66 / 76
【愛を求める氷雪の華 〜ラァラはわたしのおともだち〜】
邪法の賢者→執愛の愚者①
しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「革命の理由がわからない? それ本当なの?」
『はい。今を持ってしても何故あの時この国で、武力による王家への反逆に民が賛同したのか。それが誰にも分からないのです。確かに当時は王家の統治体制に多少の不満があった事は否めませんが、どれも悪政と呼ぶには余りにも些細な事でした。革命へと発展するなどと、我々家臣一同は予想すらできなかった』
「アタシも色々と探りを入れてみたんだが、当時を生きていた人がもうほとんど残っていなかったからかそこんとこが判然としなかったんだよね」
レリアさんと言うこの王都の事情を知る有力な人物を得て、ミィとヨゥによる情報収集が物凄い勢いで捗っていく。
ミィとヨゥはレリアさんの遺骸を取り囲む様な形で座り、薄型魔導板に色んな情報を入力している。
この情報は端末を介して叡智の部屋の2号に伝達されているらしく、きっと朝には様々な疑問が解消されているに違いない。
オレはと言えば何を聞けば良いのかが纏まらず、地下室の壁に背中を預けて必死に睡魔と戦っていた。
だって時刻はもう深夜。
もうじき朝日も昇りかけるほど深まっている。
この砦には定期的に死体を補充する馬車が訪れているらしいから、夜の内しか充分な時間は取れないのだ。
『事の発端は間違いなくエイミィ様が誕生された事なのは確かです。アングリスカ王家の伝承にある、『精霊に愛された仔』が本当に生まれてしまったと言う事実が、王陛下の弟であったあの不埒な愚者には到底受け入れられなかったのでしょう』
「精霊に愛された仔? 精霊眼のことかしら」
精霊眼って、えっと。
確か普段は見えるはずのない精霊たちが見える眼の事だよね?
【はい。古代種などが保有している、次元の境界を越えて精霊の姿を目視できる感知器官のことです。眼と呼称されていますがその効果は多岐に渡り、精霊との対話や感応、極めれば精霊を使役し様々な現象を操作する事も可能とされています。本当にごく稀な事ですが、系譜に古代種の血が混ざった人間にも発現した事例が過去に幾つか記録されています。ただその眼は常に魔力を消費し続けるとても燃費の悪い器官なので、発現者は例外なく短命でした】
精霊を使役する……えっと、確か精霊ってたくさん集まりすぎると災害みたいな現象を起こせるんだよね?
それって、とても大変な物なんじゃ。
【対話できる精霊の種類や数には本人の資質に依るところもございますから、一概にそうとは言い切れません。しかし過去の発現者の中には精霊を使役する事で驚異的な現象を引き起こした者も存在します】
そっか、じゃあエイミィはその『精霊眼』を持っているんだね。
だって夢でずっと精霊たちと話してたって言ってたもの。
「その王家の伝承って奴を教えてくんないかな」
ポリポリと頬をかきながら、ヨゥが自分の薄型魔導板から視線を移さずにレリアさんに質問をする。
レリアさんの声はその遺骸からじゃなくて、部屋の全体に響く様にして聞こえるから、多分失礼には当たらない……はず。
『この国の建国神話です。祖王である初代アングリスカ王が安住の地を求める旅の終着点として、この地の雄壮なる氷の大河に辿りついた時のことです。旅に同行していた“智慧ある者“がとある予言をしたそうです。それはこの地に国を興す事と、いずれ子々孫々の中より精霊に深く愛される仔が現れ、この地に永劫の春と安寧が約束される事。あんまりにも古い話で知る者が少なかったのと、歴史を研究する学者連中も首を傾げるほど信憑性が薄い神話だったのですが、実際にエイミィ様がお生まれになった事でその話に僅かな現実味が与えられました』
「まぁ、話だけ言えばどこの国にもありそうな話だしね。エイミィ姫は具体的に、どんな力を持ってるの?」
『まず王妃殿下より生まれたその日、国中の吹雪がピタリと止んだ事です。冬季の深い時期であったにも関わらず雪原の雪が一晩で溶け、短い春にしか咲かない花々は満開に開き、伝承に謳われる『永劫の春』を連想するに充分なほどこの地に春が満ち溢れました』
「へぇ……そりゃ、凄いな」
薄型魔導板に何かを書き込みながら、ヨゥはレリアさんの話に関心して頷く。
