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41話 銀の魔物のモノクルス
ギルバートとウィリアムは並んで車に揺られていた。荷台には二人しかいない。
ギルバートの、モノクルスとしての再稼働の日だ。
今朝渡されたギルバート用の新しい法衣を身に付けている。
デザインは過去に着用していたものとほとんど変わらないが、どういう素材なのか生地に伸縮性があり着心地は昔のものより抜群に良かった。
首からロザリオをかけるのはやめた。
神は、今のギルバートにとって救いにはならない。魔物と戦うために、信じる対象にする必要もない。
ウィリアムを愛した時から、自分はただのギルバートという名の男でしかなかった。
奇遇な事に今のモノクルスは教会から独立した組織であり、「神父」は単なる呼び名でしかない。ウィリアムがそうであるように、魔物となったギルバートにとって「居場所」として居心地が悪くなる事はない。
まだ他の5人の仲間たちには馴染んでいないが、ウィリアムがいられる場所なのだと思うとそれだけで信を置ける気がした。
200年前の女のイメージを頭から覆した、豪傑なクロスボウ使いのルルには「うざったい」と言われてギルバートの髪を切られた。
人であった頃は後ろでひとくくりにしていた長い髪は、冥界から帰ると髪質が変わったのかまるで鬣のようにハネてしまい、まとまりがなかった。
ウィリアムからも
「何だか前よりワイルドな見た目になったな」
と言われる始末だ。重さは感じないが、確かに筋肉量も増している気がした。
ルルはウィリアムの普段からの散髪担当らしく、「案外、器用で上手いんだ」と真顔で言ったウィリアムと「案外は余計」と返した彼女の絆が深そうで、ギルバートは談話室で切られながら微笑ましい気分になっていた。
豪快に切られてすっきりと短髪になったギルバートの、右耳に空けた穴に嵌めた銀のピアスはウィリアムと同じタイプのものだ。ウィリアムが左耳、自分は右耳にそれを装着した。
ウィリアムには青い石ブルージルコン、自分には銀色の石シルバーオーラが装飾として嵌められている。
ピアスは【聖具】だ。ギルバートは自分の意思で毒気をコントロールできるが、これはそれを助けてくれるという。
現世に復活してから1カ月。
生活にはようやく慣れてきたところだ。
この200年で驚くほど、世界は変わっていた。
街にはエンジンや電気を使用した車、バスが走り回り、鉄道の線路は充実していて簡単に遠方へと向かう事ができる。
市民にはギルバートの知らない人種が混じり、服装も国籍性差問わず多種多様となり、果たしてここがイギリスなのかと疑うほどだった。
街は夜になっても建物の中も外も道も、どこもかしこも明るく、野盗なども現れない。
都市中心部には、空を映す鏡のようなガラス張りの建造物が見上げきれぬほどの高さで乱立している。
人々は裕福になり、身分の壁もなくなった。
国家は何度も統合を繰り返し、二度の大きな大戦を経てこの形になったのだと政治的な側面はマシューズから説明を受けた。
ただディアヴァルは根絶させることは出来なかった。200年以上戦ってもまだ終止符を打てていない。
ディアヴァルは減ったと思えば増えていく。ただ国家主体の対策が功を奏しているのか、国内の被害者の数は過去より減っているのではないか、とウィリアムは言った。
ギルバートがいなくなってから、ウィリアムは欧州の国々をさまよい歩いていたそうだ。どの国でもディアヴァルの脅威を目にしていた。
そうして、その内にウィリアムは当時のマシューズ、ジョセフの前に現れて協力を願い出た。
「お前が帰ってきた時に、失望されたくなかったんだ」
そう言ったウィリアムのいじらしい言葉は、ギルバートの心臓を鷲掴みにした。
