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ブレスナイトの初恋③
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ローディ、カル、ハルマに僕、そしてフィオナは、迎えの馬車に乗り込んだ。
だけど……やっぱりフィオナはローディの横。
僕はハルマとステアデルに挟まれるように座っていて、向い側にカルとローディとフィオナが座っている。
ローディとフィオナは仲良さげに笑いながら、お互いに囁き合ってるから、何を話しているか分からなかった。
「ナイト。
今日もお菓子作るって言ってたよな?
ホットケーキか??」
カルは前の方に身を乗り出して聞いてきた。
「ふふ……内緒だよ?」
僕は思わせぶりに微笑んだ。
実は今日、ドーナツに挑戦する予定なんだ。
昨日は料理長のレイデアに聞いたら、ホットケーキとほとんど材料が同じなんだって。
水分少なめにして油で揚げるのが本当なんだけど、油を薄く刷毛で塗って、オーブンで焼いたらいいですよって教えてくれた。
昨日レイデアと一緒に作ってみた時は成功したし、今度は一人で作るつもりだけど、オーブンの使い方は料理好きの召使セッカートが教えてくれるって言ったし、多分大丈夫だと思う。
初めて作るからちょっと緊張するけどね。
カルは、「楽しみだなぁ」なんて言って、ニコニコしてる。
すると、僕の横でステアデルがふっ……って、笑ったのが分かった。
ステアデル、昨日料理場までついてきてくれたから、全部知ってるんだよね?
僕がステアデルを見上げると、「分かってますよ?」とばかりに目を細めて僕を見下ろしていた。
「角が出るまで、泡立ててね?」
僕はフィオナと一緒に卵白を泡立て始めた。
今はホットケーキをフワフワに作るために、メレンゲを泡立ててるところ。
結構頑張って泡立てないといけないから大変だけど、美味しくするためには仕方ないよね?
だけど案の定、フィオナは途中で音をあげてしまって、彼女の分のメレンゲは途中から僕が泡立てた。
「ごめんね?
私の分も泡立ててくれて」
フィオナは心配しながら僕を見つめていた。
「い、いいよ!
メレンゲ泡立てるの、結構大変だし!!
僕、男の子だから大丈夫だよ?」
僕はフィオナに頼られて、ちょっぴり舞い上がっていた。
「全然平気!!」
そう言いながら、赤くなった顔を隠すように温めていたオーブンの様子を見る。
もうちょっとかな?
「セッカート。
オーブンの温度、もういいかな??」
「……あともう少しです。
殿下。
温度がちょうどになったら、お伝えいたしますね?」
「う、うん。
よろしくね?」
僕は泡立った卵白に手早くほかの材料を混ぜあわせた。
「ここでね、泡を消さないように、ふんわり混ぜるんだよ?」
僕はフィオナに説明しながら、ホットケーキの生地を縦に切るように混ぜ合わせた。
「すっごく、ふわふわ!!
楽しみね??」
フィオナは大きな目をキラキラ輝かせながら、僕に微笑んだ。
「う、うん!!」
フィオナ、嬉しそう……!!!
ぼ、僕も、すごく嬉しい!!!
それから僕たちは、ホットケーキをフライパンで焼き始めた。
フィオナは大きなホットケーキが作りたいって言ってたから、フライパンいっぱいに生地が流し込んである。
大きいから、結構時間がかかりそう。
途中、セッカートがオーブンの準備が出来ましたって教えてくれたから、僕はフィオナをセッカートに任せて準備していたドーナツをオーブンに入れた。
15分ほどで、僕のドーナツが焼き上がった。
ちょうど同じころ、フィオナのホットケーキも焼き上がった。
かなり大きかったから、ひっくり返すのが大変だったけど、なんとかうまくいった。
「チョコレートソース、まだ有る??」
僕がセッカートに尋ねると、「ございますよ」と笑顔で小さい瓶を差し出してくれた。
だから僕は、フィオナに、「チョコレートかける?」って聞いた。
「チョコレート??
使っていいの??
嬉しい!!!」
「うん!!
もちろんだよ!
