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ゲルマの初恋①
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ゲルマを食事に送り出すと、俺はゲルマが無事で嬉しいやら、女に間違えられて悔しいやらで言いようのない気持ちが胸の中でぐるぐるして大きなため息をついた。
ブレちゃん……なんか、母さん心が折れそうだよ……。
ブレスナイトが健気に送り出してくれたっつーのに、ゲルマたんの言葉の一つ一つに打ちのめされそうになっちまってる……。
いかん、いかん!
……俺はぺちぺちと両手でほっぺたを叩いた。
俺は、母親だろ?
子供たちのためにも、こんなことで挫けてらんねー。
そうやって俺は、これ以上もなく深く落ち込みそうになるのを、なんとか押しとどめて浮上する。
だけど俺を心配して、ゲルマたんの食事間、召使や騎士のみんなが俺のもとに集まってきた。
俺以上に落ち込んでいるのがコーネリウスだ。
お連れする前にきちんとご説明をしておけば、ショージ様を傷つけずに済んだのに……と、日に焼けて健康的な顔がすっかり青ざめている。
「……気にすんな!!
コーネリウスのせいじゃねーし!!」
最初に、そう最初に俺がショージだと言えばよかったんだ。
そしたら誰も気まずい思いをしなかった。
だけど俺は、駆け寄って、抱きついて、泣きそうになるのを我慢していたから、言い出すことができなかった。
……それにしても、随分ゲルマには熱心に口説かれたから、昔っから男性が好きだったんだと思い込んでいたけど、昔はそうじゃなかったんだな。
「王母様が女性でございましたし、ゲルマディート様の許嫁は女性でしたから、そう思い込まれていらっしゃったんでしょう」
え? 許嫁?
ゲルマたん、俺が昔の恋人の話を聞きたがったりすると、出会いがなかったとかモテなかったとか言ってたけど、許嫁がいたんだなぁ……なんで結婚しなかったんだろ??
俺が分かりやすすぎるのか、ライフェルトが超能力者なのかは分からないが、ともかくライフェルトは「ゲルマ様は怖がられていらっしゃいましたから」と、話しだした。
「ゲルマディート様が即位されましたのは、十三歳の頃でございます」
俺はびっくりして、「十三歳?」って聞き返しちまった。
「即位の前年、お父上様のモルドバ様がディールトとの戦いの最中の負傷で片足を失いまして、執務に差しさわりがあると、ゲルマディート様へと譲位されましたのです。
しかしまだ幼さの残る年齢ですので、大変ご苦労をなさいました」
「だよなぁ。
十三歳って、中1だもんなー。
俺、成長遅かったから、まだ下の毛も生えてなかったし……」
あ、ライフェルトが絶句しちゃってる。
すまん、下の毛とか言っちゃって!!
普段俺に付き従ってるリツ=ルドやコーネリウスはもう慣れて驚いたりしねーけど、公式の場の俺に慣れてるライフェルトには、あんまり聞かせていいもんじゃなかったな!!
しかしさすが侍従長、すぐに気を取り直して言葉をつづけた。
「と、ともかく、そのような形で即位された陛下は慣れない執務に忙殺され、婚約者であるブルノスィムの姫君をお迎えになられたのは、十八歳の頃でございます」
「じゃあ、ゲルマたん、一度結婚してた………?」
お迎えになられたってそういうことだよなって、俺が尋ねると、ライフェルトは頷いた。
……全く知らなかった。
今現在、シトレーヌ様って全然王宮にいないし。
もし亡くなってたりしても、普通は話題に乗ったりするだろ?
そういうのも全然無い。
ということは、少々訳ありってことか?
俺は黙ってライフェルトの言葉を待った。
「しかしシトレーヌ様は、ゲルマディート様の獣体に大層怯えになられまして……」
獣体に……?
と聞いて、俺には思い立つことがある。
普段この世界の獣人は、日常生活を人化して過ごすのが基本だ。
もちろん戦闘状態や、職務によっては獣体になることがあるが基本は人化状態なのだが、後ももう一つ、獣化して行う行為と言えば、もちろん交合だ。
要はそのシトレーヌ様、初夜の時にゲルマを怖がって、ちゃんと最後まで致せなかったらしい。
その後も結局ゲルマたんに慣れることがなく二年が過ぎたある日のこと、なんと、シトレーヌ様が妊娠する。
でさ、ゲルマたんのことを拒絶しまくってたシトレーヌ様のお腹の子の父親は、当然ゲルマたんじゃなくて他の男性だった。
結果として、ゲルマたんはそのお姫様を、実家であるブルノスィムに返した……。
「うへぇぇぇぇ、ゲルマたんにそんなことが!
