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五月の戸惑い編 第四章

5 カフェ VS 牛丼屋

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「とりあえず、何か食っとくか?」
 言いながら孝明は、平静を装っているようだった。
「そうだね‥‥‥牛丼なんてどうかな?」
 デートのデの字も知らない三太。

「「「‥‥‥」」」

 当然、三人分の冷たい視線を浴びた。
「え? ええ? 牛丼、おいしいよ? 特盛に卵‥‥‥え?」

 牛丼は確かにうまい。だが、デートには‥‥‥。

「三太、今度ゆっくり付き合ってやる。だから今日は‥‥‥あそこだっ!」
 孝明が駅前の小洒落たカフェを指さした。
「か、カフェ、だと‥‥‥?」
 完全アウェーじゃないか‥‥‥三太の目が泳ぐ。

『えー、ボク、牛丼食べたいっ! 食べたい食べたいたーべーたーいっ!!』
 だが、唐突な援護射撃が!
「そ、そうだよね? やっぱりでにっしゅさんは、わかってるなあ!」
 三太はなんとか息を吹き返した。

 えー? と言う表情の三人と、何屋が好きですか? と盛り上がる食欲魔人二人。


『では、別行動なんて、いかがでしょうか?』

 降ってわいた天の声にぎょっとして、その方向を見る。

 駅前のロータリーに、あのリムジンが停車していた。
『別行動は、ダブルデートのお約束ですわ』
 そして、後部座席の窓をほんの少しだけ開け、拡声器で囁く美麗の顔が見えた。

 舞奈と桃の顔が、怒りに燃えているようだった。始まったばかりで別行動とか、不自然すぎ! 瞳はそう言っているようだった。だが。

「そっか! うん、そうしよう! じゃあ、ぼくとでにっしゅさんは牛丼屋で、三人はカフェってことで!」
 朴念仁、ここに極まれり。
「と言うわけで、星川さんごめんね」
 さっと舞奈の顔からめがねを取った。
「ひひ、ひやああぁっ!」
 当然かわいらしい悲鳴が上がる。
「え? あれ? って痛っ!?」
 真っ赤な舞奈をかばうように、桃が三太をこつり。

「もう、ダメだよ三ちゃん。急に女の子の顔をさわるなんて」
「え? 触ってなーー」
「う~ん?」
 めずらしく鬼瓦な桃。
「す、すいませんでした」
 逆らえるはずもなく深々と頭を下げると、めがねを持ち主に返した。

『ねえー、舞奈ちゃーん、牛丼‥‥‥お願い!』
 だが、引き下がらない駄々っ子が一人。
「はあ、わかったよ」
 舞奈はそう言って、桃に耳打ちをする。

(ちょっと早いけど、一旦別行動だよ。桃ちゃん頑張って!)
(そそ、そんな、心の準備が‥‥‥)
(大丈夫、あたしもだから)
 二人は目を合わせ、微笑んだ。

「じゃあ、いこ、青っち」
「星川さん、いいの?」
「だって、でにっしゅは言い出したら聞かないんだもん」
『わーいわーい、牛丼んっ!』
 渋い顔をする舞奈とは対照的に、有頂天なでにっしゅ。
「よ~し、じゃあいってみよーっ!」
「『おーっ!』」
 楽しそうな勝鬨が、辺りにこだました。


「あ、おいっ! 三太、星川!」
 その声に振り返ると、満面の笑みで手を振る二人。
「‥‥‥おい」
「い、いっちゃったね。私たちも、いこっか?」
 少しぎこちなく、孝明の顔を覗き込む。
「お、おう‥‥‥」
 こちらもぎくしゃくと頷いた。



「で、結局お持ち帰りになっちゃたね‥‥‥」
「ごご、ごめんね、青っち。でにっしゅのせいで」
「いや、しかたないよ。飲食店は普通ペット禁止だし」
『な、ボクはペットじゃありませんっ!』
「「まあまあ」」
 ぷりぷりと怒るめがねを、二人でなだめる。

「それよりでにっしゅさん! ほら特盛、特盛だよっ!」
「あたし食べきれるかな? 特盛‥‥‥」
『そうだった‥‥‥特盛‥‥‥じゅるり』
 機嫌を直す黒猫だった。
「で、どこで食べよっか?」
『ここで! すぐにっ!!』
「じゃあ、あのベンチで‥‥‥」
「いや、さすがに駅前のロータリーは、恥ずかしいよ‥‥‥」
 本能に忠実なでにっしゅに引っ張られ、三太もありえない提案をした。舞奈の顔が、ずんずん真顔になっていく。ところへ。

『みなさん、こちらへいらっしゃいな』

 再び美麗のささやきが‥‥‥。


「す、すいません、会長」
「え、えーと、ぼくも‥‥‥いいのかな?」
 舞奈はかしこまり、三太は戸惑った。
「よくってよ。ささ、早くお乗りなさいな」
 にこやかな美麗につられて、二人はリムジンに乗り込んだ。

「あ?」
 牛丼の食欲をそそる良い匂いが、三太の鼻腔をくすぐった。そう、既に車内は牛丼の匂いで満たされていたのだ。
「‥‥‥あ」
 もりもりと牛丼を喰らっていた佳奈が、動きを止めて目の前に座った三太を見つめた。
「‥‥‥っ」
 そしてどこか恥ずかしそうに顔をそむけた、ように見えた。が、すぐにまた牛丼を頬張る。
 もりもりが、もり、くらいになっていたのは、乙女の恥じらいだろうか?

「先輩、失礼します。しかし、いい食べっぷりですね!」
「~~~~~~~っ!?」
「って痛いですっ!?」
 デリカシーゼロの三太の太ももが、ぎゅう、とつねられていた。

「へー、青っち、副会長さんとも仲いいんだ?」
「へ? なんで? 普通だけど?」

 ジト目の舞奈は大きくため息をつき、能面の佳奈はどこか怒ったようだった。

「ま、青っちだしね‥‥‥」
「‥‥‥同意」

 舞奈はそう言うと、いただきます、と手を合わせ、牛丼をかっこんだ。佳奈も頷くとまた、鬼のようにもりもりと喰らいだした。
『おう、いい食べっぷり! じゃあボクも、いただきます!』

「え? ええ?」
『くうぅ、この甘辛い味付けが、薄切りの牛肉にベストマッチなんだよ~』

 戸惑う三太を置き去りにして、三人はフードファイターよろしく食べ続けた。
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