あんまり沢山はあげられないけど、昨日美味しかったって言ってたし、好きだろ?」
「うん!!!」
フィオナはセッカートに手伝ってもらいながら、ホットケーキをみんなのところに運んで行った。
僕は今からドーナツにデコレーションするんだ。
チョコレートがけ、お砂糖がけ、チョコとナッツ。
母上が作るほどはバリエーションはないし、形もちょっぴりいびつで綺麗でもなかったけど、僕としては上出来にできたと思う。
「どうかな? ステアデル??」
僕は側に残っていたステアデルに見てもらった。
「……とっても、美味しそうに、お上手に仕上がっております。
殿下」
僕は褒められて誇らしい気持ちでドーナツをお皿に盛ると、皆のところに向かった。
僕が部屋に到着すると、フィオナがチョコのソースがかかったホットケーキを一切れお皿に盛って近づいてきた。
だけどフィオナは、僕が見えないみたいに僕の横を通り過ぎ、僕と一緒にキッチンから戻ってきたステアデルのもとへと駆け寄ったんだ。
「すっ、ステアデルさん!!!
私のホットケーキ、食べてもらえませんか??」
僕はドーナツを持ったまま、呆然と立ち尽くした。
ステアデル??
フィオナ、ステアデルのこと、好きなの??
……そういえば、馬車に乗るとき、フィオナはいつもステアデルの前に座ってた、気がする。
そりゃ、ステアデルは父上や母上にも認められる騎士で、頭もよくて、背も高くて、かっこよくて……。
………僕なんか、全然適わないよ………。
僕……僕、馬鹿みたいだ。
僕はフラフラと部屋を進み、フィオナのホットケーキの横にドーナツを置いた。
みんな、美味しそう!! って、歓声を上げた。
……いつもはすごく嬉しいのに。
次々と減っていくドーナツを見つめながら、僕はドーナツを一つかじった。
へんだな? たっぷりお砂糖を入れたのに、ぜんぜん甘くない。
すると、フィオナが泣きながらローディのところにやってきた。
「……チョコ……、食べれないん……だって!!!
せっかく、作った……のに」
泣いているフィオナを、ローディが優しくぎゅっと抱きしめていた。
そっか、チョコかけたから、食べてもらえなかったんだ……。
子供の僕たちにとっては単に美味しいお菓子だけど、大人の人にとってはオクスリだもんね?
そうか、フィオナ、ステアデルに食べてほしくてホットケーキ頑張ったんだな……。
じゃあ僕がチョコレートソースなんて渡さなかったら、今頃ステアデルに食べてもらえて、フィオナは笑顔でいたんだろうか。
ステアデルだって、好きじゃなくてもこんなに可愛い子にケーキ焼いてもらったら、嬉しいだろうし。
僕のへんてこドーナツとは大違いだ……。
なんだか僕は、それ以上そこに居られなくて、「僕、後片付けしてくるね?」と言って、席を立った。
………早く一人になりたかった。
フィオナ嬢が私のもとに走ってきたとき、思わずブレスナイト殿下を見てしまった。
殿下は明らかにフィオナ嬢を好いていた。
昨日、フィオナ嬢のためにほほを染めながらホットケーキを焼いている殿下の姿は、それはそれは愛らしかったのだ。
召使も護衛の騎士も料理人すらみんなそのことに気付いていて、私たちは殿下の幼い恋を応援していた。
先ほどまで、フィオナ嬢と一緒にキッチンに立っていた殿下は、これまで見たことがないくらい嬉しそうにしていたのに!!
私がフィオナ嬢に話しかけられている間、殿下はしばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて歩き出し、自ら作ったドーナツをみんなにふるまっていたが、明らかに元気がなかった。
一方、期待に目を輝かせていたフィオナ嬢だったが、彼女の作ったホットケーキには幸いチョコレートがかけられており、私が受け取ることはできなかった。
子供には良いが大人の獣人には効果絶大の媚薬になる。
さすがにこんな公衆の面前で発情する趣味は俺にはない。
丁重にお断り出来て、本当に良かったと思う。
子どもを泣かせてしまいあまり後味は良くなかったが、殿下のお気持ちを想うと、少々気も晴れた。
殿下はしばらく談笑されていたけど、フィオナ嬢がみんなの輪に戻ると、立ち上がってキッチンへと戻った。
もちろん、私は殿下の側に付き従おうとしたのだが、ハルマ殿下に呼び止められた。
「スチュ!!
