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忍れど、五月雨編 第一章

3 超大量めくり兵器『ウィステリア』!?

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 いつもよりぼー、としているような佳奈が、校内を巡回していた。

 3-Sの教室で、今日は委員会室には顔を出さない、と美麗に告げていたのだ。

「相馬さん。搦め手の件で、ご相談がーー」
「今の状況を、把握する方が、先」

 朝一番で美麗を遮ると、それからは休み時間のたびに教室から消えていた。
 そして今、放課後に至り、あてもなく巡回をしているわけだ。

 校庭からは威勢のいい運動部のかけ声が響いてくる。校舎内にも喧噪がまだ残っていた。

 す、と歩みを止めると、廊下の窓を一つ静かに開け放った。

 少しだけ湿気を孕んだ風が、その頬を撫でる。

「‥‥‥」
 右手を外へ突き出して、念じてみた。が、やはり闇は、顕現しなかった。

 もう、ため息すら、でない。

「‥‥‥ん?」
 窓を閉めようと手を伸ばして、それを見つけてしまった。
「藤代‥‥‥孝明?」




『サードより報告。ターゲット、大量十名を捕捉。玄関から校門へ向け移動中』
『ブルー、了解。サード、マウンテンは、引き続き周囲の警戒を怠るな』
『サード、了解』
『マウンテン、了解です』
『ホワイトは、最大出力でECM及びECCMを展開』
『ホワイト、了解だ』
『ウィステリア、準備はどうか?』
『ウィステリア、いつでもいいぜ!』

 激しく飛び交う通信に、さながら戦場のようなひりついた空気が漂いだしていた。


 玄関口から少し距離はあったが、A棟陰に孝明はいた。ましろが光学迷彩を施しているので、見つかることはまずないだろう。それでも念には念を、と言うことで距離を取った。慎重なあおいの判断だ。

 タブレットPCを覗き込んでいたあおいの瞳が、鋭く輝いた。
「超大量めくり兵器『ウィステリア』、起動!」
『了解、起動する!』

 孝明は女子集団の少し後方の空間を捉えた。

使い捨てカイロヒートマガジン、セット』
 ぺたぺた、と自分の体に十個ほど貼り付けた。
『エンゲージ!』
 その空間と自分周囲の空間を、繋げた。途端に揺らめきだす女子たちの後方。と。

「何を、している?」
 不意に、感情が見えない言葉が投げつけられた。
「! なっ!?」
 神速で振り返れば、そこには佳奈が立っていた。

(い、いや、慌てるな、俺。光学迷彩で、副会長には見えていなーー痛っ!?)
「えい、えい」
 ぽかぽかと空間を叩く佳奈。なかなかシュールだ。
「あ、いた、やめてえ!?」
 が、確実にダメージ? を与えているようだ。
『ウィステリア、どうした? 応答せよ、ウィステリア?』
「あひゃひゃひゃひゃっ!? やめ、や、あ、あ、ああ~っ!?」
 甘美なあえぎ声に、あおいの感情が、消えていく。

「だ、だからくすぐるのは、あひゃひゃ、やめやめ、あひゃいおーん!?」
「見える、私には、見える」
 無表情で空間をまさぐる佳奈は、どこまでも真剣だった。


『ちっ、やられたか? 総員、ウィステリアの援護に回れ!』

 あおいの下知が飛んだが、時すでに遅し。超大量めくり兵器は、制圧されていた‥‥‥!

「おい、孝! 大丈夫‥‥‥なんだ、能面か」
 いち早く駆け付けたましろが、佳奈を睨みつける。
「また、失礼。私は、能面じゃ、ない」
 ばちばちと視線がぶつかった。

「いいぜ、来いよ?」
 ましろが挑発するように手招いた。
「‥‥‥」
 それを無言で受け流す。
「あ、そうか! おめえらもう、あんなに激しく使えねえのか?」
 底意地の悪い笑みが、佳奈にまとわりついた。
「‥‥‥これだけで、十分」
 す、と右手を突き出す。ましろも呼応するように右手を突き出した。

「‥‥‥」

 うん、うん、と繰り返し突き出すが、その手からは何も迸らない。それでも佳奈は、うん、うん、とひたすら繰り返していた。

「お、おめえ‥‥‥まさか‥‥‥」
 ましろの顔が、曇っていく。
「‥‥‥」
「もうよせ」
 それでも佳奈は繰り返す。うん、うん、と何かにとりつかれたように‥‥‥。
「やめろって‥‥‥」

「私は許さない‥‥‥あんな人たち‥‥‥許さないんだから‥‥‥その為には‥‥‥」

「おめえ、何を‥‥‥」

「孝明! 佐野さん! 大丈夫! って、先輩?」
「!」
 三太の声に、弾けるように振り返った。
「‥‥‥キミは‥‥‥キミはどうして‥‥‥」
 佳奈の顔が、くしゃりと歪む。
「え? 先輩?」

 その横を、俯いたまま駆け抜けていった。





「はあ、こんなにおまんじゅう、食べられませんわ‥‥‥」
 小さな美麗一人では、広すぎる委員会室。そのテーブルの上には、大量のまんじゅうが積み上げられていた。
「相馬さん、どうされたのかしら?」
 ふう、とため息をつき、まんじゅうに手を伸ばす。
「これから先の事を‥‥‥どなたに相談すれば‥‥‥」
 かわいらしい口で、ぱくりと一口。
「‥‥‥今日は一段と、甘いですわね」
 甘いのに、しょっぱい顔をしていた。

「気はすすみませんが、このカメラで‥‥‥」
 まんじゅうの横に置いた、小型だが、プロ仕様のそれを見つめる。

「それにしても忍は‥‥‥どこで油を売っているのかしら? この状況を打破するために、あなたを呼んだというのに‥‥‥」

 ひときわ大きなため息が、委員会室に響いた。
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