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始まりの四月編 第四章

5 ましろ無双!!

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 ましろの登場に、その場にいた女子全員は驚きを隠せなかった。
 いつもとはまるっきり違うその表情と言葉遣いに、別人かと二度見したくらいだ。

「さ、佐野さん、出てきちゃっていいの?」
 三太は心配そうにましろに近づいた。
「あ~、まあ、いいんじゃねえ。大体おめえの能力じゃ、あの二人に敵わねえだろ?」
「そうだけど」
「ならいいじゃねえか」
「佐野さん、ぼくを心配して‥‥‥」
「それはねえ」
 涙も出ないほどに、バッサリである。
「話聞いてたらよお、直接焼き入れたくなったんだよなあ」
 全身が総毛立つようなお顔だった。

「佐野ましろさんでしたか? どうしてあなたがここに?」
 合点のいかない美麗が口を開く。
「ああ、てめえらをぶちのめしにきたんだけどよお」

 委員会の二人が、咄嗟に身構えた。

「はじめっか」

 右拳に果てしない闇が、蠢いている。
 ましろのきれいなくちびるが、歪に笑んでいた。

「おらよっ!」
 その拳を鋭く振り抜くと、一塊の闇が音もなく美麗に忍び寄った。
 が、彼女は冷静に右手に光を集め、それを叩きつける。
 ましろの初弾は光を吸収しきれずに、あっさりと消滅した。

「なるほど。あなたがブラックホール使いでしたか。とすると、そこのまぬけ面はどんな能力なのかしら? ‥‥‥まあいいですわ。どうせあなたほどの能力は、持っていないでしょうから」

 会長はうれしそうにましろを睨めつけた。

「お褒めいただき光栄だねえ」
 その視線に応えるように、彼女も睨み返す。
「礼だ、とっとけやっ!」

「やばい。みどり、星川さん、孝明たちと物陰にでも隠れてて!」
 三太の指示に二人はうなずき、転がっている野郎二人の回収に向かった。

 そこからは互いに激しい撃ち合いとなった。
 銃弾のように飛び交う光と闇に、中庭はさながら戦場と化す。

「どうした? 会長さんよ」
「くっ、まだまだですわ」

 はじめは互角に見えた撃ち合いだったが、徐々にましろの闇たちが、美麗の光を飲み込んでいった。
 天然物と養殖物の違い、といったところだろうか。

 そして、ましろの前に展開された闇が、圧倒的に増大した闇が、ブラックホールの本性を剥きだしにし始める。

「ち、力が抜ける?」
 美麗の身体から、光が吸い取られはじめていた。
「この程度で世界制覇とかぬかすなや、この惰弱‥‥‥があっ!?」
 ましろが叫ぶと同時に、その口から苦悶の声が漏れた。

「邪魔は、させない」

 佳奈だ。
 彼女がましろをその能力で、押さえつけにかかっていたのだ。

「くっ、能面女か? だが、この程度の重力、ぬるいなあ」
 右手を振り上げただけで、押さえつけていた力が相殺された。
「え?」
 佳奈の無表情の端に、動揺の色が走る。
「てめえの闇と、オレの闇じゃあ深さが違うんだよっ!」

 まさに無敵。

 無双状態となったましろが、振り上げていた手を振り下ろすと、漆黒の力が佳奈を吹っ飛ばした。

 十メートルはゆうにすっ飛んだところで佳奈は地面に激突し、派手に土煙を舞い上げた。

「相馬さんっ!?」

「大丈夫、問題ない」

 土煙が、一瞬で押さえつけられるように消え失せた。

「私、怒ってる」

 何事もなっかったように、彼女は立っていた。

「スカートめくり、許さない」

 ましろを鋭く睨みつける。

「へえ、そんな顔もできんのかよ」
「それに、どうしてあなただったの? 私は‥‥‥」

 言いながら、なぜかその視線は三太を捉えていた。

「何わけわかんねえ事いってんだよ」
 ましろはお構いなしで、闇の塊を叩きつけた。
「私の闇の深さは、誰にもわからない」
 佳奈は、すがるような視線を三太から外す。