待って!!」
「?
ハルマ殿下?
いかがされましたか??」
「うん。
あのね??
もうちょっとしてから、行って!!」
「もう、ちょっと、ですか?」
「そうなの。
んとね、あと、百くらい数えてから、行って??」
「百、ですか?」
「うん。
百。
お願いね、スチュ?」
そう言うと、ハルマ殿下はまたみんなの輪に戻っていった。
私は思わず近くにいたリツ=ルド殿と思わず目を見合わせたが、ハルマ殿下の命に従う。
ハルマ殿下は幼少のころから、不思議なことを命じられる。
だけどそれは結果的に事故を未然に防いだりとか、いつも的確な指示で、王宮ではハルマ王子の指示に従うことが暗黙の了解となっていた。
「九十六、九十七、九十八、九十九……百!」
言われた通り、百数えてから、私は殿下がいるであろうショージ様のキッチンへと向かった。
セッカートが追いかけていたから一人ではないけれど……何故だか殿下をそのままにしておけない……そんな焦りのような気持ちを抱えて、私は殿下のもとへとはせ参じた。
私がキッチンに到着すると、殿下はお菓子を作った道具たちをきれいに洗っていた。
召使に命令することもできるのに、ショージ様もブレスナイト様も後片付けまでが料理! と言って、最後まで自分でされるのが恒例だ。
私とセッカートは、ただそのご様子を黙って見守っていた。
殿下はいつも、洗いものの時には鼻歌を口ずさむことがおおい。
ショージ様の作った「ミハナの歌」など、楽しそうに口ずさむ。
なのに今日はただ黙々と洗い物をされて、キッチンにはかちゃかちゃと物音がするばかりだ。
そんなブレスナイト様を見守っていた私だったが、洗った道具を棚に直すために殿下が踏み台に上った時、大きなボウルにグラグラとバランスを崩されいた殿下へと、さっと駆け寄った。
間一髪、後方に倒れてきた身体を、抱きとめることができた。
私はほっと息をつきながら、「大丈夫でございますか?」と、殿下を見下ろした。
「ステアデル……どうして、ここにっ」
そういう殿下の頬には、明らかに涙の後が残っていた。
「……泣いておられたのですか……」
私は殿下の腕から大きなボウルを受け取り棚に収納すると、改めてブレスナイト殿下を抱き上げ、頬に残る涙を手で拭った。
すると、殿下の瞳がぐにゃりと歪み、ほろりほろりと涙の粒がこぼれおちていく。
私自身、弱弱しい姿の殿下に、相当に動揺していたのだと思う。
殿下の小さい体を胸に抱きよせると、慰めるように頭を撫でた。
「……大丈夫。
大丈夫です。
……殿下は素敵な方です。
……私は初陣で、ゲルマディート様の黒い疾風のような戦陣を駆け回るお姿を拝見し、お仕えするべく騎士となりました。
しかし今、私は……慈愛に満ちた殿下にお仕えすることが誇らしくてなりません。
私には分かります。
殿下はきっと、立派なメルファンドラの王となられます」
正直、自分でも、何を言っているのか分からなかった。
優しい殿下を慰めたくて、支離滅裂な言葉を並べ立てただけだ。
「だ……けど、ぼ……僕。
僕、ロー……ディ、みたいにお金のことわからないっ、し。
ハルマ、みたいに、賢く……ない。
カルみたいに……強くも……ないよ?
僕が……いちばん、なんにも……できないっ、からっ!!!」
腕の中で、殿下が小さな体を震わせていた。
私は自分の不甲斐なさに、情けない気持ちになった。
殿下が単に、フィオナ嬢に失恋したことを嘆いている、と思っていたのだ。
だけどこれは、そんな単純なことではなかった。
考えてみるとフィオナ嬢と接したおられた殿下は、とても控えめで、見ているこちらがもどかしいくらいだったのだ。
それはきっと、殿下の自信のなさからきていたに違いない。
確かに、他の三人は、突出した能力がある。
しかし殿下は王太子として、いずれはこの国を率いていかなければならないのだ。
そのことに人知れず心を痛めていたのかと思うと、自分に対して苦々しい気持ちが湧き上がる。
私は殿下の小さい掌を握り、その手を優しく開いた。
「殿下……私は不思議でなりません。
このような小さな手で、殿下は皆を幸せにしております」
「……幸せ……?
