遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-233.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(88)「んん? と考える」

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 そこから先の道のりは、またまた今まで以上に難儀ではあった。
 “幻惑の魔女”エンスヘーデの住んでいる場所は、どうやらあのアジルの隠れ家同様、基本的には普通の方法ではたどり着けない場所。“鍵”を持っている者しか出入りが出来ないし、それ以外の方法で会おうとしたら、大学や魔術師協会の本部で偶然会えるのを期待するぐらいしかないと言う。
 トゥエン・ディン師はエンスヘーデから“鍵”を与えられているため、手順に従えば出入りができる。だが彼は僕の手を取り足を取りそこまで案内してくれるほど親切ではない。なので一時的に使える“鍵”を付与してもらい、教わった通りの道順で“幻惑の魔女”エンスヘーデの隠れ家へと向かわねばならない。
 作業部屋を借り、幾つかの魔術具などを用意し、長旅の準備を整えたら、また他の者たちには会わないよう細心の注意を払い闇の森を抜ける。
 そこからまた、けっこうな冒険が……とも言いにくく、何せ、できるだけ誰とも会わず、会っても影響を与えることなく……を徹底しなければならない。出来るだけ野宿。宿場町に寄る時も、顔を隠し、【認識阻害】をかけ、ダークエルフだとは絶対にばれないようにし、誰とも話さず、印象に残らず……だ。
 おかげさまで、隠密行動や野外サバイバルのスキルはかなり上がったと思う。まあ寝るときは大蜘蛛の魔糸で作った蜘蛛糸ハンモックで樹上入眠したりとか、普通のサバイバルとはちと違うけどね。
 北上してウッドエルフ達の森をすり抜け、登ればオーク城塞のある山脈、カドゥの牙の西沿いにさらに北上。そこから今度は西へ向かうと、かつての帝都、ただし既に海中へと水没して出来た大きな湾へとぶつかる。
 この沿岸沿いにさらに西へ進めば、セイヴィア王の治める今のティフツデイル王都へと着くが、そこには向かわない。蜘蛛糸を利用して簡単な船を造って湾へと出て、とある小島まで。
 そこに、エンスヘーデの隠れ家へと転移出来る“門”がある。
 
 ◇ ◆ ◇
 
「何者だ! 名を名乗れ!
「なのれ!」
 突きつけられる杖に、小柄な体格の“衛兵”たち。
 ただし着ているのは鎧甲ではなく、ひらひらとした可愛らしいローブ。
 
「は……じめまして、僕は、闇の森ダークエルフの、レイフィアス・ケラー、です。
 ええ…と、こちらには、“幻惑の魔女”と名高い、エンスヘーデ様に、会いに来ました」
 
 色白で鮮やかな金髪の活発そうな少女に、黒髪で眼鏡をかけた大人しそうな少女。そして、少し離れた位置に南方人ラハイシュらしい肌の色の濃い少女。三人の少女に取り囲まれ詰問されながら、僕はそう回答する。
 
 穏やかで暖かな森の中。くぐり抜けた“門”は、白樺に似た細く白い樹皮の木がうねりながら絡み合い、楕円を形作ったかのかたち。
 森の中の小さな広場のようなそこから、四方向へと簡単に整えられた小径があり、見回すとそれぞれの方向に幾つかの建物があるようだ。
 その一つは、僕の故郷でもある闇の森ケルアディード郷の樹木住居によく似てる。厳密にはウッドエルフ様式に近い、魔術で樹を育て、寄り合わせ、一見すると巨木の中をくり抜いたかに見えるそれだ。
 その方向に向かって金髪の少女が、
「お客さんだよーーーー!」
 と、大声で叫ぶと、ややあってから、鼻筋の通った紫のドレス姿の女性がゆったりとした足取りで歩いてくる。
「ママー、青い人!」
 この声は先ほどの色白で金髪の少女。言われてみると、髪の色は黒髪と金髪とで違っているが、切れ長の目に優美に湾曲した眉、すっと通った鼻すじなど、似ているところも多い。
 
