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始まりの四月編 第一章

5 野郎どもは作戦会議を開きました。 Aパート

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 放課後。

 三太たちは康司の部屋にいた。康司の家が学校の近所だったので、作戦会議のためにお邪魔したのだ。

「へえ~、きれいな部屋だね」
「そ、そうですか? 自分はあまり、他人の部屋を見たことがないのでわからないですが」
「三太の部屋とは、くらべもんにならないな。文字どおり、天国と地獄ってヤツだ」
 少し落ちついたのか、孝明がいつもの調子で言った。
「なっ、失礼なこと言わないでくれるかな? 春休みにちょっと整理して、今はさいの河原くらいになってるんだからさ」
「どっちにしても、殺風景だな」
「そんなことないよ。芸術的に積み上げられたマンガやCDは、高層ビル群のような美しさなんだ。それに、いつ崩れるかわからないから、ドキドキ感も味わえるんだよ」
「ドキドキ感も何も、賽の河原ってことは、お前が一生懸命積み上げたそのマンガやCDは、どっちみち鬼に崩される運命なんじゃないのか?」
「よ、よくわかったね。じつはさ、みどりのヤツがぼくの部屋に来るたびに、必ず崩すんだよ。わざとじゃないのはわかるんだけどね。で、その後に、もっときれいにしなさいって逆ギレして‥‥‥あれは本当にまるっきり鬼だよ」
「中谷が、鬼か。あいつが聞いたら、おまえ、確実に殺されるな」
 孝明は苦笑しながら、同情の視線を三太に向けた。
「ふふ、二人とも、今の話は聞かなかったことにしてよ」
 賽の河原の住人はガタガタと震えながら、めずらしく懇願する。
「ま、おまえ次第だな」
 冗談めかして言う孝明を、三太は本気で睨んだ。

「と、とりあえず、明日の作戦会議にするか」
 少し焦った様子で孝明は話を変える。その様子に、三太もとりあえず同意を示した。

「あ、じゃあ、お茶でも持ってきますので、適当に座って待っててくれますか?」
「気にしなくていいぞ」
「そうだよ」
「いえ、そうもいきませんので」
 康司はそう言うと、なんだかうれしそうに部屋を出ていった。

「律儀なヤツだな」
「うん、とってもいい人だね」
 孝明は勉強机の椅子に座った。三太はベッドに腰かけた。
 ベッドの枕元に置いてある目覚まし時計の秒針の音が、やけに大きく響いていた。


『ただいま~! あれ? お茶なんて持ってどうしたの? え、友達? 珍しいね、お兄ちゃんが家に友達連れてくるなんて』

 一階から聞こえてきた声に、二人は顔を見合わせた。その目はヤバイくらいに輝いている。

「お、お待たせしまし‥‥‥ひっ!」
 ドアを開け、部屋に戻ってきた康司は、軽く悲鳴を上げてしまった。三太と孝明が、揃ってにこやかに出迎えたのだ。

「山瀬、おまえんちは、声優飼ってんのか?」
「は、はあ?」
「さっき一階から、ものすごいロリ声が聞こえたが、あれは声優だろう?」
「孝明、そんな言い方は、声優さんにも山瀬くんにも失礼だよ」
「あ、ああ、すまん。でも声優なんだろう? 俺は、一度でいいからあんなかわいらしい声を出す人間の顔を、生で見たいと思っていたんだ。頼む! 紹介してくれ!」
 ずい、と康司に迫った。
「すす、すいません。とりあえずお茶を置かせて下さい」
 びくびくとしながらドアを閉め、康司は部屋の中央に湯飲みなどの載ったお盆と、ポットを置いた。
「ごめんね、山瀬くん。孝明はアニメとかにはあんまり詳しくないんだけど、なんかそのことにだけ興味があるようなんだ」
「そ、そうですか」
「でも、本当にかわいい声だったよ。声優さんの卵さんか何かかな?」
 康司はうれしそうな、困ったような複雑な表情をしていた。
「あ、あれは、自分の妹の瑠璃るりです」

 康司の前に、驚いた顔が二つ出現した。

「へえ~、妹さんかあ。それで、養成所とかに通ってたりするのかな?」
「い、いえ、ごく普通の中学三年生です」
「わかった。とりあえず紹介してくれ!」
 目が若干据わった孝明が、頭を下げる。
「そ、それは‥‥‥すいません。なんか疲れてるみたいでしたので、また今度ということでどうでしょうか?」
「そ、そうだよね。いきなりごめんね」
 謝る三太とは対照的に、孝明は不満そうな顔を提示した。

 沈黙が流れる。

「で、ではですね、これで勘弁してもらえないでしょうか?」

 康司は机の上の鞄から、スマホを取りだした。そして、その待ち受け画面を、三太たちの前に恥ずかしそうに提示する。

「「ぐぬぅ」」

 二人の顔色が、明らかに変わった。

 そこには、可憐という言葉がとてもよく似合う美少女が微笑んでいた。

「山瀬、この子は義理の妹だな?」
「え? 違いますよ。ちゃんと血の繫がった‥‥‥」
「嘘をつけ。お前の顔のパーツと、何一つ同じメーカーのものがないじゃないか!」
「い、一応同じメーカー製なんですけど‥‥‥あ、青山さん、助けて下さい」
 頑なな孝明の視線に、康司は三太に救援を要請した。

「義理の妹かあ。いい響きだよね~」
「あ、青山さん!?」
「ぼくは一人っ子だから、憧れるなあ~」

 そして三太は、あっちの世界へ旅立っていった。

「う、うへへ~、毎日毎日あんなことやこんなことで、どきどきどきどき‥‥‥」

 バカ二人に挟まれた康司は、頭を抱えた。

「‥‥‥あ、お、おまえの家にも複雑な事情があるんだな。すまなかった」
 そんな康司を見て、何やら勘違いした様子の孝明が謝罪した。
「は、はあ。でも、家というより問題があるのはじつは自分の方で‥‥‥」
「よし、この話はここまでだ。おい三太、いつまであっちの世界にいってるんだ。作戦会議を始めるからもどってこい」

 何か言いかけた康司を置き去りにして、孝明は三太の額を軽く叩いた。

「あ、あれ? ここは‥‥‥ねえ孝明、ぼくの血の繫がった義理の妹はどこ?」
「ずいぶん難解な質問だな、おい。まあ、一つだけ言えることは、世界中のどこにもそんなレアな妹は、いないってことだ」
 言いながら、孝明は椅子に座った。
「もう少しだったのに‥‥‥」
 三太もぶつぶつ言いながらベッドに腰を下ろす。康司はフローリングの床にそのまま正座した。
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