ジョセフはその時すでに、壮年に差し掛かっていたがモノクルスとして現役で、だがミラーのような教会幹部に嫌気がさしていたという。
ジョセフはモノクルスと教会を切り離そうと試み、それに賛同した一部のモノクルスがジョセフと共に今のモノクルスの元になる組織を立ち上げた。残ったモノクルスはその後、後ろ盾の脆弱さに立ち消えてしまったらしい。
「色々とあったんだ」
とだけウィリアムは言って多くは語らなかったが、大変な苦労があった事はギルバートにもわかる。
現在モノクルスの活動資金はマシューズ家の私財から捻出されている。だから国家や教会の言いなりにならずに独自の活動ができていて、かなり独立性の高い組織になっているようだ。
ウィリアムはジョセフが組織を立ち上げて以来、モノクルスとしてマシューズ家の庇護を受けながらこの世界を生きてきた。
200年前と違って、人が行方不明になれば警察の介入は避けられない。科学捜査というギルバートの想像すら及ばない捜査方法が確立され、各種犯罪は過去と比べると厳密に取り締まられている。近代法治国家では法の縛りが厳しく、野盗のような無頼の者たちが野放しにされる事はない。
だが、法でどうにもできないのが【悪魔】だ。
取り締まりも捜査の介入も科学捜査も解決には至らない、失踪者たちの原因。
モノクルスはそうした、近代にあっても太刀打ちできない人々に対する脅威に今も立ち向かっている。
ウィリアムもギルバートも魔物の身でありながら、いや、魔物の身だからこそ、モノクルスとしてこの世に貢献できるのだ。
ギルバートの武器は先日ようやくできあがった。
過去に使用していた形の方が使い勝手がいいだろうというマシューズのひと声で、ギルバートの武器は「大鎌」に決まった。
ただ、昔のようにそんな目立つ武器を持って歩く事はできない。モノクルスは否が応でも目立つ存在だが(異様すぎるのだ、現代において)、その中でもかなり目立つ武器であると言っていいだろう。
何度か話し合いと試作を繰り返し、ギルバートの武器は折り畳み式になった。
40インチ程しかない長さの柄の、持ち手部分のボタンを押すと柄が倍程に伸びて先から鎌の刃が飛び出す。
何の素材で出来ているのかギルバートにはわからないが、大層丈夫で、試し斬りでは太い丸太すら簡単に両断できた。
魔物の姿になればもっと楽にディアヴァルを討伐できるだろうが、そうそう「あの姿」を衆人の目にさらすわけにはいかない。
異形のものを人は恐れる。人の形をしていてこそ、味方だと受け入れられるのだ。
「着いたぞ」
運転手がそう言って寄越した。モノクルスの組織にはこうした補助要員も幾人かいる。事務職、雑務、研究員などの内勤組もいればパイロットや運転手などの現場組もいて、討伐メンバーの活動を手伝っている。
ウィリアムが「行こう」と言った。
ギルバートは頷く。
車から降りると手に持った棒を鎌に変えた。大きな刃が街灯の光を跳ね返して堂々と光る。
「目立つな、やっぱり」
ウィリアムが苦笑気味に言う。
「目立っていれば狙われやすい。その方が都合がいい」
「お前らしい言い分だ」
笑ってウィリアムは風のように動いた。昔ギルバートが人間だった時は目で追いきれなかったスピードだ。
だが今、ギルバートははそれにぴったりと並走できる。
二人は風のように走る。
「神父だ!」
誰かが叫んだ。
「下がれ!」とウィリアムが叫ぶ。
ウィリアムが高く跳躍するのに合わせ、ギルバートもまた空を駆ける。
二人は夜の闇を切り裂く一陣の風となった。
目の前には飢えで怒り狂う怪物の姿がある。
昔ギルバートはそれを激しく憎んでいた。だが今は、憎しみの感情はない。自分も同じ怪物だ。
今、ディアヴァルを討伐するのは彼らを救う為だった。
感情もなく永遠に満たされない飢えから救う方法は、"死"という休息だけだ。