「エルマー、青い人、じゃなくて、ダークエルフだよ」
 後ろに続く眼鏡をかけた女の子がそう付け加える。なんとなく既視感がある……と言うか、僕と似た雰囲気がある。
 そして、無言でその後ろをついて行く南方人ラハイシュらしい褐色肌の少女。
 この三人に迎えられる紫のドレスの女性は、近づいてくればさらに分かるが、なんとも見事なまでの優美さと艶めかしさがあった。
 紫を主体としたそのドレスは肩や胸元、さらには横のスリットにより太股までもが露わになった大胆なデザインではあるが、ゆったりとした布使いが下品さを感じさせず、また安っぽくもなっていない。
 宝飾品はそれほど多くない。耳飾りとネックレスに指輪、ブレスレットくらいだが、これも派手すぎないデザイン。ただ何よりそれら全てが、非常に高い効果の魔装具だ。
 ドレス自体も、ビロードのような光沢と絹の滑らかさがあり、間違いなくかなり上質の魔糸織物。多分これは、最上級の大蜘蛛の糸だろう。
 具体的にどんな魔術付与がされてるかまでははっきりと分からない。けれどもその全てが最上級、最高品質のものであることだけは分かる。
 何より、本人がそれらの優美で美しく、高品質なドレスや装身具に全く負けていない。
 艶やかな黒髪に、きめ細やかで艶めいた肌。先ほどの娘らしき少女と同じく、鼻筋の通った鼻は高すぎず低すぎずで、目も瞳も大きくはっきりとしている。派手、とも言える造形だが、かといって威圧的でもない。
 どうかと言われれば、そう……蠱惑的、だ。
 すらりとした体躯に豊かな胸元と言う体型も、やもすれば品のないものと受け取られそうだが、実際にはそうならない。
 この世界の人間文化の中では細い腰つきは貧相と見られやすいが、これもまたそう言う印象にならないギリギリの線。
 つまり、全てにおいてひときわ目を引く、強い印象のある外見なのにも関わらず、その全ての印象が絶妙なまでに適切な好印象になっている。
 何故か?
 “幻惑の魔女”だからだ。
 
 彼女自身の容姿は確かに美しく、また印象的だ。だが美の基準なんてものは文化や時代で移ろう。ある時代、ある文化圏では最高の美女とされる容姿が、別の時代別の文化圏ではそれほどでもなかったりなんてことは多々ある。
 彼女は実際に、帝国文化圏やダークエルフ文化圏ではそれぞれに評価されにくいような特徴もあるのに関わらず、それらを超えて“好印象”になってしまう。
 見たものにとって、そう感じられる“魔力”を漂わせているのだ。
 
「トゥエンから“手紙”は受け取ってるわ」
 軽く口の端を上げて微笑み、そう言ってくる。
「エンスヘーデよ。よろしく」
 やはり艶やかな手袋をした右手を差し出し、それを受けて握手を返す。こちらの手を握る触り方すらも、上品で優雅だ。
 
「闇の森ダークエルフ、レイフィアス・ケラーです。トゥエン・ディン師から、あなたが僕の今の問題へ助言を頂けると聞いて訪問させて頂きました」
 握手をしながらそう返す。
 “手紙鳩”にトゥエン・ディン師がどこまでの話を書いていたかは分からないが、いずれにしても改めてキチンと具体的な話はした方が良いだろう。
 
 僕の挨拶と自己紹介を受けて、エンスヘーデは目線で誘うような一瞥をくれてから、
「まず、あなたに会って欲しい人がいるわ。来て」
 と、ついて来るよう促される。
 その言葉に従って着いていく横を、先ほどの3人の少女がはしゃぐように追いかけてくるが、エンスヘーデは、
「エルマー、しばらく別の場所で遊んでて」
 とやんわりと言う。
「えー、つまんなーい!」
「お客様と、お話し出来ないの?」
「後でね。今は別の話があるから」
 不満げな少女達だが、ここは我慢してもらうしかない。
 
 花に囲まれた小径を進むと、テラスで本を読んだり、数人で談笑したり、また庭園、菜園の世話をしていたりする人たちとすれ違う。何人かがエンスヘーデへと挨拶をしたり話し掛けたりする様子は、僕がここに来る前にイメージしていた「魔女の隠れ家」と言うものとはかなり違っている。
 
「気がついた?」
 顔をこちらには向けないまま、エンスヘーデがそう聞いてくる。
「え……と、何にですか?」
「ここには女しかいないことに」
 言われて改めて見回すと、確かに目に映る範囲の人々は全て女性だ。主に帝国人が多いようだが、それ以外の人種、種族も居る。
「何故ですか?」
 率直にそう聞き返すと、エンスヘーデはまた小さく微笑んでから、
「ここが“魔女の谷”だからよ」
 と言う。
 
 思わず足を止めて後退る。え、ちょっと待って、今“魔女の谷”って言った?
「───やっぱりねぇ~。トゥエンの奴、何も説明してなかったのね」
 ええ、全く全然してくれてません。多分これは嫌がらせですね、ええ。少なからずトゥエン・ディン師の貴重な研究時間を奪ってしまった事への。
 
