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始まりの四月編 第四章

3 美麗の正体。

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 中庭には、三太と入れ違いでみどりがやってきていた。
 その顔は、三太同様痛々しくやつれていた。

「‥‥‥三太は?」
「今、おまえを捜しに行ったところだ」
 孝明の答えに、みどりは少なからず驚いたようだった。
「そ、そう」
 きびすを返し、中庭をあとにしようとしたところへ、孝明が続ける。
「あいつならすぐに戻ってくる。ここで待ってろよ」

 彼女の背中には、戸惑いが浮かんでいた。
 が、ゆっくりともう一人の幼なじみへと振り返る。

「藤代、一つ聞いていい?」
「ああ」
 疑念の視線が、孝明を貫いていた。
「あんたたちは、何をしようとしているの?」
「それは‥‥‥」

 言い淀む孝明を見て、みどりの怒りがぶり返したようだった。

「三太もあんたもバカだけど、人には迷惑をかけないヤツだって思ってた。だけど、それは違ったみたいね」
 怒気を含んだ言葉はなおも続く。
「今だって、わたしのスカートをめくろうって考えてるんでしょう? ねえ、どうしちゃったのよ? あんたたちに何があったっていうのよ?」
「すまん、中谷。おまえのスカートを狙っているのは確かだ」
「なっ!? あんた小学生の時に、あんな事があったっていうのに、どうして?」
「じつはーー」
「あなた、そこから離れなさい」

 孝明の声を遮るように、少女の声が響いた。
 三人の視線が、一斉にその声の主へ向けられる。

「お、おまえは‥‥‥」
「お久しぶりですね、藤代孝明さん」

 そして孝明は、硬直した。

(い、いや違う‥‥‥別人だ、別人に決まってる‥‥‥)

「小学生以来、かしら?」

 孝明の脳内をリフレインしていたセリフは、パンチラ統制委員会会長、花村美麗の一言によってあっさりと葬られた。

「そ、そんなことは‥‥‥」
「あるのです」
 美麗の顔に、不敵な笑みが浮かんでいた。
「い、いや、ありえない。何年たってると思ってるんだ?」
「そうですねえ、十年くらい、でしょうか?」
「そうだ。それなのにどうだ? おまえのその姿は、あの時のままじゃないか」
「あら? おぼえていて下さったのですね。それは光栄ですわ」

 彼女はスカートの両端をつまむと、恭しくお辞儀して見せた。

 そして。

「あの日、あなたにスカートをめくられたあの日以来、わたくしの時間は止まったようなものなのです」
 まるっきり小学生女児体型な美麗が、静かに告げる。
「あ、ああ‥‥‥」
 蒼白な孝明が、崩れ落ちた。
「あの日の衝撃は、凄まじかった。あまりに驚きすぎて、成長ホルモンのバランスが崩れてしまったくらいです。それで‥‥‥」

 かわいらしく、くるり、とその場でまわってみせる。

「いまだにこのような姿、というわけです」
「ごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 悪夢にうなされるように、孝明は繰り返していた。
「? 何を怯えているのですか?」
 そんな孝明を、美麗は聖女のような眼差しで包み込んだ。
「わたくしは、あなたに感謝こそすれ、憎むことなどありえませんのよ」
「‥‥‥え?」

 蘇ったトラウマから解放してくれるかのように、優しく手が差しのばされる。
 その小さな手に、孝明は子供のようにすがりついた。

「ふふふ。そう、あなたには感謝の念しかございません。こんな姿になってしまったことなど、些細なこと。だってあなたはわたくしに、パンチラの、とてつもない可能性を示してくれたんですもの!」
「会長、意味不明」
 佳奈が、その場の誰もが思ったであろう事を代弁した。

「わかりました。少々ご説明いたしましょう。わたくしがスカートめくりをされた時、まわりの反応はそれはもう凄まじいものでした。大人も子供も誰も彼も、この藤代さんを責めに責めました」
「そ、それは、あなたがお金持ちのお嬢様だからーー」
「いいえ、違います」
 状況を知っていたみどりの言葉を、美麗が鋭く遮った。
「あれは皆、パンチラが持つ熱量に浮かされたからなのです!」

 はあ? と孝明以外の三人。

「わたくしは思いました。あれだけの人をあんなにも動かしてしまうなんて、パンチラって何てすごいんだろうと!」

((うわ~、世間知らずのお嬢様だ))
(会長、頭のネジ足りない?)

 みどり、康司、佳奈までもが遠い目をしていた。

「そしてわたくしは、決意しました。このパンチラの力を使って、将来何かすんごい事をやってやろうと」

 美麗はそこで、ぐるりと周りを見まわす。

「その願いが今、叶ったのです。パンチラの流通量を操作しての学園統制。なんて素晴らしいんでしょう!」
 自分の言葉に酔ったように上気する顔。
「ゆくゆくは日本を、いえ、世界すらこの力で統制して見せますわ!」
 頂点に達した美麗が、さらに叫ぶ。
「ああっ! これぞ、パンチラグローバリズムっ!」

 無駄に膨大な熱量を放出する美麗とは裏腹に、微妙な空気が中庭を覆う。
 みどり、康司は頭を掻かざるを得ない。

「ですので、あなた様は恩人なのですが、わたくしの邪魔をしてはいけないのです。それとこれとは話が違うのですよ」
 美麗の声が、一瞬で氷点下をさした。
「ありがとうございました。そして、さようなら」

 すがりついていた孝明を振りほどき、その頭にレーザービームを見舞う。
 すべてが音もなく、ゆっくりと、ただゆっくりと進行していく。

 閃光が、中庭を駆け抜けた。

 そして、孝明は声すら上げずに横たわり、動かなくなった。

「えっ!?」
「ふ、藤代?」

 お嬢様のイタイ妄言から一転した状況に、二人は取り残されていた。

「相馬さん、彼も無力化して下さい」
「了解」

 そう言うと、佳奈は右手を素早く差しだした。

「ぐわっ!?」
 康司が見えない力に押しつぶされた。
「スカートめくり、許さない」
 能面のような声に、怨念がこもっているようだった。
 康司を押さえつけている力が、徐々に膨れ上がっていく。

「‥‥‥ぐぉ」

 そして、鈍い音を立て地面が陥没し、康司の口から漏れていたうめき声が消えた。

「あ、ああ‥‥‥」

 幼なじみが、同級生が、目の前で動かなくなった。
 みどりを言いようのない恐怖が襲っていた。
 それでも、彼女は果敢に口を開いた。

「こ、こんなことするのは、違うと思います。たかがスカートめくりで、どうして人が死ななきゃならないんですか? あなたたちは‥‥‥あなたたちは間違っています!」
「たかが?」

 美麗の鋭い瞳が、さらに鋭さを増した。

「違うでしょう? あなたは今の話を聞いていなかったのですか? 物わかりの悪い人は嫌いなんですよ」

 その右手人差し指に、再び光が収束していく。

「女子とはいえ、手加減なんてしませんからね」

 みどりにその照準が、合わせられた。
 突きつけられた暴力に、たまらず歯が鳴った。
 滲んだ視線の先で、光が急激に研ぎ澄まされていく。

 ‥‥‥もうだめだ。

 そう思ったとき、それは、ごく自然に口をついていた。

「三太、助けて」
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