違うよ。
お菓子を作ってあげることしか、僕にはできないから……」
「殿下。
お菓子を作るだけなら、宮廷の料理人にもできることです。
しかし昨日、レイデアが申しておりました。
料理はショージ様、お菓子はブレスナイト様に適わない、と。
いくら技量を備えても、あれほど愛情をこめて作る気持ちが、かなわないのだと、そう申しておりました」
殿下は「ほんと?」と、驚いたように目を見開いた。
私はそっとその額にキスを一つ落とす。
「ゲルマディート陛下と、ショージ様は仲睦まじく、これからもご兄弟が増えられることでしょう。
しかし、殿下。
そのご兄弟方を取りまとめ、力を合わせ、この国を率いていけるのは、ブレスナイト殿下、貴方だけです。
今だってそうです。
両陛下がご不在でも、ご兄弟方が寂しくないよう取り計らい、皆の気持ちが穏やかでいられるのは、殿下がいらっしゃるからです。
……皆から好かれ、愛されている心優しい殿下だからこそ。
私は殿下にお仕え出来ることが、誇らしいのです」
すると、ブレスナイト殿下は、私の胸に顔を埋めるや、堰が切れたように大声で泣き始めた。
それから私は、殿下が泣き疲れて眠るまで、ずっと殿下を抱きしめていた。
翌日、つきものが落ちたようにすっきりとした顔で笑顔を取り戻したブレスナイト殿下に、私はほっとして胸をなで下ろした。
もちろんこの時は、成長された殿下に違う感情を抱くことになるとは、まだ何も……予想すら……していなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
思ったより、長くなっちまいました……!!!!
次回からハルマ編お届けします。
(ちょっと長め)
だけど……やっぱりフィオナはローディの横。
僕はハルマとステアデルに挟まれるように座っていて、向い側にカルとローディとフィオナが座っている。
ローディとフィオナは仲良さげに笑いながら、お互いに囁き合ってるから、何を話しているか分からなかった。
「ナイト。
今日もお菓子作るって言ってたよな?
ホットケーキか??」
カルは前の方に身を乗り出して聞いてきた。
「ふふ……内緒だよ?」
僕は思わせぶりに微笑んだ。
実は今日、ドーナツに挑戦する予定なんだ。
昨日は料理長のレイデアに聞いたら、ホットケーキとほとんど材料が同じなんだって。
水分少なめにして油で揚げるのが本当なんだけど、油を薄く刷毛で塗って、オーブンで焼いたらいいですよって教えてくれた。
昨日レイデアと一緒に作ってみた時は成功したし、今度は一人で作るつもりだけど、オーブンの使い方は料理好きの召使セッカートが教えてくれるって言ったし、多分大丈夫だと思う。
初めて作るからちょっと緊張するけどね。
カルは、「楽しみだなぁ」なんて言って、ニコニコしてる。
すると、僕の横でステアデルがふっ……って、笑ったのが分かった。
ステアデル、昨日料理場までついてきてくれたから、全部知ってるんだよね?
僕がステアデルを見上げると、「分かってますよ?」とばかりに目を細めて僕を見下ろしていた。
「角が出るまで、泡立ててね?」
僕はフィオナと一緒に卵白を泡立て始めた。
今はホットケーキをフワフワに作るために、メレンゲを泡立ててるところ。
結構頑張って泡立てないといけないから大変だけど、美味しくするためには仕方ないよね?
だけど案の定、フィオナは途中で音をあげてしまって、彼女の分のメレンゲは途中から僕が泡立てた。
「ごめんね?
私の分も泡立ててくれて」
フィオナは心配しながら僕を見つめていた。
「い、いいよ!
メレンゲ泡立てるの、結構大変だし!!
