続 結婚式は箱根エンパイアホテルで

高牧 まき

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その6

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 颯太さまの乗ったタクシーが駅構内の降車場へと一足先に到着した。

 少し遅れて降車場に私の乗ったタクシーも着いたが、支払いのできない私は降りることが出来ず、雑踏の中へと遠ざかる颯太さまの後ろ姿を見守るしかなった。

 仙波……急いでくれ……祈りもむなしく、とうとう颯太さまが雑踏の中に姿を消した。

 がっくりと肩をおした私に、タクシーの運転手が声を掛けた。

「おい、あれじゃないか?」

 バスターミナルを反対方向から突っ切るように、全速力で走り近づいて来る男の姿。

 まるでモーゼの十戒の様に男を避け、雑踏が自然と左右に分かれていく。

 ラグビー部のウィング、30メートル激走トライした花形選手の迫力ある走り。

 間違いない、仙波だ。

「おーい!!
 ここだぁ!!!!
 せんばぁぁぁぁぁ!!!!」

 声の限りに叫ぶと、こちらに気付いた仙波がスピードを落とすことなくこちらへと驀進してきた。

 そして、瞬く間に降車場に着いた仙波は、あらかじめ用意していたのか交通系ICカードと財布を投げる様に渡してきて、「支払いはしておきますから、宮川さんは行ってください」と叫んだ。

「頼んだぞ!!」

 改札を抜けたところで颯太さまの後ろ姿を発見し、私はあがった息を整えた。

 仙波のICカードで遅れた分を取り戻せたようだ。

 すぐさま颯太さまに声を掛けることも考えたが、思いつめた様子の颯太さまにその考えを捨てた。

 恐らく私が引き留めても、颯太さまを止められない。

 ならば……今はどちらに向かわれるのかだけでも確認しなければ。




「男の子なら恵夢めぐむ、女の子なら愛実めぐみにしよう」

 僕を背後から抱きしめながらお腹の中の赤ちゃんを慈しむように、皇さんは僕のすこしポッコリしてきたお腹に優しく手を当てていた。

 幸せな気持ちで皇さんを見上げると、おでこにキスが落とされる。

「颯太、明日は子供のための……」

 皇さんの優しい声にうっとりとする僕。

 好きで……ずっと好きで。

 誰にも言ったことなかったけど、皇さんの出ている雑誌とかテレビ番組とか全部チェックして。

 だから皇さんが側にいることが夢みたいで。

 いつかこんな夢みたいな生活、終わってしまうんじゃないかって不安だった。

 そうなったとしても、ちゃんと、ちゃんと……皇さんの迷惑にならないようにって…そう思ってたのに。

 いつの間にこんなに贅沢な人間になってたんだろう、僕は。

 側にいてほしいだなんて……やだなぁ、いつの間にこんなに弱くなったのかな?

 これまでだって、いろんなこと我慢しできただろ?

 父さんと母さんが死んじゃって……それでなくてもまだ小さい弟たちがいる姉さんたちに迷惑かけないように、いろんなこと諦めてきた。
 
 本当は行きたい大学があった。

 私大で自宅から離れて仕送りしてもらう余裕なんてないから諦めた。

 学部も、オメガにも比較的就職しやすい商業系に変えた。

 大学に行けるだけでも、幸せだとそう思った。

 仕事もそうだ。

 自宅から近くて残業の少ない職場を選んだのは、仕事に家事に忙しい美紀姉の負担を少しでも減らしたかったから。

 幸い僕の入社した福福食品はアットホームな雰囲気でオメガの就職も積極的に行ってる働きやすい職場だった。

 賞味期限切れ間近の食品がもらえるのも有りがたかったし。

 苦労とも言えないことだけど、家族のためになっていると思えることが嬉しかった。

「美紀姉、そろそろ幸せになって」

 末っ子の康浩が独立するのを機に、僕は姉さんにそう言った。

 姉さんが十八の時から勤めている会社の係長を務める前川さんは、姉さんとの結婚を六年も待ってくれた心優しい人だ。
 
 姉さんが結婚してしまうのは寂しかったけど、それよりももっと幸せになってほしいとそう思ったから。

 だけど姉さんの結婚式が近づくにつれ、僕はどうしようもない寂寥感に襲われるようになった。

 祐樹も康浩も独立して、途端に僕は一人ぼっちになってしまった。

 そしてその時初めて、自分が姉さん離れも弟離れも出来てないことに気付いたんだ。

 家族のために生きてきて、ふと目標も生きがいも失くしてしまったことに気付いて愕然として。

 だけどそんな時、皇さんと出会って。

 夢だと思ってはいても、誰よりも僕を必要としてくれた皇さんのことが、僕の心の支えになっていたんだと思う。

 だからこそ、皇さんと離れることが……こんなに……辛いよ。

 ……ああ、でも、僕にはもう、子供がいるんだ。

 一人じゃないから……。

 ふらふらと歩みを進めながら、苦しくなった胸のところの服をぎゅっと握りしめた。

 パッ、パーーーーーー!!

 クラクションの甲高い音に、びっくりして立ち止まる。

 いつの間にか横断歩道の信号が赤になっていて、その途中にいた僕はあわてて小走りに向こう側に渡り切った。

 危なかった……。

 そう思って振り返った僕は、そこがどこか分からないことに気付いた。

 電車を降りたことは覚えている。

 タクシーか、バスに乗ろうとターミナルへと向かったはずなのに……皇さんのことを考えて、ぼんやりとして知らない場所まで歩いてしまったらしい。

 オフィス街らしいそこは大きなビルが立ち並ぶばかりで、すでに陽がだいぶ落ちて茜色に染められているが、終業時間を過ぎてないのかまだ人通りは少なかった。

「ここ……どこ?」

 心細くなって、僕はぽつりとつぶやいた。

 こんな時に限ってタクシーが見当たらない。

 仕方なく引き返そうとしたとき、目の前が真っ暗になった。

「………すめ…らぎ、さん……」

 ああ、なんでだろう。

 どうしてこんな時でも、助けてほしいのは皇さんだなんて。

 そうして僕はガードレールに寄りかかるようにして、へなへなとその場に座り込んだのだった。


 
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