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五月の戸惑い編 第四章
7 桃の願い。
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「お、お姉ちゃん‥‥‥三太くんたち、見失っちゃったみたい」
「え?」
中谷姉妹は牛丼屋を出たところで呆然としていた。
「もう、あおいが、がっついてるのがいけないんでしょう?」
「お姉ちゃんだって、牛焼定食ライス特盛食べてたじゃない!」
三太たちが牛丼屋に行くという情報を得た二人は、先回りして食事をしながら見張るつもりだった。
実際テーブル席に陣取り、食事を始めた辺りでターゲットの来店は確認していたのだ。が、その後がいけない。
「お姉ちゃん、わたしこういうところ初めてだから、すっごく新鮮なんだけど‥‥‥あ、三太くん来たよ」
目の前のねぎ玉牛丼に釘付けだった視界の端に、彼を捉えた。
「星川さん、かなりぎくしゃくしてるね‥‥‥」
姉妹の表情が、氷点下を差していた。
「「で、なんで食券買うだけで、あんなにいちゃいちゃしてるわけ?」」
三太と舞奈は、別にイチャイチャはしていなかった。ただ、二人とも超がつく程のド天然さんなので、はたから見ているとその行動が一々そう見えてしまったのだろう。
「あ、あれ? 青っち? ここ押したんだけど、何も出てこないよ?」
「ん? ほんとだ」
小首を傾げる舞奈と、券売機のタッチパネルをぺたぺた触っている三太。
『‥‥‥二人とも、お金、入れた? もしくはスマホで決済?』
「「あ‥‥‥」」
「もうやだー、青っちってばうっかりさん!」
「ほ、星川さんこそ~!」
『‥‥‥あほくさ』
あはは、とじゃれ合う二人。黒猫はため息を漏らす。
この時、ばきり、と割りばしの尊い命が二つ、天に召された。
「あおい、割りばし取って」
「‥‥‥はい」
ぱきっ、と二人は新たなそれを割ると、ものすごい勢いで八つ当たり気味にがっつきだした。
「えい、えいっ! ああっ!? おいしいじゃないの、このねぎ玉牛丼!」
「このっ、このおっ! あんたなんかこうだ! おろしを牛肉で巻いて、こうだあっ!」
女子高生の食事とは思えない、激しい戦いだった。まるで、運動部の男子の‥‥‥いや、それをはるかに超えた凄まじい食べっぷりだった‥‥‥。
「じゃあ行こうか、星川さん」
「あ、ごめんね、持ってもらっちゃって」
「いいのいいの」
『わーい、牛丼牛丼!』
店を出ていく二人に気づかないまま、その食事のスピードは加速していく。
「な、なんかバカみたいだね‥‥‥」
「あおい、それ言っちゃだめ‥‥‥」
はあ、と極大なため息が、見事にユニゾンした。
「わたし、部活行くわ」
「わたしも帰ろっと」
ただ食事をしただけになってしまった二人は、肩を落として別れたのだった。
週明け月曜日。
「ねえねえ、桃ちゃん。今日はどこ寄っていく?」
「えー、どうしようかー」
放課後の教室に、二人の楽しそうな声が響く。
「土曜日にみんなで行ったゲームセンター、楽しかったよね~」
舞奈がうっとりとした表情で、思い出していた。
「ふふっ、孝ちゃんと三ちゃん、なんであんなに張り合ってたんだろう?」
格闘ゲームで対戦した二人は、どちらも勝ち逃げを許さなかったのだ。
「二人とも負けず嫌いだよね~」
「そうだね、ふふっ」
呆れたような、愛おしく思っているような、そんな笑顔の二人。
「それにしても、委員会の二人も意外だったね」
「う、うん」
結局美麗と佳奈も加わって、ダブルデートではなくなってしまった。でも。
「またみんなで遊びたいな~」
桃は心底そう思っていたようだ。
「う、うん‥‥‥」
舞奈の顔が、若干曇っている。
「どうしたの、舞奈ちゃん?」
「え? 何でもないけど‥‥‥」
三太たちと統制委員会の関係を知っている彼女は、複雑だった。
「そう?」
「そ、そう!」
幼い頃から空気を読み、色々なことに気を配ってきた桃は、そんな舞奈の変化を見逃さない。
「ねえ、舞奈ちゃん」
そして、三太と孝明が、委員会の二人と何だかギクシャクしていた事も、感づいていたようだった。
「な、なに?」
真剣な眼差しに、戸惑う。
「三ちゃんたちに、何かあった?」
「え? なな、何にもないよ?」
動揺が駄々洩れだった。
「‥‥‥」
「‥‥‥あ、あの」
無言の圧力に耐えかねて、口を開く。
「ちょっと、なんかあったみたい‥‥‥でも、あたしの口からは‥‥‥」
「そうなんだ‥‥‥私ね、二年生になってから、昔の事をよく思い出すんだ」
唐突に、自分の事を語りだす桃。
「孝ちゃんがね、スカートめくりをして、追い詰められちゃう、小学生の時の事‥‥‥」
舞奈はそれを黙って聞いていた。
「四月になってからの孝ちゃんの雰囲気が、その時の雰囲気と似てたのかな? それで‥‥‥」
一瞬思いつめた様に俯いたが、すぐに力強くその顔が上げられた。
「お願い、舞奈ちゃん。今度は私が孝ちゃんの事、助けたいの」
そして、決意に満ちた瞳が向けられている。
「ずっと守ってくれた‥‥‥自分も傷ついているくせに、ずっと私を‥‥‥だからっーー」
「わかったよ」
優しく遮った舞奈が、頷く。
「じつはね」
