝いに来たのだ。
 豚である。豚面デブ野郎が豚の世話であるが、別に変な隠語的な意味はない。
 向こうの世界で知ってる豚に似ているが、茶色から黒の毛が長めで、猪っぽくもあるし、地中生活をする獣だからか微妙にモグラっぽくもある。
 そう。地豚はその名の通り地中の穴蔵で生活をする動物で、地下を主な生活拠点とするダークエルフ達にとっては山羊以上にちょうど良い家畜なのだ。
 丸くてやや広い地下ホールの壁に、寝床としての幾つかの小さな穴が掘られてる。
 朝の仕事はまず、真ん中にある餌箱と水桶に残飯と新しい水を入れてやる。
 それから糞尿を集めて排水溝に流し、健康状態を確かめ、場合によっては入浴させたりブラッシングをしたりする。
 家畜舎も居住区同様に魔法で造られた上下水道完備なので、地下なのに思うほど臭くはない。
 ……レイフに言わせると、「君はどうやら、悪臭にも耐性があるらしいね」とのことだったが。
 
 他の世話係のダークエルフ達と共に地豚達の世話をしていると、外が何やら騒がしくなってきた。
 何度か世話をして居るので作業そのものには慣れていて、そのときも心の中で勝手に「タカギ」と名付けていた、他よりちょっとのんびり屋でおっとりとした、黒と白のまだら模様の仔地豚の背中を掻いてやったりして和んでいたのだが、その騒ぎの元はどうやらどんどん近づいて来ているようだ。
 他のダークエルフ達もそちらへと意識を向け出し、釣られて家畜舎の入り口へと目をやると、程なくして氏族長のナナイさんと、その妹で外交官のマノンさん他数名が入って来る。
「はいはい、皆の衆皆の衆、ゴクローサン、ゴクローサン~……お、豚……ガン……ナントカ~……」
「……ガンボン」
「おおう、ガンボンちゃーん、ゴクローサン、ゴクローサン!」
 姉妹揃って人(オーク)の名前覚えてねえな! いいけどっ!
 てか、毎度ながら『長』とか付く立場のくせに、対応がめっちゃ軽すぎ!!
 てなことを心の中で突っ込んでると、ナナイ達は地豚を撫で回したり持ち上げたりとし始める。
 うんうん、分かる分かる。
 地豚の毛並みって、確かにそんなに柔らかくはないんだけど存外滑らかで、撫でると気持ち良いのよ、これが。所謂「モフモフ」とは異なる気持ちの良さ。
 で。
 その中から俺が「タカギ」と名付けた地豚を選んで持ち上げると、右から左から嘗め回すように観て、撫でさすり何かを確かめてから、
「うん、今回はコイツだな」
 と言った。
 
 ゲーーーー!? 
 ゲゲェーーーーーッッッ!!
 もしかしてだけど!?
 もしかしてだけど!?
 タカギのブーちゃんが、今夜のオカズ的なナニカにッッッ!?
 
「……何だその顔」
 我ながらどんな顔をしていたかは分からないけども、ナナイ達からはかなり訝しげな目で見られた。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 タカギのブーちゃんは、今夜のオカズにはならなかった。
 ただし、余所へは行ってしまう。
 レイフ曰わく、闇の森のダークエルフ社会は、原始共産性に近い社会システムが色濃く残っていて、貨幣制度が浸透していない。
 なので、定期的に郷同士で贈り物をし物々交換をすることで、それを流通の代わりとしているらしい。
 各郷はそれぞれに司るモノが異なり、ある郷では農作物、ある郷では家畜、ある郷では木から造る工芸品や衣服日用品、ある郷では鍛冶製品……と、特産品の様なモノがある。
 ここ、ケルアディード郷では、付呪。魔装具や魔導具、魔術工芸品の製作だ。
 主には、他郷で生産された物品、宝飾品、武器防具衣服等に、呪術師達が様々な魔術効果を付与し、それらをまた他の郷への贈り物にする。
 中には特別な依頼を受けて付呪をすることもある。
 例えば結婚や出産、成人に合わせての祝いの品や、葬儀の副葬品等々。
 