『最初は偶然だと主張する家臣もいたのですが、生後間も無くしてエイミィ様の寝室に無数の光の粒が連日現れては、すやすやとお眠りになられるエイミィ様を見守る様に眺めているのを何人もの使用人が目撃しましたので、。王陛下もこれはと思い、当時王家に使えていた魔法師に詳しく調べて貰ったところ、エイミィ様は生後間もない赤ん坊にして、計り知れない魔力を内包している事が分かったのです』
「光の粒……肉眼で捉えられるほど密度の濃くなった精霊の集合体ね。鬼火とか霊魂とかと間違えられる、アレ」
ミィもヨゥと同じ様に、薄型魔導板を操作してレリアさんの話を記録している。
実は魔導板の向こうでは、2号が聞き耳を立てている。
レリアさんが既に亡くなっている死霊とは言え、ミィやヨゥの本来の姿が人工猫妖精である事が知られるのは避けたいらしく、魔導板にレリアさんの話を記録しているフリをして叡智の部屋の屋敷と繋いでいるのだ。
我が家の頭脳こと2号であれば、オレたちには些細すぎて分からなかったことでも気付けるかも知れないからだ。
『成長と共に伸びてきた頭髪も生来の金髪から、伝承にある祖王と同じ綺麗に澄んだ蒼色へと変化して行きました。もうその時点では城の誰もがエイミィ様こそ伝承の仔である事を信じて疑いませんでしたし、王陛下も王妃殿下も大層お喜びになられておりました。唯一、陛下の弟君であったあの愚か者を除いて…………』
「そいつが……エイミィを閉じ込めてるの?」
『はい。邪法師と手を組み、この国の王座を簒奪するために数多くの罪無き城の者を……拷問の果てに殺害した、汚らわしい男です』
レリアさんの声が重く低い物になると、途端に周囲の空気もまた重苦しく変化する。
それはきっとレリアさんだけのモノじゃない。
砦に堆く積まれた、死者たちの恨み。
理不尽に生を奪われた人たちが、レリアさんの言葉に同調する様にして想いを吐き出しているのだろう。
エイミィのお父様の弟さん。
レリアさんが憎々しげに口に出し、名前を言うのも忌避するその人が…………エイミィを苦しめている人。
「その邪法師って奴は何者? 聞く限りだと、ソイツの存在が全ての元凶の様に聞こえるんだけど」
『名前も出自も詳しい事は何もわかりません。アングリスカ王家の分家であるネブリアラ家に出入りしていた魔法師の一人です。真っ黒で光沢のある仮面で顔を覆い隠し、身の丈を越える大きな黒檀の杖を常に手放さない、見るからに怪しい男でした』
ミィの質問にまたも感情を乗せすぎたリアラさんの返事で、より周囲の空気が重く苦しいモノになっていく。
あんまりにも息苦しいものだから、壁にもたれかかっていた姿勢からゆっくりと体を滑らせて、オレは地下室の床に横になる。
そんなオレの姿を見かねてヨゥが近寄ってきて、オレを少しだけ持ち上げて胡座をかき、その真ん中に丸まったオレを入れて膝枕をしてくれた。
まるで子猫みたいに身体を丸めて寝るオレに、ヨゥは愛用のボロボロのマントを上から被せて背中をトントンと叩いてくれる。
ちょっとだけ楽になったオレはヨゥのズボンに顔を埋めて、ヨゥの匂いを思いっき吸った。
安心する。
オレがよく知る、頼もしいヨゥの匂い。
胸いっぱいにその匂いを嗅ぎ取ると、それだけでオレの心は急速に落ち着きを取り戻して行く。
『邪法師には同じ黒い仮面で顔を隠した弟子が一人います。邪法師には劣る様ですが、ソイツも如何わしい邪悪な魔法の使い手です。我らエイミィ様の家臣団を拷問し痛ぶり殺害した張本人です』
「ふむ……あのこの砦内にある死人を改造するための施設を見るに、弟子の方の腕は本当に大した事無さそうだわね。注意すべきは……邪法師のみか」
レリアさんの話から何かを掴んだのか、ミィは魔導板から顔を上げて天井を見る。
「これで色々とやり易くなったわ。ありがとうレリア」
『いえ、私なぞの話がエイミィ様を救い出す一助になるのならば、幾らでもお話します。簒奪者、グロント・デル・ネブリアラはただの小物に過ぎません。本来なら王座など到底叶わない無能の王。嫉妬と被害者意識だけを募らせた醜い豚です。彼奴は邪法師に唆されて偽りの王に祭り上げられただけの滑稽な人形。貴女方の脅威にはなり得ないでしょう。注意すべきは邪法師と、奴が操る死人の兵団……元はこの国の無辜の民だった哀れな人たちの抜け殻だけです』
「そう……ね。あとはどうやって城に潜り込むか。邪法師が私の見立て通りの腕を持つのなら、気づかれずに進入するのは難しそうだわ」
