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二人の王子④

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 あんまり一瞬の出来事だったから、俺は何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。

 そのくらい、突然現れたトラが俺を引っぱっていたトカゲの体に噛みつき俺の体から引き離すまで、あっという間の出来事だった。

 続いてコーネリウスさんが現れ、「王子! そのくらいでお止めください」とそのトラに声をかけると、トラは大きく首を振り、銜えていたトカゲを川に向かって放り投げた。

 川に落ちるかと思いきや、空中から鷹っぽい鳥が急降下してきて、トラの放ったトカゲを銜えて飛び去る。

 なにそれ、自然の法則? 怖い。

 そんなわけ? で、俺はトカゲから解放されたのと同じ、地べたに伏せた格好のまま、呆然と事の成り行きを見送っていた。

 しかも、俺を助けてくれたトラには、明らかに服の端切れと思われる布地が体に巻き付いていた。

 えっと、これって、獣人……が、変身してるってことだよな……?

 ケモミミ、ケモシッポでもいっぱいいっぱいだったのに!!!!

 獣に変身できるんかいっ!!!

 今まで誰も変身してなかったから、想像もしていなかった。

 それに……それにこのトラってどーぶつ園で見たことのあるトラよりちょっと小さいような……?

 王子……トラって……まさか?

「カル……王子、なのか?」

 俺が問いかけると、トラはトコトコと俺のとこまでやってきて、「俺、強いだろ!!」と、嬉しそうに頷いた。

 ハ、ハ、ハ……!!!

 もう笑うしかないんだけど????

 正直俺、今までやっぱり心のどこかで『異世界』って言われても信じ切れてなかったんだと思う。

 ケモミミ、ケモシッポを見てても、俺の目には彼らが『人間』に見えてたから。

 でも……でもさ、今目の前にいるトラって、どう考えてもやっぱりカル王子なんだって思うと、どうしても認めないといけないから……。

 だいいち獣姿のまま喋るなんて、もう絶対否定できない証拠を突き付けられてるみたいだった。

 だから俺は、「すげーな……」としか、言葉が出なかった。

 だけどそれがカル王子には良かったか、「だろ? だろ?」と、カルは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねまわっていた。

 うん……いいんだけどさ……。

 俺、どうも腰抜かしたみたいだ。

 足に力が入らない。

 結局、コーネリウスさんに抱きかかえられて旅隊に戻らないといけなくて、とにかく恥ずかしかった。

 しかもその日の夜、俺は怪我一つしてなかっていうのに、熱を出して寝込んでしまったんだ。

「……ミノルお兄ちゃん、お休みなさい」

 ハルマ王子とカル王子の二人はお見舞いに来てくれた後、召使に連れられて簡易テントを出て行った。

「……二人ともお見舞い、ありがとなー!!

 お休み!!」

 俺は二人を見送ると、起き上がらせていた上半身から力を抜いて、寝具の中へと倒れ込んだ。

 ……体だけは丈夫なはずだったんだけどな?

 思ってたより疲れてたのかな?

 寒気を感じてぶるっと体を震わせたあと、俺は自分の体を抱きしめるように丸まった。

 熱に浮かされ、俺は吸い込まれるように眠りの世界へと誘われ、うつらうつらとして夢の中にいた。
 
『……は、何も分かってない!!』

 それは俺が、小さいころから何度も見ていた懐かしい夢だった。

 必ず父さんの怒鳴る声で始まって。

 どちらかというと、悲しい夢になるだろう。

 父さんと、俺の好きな祖父ちゃんが口論しているから。

 だけど夢の終わりには、いいことが待っているからほんの少し、嬉しい夢でもあるんだけど……。

 そう、この、もう少し後で……。  

 俺がその瞬間を待ちながら深く息を吐き出したその時、俺の体温を確かめるように、冷たい手が額に触れた。

 だからほんの少し、夢と現実がごっちゃになってたんだと思う。

「……?

 ……ちゃ……ん?」

 俺は上がってきた熱で朦朧としながら話しかけていた。

 こんなとこにいるはずもない人に。

「……いか……ないで?

 ……兄……ちゃん……」

 そしてその手を確かにぎゅっと握ったと思ったんだけど……?

 





 コーネリウスは突然ミノルに手を握られて驚いたものの、だが手を離すことはしなかった。

 この奇妙な同行者は、カルコフィア殿下とハルマ殿下に拾われた非獣人だ。

 ハルマ殿下の言葉ではショージ様と同じ場所からやってきた「イセカイ人」だと言う。

 不勉強ながら私はイセカイ国という国は知らない。

 だけど非常に遠くてなかなか戻ることはできないと言う。

 ミノルとの初対面の時、彼はオオカミとは思えない可愛らしい服を着ていて、自分が何故そんな場所にいるかも知らない様子だった。

 ファ・ムフールとのちょうど国境に当たるその場所は人里から離れていたから、普通だったら人と出会うなどとは思わない。

 そんな場所で、急にハルマ殿下が馬車を降りて進行方向の南側にある崖を上ると言い出されたときには、流石に了承できずに私は反対した。

 しかしハルマ殿下に『この先で待っている人がいるから、行かないとダメ』と言われると、ハルマ殿下を止めることなどできなかった。

 そしてその言葉通りにその場所にいたミノルは、騎士団の見習いたちよりも幼く見えたが、すでに十七だと言う。

 もう成人していたとは驚きだ。
 
 ミノルはニコニコとして誰にでも気さくに言葉をかける明るい性格で、すぐに皆から受け入れられたと思う。

 しかしその反面、一人になると途端に不安そうな顔を浮かべていて、私も同行のリツ=ルドも、少なからず心配していたのだ。

 しかもミノルは、明らかに頑張りすぎだった。

 出来るだけ面倒をかけないように出来ることはすべて自分でしていたし、小さいことでも仕事を見つけて必死に働いていた。

 しかし今日リトルドラゴンに襲われたせいで、そんな張りつめていた糸が切れたとように、ミノルは熱を出した。

 ミノルは荒い息の中、うるんだ瞳で私を見つめながら、手を縋るように握りしめていた。

 私は決して、ミノルに対して特別な感情があるわけではない。

 だが彼には今身近に頼れる人がいないのだ。

 私は小さい弟を見守るような気持ちで、ミノルの手を握り返した。

 すると、ミノルの顰められた眉間からふっと力が抜けた。

 私は安堵の気持ちを覚えながら同時に、ちくりととした罪悪感という胸の痛みを感じ、リツ=ルドの悲しげな様子が、不意に脳裏をよぎるのだった。 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

更新遅くなりました(ノД`)・゜・。

次回から(やっと)ハルマ視点でお送りさせていただきます。
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