ああ!
もてなかった、って言ってたのはそういうことか!!
あれ? でもさ、十八歳からずっと、再婚しなかった理由は?
さすがに縁談が全然なかったって訳じゃないだろう?」
ライフェルトはニコニコしながら、「あの……。ゲルマディート様の婚姻は無効となりましたので、ショージ様との婚姻は再婚ではなく初婚でございますよ」と言い切った。
俺としては、初婚でも再婚でもどっちでもいいよ! って思うけど、召使ーズには許しがたかったんだな……。
まぁ、その気持ちは分からんでもない。
「だったらなおさら、良い人をって、なったんじゃないの??」
「はい、確かにその様な勢いになりまして、ゲルマディート様はそれから3人のご令嬢と、2人のご令息とお見合いをなさいました」
「……ああ!」
そこから、男が出てくるのか。
「でも、ご令息との縁談って、ゲルマたんは嫌がらなかったわけ?」
「ゲルマディート様は、特に女性を希望されてはいらっしゃいませんでしたよ?」
「……そうなの……か?」
さっきの言葉聞いてたら、ぜんぜんそんな風には思えないんだけど……。
「あの……もちろん、先ほどの陛下のお言葉をお気になされていることは十分承知しておりますが、ショージ様。
ゲルマディート様は、決して、男性を忌避されていたのではございません。
先ほどのゲルマディート様のご様子から察するに……。
おそらくは、まだ十七歳の頃のご記憶しか、戻られていらっしゃらないご様子で……」
「十七!?
……それにしては、堂々としすぎてなかったか?」
話す口調とかは、現在のそれとあんまし変わんねーくらいだったし。
「もちろん、国王となられてからのお立場がその様に見えたのかもしれません。
後見をされていました前国王陛下は十六歳の頃にご他界あそばされ、王母様もそれを追うように半年後に滅せられましたので、そのころからグンと大人びたご様子になられました」
「ああ、うん。
それはゲルマたんから聞いたことある。
即位してからも父上様の後ろ支えがあって何とか頑張れたけど、ご両親ともに死んじゃってどうしていいのかわからなくなって荒んだ時期がある、とかだけど」
「要は、ですね。
ショージ様。
その頃のゲルマディート様は施政に全力でお取り組みになられていらっしゃいまして、その分恋愛方面には関心が低くていらっしゃいまして、実際のところ……ゲルマ様の初恋は、二十一の頃でございます」
「……遅くないか? それ?」
俺と出会うちょっと前なだけだろ?
と、思わず指折り数えてしまった。
「それに、ゲルマディート様はシトレーヌ様との出来事ををいたく気に病んでおられまして、候補の方々との謁見では、は必ず獣体をご披露になられましたものですから、なかなか…………」
ライフェルトは口ごもった。
「って……、え?
まさか、全部ダメ?」
「……はい」
は……。
俺だって失神しちまったんだから、人のことは言えないけどさー。
クロヒョウ自体が珍しいのは分かる。
ゲルマたんって背も高いし、人化してる時も筋肉質で引き締まった体だから獣体になっても大きくてガッシリしてるもんなー。
それでも獣人の獣体を初めて見た俺とは違うんだし、何より慣れたらむしろカワイイのに! ゲルマたんをフルなんて……ほんと皆、バカだなぁ……!!
「皆様方があまりに怖がられるので、ゲルマディート様は、たいそう意気消沈なさいまして。
……しばらくは、ショージ様にはお聞かせできないほど荒れていらっしゃいました」
そっか、そういうことがあったのか……。
金とか名誉目当ての女なら無理くり我慢したかも知んねーけど、そういうやつらは候補にも挙げられなかったろーしな。
俺はそれでゲルマたんの話は全部だと思ってたけど、まだ続きがあった。
撃沈したゲルマたんだったけど、本当の意味で恋が破れたのは、その時じゃなかった。
何故ならゲルマたんは、彼らのことを好いてはいなかったから。
ジルメール・リンズ。
ゲルマたんが初めて恋したのは、麗しいヒョウ族の男性だった。
ブレちゃん……なんか、母さん心が折れそうだよ……。
ブレスナイトが健気に送り出してくれたっつーのに、ゲルマたんの言葉の一つ一つに打ちのめされそうになっちまってる……。
いかん、いかん!