ヨゥに背中を優しく叩かれて、オレはウトウトと夢の階をゆっくり昇って行く。
耳に入るミィとレリアさんの声ももう殆ど意味を掴めず、ただ音としてだけ拾っていた。
緩んでいく思考で繰り返し繰り返し想う情景は、エイミィが笑ってオレの側に居る光景。
きっと、きっと助ける。
絶対に、オレが。
「侵入経路なら任せときな。王家が使う城への隠し通路的なモノならもう見つけてあるんだ」
「さすがねヨゥ。まずはソレが使えるかどうかを調べるとしましょうか。ラァラ姫ももう限界みたいだし、今日はここまでにしときましょう。レリア、また来るわね」
『はい、お待ちしております。エイミィ様を確実に救いだすためにも、準備は万全に整えなければなりませんから』
三人の会話ももう誰が誰だかわからないほど、オレはもう半分以上夢の中。
【姫、もう抗わずにお休みください。大丈夫です。ミィとヨゥ、猫たちに任せておけば全て上手く行きますから】
でも……オレ……なにも……できてないから……。
【いえ、姫が居なければレリア様を見つける事もできなかったではないですか。充分に役を果たしておりますよ。ご安心ください】
はやく……エイミィを……たすけたいのに……なぁ。
【そうですね。一刻も早く救い出してあげましょう。姫には遠回りにも思えるでしょうが、今は雌伏の時です。確実に、そして安全にエイミィ様を救出するには情報を集め、態勢を盤石にする事が重要なのです。焦って失敗する事が、一番エイミィ様を危険に晒してしまうやってはいけない事ですよ】
そっか……そう、だよね……。
【ですので、今は無理をする時ではござません。夥しい死者の念にあれだけ触れたのです。姫の精神はとても疲弊しております。ゆっくりと休息をし、英気を養うのが今の姫のお仕事。さぁ、もうお休みなさい】
う、うん……もお、ねる……。
【はい、良い夢を。イドの姫……可愛いラァラ。優しいラァラ】
まるで子守唄みたいに紡がれるイドの声に導かれて、オレは深い深い眠りの世界へと誘われる。
全身に感じるヨゥの匂いと熱が、今はなによりも心地良かった。
「革命の理由がわからない? それ本当なの?」
『はい。今を持ってしても何故あの時この国で、武力による王家への反逆に民が賛同したのか。それが誰にも分からないのです。確かに当時は王家の統治体制に多少の不満があった事は否めませんが、どれも悪政と呼ぶには余りにも些細な事でした。革命へと発展するなどと、我々家臣一同は予想すらできなかった』
「アタシも色々と探りを入れてみたんだが、当時を生きていた人がもうほとんど残っていなかったからかそこんとこが判然としなかったんだよね」
レリアさんと言うこの王都の事情を知る有力な人物を得て、ミィとヨゥによる情報収集が物凄い勢いで捗っていく。
ミィとヨゥはレリアさんの遺骸を取り囲む様な形で座り、薄型魔導板に色んな情報を入力している。
この情報は端末を介して叡智の部屋の2号に伝達されているらしく、きっと朝には様々な疑問が解消されているに違いない。
オレはと言えば何を聞けば良いのかが纏まらず、地下室の壁に背中を預けて必死に睡魔と戦っていた。
だって時刻はもう深夜。
もうじき朝日も昇りかけるほど深まっている。
この砦には定期的に死体を補充する馬車が訪れているらしいから、夜の内しか充分な時間は取れないのだ。
『事の発端は間違いなくエイミィ様が誕生された事なのは確かです。アングリスカ王家の伝承にある、『精霊に愛された仔』が本当に生まれてしまったと言う事実が、王陛下の弟であったあの不埒な愚者には到底受け入れられなかったのでしょう』
「精霊に愛された仔? 精霊眼のことかしら」
精霊眼って、えっと。
確か普段は見えるはずのない精霊たちが見える眼の事だよね?
【はい。古代種などが保有している、次元の境界を越えて精霊の姿を目視できる感知器官のことです。眼と呼称されていますがその効果は多岐に渡り、精霊との対話や感応、極めれば精霊を使役し様々な現象を操作する事も可能とされています。本当にごく稀な事ですが、系譜に古代種の血が混ざった人間にも発現した事例が過去に幾つか記録されています。ただその眼は常に魔力を消費し続けるとても燃費の悪い器官なので、発現者は例外なく短命でした】
精霊を使役する……えっと、確か精霊ってたくさん集まりすぎると災害みたいな現象を起こせるんだよね?