僕、男の子だから大丈夫だよ?」
僕はフィオナに頼られて、ちょっぴり舞い上がっていた。
「全然平気!!」
そう言いながら、赤くなった顔を隠すように温めていたオーブンの様子を見る。
もうちょっとかな?
「セッカート。
オーブンの温度、もういいかな??」
「……あともう少しです。
殿下。
温度がちょうどになったら、お伝えいたしますね?」
「う、うん。
よろしくね?」
僕は泡立った卵白に手早くほかの材料を混ぜあわせた。
「ここでね、泡を消さないように、ふんわり混ぜるんだよ?」
僕はフィオナに説明しながら、ホットケーキの生地を縦に切るように混ぜ合わせた。
「すっごく、ふわふわ!!
楽しみね??」
フィオナは大きな目をキラキラ輝かせながら、僕に微笑んだ。
「う、うん!!」
フィオナ、嬉しそう……!!!
ぼ、僕も、すごく嬉しい!!!
それから僕たちは、ホットケーキをフライパンで焼き始めた。
フィオナは大きなホットケーキが作りたいって言ってたから、フライパンいっぱいに生地が流し込んである。
大きいから、結構時間がかかりそう。
途中、セッカートがオーブンの準備が出来ましたって教えてくれたから、僕はフィオナをセッカートに任せて準備していたドーナツをオーブンに入れた。
15分ほどで、僕のドーナツが焼き上がった。
ちょうど同じころ、フィオナのホットケーキも焼き上がった。
かなり大きかったから、ひっくり返すのが大変だったけど、なんとかうまくいった。
「チョコレートソース、まだ有る??」
僕がセッカートに尋ねると、「ございますよ」と笑顔で小さい瓶を差し出してくれた。
だから僕は、フィオナに、「チョコレートかける?」って聞いた。
「チョコレート??
使っていいの??
嬉しい!!!」
「うん!!
もちろんだよ!
あんまり沢山はあげられないけど、昨日美味しかったって言ってたし、好きだろ?」
「うん!!!」
フィオナはセッカートに手伝ってもらいながら、ホットケーキをみんなのところに運んで行った。
僕は今からドーナツにデコレーションするんだ。
チョコレートがけ、お砂糖がけ、チョコとナッツ。
母上が作るほどはバリエーションはないし、形もちょっぴりいびつで綺麗でもなかったけど、僕としては上出来にできたと思う。
「どうかな? ステアデル??」
僕は側に残っていたステアデルに見てもらった。
「……とっても、美味しそうに、お上手に仕上がっております。
殿下」
僕は褒められて誇らしい気持ちでドーナツをお皿に盛ると、皆のところに向かった。
僕が部屋に到着すると、フィオナがチョコのソースがかかったホットケーキを一切れお皿に盛って近づいてきた。
だけどフィオナは、僕が見えないみたいに僕の横を通り過ぎ、僕と一緒にキッチンから戻ってきたステアデルのもとへと駆け寄ったんだ。
「すっ、ステアデルさん!!!
私のホットケーキ、食べてもらえませんか??」
僕はドーナツを持ったまま、呆然と立ち尽くした。
ステアデル??
フィオナ、ステアデルのこと、好きなの??
……そういえば、馬車に乗るとき、フィオナはいつもステアデルの前に座ってた、気がする。
そりゃ、ステアデルは父上や母上にも認められる騎士で、頭もよくて、背も高くて、かっこよくて……。
………僕なんか、全然適わないよ………。
僕……僕、馬鹿みたいだ。
僕はフラフラと部屋を進み、フィオナのホットケーキの横にドーナツを置いた。
みんな、美味しそう!! って、歓声を上げた。
……いつもはすごく嬉しいのに。
次々と減っていくドーナツを見つめながら、僕はドーナツを一つかじった。
へんだな? たっぷりお砂糖を入れたのに、ぜんぜん甘くない。
すると、フィオナが泣きながらローディのところにやってきた。
「……チョコ……、食べれないん……だって!!!
