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私のショージ

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「眉間のしわがすごいぞゲルマディート」

 フェルメンデに言われて私ははっとして表情を緩めた。

 ショージの指輪が見つかったのは、つい3日前のことだ。

 指輪がここにこうしてある・・ということは、ショージが戻ってきたのだ。

 そのことは非常な喜びと苦しみを同時に報せる出来事だった。

 露店の店主に指輪を売ったという熊の獣人は捕らえたが、そこから先はまだ行方がつかめない。

 それに……犯人の男はショージにひどい暴行を与えたらしい。

 私は目の前が真っ暗になった。

 目撃者の話では兎の獣人に保護されたらしいが、今なおショージの安否も分からない。

 手がかりがあまりにも少なすぎるのだ。

 事件があったセレンズに今すぐ飛んでいきたいのに、はるか遠い場所に出向けば子供たちの生誕日には戻れない。

 王都から動けない自分がもどかしい!!!

 ショージ……無事でいてくれ……。

 私は祈るような思いで部下の報告を待ち続けていた。

「少しは休め、ゲルマディート」

「とても……とても、そんな気には……」

 フェルメンデは私の肩に、慰めうように手を置いた。

 何かをしていなければ、悪いことばかりを考えてしまう。

 そんなことショージに知られたら、怒られてしまうだろうが……。

「……子供たちが心配している。

 父上が病気になると言ってな……全然眠っていないだろう?

 ゲルマディート。

 そんなに頬をこけている姿を、ショージが見たら悲しむぞ」 

「少しも……眠くならない。

 要は……眠れないんだ……フェルメンデ」  

 私は情けない思いで顔を両手に埋めた。

 無力な自分に苛立ちだけが募る。

 4人の子供たちは皆愛らしく、ショージが消えて憔悴した私の慰めとなってくれた。

 だが子供達がどれほど愛しく思えても、どうしても埋められない場所がある。

 私の爪の先、髪の一筋までも。

 私の吐き出す吐息でさえ、今なおショージを求めている。

 ショージ……ショージ……ショージ!!

 私はショージがいないと、息をするのもつらい。

 早く私のこの腕で……ショージを抱きしめたい。

 結局私はフェルメンデに睡眠薬を飲まされ、半ば強制的に眠りを取らされた。

 こんな時に見るショージの夢は辛い。

 私は夢の中でショージと抱き合い、再会を喜んでいた。

 私はショージの温もりを探して……そして目覚めた。

 召使らに悟られないように無言で体を起こす。

 少し遅い朝食を摂っているとき、ショージの調査を命じていた騎士が戻ってきた。

「何か手掛かりは有ったか?」

「はい。

 ショージ様を保護した兎の獣人が分かりました」

「ショージの安否は分かったのか?」

「はい。

 ショージ様を保護した者は、郵便馬車の御者でございました。

 ショージ様はセレンズの事件のあと、しばらくいずこかでご静養されたのち郵便馬車で王都へ向かっていたようにございます。

 ゴーシャ、ランドルの町でも目撃されておりました。

 ご無事なのは間違いないと思われます」

「……ではショージは王都にいると?」

「はい。
 
 おそらくは、先月の上旬から、王都にいらっしゃるものと……」

「先月の上旬?

 何故だ……。

 王都にいるなら、何故ショージは戻らない?」 

「そ……れは……」

 騎士は言いにくそうに、口をつぐんだ。

「遠慮はいらぬ。

 申せ!」

「……はい。

 ショージ様の失踪は、一般的にはご公表されておりません。

 もしショージ様が、つてなく王宮に参られた場合……その、王宮に入られることは困難かと……」

「な……に……?」

「王宮の正門は往来を制限されております。

 事前の連絡がなければ門は開いておりません。

 もし来られていても、門外には衛兵はおりません。

 もちろん、我らが通行する通用門は別にございますが……。

 ショージ様はご存じではございませんし、もしご存じでもショージ様のお顔を知らぬ衛兵に追い返されてしまうと存じます。

 実はこちらに参ります前、正門の衛兵に確認いたしましたところ、正門をうろつく非獣人を目撃した者がおりました。

 おそらくそれが、ショージ様だったのではないかと……」

 ショージの地位を守るために秘匿していたというのに、そのせいでショージを拒んでいたとは!

「なんということだ……!」

 私は衝撃でしばらく口がけなかった。

「陛下……、ショージ様の行方を、郵便馬車の御者が知っている可能性がございます。

 今から話を聴いてまいりますので、どうぞ吉報をお待ちくださいませ」

「郵便馬車の御者……兎の獣人の?
 
 行方は分かっているのか?」

「はい。

 ちょうどその獣人が御する郵便馬車が本日王都に参るとのことで……」

「…………く」

「はぁっ?」

「……私も、行く!」

 私は思わずそう言っていた。

 ショージの手がかりがあるのに、我慢が出来るはずがない。

 私は直ちに朝食を取りやめると、準備に取り掛かった。

 もうすぐ……もうすぐだショージ。

 私が迎えに行く!
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