……俺はぺちぺちと両手でほっぺたを叩いた。
俺は、母親だろ?
子供たちのためにも、こんなことで挫けてらんねー。
そうやって俺は、これ以上もなく深く落ち込みそうになるのを、なんとか押しとどめて浮上する。
だけど俺を心配して、ゲルマたんの食事間、召使や騎士のみんなが俺のもとに集まってきた。
俺以上に落ち込んでいるのがコーネリウスだ。
お連れする前にきちんとご説明をしておけば、ショージ様を傷つけずに済んだのに……と、日に焼けて健康的な顔がすっかり青ざめている。
「……気にすんな!!
コーネリウスのせいじゃねーし!!」
最初に、そう最初に俺がショージだと言えばよかったんだ。
そしたら誰も気まずい思いをしなかった。
だけど俺は、駆け寄って、抱きついて、泣きそうになるのを我慢していたから、言い出すことができなかった。
……それにしても、随分ゲルマには熱心に口説かれたから、昔っから男性が好きだったんだと思い込んでいたけど、昔はそうじゃなかったんだな。
「王母様が女性でございましたし、ゲルマディート様の許嫁は女性でしたから、そう思い込まれていらっしゃったんでしょう」
え? 許嫁?
ゲルマたん、俺が昔の恋人の話を聞きたがったりすると、出会いがなかったとかモテなかったとか言ってたけど、許嫁がいたんだなぁ……なんで結婚しなかったんだろ??
俺が分かりやすすぎるのか、ライフェルトが超能力者なのかは分からないが、ともかくライフェルトは「ゲルマ様は怖がられていらっしゃいましたから」と、話しだした。
「ゲルマディート様が即位されましたのは、十三歳の頃でございます」
俺はびっくりして、「十三歳?」って聞き返しちまった。
「即位の前年、お父上様のモルドバ様がディールトとの戦いの最中の負傷で片足を失いまして、執務に差しさわりがあると、ゲルマディート様へと譲位されましたのです。
しかしまだ幼さの残る年齢ですので、大変ご苦労をなさいました」
「だよなぁ。
十三歳って、中1だもんなー。
俺、成長遅かったから、まだ下の毛も生えてなかったし……」
あ、ライフェルトが絶句しちゃってる。
すまん、下の毛とか言っちゃって!!
普段俺に付き従ってるリツ=ルドやコーネリウスはもう慣れて驚いたりしねーけど、公式の場の俺に慣れてるライフェルトには、あんまり聞かせていいもんじゃなかったな!!
しかしさすが侍従長、すぐに気を取り直して言葉をつづけた。
「と、ともかく、そのような形で即位された陛下は慣れない執務に忙殺され、婚約者であるブルノスィムの姫君をお迎えになられたのは、十八歳の頃でございます」
「じゃあ、ゲルマたん、一度結婚してた………?」
お迎えになられたってそういうことだよなって、俺が尋ねると、ライフェルトは頷いた。
……全く知らなかった。
今現在、シトレーヌ様って全然王宮にいないし。
もし亡くなってたりしても、普通は話題に乗ったりするだろ?
そういうのも全然無い。
ということは、少々訳ありってことか?
俺は黙ってライフェルトの言葉を待った。
「しかしシトレーヌ様は、ゲルマディート様の獣体に大層怯えになられまして……」
獣体に……?
と聞いて、俺には思い立つことがある。
普段この世界の獣人は、日常生活を人化して過ごすのが基本だ。
もちろん戦闘状態や、職務によっては獣体になることがあるが基本は人化状態なのだが、後ももう一つ、獣化して行う行為と言えば、もちろん交合だ。
要はそのシトレーヌ様、初夜の時にゲルマを怖がって、ちゃんと最後まで致せなかったらしい。
その後も結局ゲルマたんに慣れることがなく二年が過ぎたある日のこと、なんと、シトレーヌ様が妊娠する。
でさ、ゲルマたんのことを拒絶しまくってたシトレーヌ様のお腹の子の父親は、当然ゲルマたんじゃなくて他の男性だった。
結果として、ゲルマたんはそのお姫様を、実家であるブルノスィムに返した……。
「うへぇぇぇぇ、ゲルマたんにそんなことが!