せっかく、作った……のに」
泣いているフィオナを、ローディが優しくぎゅっと抱きしめていた。
そっか、チョコかけたから、食べてもらえなかったんだ……。
子供の僕たちにとっては単に美味しいお菓子だけど、大人の人にとってはオクスリだもんね?
そうか、フィオナ、ステアデルに食べてほしくてホットケーキ頑張ったんだな……。
じゃあ僕がチョコレートソースなんて渡さなかったら、今頃ステアデルに食べてもらえて、フィオナは笑顔でいたんだろうか。
ステアデルだって、好きじゃなくてもこんなに可愛い子にケーキ焼いてもらったら、嬉しいだろうし。
僕のへんてこドーナツとは大違いだ……。
なんだか僕は、それ以上そこに居られなくて、「僕、後片付けしてくるね?」と言って、席を立った。
………早く一人になりたかった。
フィオナ嬢が私のもとに走ってきたとき、思わずブレスナイト殿下を見てしまった。
殿下は明らかにフィオナ嬢を好いていた。
昨日、フィオナ嬢のためにほほを染めながらホットケーキを焼いている殿下の姿は、それはそれは愛らしかったのだ。
召使も護衛の騎士も料理人すらみんなそのことに気付いていて、私たちは殿下の幼い恋を応援していた。
先ほどまで、フィオナ嬢と一緒にキッチンに立っていた殿下は、これまで見たことがないくらい嬉しそうにしていたのに!!
私がフィオナ嬢に話しかけられている間、殿下はしばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて歩き出し、自ら作ったドーナツをみんなにふるまっていたが、明らかに元気がなかった。
一方、期待に目を輝かせていたフィオナ嬢だったが、彼女の作ったホットケーキには幸いチョコレートがかけられており、私が受け取ることはできなかった。
子供には良いが大人の獣人には効果絶大の媚薬になる。
さすがにこんな公衆の面前で発情する趣味は俺にはない。
丁重にお断り出来て、本当に良かったと思う。
子どもを泣かせてしまいあまり後味は良くなかったが、殿下のお気持ちを想うと、少々気も晴れた。
殿下はしばらく談笑されていたけど、フィオナ嬢がみんなの輪に戻ると、立ち上がってキッチンへと戻った。
もちろん、私は殿下の側に付き従おうとしたのだが、ハルマ殿下に呼び止められた。
「スチュ!!
待って!!」
「?
ハルマ殿下?
いかがされましたか??」
「うん。
あのね??
もうちょっとしてから、行って!!」
「もう、ちょっと、ですか?」
「そうなの。
んとね、あと、百くらい数えてから、行って??」
「百、ですか?」
「うん。
百。
お願いね、スチュ?」
そう言うと、ハルマ殿下はまたみんなの輪に戻っていった。
私は思わず近くにいたリツ=ルド殿と思わず目を見合わせたが、ハルマ殿下の命に従う。
ハルマ殿下は幼少のころから、不思議なことを命じられる。
だけどそれは結果的に事故を未然に防いだりとか、いつも的確な指示で、王宮ではハルマ王子の指示に従うことが暗黙の了解となっていた。
「九十六、九十七、九十八、九十九……百!」
言われた通り、百数えてから、私は殿下がいるであろうショージ様のキッチンへと向かった。
セッカートが追いかけていたから一人ではないけれど……何故だか殿下をそのままにしておけない……そんな焦りのような気持ちを抱えて、私は殿下のもとへとはせ参じた。
私がキッチンに到着すると、殿下はお菓子を作った道具たちをきれいに洗っていた。
召使に命令することもできるのに、ショージ様もブレスナイト様も後片付けまでが料理! と言って、最後まで自分でされるのが恒例だ。
私とセッカートは、ただそのご様子を黙って見守っていた。
殿下はいつも、洗いものの時には鼻歌を口ずさむことがおおい。
ショージ様の作った「ミハナの歌」など、楽しそうに口ずさむ。
なのに今日はただ黙々と洗い物をされて、キッチンにはかちゃかちゃと物音がするばかりだ。
そんなブレスナイト様を見守っていた私だったが、洗った道具を棚に直すために殿下が踏み台に上った時、大きなボウルにグラグラとバランスを崩されいた殿下へと、さっと駆け寄った。