ギルバートは鎌を構える。
苦しまぬように葬ってやることが、せめてもの慈悲だ。
ギルバートは凪いだ心で鎌を振り下ろした。
ギルバートの、モノクルスとしての再稼働の日だ。
今朝渡されたギルバート用の新しい法衣を身に付けている。
デザインは過去に着用していたものとほとんど変わらないが、どういう素材なのか生地に伸縮性があり着心地は昔のものより抜群に良かった。
首からロザリオをかけるのはやめた。
神は、今のギルバートにとって救いにはならない。魔物と戦うために、信じる対象にする必要もない。
ウィリアムを愛した時から、自分はただのギルバートという名の男でしかなかった。
奇遇な事に今のモノクルスは教会から独立した組織であり、「神父」は単なる呼び名でしかない。ウィリアムがそうであるように、魔物となったギルバートにとって「居場所」として居心地が悪くなる事はない。
まだ他の5人の仲間たちには馴染んでいないが、ウィリアムがいられる場所なのだと思うとそれだけで信を置ける気がした。
200年前の女のイメージを頭から覆した、豪傑なクロスボウ使いのルルには「うざったい」と言われてギルバートの髪を切られた。
人であった頃は後ろでひとくくりにしていた長い髪は、冥界から帰ると髪質が変わったのかまるで鬣のようにハネてしまい、まとまりがなかった。
ウィリアムからも
「何だか前よりワイルドな見た目になったな」
と言われる始末だ。重さは感じないが、確かに筋肉量も増している気がした。
ルルはウィリアムの普段からの散髪担当らしく、「案外、器用で上手いんだ」と真顔で言ったウィリアムと「案外は余計」と返した彼女の絆が深そうで、ギルバートは談話室で切られながら微笑ましい気分になっていた。
豪快に切られてすっきりと短髪になったギルバートの、右耳に空けた穴に嵌めた銀のピアスはウィリアムと同じタイプのものだ。ウィリアムが左耳、自分は右耳にそれを装着した。
ウィリアムには青い石ブルージルコン、自分には銀色の石シルバーオーラが装飾として嵌められている。
ピアスは【聖具】だ。ギルバートは自分の意思で毒気をコントロールできるが、これはそれを助けてくれるという。
現世に復活してから1カ月。
生活にはようやく慣れてきたところだ。
この200年で驚くほど、世界は変わっていた。
街にはエンジンや電気を使用した車、バスが走り回り、鉄道の線路は充実していて簡単に遠方へと向かう事ができる。
市民にはギルバートの知らない人種が混じり、服装も国籍性差問わず多種多様となり、果たしてここがイギリスなのかと疑うほどだった。
街は夜になっても建物の中も外も道も、どこもかしこも明るく、野盗なども現れない。
都市中心部には、空を映す鏡のようなガラス張りの建造物が見上げきれぬほどの高さで乱立している。
人々は裕福になり、身分の壁もなくなった。
国家は何度も統合を繰り返し、二度の大きな大戦を経てこの形になったのだと政治的な側面はマシューズから説明を受けた。
ただディアヴァルは根絶させることは出来なかった。200年以上戦ってもまだ終止符を打てていない。
ディアヴァルは減ったと思えば増えていく。ただ国家主体の対策が功を奏しているのか、国内の被害者の数は過去より減っているのではないか、とウィリアムは言った。
ギルバートがいなくなってから、ウィリアムは欧州の国々をさまよい歩いていたそうだ。どの国でもディアヴァルの脅威を目にしていた。
そうして、その内にウィリアムは当時のマシューズ、ジョセフの前に現れて協力を願い出た。
「お前が帰ってきた時に、失望されたくなかったんだ」
そう言ったウィリアムのいじらしい言葉は、ギルバートの心臓を鷲掴みにした。
ジョセフはその時すでに、壮年に差し掛かっていたがモノクルスとして現役で、だがミラーのような教会幹部に嫌気がさしていたという。