ああ!
もてなかった、って言ってたのはそういうことか!!
あれ? でもさ、十八歳からずっと、再婚しなかった理由は?
さすがに縁談が全然なかったって訳じゃないだろう?」
ライフェルトはニコニコしながら、「あの……。ゲルマディート様の婚姻は無効となりましたので、ショージ様との婚姻は再婚ではなく初婚でございますよ」と言い切った。
俺としては、初婚でも再婚でもどっちでもいいよ! って思うけど、召使ーズには許しがたかったんだな……。
まぁ、その気持ちは分からんでもない。
「だったらなおさら、良い人をって、なったんじゃないの??」
「はい、確かにその様な勢いになりまして、ゲルマディート様はそれから3人のご令嬢と、2人のご令息とお見合いをなさいました」
「……ああ!」
そこから、男が出てくるのか。
「でも、ご令息との縁談って、ゲルマたんは嫌がらなかったわけ?」
「ゲルマディート様は、特に女性を希望されてはいらっしゃいませんでしたよ?」
「……そうなの……か?」
さっきの言葉聞いてたら、ぜんぜんそんな風には思えないんだけど……。
「あの……もちろん、先ほどの陛下のお言葉をお気になされていることは十分承知しておりますが、ショージ様。
ゲルマディート様は、決して、男性を忌避されていたのではございません。
先ほどのゲルマディート様のご様子から察するに……。
おそらくは、まだ十七歳の頃のご記憶しか、戻られていらっしゃらないご様子で……」
「十七!?
……それにしては、堂々としすぎてなかったか?」
話す口調とかは、現在のそれとあんまし変わんねーくらいだったし。
「もちろん、国王となられてからのお立場がその様に見えたのかもしれません。
後見をされていました前国王陛下は十六歳の頃にご他界あそばされ、王母様もそれを追うように半年後に滅せられましたので、そのころからグンと大人びたご様子になられました」
「ああ、うん。
それはゲルマたんから聞いたことある。
即位してからも父上様の後ろ支えがあって何とか頑張れたけど、ご両親ともに死んじゃってどうしていいのかわからなくなって荒んだ時期がある、とかだけど」
「要は、ですね。
ショージ様。
その頃のゲルマディート様は施政に全力でお取り組みになられていらっしゃいまして、その分恋愛方面には関心が低くていらっしゃいまして、実際のところ……ゲルマ様の初恋は、二十一の頃でございます」
「……遅くないか? それ?」
俺と出会うちょっと前なだけだろ?
と、思わず指折り数えてしまった。
「それに、ゲルマディート様はシトレーヌ様との出来事ををいたく気に病んでおられまして、候補の方々との謁見では、は必ず獣体をご披露になられましたものですから、なかなか…………」
ライフェルトは口ごもった。
「って……、え?
まさか、全部ダメ?」
「……はい」
は……。
俺だって失神しちまったんだから、人のことは言えないけどさー。
クロヒョウ自体が珍しいのは分かる。
ゲルマたんって背も高いし、人化してる時も筋肉質で引き締まった体だから獣体になっても大きくてガッシリしてるもんなー。
それでも獣人の獣体を初めて見た俺とは違うんだし、何より慣れたらむしろカワイイのに! ゲルマたんをフルなんて……ほんと皆、バカだなぁ……!!
「皆様方があまりに怖がられるので、ゲルマディート様は、たいそう意気消沈なさいまして。
……しばらくは、ショージ様にはお聞かせできないほど荒れていらっしゃいました」
そっか、そういうことがあったのか……。
金とか名誉目当ての女なら無理くり我慢したかも知んねーけど、そういうやつらは候補にも挙げられなかったろーしな。
俺はそれでゲルマたんの話は全部だと思ってたけど、まだ続きがあった。
撃沈したゲルマたんだったけど、本当の意味で恋が破れたのは、その時じゃなかった。
何故ならゲルマたんは、彼らのことを好いてはいなかったから。
ジルメール・リンズ。
ゲルマたんが初めて恋したのは、麗しいヒョウ族の男性だった。
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