間一髪、後方に倒れてきた身体を、抱きとめることができた。
私はほっと息をつきながら、「大丈夫でございますか?」と、殿下を見下ろした。
「ステアデル……どうして、ここにっ」
そういう殿下の頬には、明らかに涙の後が残っていた。
「……泣いておられたのですか……」
私は殿下の腕から大きなボウルを受け取り棚に収納すると、改めてブレスナイト殿下を抱き上げ、頬に残る涙を手で拭った。
すると、殿下の瞳がぐにゃりと歪み、ほろりほろりと涙の粒がこぼれおちていく。
私自身、弱弱しい姿の殿下に、相当に動揺していたのだと思う。
殿下の小さい体を胸に抱きよせると、慰めるように頭を撫でた。
「……大丈夫。
大丈夫です。
……殿下は素敵な方です。
……私は初陣で、ゲルマディート様の黒い疾風のような戦陣を駆け回るお姿を拝見し、お仕えするべく騎士となりました。
しかし今、私は……慈愛に満ちた殿下にお仕えすることが誇らしくてなりません。
私には分かります。
殿下はきっと、立派なメルファンドラの王となられます」
正直、自分でも、何を言っているのか分からなかった。
優しい殿下を慰めたくて、支離滅裂な言葉を並べ立てただけだ。
「だ……けど、ぼ……僕。
僕、ロー……ディ、みたいにお金のことわからないっ、し。
ハルマ、みたいに、賢く……ない。
カルみたいに……強くも……ないよ?
僕が……いちばん、なんにも……できないっ、からっ!!!」
腕の中で、殿下が小さな体を震わせていた。
私は自分の不甲斐なさに、情けない気持ちになった。
殿下が単に、フィオナ嬢に失恋したことを嘆いている、と思っていたのだ。
だけどこれは、そんな単純なことではなかった。
考えてみるとフィオナ嬢と接したおられた殿下は、とても控えめで、見ているこちらがもどかしいくらいだったのだ。
それはきっと、殿下の自信のなさからきていたに違いない。
確かに、他の三人は、突出した能力がある。
しかし殿下は王太子として、いずれはこの国を率いていかなければならないのだ。
そのことに人知れず心を痛めていたのかと思うと、自分に対して苦々しい気持ちが湧き上がる。
私は殿下の小さい掌を握り、その手を優しく開いた。
「殿下……私は不思議でなりません。
このような小さな手で、殿下は皆を幸せにしております」
「……幸せ……?
違うよ。
お菓子を作ってあげることしか、僕にはできないから……」
「殿下。
お菓子を作るだけなら、宮廷の料理人にもできることです。
しかし昨日、レイデアが申しておりました。
料理はショージ様、お菓子はブレスナイト様に適わない、と。
いくら技量を備えても、あれほど愛情をこめて作る気持ちが、かなわないのだと、そう申しておりました」
殿下は「ほんと?」と、驚いたように目を見開いた。
私はそっとその額にキスを一つ落とす。
「ゲルマディート陛下と、ショージ様は仲睦まじく、これからもご兄弟が増えられることでしょう。
しかし、殿下。
そのご兄弟方を取りまとめ、力を合わせ、この国を率いていけるのは、ブレスナイト殿下、貴方だけです。
今だってそうです。
両陛下がご不在でも、ご兄弟方が寂しくないよう取り計らい、皆の気持ちが穏やかでいられるのは、殿下がいらっしゃるからです。
……皆から好かれ、愛されている心優しい殿下だからこそ。
私は殿下にお仕え出来ることが、誇らしいのです」
すると、ブレスナイト殿下は、私の胸に顔を埋めるや、堰が切れたように大声で泣き始めた。
それから私は、殿下が泣き疲れて眠るまで、ずっと殿下を抱きしめていた。
翌日、つきものが落ちたようにすっきりとした顔で笑顔を取り戻したブレスナイト殿下に、私はほっとして胸をなで下ろした。
もちろんこの時は、成長された殿下に違う感情を抱くことになるとは、まだ何も……予想すら……していなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
思ったより、長くなっちまいました……!!!!
次回からハルマ編お届けします。
(ちょっと長め)
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