 その様に、各郷ごとの特産品を、季節ごと持ち回りで開催地となる一つの郷へと持ち寄って集まり、交換をする大集会が開かれる。
 条件をすり合わせて取り引きと話し合いを重ねて交換をし、それらを持ち帰り、また、大きな取引量になれば改めて輸送して、各郷の中でさらに分配する。
 それがまあ、闇の森ダークエルフ社会における経済活動なのだ。
 そしてその期間は、一種のお祭りのような状態になる。
 今回は秋なので収穫祭も兼ねている、一年で最も大きな祝祭だそうだ。
 で、地豚に関してはこれは畜産を専門としていない郷で育てられている家畜を、それぞれが持ち寄って畜産の郷へと贈る、という習わしから。
 儀礼的意味合いが強いらしいが、レイフ曰わく「稀人(マレビト)信仰に近い感じで、遺伝的多様性の為なのかもね」とのこと。
 健康で丈夫そうな地豚を贈り、それらを繁殖させた後に、向こうからはより多くの家畜を受け取るのだ。
 
 で、今回は俺のタカギのブーが、この郷における最優秀健康地豚として選ばれ、贈答される運びとなった。
 なってしまった。
 なってしまったのだ!
 なんと言うことだ。
 なんと言うことであろうか!?
 俺の! 俺の!!
 俺のタカギのブーがッ!!
 何も出来ないで、別離わかれを観ている俺は!!
 まるで無力な俺は!!
 まるで、まるで、タカギのブーの様では無いか!?

「……いやだから、何なのよアンタ、さっきからその表情かおはさ……?」
 むぐ。
 今度は酒乱のマノンさんに突っ込まれてしまう。くそう、酒乱のくせに!
 いや、何なのと言われてもどんな顔かは分かりませんけどもっ!
 
 まあ、今までさして語られることの無かった、俺とタカギのブーとの心温まるハートウォーミングな交流の日々については、後々番外編として語られることになるだろうことは必至なのだが、この異世界転生ライフにおいて、俺がレイフの次に心を許した相手でもあるワケさ。
 繁殖の為に贈答されるということは、その畜産大手の郷に行った後すぐ食肉にされたりもせず、それなりに大事にされるのだろうし、きっとモテモテライフを送るのだろう。
 ……う、羨ましくなんかないぞっ!?
 なのでまあ、そんなに心配することも無かろうし、お祝いしてやっても良いのかもしれない。
 しかし……それでも名残惜しいではないですか!!
 
 そんなこんなで、端から見たら謎の七面相を繰り返していたらしい俺に、氏族長であるナナイが不意にこんな事を言ったわけだ。
「どーする? アンタもいくか?」
 
 ◆ ◆ ◆ 
 
 ナナイの提案に乗り加えて貰った使節団の出発は、それから3日後であった。
 以前に、この郷における俺の立場や見られ方について、レイフは「今ちょっと、余所者に対して厳しい」と言ってはいたが、ここ何日もの交流の成果もあってか、俺の参加に異議を唱える者は居なかった。
 今回の開催地となるモンティラーダ郷は、闇の森ダークエルフ十二氏族の中では農産を担う大きな郷だそうだ。
 農産と言っても、麦等の広い耕作地が必要なものはそれほどない。森や地下でも生産出来るものが主だそうで、特に地下で栽培できる洞窟茸と、少ない作地面積で作れる豆と芋、その他雑穀類の栽培が盛んだとか。
 つまるとこ、今回の秋の収穫祭ではなかなかのご馳走が期待できるらしい。
 
