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忍れど、五月雨編 第三章

3 レッティーナとの取引

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「はあ、農家の方々には悪いですが、いやになってしまうわね」
 委員会室の窓から、学校全体を眺めていた美麗が、ため息を漏らした。
「‥‥‥梅雨だから、しかたない」
 佳奈は言いながら、まんじゅうを喰らう。
「じゅ、十個目‥‥‥うぷ」
 それを見ていた忍は、口もとを押さえてそっと顔をそむけた。

「今日はもう帰りましょうか」
「ん」
「では、六車に連絡します」

 美麗の提案に、佳奈はカップをかたずけ始める。忍も連絡のために部屋を出ようとした。

「ちょっといいかな?」

 その目の前に女神さまが現れた。
「‥‥‥なんだ?」
 一切動じずに、忍はレッティーナを睨みつける。険悪な空気が、流れだしていた。

「忍、やめなさい。すぐにケンカ腰になって‥‥‥それがあなたのいけないところですよ」
「‥‥‥はい」
 美麗のたしなめに、素直に従う忍。
「女神さま、今日はどのようなご用件でしょうか?」
 にこやかに言い、続けて佳奈に指示を出す。
「あ、相馬さん。女神さまにお茶をーー」
「みれみれ、今日は大丈夫だから」
 だが、いつになく真剣な瞳に遮られた。

「‥‥‥そうですか。では、わたくしはこちらで聞かせていただきます」
 自分のイスにゆったりと腰を下ろした。


「何用だ?」
 忍の切れ長な目が、さらに鋭くなった。
「提案があるんだけど、いいかな?」
 女神さまの瞳から、神に相応しい圧力プレッシャーがあふれ出ている。

 ふい、と忍は恋ちゃんから目をそらし、美麗を見る。
「お嬢様、いかがいたしましょうか?」
「お話を伺いましょう」
「はい」
 再び女神さまと視線を合わせる。
「では、どうぞ」
 そして、事務的に告げた。



「なるほど。先日仰っていた月ごとの必須ターゲットに忍が選ばれた、と」
 首肯するレッティーナ。
「それで、彼らが操神さんのスカートをめくれたら、神には一切手を出さないと約束してほしいの」
「私は狂犬ではないぞ。それに父上の方針で、今の時代、神とやりあう事などほぼないはずだ」
 憤然として忍は言う。
「でもパンチラバトルを続ければ、今後もみれみれのスカートがめくらる可能性があるけど、その時はどうなの?」
「ゆ~る~さ~んっ! 神だろうが何だろうがたたっ切る!!」
「忍、めっ!」
 激昂した忍に、かわいらしいお叱りがとんだ。
「‥‥‥も、申し訳ございません」
 ほんのりと頬を染めた忍が、しゅんとした。

「女神さま、忍が負けた時の条件は分かりました。では、忍が勝った時には、どうされるのですか?」
 もっともな質問である。
「そうね、そっちも言わなきゃ、だよね。操神さんが勝った時は、彼らの戦い、パンチラバトルが終わるって事なんだ。それであたしの干渉は終わり。みんなの能力も消えて、元の普通の生活に戻る。だから、神と操神がいがみあう事もない」
 恋ちゃんは事実だけを淡々と言った。

「気に入らんな。あいつらは、ぱ、パイパン。私はスカートをめくられる。リスクを負っているのは人間側だけか? 神はノーリスクで高みの見物か?」
 あの言葉パイパンに恥じらう忍が、女神さまを問い詰める。
「そうね。女神さまとは言え、ちょっと虫が良すぎるんじゃないかしら?」
 二人の非難にも似た視線を、レッティーナは無言で受け止めた。

「あ、こうしましょう! 忍が負けたらあなた方には絶対に手を出させません」
 美麗が敏腕ネゴシエーターの顔で続ける。
「忍が勝ったら‥‥‥わたくしたちの能力は、そのままにして頂く」
 神すらひれ伏すような目力だった。

「‥‥‥わかった。絶対だからね?」
 独断で決めてよいのか? 一瞬そんな表情をした女神さまだったが、覚悟を決めたのか彼女をしっかりと見据えて言った。
「もちろん、この約束は守ります。『花村』の名に懸けて」

 花村の名前を出した以上、約束はたがえない。いや、たがえられない。

 そんな瞳を見たレッティーナは、こくりと頷き消え去った。
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