 ◇ ◆ ◇
 
 “魔女の谷”……。
 一般的には、実在定かならぬ伝承のようなものとして伝わっている。
 人間社会では魔術の研究が進み、大学などで理論として体系化される前は、エルフの使う神聖かつ不可思議な技か、或いは“悪しき者”……つまりは“悪魔の技”と見做されていた。
 原始呪術的なものは多くの文化圏で自然発生的に起こり、たとえば東方人では方術、つまりは医術や天文と同じく有用な技能として発展し、南方人ラハイシュなどはあの入れ墨魔法のような形で発展した。
 北方ギーン人達は主に身体強化を齎す戦の雄叫びウォークライや祖霊による憑依魔法を生み出し、西方ジャルダル人はハイエルフ信仰と合わさり精霊魔法を得意とした。
 帝国人文化圏ではどうか、と言うと、彼らは主に精霊官、神官による光魔法以外を蔑む傾向が強かった。
 人間の中で強力な魔術師が出るようになったのは、やはり魔術が理論体系化され、その知識や技術を継承し、発展させることができるようになってからだ。それまでは、素養のある一部の人々が、かなり初歩的で素朴な魔法を使えるだけ。
 原始的な社会では、それでも重宝され、才能ある者はある種のリーダー的存在にもなっていたが、その才能のある者には偏りがあった。
 理論化、体系化されるより前は、明らかに女性の方が魔力適性が高く、魔術を使えるようになる者が多かったのだ。
 素朴な部族社会だった頃にはそれでも問題は無かった。しかし社会全体が発展し、共同体の規模が大きくなり、農耕により土地を巡る争い、戦争が大規模化し始めると、様相が変わる。
 つまり、暴力と武力により政治的支配権を求める男たちにとって、「戦争で使えるほどでもない」程度の魔術を使える“だけ”で、共同体のリーダー的存在になっている女……巫女などの存在が邪魔になってきた。
 男の武力にかしづき、従順に従う女ならばそれでも良い。権力者男性の箔付けとしても有用だし、人心の支配もやりやすくなる。特に治癒術士ならばなおさらだ。
 しかし、男に従わず、また、攻撃や幻惑など、男の武力による支配を脅かしかねない魔術を使う女は……“魔女”として迫害される事になった。
 前世における中世キリスト教による“魔女狩り”とはまた異なる経緯で、この世界でもそれは起きたのだ。
 
 その時期に、迫害された“魔女”達の逃れた先として、“魔女の谷”の噂が生まれた。
 
 その迫害の歴史は、人間達が都市国家群から帝国へと社会形態を変え、魔術を体系化、理論化する事で“魔術師”を育てる事が出来るようになってから自然となくなっていった。つまり、「男が魔術と言う分野でも女より優位にも立てる」ことがハッキリしたことで、殊更初歩的な魔術を使える程度の“魔女”を目の敵にする必要が無くなったからだ。
 
 その後、強くなった魔術師の力を過信したティフツデイル帝国はエルフへと戦争を仕掛け、当初は勢いと数で勢力、版図を拡大してゆくが、ウッドエルフ、ダークエルフ、そしてオークまで含めた連合にボロ負けをし、滅ぼされるかという手前で和平が成立し今に至るのだけども、まあ何にせよそう言う……伝承、おとぎ話的な場所と、一般的には思われているのが“魔女の谷”だ。
 
「……実在したんですね」
 素直な感想としてそう呟くと、
「闇の森のダークエルフも、何人かは成人した後にここの存在を教えてもらえるはずよ」
「そーなの!?」
 あー、僕、一応まだ、ダークエルフ的には未成年扱いだからねぇ。
 
「けど、来れるかどうかは別。何にせよまだ未成年のダークエルフがここに来るのは、かなり珍しいの」
 レアケースですか。
 
「もはや魔女狩りなんて無い時代。確かに昔とは違っているけど、それでもここは“女だけの避難所”よ。田舎や貧民の生活では、きちんとした体系化された魔術を学べる者は少ないし、そう言う環境で魔力適性を持ちつつも協会や大学にも行けず、結果、能力を利用され、また迫害される“魔女”も少なくはないの。もちろん、魔力適性がどうかとかは関係無く迫害される者も後を絶たない」
 つまり、時代背景は変化したものの、迫害される女性の為の避難所、シェルターとしての役割は続けている……と言う事だろうか。
「勿論、全ての迫害され、虐げられている女をここで受け入れられるワケじゃあないから、限界はある。だから、巡回魔女として各地を回ってそう言う人々を助けている者達も居るし、支部のような隠れ里もいくつかあるわ」
 そこで、んん? と考える。僕は迫害されている訳ではないが、困難に遭っている女性ではある。その点でいえば、“魔女の谷”の助力を得て、匿われる立場と言えるのかもしれない。だとしたら、もしかしてトゥエン・ディン師は僕をそう言う立場の者として彼女に紹介したのか……? と。
 そこへ、
 
「違うわよぉ~」
 
 僕のその疑念を読み取ったかのエンスヘーデが、ややのんびりしたような口調でそう言ってくる。
 
「この“魔女の谷”は、そう言う迫害、苦難に遭う魔女の避難所。だけど、ごく僅かな例として、それ以外の者を受け入れるときもあるの。それが───」
 
 たどり着いたのは、遠目にも見えていたウッドエルフ様式の樹木の家。
 その正面に建ててある碑、いや、多分魔力中継点マナ・ポータルの一種であろう、これまた生きた木をそのまま利用したそれが絡みつき一体化したような石盤。その真ん中に刻まれたシンボルは、これまた僕らダークエルフには馴染みすぎた紋様だ。
 
「我らが女王、つまり“蜘蛛の女王ウィドナ”の運命の糸の上に乗せられた者に関わる場合……よ」
 
 
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