 俺の同行を聞いたレイフは、眉根を寄せて悩ましげに表情を曇らせる。
 心配しているだろうことは容易に察せられた。
 ただこの頃の俺は、アランディ'sブートキャンプの成果もあり、戦力評価は「標準よりやや上」とも言われていた。
 以前より動きもスムーズになっていたし、疲れにくくもなっている。
 棍棒術と柔術を連携させる戦い方にも慣れてきたし、そこにさらに、自分でも使える簡易魔術を組み合わせる方法も教わっている。
 なので自分としても、そこまで心配されることも無いだろう、と考えてはいる。
 とは言え実戦経験の無さという問題もあるから、レイフの心配も分かる。まあそこは俺も気掛かりではある。
 レイフがそれとなくナナイやマノンに抗議しているようだったが、人数も多くアランディ隊長含めたレンジャーの護衛も付き、かつ使うのは「ダークエルフの隠れ路」だとかで、そもそもゴブリンの群や魔獣等々に遭遇することは殆ど無いし、したとしても撃退出来るだろう、と言っていた。
 仮に遭遇しても、俺は矢面に立って戦う必要はない。一応は客人という立場なので、最低限「自分で自分の身を守る」ことが出来れば、魔獣にしろゴブリンにしろ、襲撃者の撃退自体はダークエルフ達が行うと言う。
 
 成り行きではあるが、俺は結構この突然の収穫祭行きには乗り気であった。
 そりゃあそうだ。
 この世界の片隅にポツンと転生してからは、ほぼずーっとケルアディード郷に滞在している。
 森の中で空気も良いし飯も結構旨い。レイフという話し相手も居て、温泉にも入れる。
 ぶっちゃけかなり過ごしやすいし居心地も良いから、ここに居ること自体への不満は全く無い。
 けどやっぱ、他の所も見てみたいじゃない?
 モンティーラ郷はここよりも規模が大きいらしい。
 同じ闇の森ダークエルフの郷だが、少しばかりこことは文化風習にも違いはあるそうだ。
 山間に段々畑があり、また全体的に広さを感じさせ開放感もある。
 豊穣を約束する精霊の泉が真ん中にあり、そこからの清流がぐるりと囲っていて、そこもまた美しいのだという。
 そりゃあ、期待もしたくなるってーもんですよ。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 当日になっても、レイフは未だ、やや納得出来ていないような素振りではある。心配性だ。
 気持ちは分かる。
 俺とレイフには、「恐らく同じ世界から転生してきた者同士」という繋がりがある。
 オタ話やらなにやら、俺たち同士でしか出来ない、通じ合えない話とかも色々ある。
 これは俺にとってもありがたいことだったが、同時にレイフにとってもそうだったのだろう。
 けど、だからっていつまでもここで面倒見てもらうってわけにもいかない。
「向こうの世界」で引きこもりであっただろう俺が言うのも何だけども、こんな形とはいえ半ば強制的に「外に出た」からには、もう少しは自分の力で生きてみたい。というか、この世界で生きていけるようにはなりたいと思う。
 ……まあ、「向こうの世界」で引きこもっていた理由自体覚えてないから言えることなのかもしれないけどさ。
 
「ガンガンさーん」
 使節団一行の集合している広場に、見送りの面々。その中から手を振ってるのはスターラちゃんである。
 親のマノン同様、名前はちゃんとは覚えてくれていない。まあいい。
「これ、御守りー」
 そう言って、自然石や未加工の宝石の原石らしき色とりどりの石を革紐で纏めたブレスレットを差し出してくる。
 え、ちょっと何々、何ですか!? モテ期!? モテ期到来ですか、この俺is豚面トラックのオーク野郎に!?
「レイフー、渡しておいたよー!」
 ……って、お前かい!?
 ちょっと後ろの方でやや斜めに目線を逸らしているレイフが見える。
 
 しかし意外というか何というか、レイフ対するイメージがちょっと変わる。
 レイフは向こうの世界から転生してきたこととかも含め、論理的で理性的、感情の起伏があまり無いような───言うなれば“大人っぽい”性格だと思っていた。
 実際、半分以上はその通りの性格なんだと思うが、この収穫祭使節団一行へ加わることが決まってからの態度や、今ここでの対応等々、どちらかというと子供っぽいような一面もあるのだなあ、と思ったのだ。
 可愛らしい、という言い方も何かな。けど、嫌な感じではないよね。
 それが顔に出ていたのか、目線のあったレイフが、杖を突きながらこっちへとやってきて、やや不機嫌そうな声。
「……ったく。何ニヤついてんだよ」
 鼻をピン、と指で弾かれ、ちょい涙目になる俺。
「前にも……話してたけど、ここんところの闇の森は不穏なんだ。今まで以上に、何があるか分からない。
 油断しないで、十分気をつけておけよ。
 ゲームみたいな異世界だからって、実際にはゲームなんかじゃない。
 死んでももう一度蘇生してやり直し、なんてことは、多分無いんだからな」
 分かってる分かってる、と、こくこくと頷いて返す俺。
 本当に分かってるのかなあ、的なレイフの視線はやんわりと無視しておく。
 