ジョセフはモノクルスと教会を切り離そうと試み、それに賛同した一部のモノクルスがジョセフと共に今のモノクルスの元になる組織を立ち上げた。残ったモノクルスはその後、後ろ盾の脆弱さに立ち消えてしまったらしい。
「色々とあったんだ」
とだけウィリアムは言って多くは語らなかったが、大変な苦労があった事はギルバートにもわかる。
現在モノクルスの活動資金はマシューズ家の私財から捻出されている。だから国家や教会の言いなりにならずに独自の活動ができていて、かなり独立性の高い組織になっているようだ。
ウィリアムはジョセフが組織を立ち上げて以来、モノクルスとしてマシューズ家の庇護を受けながらこの世界を生きてきた。
200年前と違って、人が行方不明になれば警察の介入は避けられない。科学捜査というギルバートの想像すら及ばない捜査方法が確立され、各種犯罪は過去と比べると厳密に取り締まられている。近代法治国家では法の縛りが厳しく、野盗のような無頼の者たちが野放しにされる事はない。
だが、法でどうにもできないのが【悪魔】だ。
取り締まりも捜査の介入も科学捜査も解決には至らない、失踪者たちの原因。
モノクルスはそうした、近代にあっても太刀打ちできない人々に対する脅威に今も立ち向かっている。
ウィリアムもギルバートも魔物の身でありながら、いや、魔物の身だからこそ、モノクルスとしてこの世に貢献できるのだ。
ギルバートの武器は先日ようやくできあがった。
過去に使用していた形の方が使い勝手がいいだろうというマシューズのひと声で、ギルバートの武器は「大鎌」に決まった。
ただ、昔のようにそんな目立つ武器を持って歩く事はできない。モノクルスは否が応でも目立つ存在だが(異様すぎるのだ、現代において)、その中でもかなり目立つ武器であると言っていいだろう。
何度か話し合いと試作を繰り返し、ギルバートの武器は折り畳み式になった。
40インチ程しかない長さの柄の、持ち手部分のボタンを押すと柄が倍程に伸びて先から鎌の刃が飛び出す。
何の素材で出来ているのかギルバートにはわからないが、大層丈夫で、試し斬りでは太い丸太すら簡単に両断できた。
魔物の姿になればもっと楽にディアヴァルを討伐できるだろうが、そうそう「あの姿」を衆人の目にさらすわけにはいかない。
異形のものを人は恐れる。人の形をしていてこそ、味方だと受け入れられるのだ。
「着いたぞ」
運転手がそう言って寄越した。モノクルスの組織にはこうした補助要員も幾人かいる。事務職、雑務、研究員などの内勤組もいればパイロットや運転手などの現場組もいて、討伐メンバーの活動を手伝っている。
ウィリアムが「行こう」と言った。
ギルバートは頷く。
車から降りると手に持った棒を鎌に変えた。大きな刃が街灯の光を跳ね返して堂々と光る。
「目立つな、やっぱり」
ウィリアムが苦笑気味に言う。
「目立っていれば狙われやすい。その方が都合がいい」
「お前らしい言い分だ」
笑ってウィリアムは風のように動いた。昔ギルバートが人間だった時は目で追いきれなかったスピードだ。
だが今、ギルバートははそれにぴったりと並走できる。
二人は風のように走る。
「神父だ!」
誰かが叫んだ。
「下がれ!」とウィリアムが叫ぶ。
ウィリアムが高く跳躍するのに合わせ、ギルバートもまた空を駆ける。
二人は夜の闇を切り裂く一陣の風となった。
目の前には飢えで怒り狂う怪物の姿がある。
昔ギルバートはそれを激しく憎んでいた。だが今は、憎しみの感情はない。自分も同じ怪物だ。
今、ディアヴァルを討伐するのは彼らを救う為だった。
感情もなく永遠に満たされない飢えから救う方法は、"死"という休息だけだ。
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