そして、四月に起こったことの顛末が、すべた話された。
「孝ちゃん!」
書きかけのクラス日誌を机に残し、桃は駆けだしていた。
「え?」
中谷姉妹は牛丼屋を出たところで呆然としていた。
「もう、あおいが、がっついてるのがいけないんでしょう?」
「お姉ちゃんだって、牛焼定食ライス特盛食べてたじゃない!」
三太たちが牛丼屋に行くという情報を得た二人は、先回りして食事をしながら見張るつもりだった。
実際テーブル席に陣取り、食事を始めた辺りでターゲットの来店は確認していたのだ。が、その後がいけない。
「お姉ちゃん、わたしこういうところ初めてだから、すっごく新鮮なんだけど‥‥‥あ、三太くん来たよ」
目の前のねぎ玉牛丼に釘付けだった視界の端に、彼を捉えた。
「星川さん、かなりぎくしゃくしてるね‥‥‥」
姉妹の表情が、氷点下を差していた。
「「で、なんで食券買うだけで、あんなにいちゃいちゃしてるわけ?」」
三太と舞奈は、別にイチャイチャはしていなかった。ただ、二人とも超がつく程のド天然さんなので、はたから見ているとその行動が一々そう見えてしまったのだろう。
「あ、あれ? 青っち? ここ押したんだけど、何も出てこないよ?」
「ん? ほんとだ」
小首を傾げる舞奈と、券売機のタッチパネルをぺたぺた触っている三太。
『‥‥‥二人とも、お金、入れた? もしくはスマホで決済?』
「「あ‥‥‥」」
「もうやだー、青っちってばうっかりさん!」
「ほ、星川さんこそ~!」
『‥‥‥あほくさ』
あはは、とじゃれ合う二人。黒猫はため息を漏らす。
この時、ばきり、と割りばしの尊い命が二つ、天に召された。
「あおい、割りばし取って」
「‥‥‥はい」
ぱきっ、と二人は新たなそれを割ると、ものすごい勢いで八つ当たり気味にがっつきだした。
「えい、えいっ! ああっ!? おいしいじゃないの、このねぎ玉牛丼!」
「このっ、このおっ! あんたなんかこうだ! おろしを牛肉で巻いて、こうだあっ!」
女子高生の食事とは思えない、激しい戦いだった。まるで、運動部の男子の‥‥‥いや、それをはるかに超えた凄まじい食べっぷりだった‥‥‥。
「じゃあ行こうか、星川さん」
「あ、ごめんね、持ってもらっちゃって」
「いいのいいの」
『わーい、牛丼牛丼!』
店を出ていく二人に気づかないまま、その食事のスピードは加速していく。
「な、なんかバカみたいだね‥‥‥」
「あおい、それ言っちゃだめ‥‥‥」
はあ、と極大なため息が、見事にユニゾンした。
「わたし、部活行くわ」
「わたしも帰ろっと」
ただ食事をしただけになってしまった二人は、肩を落として別れたのだった。
週明け月曜日。
「ねえねえ、桃ちゃん。今日はどこ寄っていく?」
「えー、どうしようかー」
放課後の教室に、二人の楽しそうな声が響く。
「土曜日にみんなで行ったゲームセンター、楽しかったよね~」
舞奈がうっとりとした表情で、思い出していた。
「ふふっ、孝ちゃんと三ちゃん、なんであんなに張り合ってたんだろう?」
格闘ゲームで対戦した二人は、どちらも勝ち逃げを許さなかったのだ。
「二人とも負けず嫌いだよね~」
「そうだね、ふふっ」
呆れたような、愛おしく思っているような、そんな笑顔の二人。
「それにしても、委員会の二人も意外だったね」
「う、うん」
結局美麗と佳奈も加わって、ダブルデートではなくなってしまった。でも。
「またみんなで遊びたいな~」
桃は心底そう思っていたようだ。
「う、うん‥‥‥」
舞奈の顔が、若干曇っている。
「どうしたの、舞奈ちゃん?」
「え? 何でもないけど‥‥‥」
三太たちと統制委員会の関係を知っている彼女は、複雑だった。
「そう?」
「そ、そう!」
幼い頃から空気を読み、色々なことに気を配ってきた桃は、そんな舞奈の変化を見逃さない。
「ねえ、舞奈ちゃん」
そして、三太と孝明が、委員会の二人と何だかギクシャクしていた事も、感づいていたようだった。
「な、なに?」
真剣な眼差しに、戸惑う。
「三ちゃんたちに、何かあった?」
「え? なな、何にもないよ?」
動揺が駄々洩れだった。
「‥‥‥」
「‥‥‥あ、あの」
無言の圧力に耐えかねて、口を開く。
「ちょっと、なんかあったみたい‥‥‥でも、あたしの口からは‥‥‥」
「そうなんだ‥‥‥私ね、二年生になってから、昔の事をよく思い出すんだ」
唐突に、自分の事を語りだす桃。
「孝ちゃんがね、スカートめくりをして、追い詰められちゃう、小学生の時の事‥‥‥」
舞奈はそれを黙って聞いていた。
「四月になってからの孝ちゃんの雰囲気が、その時の雰囲気と似てたのかな? それで‥‥‥」
一瞬思いつめた様に俯いたが、すぐに力強くその顔が上げられた。
「お願い、舞奈ちゃん。今度は私が孝ちゃんの事、助けたいの」
そして、決意に満ちた瞳が向けられている。
「ずっと守ってくれた‥‥‥自分も傷ついているくせに、ずっと私を‥‥‥だからっーー」
「わかったよ」
優しく遮った舞奈が、頷く。
「じつはね」
そして、四月に起こったことの顛末が、すべた話された。
「孝ちゃん!」
書きかけのクラス日誌を机に残し、桃は駆けだしていた。
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