「よぉーう、ガガンボー!」
 場違いに素っ頓狂な声は氏族長のナナイ。
 声がすると同時にガボッ、と頭に何かを被せられる。
 触るとそれは鉄兜。
 俺の前から持っていたであろうものと似たデザインだが、やや違う。というか新品である。
「大きさ的には問題無いだろ? 止め紐はちと余裕持たせておいた。お前、首、太ぇーからなー。
 アタシからの贈り物、だよ」
 周りのダークエルフ達が羨ましそうにちらちらとこちらを見ているのが分かる。
 付呪師として闇の森ダークエルフ随一でもあるというナナイは、気に入った相手には気軽にホイホイと自分の作った魔導具や魔装具をあげてしまうらしい。
 付呪をするためにはその対象となる物品の他に、効果かつ希少な、魔力の込められた魔晶石等々が必要になるため、実際問題そんな風に気軽にあげられるものではない。
 レイフによるとナナイの付呪による魔導具、魔装具は、人間社会でなら下手をすると家一軒を買えるくらいの価値になるものも少なくないという。
 なのでマノンにより、「他人にただであげて良いのは、低ランクの、魔力の少ない魔晶石と人間社会で安価に手に入るものを使って作ったものに限る」という制限を決めれてしまったそうだ。
 実際今もらったこの兜も、モノとしては前にも使っていたものと大差のない何の変哲もない鋼鉄製の兜で、エルフ達のみが精製方法を知っているとされる魔法の合金、ミスリル銀の兜とかでは無い。
 とりあえず、こくこくと頷きながら、もごもごとお礼を述べる。
 
 そのとき後ろから、何か固い物でつんつんとつつかれ、振り返ると大きな帽子……とんがり帽子を被ったガヤンさんが、ねじくり曲がった大きな杖を手にしていた。
 ガヤンは、その猫のような大きな目でじっとこちらを見つめ、手を差し出してくる。
 握られているのは宝石のついた銀の首飾り。
 ガヤンさんの目を見返し、手にある首飾りを見、もう一度ガヤンさんの目を見る。
 少しの沈黙。
 遠慮がちに手を差し出すと、向こうもそれを渡すためにこちらへ寄越す。
 これも贈り物、というか、旅の安全のための御守り、のようだ。
 2人してこくこくと頷き合う。
 

 程なくして、使節団一行が全て集まると、使節団の団長である外交官のマノンが前に出て、ちょいとした演説を始める。
 酔っ払ってるときと二日酔いのときのイメージしかない俺は、そこで初めて外交官としての仕事をしているマノンさんを見てちょいと目を剥いて驚く。なんつーか物凄く……まとも!
 俺の驚き方があまりに露骨だったのか、後ろでスターラとレイフがクスクスと笑いをこらえていた。
 それからガヤンさんと数人のローブを着た呪術師たちが前に集まり、祝福の祈りを捧げる。
 闇に秘するヒドゥア。
 獄炎のエンファーラ。
 蜘蛛の女王ウィドゥナ。
 祈りの際に称えられたらこの三柱は、ダークエルフに「祝福」をもたらした混沌の三女神なのだという。
 もちろん人間や他のエルフ達曰く、「呪いをもたらした邪神」らしいが。
 
 そんなこんなで、出立の儀式も滞りなく終わり、俺を含めた総勢21名の収穫祭使節団は、いざモンティラーダ郷へと向かう。
 残った皆は、帰還後にこの郷で行われる収穫祭の準備に入るのだ。
 わっしょ~い! 祭じゃ祭じゃ~い!
  
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