それって、とても大変な物なんじゃ。
【対話できる精霊の種類や数には本人の資質に依るところもございますから、一概にそうとは言い切れません。しかし過去の発現者の中には精霊を使役する事で驚異的な現象を引き起こした者も存在します】
そっか、じゃあエイミィはその『精霊眼』を持っているんだね。
だって夢でずっと精霊たちと話してたって言ってたもの。
「その王家の伝承って奴を教えてくんないかな」
ポリポリと頬をかきながら、ヨゥが自分の薄型魔導板から視線を移さずにレリアさんに質問をする。
レリアさんの声はその遺骸からじゃなくて、部屋の全体に響く様にして聞こえるから、多分失礼には当たらない……はず。
『この国の建国神話です。祖王である初代アングリスカ王が安住の地を求める旅の終着点として、この地の雄壮なる氷の大河に辿りついた時のことです。旅に同行していた“智慧ある者“がとある予言をしたそうです。それはこの地に国を興す事と、いずれ子々孫々の中より精霊に深く愛される仔が現れ、この地に永劫の春と安寧が約束される事。あんまりにも古い話で知る者が少なかったのと、歴史を研究する学者連中も首を傾げるほど信憑性が薄い神話だったのですが、実際にエイミィ様がお生まれになった事でその話に僅かな現実味が与えられました』
「まぁ、話だけ言えばどこの国にもありそうな話だしね。エイミィ姫は具体的に、どんな力を持ってるの?」
『まず王妃殿下より生まれたその日、国中の吹雪がピタリと止んだ事です。冬季の深い時期であったにも関わらず雪原の雪が一晩で溶け、短い春にしか咲かない花々は満開に開き、伝承に謳われる『永劫の春』を連想するに充分なほどこの地に春が満ち溢れました』
「へぇ……そりゃ、凄いな」
薄型魔導板に何かを書き込みながら、ヨゥはレリアさんの話に関心して頷く。
『最初は偶然だと主張する家臣もいたのですが、生後間も無くしてエイミィ様の寝室に無数の光の粒が連日現れては、すやすやとお眠りになられるエイミィ様を見守る様に眺めているのを何人もの使用人が目撃しましたので、。王陛下もこれはと思い、当時王家に使えていた魔法師に詳しく調べて貰ったところ、エイミィ様は生後間もない赤ん坊にして、計り知れない魔力を内包している事が分かったのです』
「光の粒……肉眼で捉えられるほど密度の濃くなった精霊の集合体ね。鬼火とか霊魂とかと間違えられる、アレ」
ミィもヨゥと同じ様に、薄型魔導板を操作してレリアさんの話を記録している。
実は魔導板の向こうでは、2号が聞き耳を立てている。
レリアさんが既に亡くなっている死霊とは言え、ミィやヨゥの本来の姿が人工猫妖精である事が知られるのは避けたいらしく、魔導板にレリアさんの話を記録しているフリをして叡智の部屋の屋敷と繋いでいるのだ。
我が家の頭脳こと2号であれば、オレたちには些細すぎて分からなかったことでも気付けるかも知れないからだ。
『成長と共に伸びてきた頭髪も生来の金髪から、伝承にある祖王と同じ綺麗に澄んだ蒼色へと変化して行きました。もうその時点では城の誰もがエイミィ様こそ伝承の仔である事を信じて疑いませんでしたし、王陛下も王妃殿下も大層お喜びになられておりました。唯一、陛下の弟君であったあの愚か者を除いて…………』
「そいつが……エイミィを閉じ込めてるの?」
『はい。邪法師と手を組み、この国の王座を簒奪するために数多くの罪無き城の者を……拷問の果てに殺害した、汚らわしい男です』
レリアさんの声が重く低い物になると、途端に周囲の空気もまた重苦しく変化する。
それはきっとレリアさんだけのモノじゃない。
砦に堆く積まれた、死者たちの恨み。
理不尽に生を奪われた人たちが、レリアさんの言葉に同調する様にして想いを吐き出しているのだろう。
エイミィのお父様の弟さん。
レリアさんが憎々しげに口に出し、名前を言うのも忌避するその人が…………エイミィを苦しめている人。
「その邪法師って奴は何者? 聞く限りだと、ソイツの存在が全ての元凶の様に聞こえるんだけど」
『名前も出自も詳しい事は何もわかりません。アングリスカ王家の分家であるネブリアラ家に出入りしていた魔法師の一人です。真っ黒で光沢のある仮面で顔を覆い隠し、身の丈を越える大きな黒檀の杖を常に手放さない、見るからに怪しい男でした』