「そう、誰にも」

 肉薄していた闇が、音もなく消滅した。

 いや、正確には

「相馬さん、それは‥‥‥」
「‥‥‥」
 佳奈の前に出現したそれを見て、美麗は思わず声を漏らしていた。
 当の佳奈はといえば、無言でそれを見つめている。

 ブラックホール。

 そう、突如出現したそれを、ただ、見つめていた。

「へえ、能力が進化したか? でも、それくらいで勝てるとは、思うなよ?」

 年季が違うんだよっ! そう叫ぶと、ましろの闇はさらに肥大していった。

「それはどうかしら? さあ相馬さん、いきますわよ」
「了解」

 肥大を続けるましろのそれに、佳奈は躊躇なく自分の闇をぶつけた。
 すべてを飲み込むように、二つのブラックホールが、激しく、そして音もなく、力を競い合う。
 反発しあっているのか、融合しようとしているのか、一見まったく見当がつかない。
 ただそれは、明らかに強大な何かへと姿を変えているのは、明白だった。

「今ですわ」
 美麗がかまわず閃光を放つ。
 無防備になったましろは、為す術もなくそれを喰らった。
ってえなあ、おい。普通の人間だったら死んでんぞ」
 だが、顔をしかめる程度のダメージしか、受けてはいないようだった。

「おい青! こっちへ来い! そしててめえは、オレの盾になれ!」
「そそ、そんな、無茶苦茶だよ」
「いいからなるんだよっ!」
 生物すべてが死滅するような眼力に、三太は渋々ましろのそばに近寄るしかなかった。

「あらあら、そんな役立たずで、何をしようって言うのかしら?」
 言いながら、光の弾幕をましろに浴びせかける。
「そうでもないんだぜ?」
「わわわっ!?」
 三太の体が、何かにひっぱられるように宙を舞う。
「ぎゃあああっ!」
 そして、光弾をことごとくその身で受け止めた。

 いや、受け止めさせられた。

「こういう使い方が、ある!」
「「‥‥‥」」

 ドヤ顔のましろに、委員会の二人は、鬼を見るような恐れに満ちた瞳を向けた。

「ここ、殺す気かあ!」
 たまらず叫ぶ三太。
「大丈夫だ。能力者は、これくらいじゃあ死なん」
「でもとっても痛いよ!?」
「よかったじゃねえか。いいご褒美だろう?」
「ぼくはそんな変態じゃないよっ!」
 そうかそうか、と受け流しつつ、ましろは豪快に笑った。

「で、もう終わりか? 委員会の皆様よお?」
「‥‥‥相馬さん、フルパワーでいきますわよ!」

 ましろの煽りに、美麗が吠える。
 佳奈も無言でうなずいた。

「いい、いいねえ。そうこなくっちゃなあ」
 楽しそうにましろは目を細めた。
 そして、飛び交う光弾を三太で、ブラックホールにはブラックホールをぶつけて、すべての攻撃を完封して見せた。

「ん?」
 異変が起きたのは、その時だった。
「おかしいな」
「‥‥‥ど、どうした‥‥‥のさ?」
 息も絶え絶えな三太が、ましろの異変に気づき声をかけた。
「お、おう。なんかさあ」
「な、なんか?」
「ブラックホールがね、言うこと聞かなくなっちゃったあ」
 清純な女子高生っぽくそう言うと、ましろはかわいらしく舌を出した。
「なっ、えええっ!?」

 極限まで膨れ上がった二つのそれは、もはや一つの巨大な生物のように蠢いていた。

「おかしい、言う事きかない」
 見れば佳奈もしきりに首を捻っていた。

「や、やばいんじゃないでしょうか?」
 三太はましろに問うた。
「‥‥‥たぶん、な」
「かっこつけてる場合かっ!」
 ニヒルぶるましろを一喝する、と。
「う、うるせえよ」
 軽く頬を染めた彼女は、三太を宙づりにしていた力を解いた。
「え? ええっ!?」

 自由落下した三太を、地面がそっけなく受け止めた。
 当然中庭に奇妙な声が響いたのは、言うまでもない。

「ちょっとちょっと、何やっちゃってんのよ!?」

 慌てふためいた声と同時に、女神さまが顔面蒼白で現れた。

「あっちゃ~。これ、始末書レベルじゃすまないやつじゃないのよ~」
 そして、焦ったように三太に近づくと、高々と言い放った。

「キミの出番だよ。さあ、あの二人のスカートを、キミの能力でめくって!」
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