ミィの質問にまたも感情を乗せすぎたリアラさんの返事で、より周囲の空気が重く苦しいモノになっていく。
あんまりにも息苦しいものだから、壁にもたれかかっていた姿勢からゆっくりと体を滑らせて、オレは地下室の床に横になる。
そんなオレの姿を見かねてヨゥが近寄ってきて、オレを少しだけ持ち上げて胡座をかき、その真ん中に丸まったオレを入れて膝枕をしてくれた。
まるで子猫みたいに身体を丸めて寝るオレに、ヨゥは愛用のボロボロのマントを上から被せて背中をトントンと叩いてくれる。
ちょっとだけ楽になったオレはヨゥのズボンに顔を埋めて、ヨゥの匂いを思いっき吸った。
安心する。
オレがよく知る、頼もしいヨゥの匂い。
胸いっぱいにその匂いを嗅ぎ取ると、それだけでオレの心は急速に落ち着きを取り戻して行く。
『邪法師には同じ黒い仮面で顔を隠した弟子が一人います。邪法師には劣る様ですが、ソイツも如何わしい邪悪な魔法の使い手です。我らエイミィ様の家臣団を拷問し痛ぶり殺害した張本人です』
「ふむ……あのこの砦内にある死人を改造するための施設を見るに、弟子の方の腕は本当に大した事無さそうだわね。注意すべきは……邪法師のみか」
レリアさんの話から何かを掴んだのか、ミィは魔導板から顔を上げて天井を見る。
「これで色々とやり易くなったわ。ありがとうレリア」
『いえ、私なぞの話がエイミィ様を救い出す一助になるのならば、幾らでもお話します。簒奪者、グロント・デル・ネブリアラはただの小物に過ぎません。本来なら王座など到底叶わない無能の王。嫉妬と被害者意識だけを募らせた醜い豚です。彼奴は邪法師に唆されて偽りの王に祭り上げられただけの滑稽な人形。貴女方の脅威にはなり得ないでしょう。注意すべきは邪法師と、奴が操る死人の兵団……元はこの国の無辜の民だった哀れな人たちの抜け殻だけです』
「そう……ね。あとはどうやって城に潜り込むか。邪法師が私の見立て通りの腕を持つのなら、気づかれずに進入するのは難しそうだわ」
ヨゥに背中を優しく叩かれて、オレはウトウトと夢の階をゆっくり昇って行く。
耳に入るミィとレリアさんの声ももう殆ど意味を掴めず、ただ音としてだけ拾っていた。
緩んでいく思考で繰り返し繰り返し想う情景は、エイミィが笑ってオレの側に居る光景。
きっと、きっと助ける。
絶対に、オレが。
「侵入経路なら任せときな。王家が使う城への隠し通路的なモノならもう見つけてあるんだ」
「さすがねヨゥ。まずはソレが使えるかどうかを調べるとしましょうか。ラァラ姫ももう限界みたいだし、今日はここまでにしときましょう。レリア、また来るわね」
『はい、お待ちしております。エイミィ様を確実に救いだすためにも、準備は万全に整えなければなりませんから』
三人の会話ももう誰が誰だかわからないほど、オレはもう半分以上夢の中。
【姫、もう抗わずにお休みください。大丈夫です。ミィとヨゥ、猫たちに任せておけば全て上手く行きますから】
でも……オレ……なにも……できてないから……。
【いえ、姫が居なければレリア様を見つける事もできなかったではないですか。充分に役を果たしておりますよ。ご安心ください】
はやく……エイミィを……たすけたいのに……なぁ。
【そうですね。一刻も早く救い出してあげましょう。姫には遠回りにも思えるでしょうが、今は雌伏の時です。確実に、そして安全にエイミィ様を救出するには情報を集め、態勢を盤石にする事が重要なのです。焦って失敗する事が、一番エイミィ様を危険に晒してしまうやってはいけない事ですよ】
そっか……そう、だよね……。
【ですので、今は無理をする時ではござません。夥しい死者の念にあれだけ触れたのです。姫の精神はとても疲弊しております。ゆっくりと休息をし、英気を養うのが今の姫のお仕事。さぁ、もうお休みなさい】
う、うん……もお、ねる……。
【はい、良い夢を。イドの姫……可愛いラァラ。優しいラァラ】
まるで子守唄みたいに紡がれるイドの声に導かれて、オレは深い深い眠りの世界へと誘われる。
全身に感じるヨゥの匂いと熱が、今はなによりも心地良かった。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる