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43話 200年後の赤い強敵
「ロンドン市内にディアヴァルが出た」
マシューズに呼び出されたモノクルスたちは皆、準備に入っていた。
「黒いやつか?」
ロッドの問いにマシューズが「そう聞いている」と答えた。
「普段であれば、皆では行かないが・・・時期が時期だけに、全員で向かう事にする」
グレイの目撃情報があった場所と近い事もあり、皆は少し神経質になっている。
ただ、グレイの新しい情報はまだ報告されていない。監視カメラを掻い潜っているのか、どこかに潜伏しているのか。
「ウィリアム、ギルバート、食事は?」
打ち合わせを終え、それぞれが退室するとマシューズが最後の確認をしてきた。
グレイの目撃情報があってから、ギルバートとウィリアムには1週間に一度の食事が義務付けられていた。ディアヴァルの能力を十二分に維持出来るように。
ギルバートも嫌悪感がないわけではないが、そうしなければもっと重篤な事態に陥る事が想定されるので仕方ないと思う。
覚悟はできている。自分がどんなふうになってもウィリアムを一人にしないと、それだけを心に決めている。
過去に泣きながら人を喰っていたウィリアムに、自分は心から寄り添ってやれなかった。
だが、今は違う。真にウィリアムに寄り添い、同じだけの罪を背負ってやる事ができる。
それは自分の"誇り"なのだ。
「したよ」
ウィリアムがぶっきらぼうにそう答えた。
食事は個々に摂っていた。別々の部屋に用意された二人の食事は、マシューズの気遣いなのだとギルバートも察していた。
一台の軍用トラックでモノクルス全員が移動した。
封鎖された街を問題なく走るのには、これが一番面倒が少ない。
あちらこちらにディアヴァル用の検問所がある中、モノクルスを乗せたトラックは止まらずに進んだ。
軍用トラックの幌で覆われた荷台はお世辞にも座り心地が良いとは言えないが、誰も文句を言う者はいない。
ウィリアムはいつも隣に座る男を見る。ギルバートは大鎌をいつでも大きくできるよう、膝の上に据えて黙って座っている。
「嫌な感じが、どんどん強くなってる」
ふいにギルバートが頭を寄せ、ウィリアムの耳に小声で訴えてきた。
「あぁ」
ウィリアムも感じていた。トラックに乗った時から、強い不安が胸に渦巻いている。
グレイの目撃情報があった後だから、モノクルスの皆もそれぞれ緊張の面持ちではある。だが、ウィリアムが感じるのはもっと確かな「予感」だった。恐らくギルバートもそれを感じているだろう。魔物になると、動物的な勘が働くようになる。その対象が「グレイ」となれば、その血で魔物になった所謂"眷属"的な二人には殊更なものだった。
車が封鎖されたオフィス街に差し掛かった時、パラパラと銃声が響いた。どこかで軍の兵士が交戦している。
車を降りると「撤退だ!」という誰かの大声がいきなり飛び込んできた。
モノクルスたちは目くばせをし合いながら、それぞれが獲物を手に走りだしていた。
もちろん、ウィリアムとギルバートも素早く行動を起こしている。
二人の走るスピードについて来れる者はいない。二人は誰よりも早く、現場に走り込んだ。
黒いディアヴァルが、ビルの手前で威嚇している。
ギルバートは飛び込みながらディアヴァルに鎌を振るった。
まるで柔らかなものを切り裂くかの如く、ディアヴァルは真っ二つに裂けた。
その心臓をひと突きにしてトドメを刺したウィリアムが、辺りを見回す。
「終わりか?」
言うと、ギルバートは首を傾げた。
遠くからまだ、銃の音が聞こえている。ディアヴァルはまだいるようだ。
「いや。なにか、おかしいぞ」
ギルバートが呟いた時、二人のインカムに声が入った。ディアヴァルが複数現れる事が多くなった頃から、マシューズが全員に支給した無線機器だ。
《ウィル!ギル!》
逼迫した声の主はルルだった。
「どうした?」耳のイヤホンに手を当て、ウィリアムは応じる。
《こっちよ!こっちに、赤いのが!》
ウィリアムとギルバートは顔を見合わせた。
「カラーズだ」
嫌な予感はこれだったのかと、ウィリアムは言語化した。
「行くぞ!」
ギルバートはウィリアムに声をかけて走りだす。
ルルの指示に従い疾走する二人の姿に、軍の隊員たちは度肝を抜かれていた。
ほどなく2人は噴水のある広場に出た。
周りにビルが立ち並び、その広場だけがぽっかりと穴の空いたような場所だ。
そこに、1体の大きな赤い色の怪物がいた。
「カラーズ・・・!」
二人は同時に叫んだ。
200年前に人であったギルバートと、魔物化したウィリアムが共に戦って倒した怪物と同じ色だった。
赤い魔物は、10フィート(3メートル)はあるだろう。魔物化すると大抵のディアヴァルは人より大きくなるが、ここまでの大きさのものは珍しい。
赤いディアヴァルが発する毒気はすさまじく、取り囲んでいるロッド達を簡単には寄せ付けさせない。また、普通のディアヴァルよりも地に着くほどに長く、鎧の小手のような殻を巻いた両腕のせいでモノクルスたちは間合いを詰められなかった。
ぐおおおおおん!!!
赤い毒気を撒き散らし、酷く凶暴な顔つきのディアヴァルは、噴水や周囲のビルを震撼させるほどの唸り声を上げた。
だがそれに屈する事のない、ドンドンドン!という重い銃声が響いた。
遠距離型のリックの銃弾がディアヴァルを襲う。
それを赤い怪物は身を翻して避けると高く跳んだ。巨体でも恐ろしく速く、身軽だった。
魔物は街灯に飛び付くと、今度はそこからウコン目掛けて跳んでいく。
「ウコン!危ない!」
ウィリアムは走り、日本刀を持つ仲間の前で赤いディアヴァルに体当りを食らわせた。
地面に倒れた巨体に、今度はギルバートが素早く鎌を振るうが怪物は寸でのところで体勢を立て直し、避ける。
そのまま砲丸投げのように振った長く硬い腕が、ウィリアムを薙ぎ払った。
咄嗟に両腕の交差でガードをしたが宙を飛んだウィリアムを、ギルバートはぎりぎり届いた片手で受け止め抱き込み、地面の衝突から身を挺して守った。人であった時分には不可能な事だった。
「援護するよ!!」
ルルが離れた位置から矢を射ち込む。
しかしその矢尻は赤い怪物の皮膚を貫かず、弾かれて地面に落ちた。
「なにあれ!硬すぎ!」
「ルル下がれ!お前の武器はダメだ!」
続いて飛び出したロッドがモーニングスターで攻撃を仕掛けた。棘のある鉄球を赤い魔物に叩き込む。
だが、相手は手でそれを無造作に受け止め、そのままモーニングスターごとロッドを振り回す。
「うわぁ!」
ロッドは地面に叩きつけられて転がった。赤い怪物はロッドを追撃しようと襲いかかった。
「ギル!」
「ウィル!」
意思の疎通の呼び合いだった。ギルバートは槍投げの要領で担ぎ上げたウィリアムを、ディアヴァルに向かって投げ飛ばした。
ウィリアムは空中で回転し、足から降りざま双剣を腰から抜き払う。
「やぁ!!」
ロッドに爪を振り上げていたその赤い背中へと降り立ち、ウィリアムは刃を突き立てた。
「ぐぁ!!」
魔物は背中の痛みに足を止めた。反撃に合う前に、ウィリアムは素早く跳んで怪物から離れた。
「下がれ!みんな下がるんだ!」
ギルバートが叫ぶと、モノクルスたちも一斉に距離を取った。
「体表がかなり硬くて、矢が効かない」
ルルがクロスボウを持て余し、悔しげに言う。
「ルル、君の矢では奴の皮膚を貫通しない。あのビルに登れ。上から銃での威嚇射撃を頼む」鎌を構えながら顎で示したビルへ、ルルは頷いてすぐに駆けていく。
「ロッド、鉄球は投げるな。また掴まれると危ない。俺とウィリアムが奴の体勢を崩すのを見計らって、ハンマーのまま足を狙え」
「おう」
「リック、君の一撃はいくらか効くだろう。十分距離を取って確実に狙ってくれ」
「わかった」
「ウコン、俺たちが奴の隙を作る。だが無理に懐に入るな、間合いになったらその刀で腕や脚を頼む」
「心得た」
ギルバートの指示に、モノクルスたちは自然に従った。ギルバートの実力を皆が認めている証なのだろう。
彼らの行動は、乱れずに迅速だった。
ギルバートはその彼らに一瞬、かつての仲間たちの姿を重ねる。
不和な時期もあったが、命懸けで共に戦った三人。モノクルスとして今の者たちも、昔の彼らもギルバートにとって誇り高い仲間だと感じた。
「ウィル、いくぞ」
ギルバートはウィリアムを見つめて力強く言う。
200年前にも因縁の敵だった赤いディアヴァルは、過去に仲間たちと死に物狂いで倒した。あの時は無力だった自分も今はエネルギーに満ち溢れている。
何よりも、あの時も今も、自分には隣に並び立つ愛おしく頼れる存在があった。
魔物になるという決断は表裏一体だ。後悔と希望。喜びと切なさ。
けれど今は、自分が成し遂げられる力の大きさに感謝するべきだ。
ウィリアムが頷いた。2人は同時に走り出す。
赤いディアヴァルの手前で、左右に分かれると同時に斬りかかった。
ギルバートの鎌がディアヴァルの右腕を斬り、同時にウィリアムの短剣が背中を斬りつける。切断までには至らないが、二人の攻撃は着実に傷を負わせた。
「ぐうおおおおおお!」
魔物は叫ぶ。腕を振り回し怒りに牙を光らせ口を大きく開く。
「斬れないならブッ潰すだけだ!」
ロッドが死角から、ハンマーを張り出した踵に向かって振り下ろす。
ぐしゃり、と怪物の踵が砕ける音がした。
怪物の体勢を崩せるかと思われたが、それも一瞬。
赤いディアヴァルは潰れた踵に怯みもせず、ぐるりと振り向きざまにロッドの脳天に手刀を振り下ろした。巨体には不釣り合いの素早い動きに、ロッドは回避などできない。
パンパンパン!
そこへ乾いた銃声がした。
ビルの上からルルがライフルで狙撃し、怪物の動きが一瞬乱れる。
「隙あり!」
ドン!ドン!ドンドン!
すかさず、リックの大口径の銃弾が怪物の腕を弾き飛ばした。
「ぐああ!!」
さすがに気を削がれた怪物が攻撃に隙を見せたその間に、ロッドと入れ替わるようにしてウコンが飛び込んでくる。
抜刀直後に怪物の脇腹を浅く斬ったが、深手にはならない。赤い怪物がウコンを叩き潰そうと拳を高く上げる。
どおん、という音とともに怪物の拳がコンクリートを穿ったが、そこにウコンはいなかった。
「助かった、礼を言う」
ウコンを助け出したのはギルバートだった。
ウィリアムもギルバートの近くに退却してくる。モノクルスは全員が再び敵から距離を取った。
赤い魔物は傷ついているがまだ弱りもせず、毒気を撒き散らしながら広場の真ん中に立っている。あまりの強い毒気に、軍隊は遠巻きにしか待機できないでいた。
「ここまでで十分だ。あとは俺たちに任せろ」
ウィリアムが隣に来たのを確認し、ギルバートは皆に言った。
「まだやれる。援護ぐらいさせろよ」
だがロッドが強気に言い、ホルスターから銃を引き抜く。普段は装備していない、特殊な弾丸の装填された例のものだ。
【エウカリス】の弾丸。
モノクルスたちはそれぞれその銃を既に手に持っていた。
皆の士気が高いままの顔をぐるりと見まわし、ギルバートは肩を竦める。
「俺らにあててくれるなよ・・・その弾はウィルと俺にも有効なんだ」
「わかっている。ギルバート、仲間を信じろよ」
ウコンが真面目な声でそう言った。
口数が多く世話焼きのルルやリックなどと違って、ウコンは普段ギルバートと会話を交わしたことがなかった。
そんな彼が自分を「仲間」だと言い切ったことに、ギルバートは驚いた。
「何を驚いてるんだよギル。あんたらだけ俺たちとは違うと思ってる?あんたもウィルも、俺たちの仲間だろ?だから全力でいってこいよ。俺たちも全力でサポートしてやる」
リックがニヤリと笑って言った。
そうか、新参者で、人でもなくなった魔物の自分でも、もうここにいていいのか。
とギルバートは思った。
過去の縁が繋がって、今がある。
魔物になってしまっても生き方さえ間違わなければ孤独ではないのだ。
ギルバートはウィリアムに微笑みかけた。ウィリアムは良い仲間を持ったのものだ。
「行こう、ウィリアム。ヤツを解放してやるんだ」
ウィリアムも「あぁ」としっかり頷いて返した。
「合図まで撃たないでくれ。弾数に限りがある。避けられると意味がない」
ギルバートが注意を促すと皆は頷く。
まずはギルバートが動いた。跳躍し、手にした鎌で怪物を斬り下げようと振るう。
だが怪物もそれを予見し腕を振るい返す。ガキン、と火花を散らして鎌が上に跳ねのけられた。
ギルバートの上がった両腕に脇が無防備な状態になる。
ぐおおお、と不気味な声を漏らしながら魔物は大きく顎を開いた。捕食するつもりでギルバートに集中し、逆にガラ空きになったその懐で蜂蜜色の髪が揺れたのに気付かない。
ウィリアムは逆手にした短剣を広い胸元に思い切り突き立てた。渾身の力は刃先を怪物の胸元に深々と沈める。
そのまま跳び上がり、短剣の柄を足の裏で蹴り込んでさらに深くめり込ませた。
ぐわああああああああ
地響きのような怪物の声は、その場の空気をも震わせた。
「今だ、撃て!」
ギルバートの合図でモノクルスたちは特殊な銃弾を怪物に撃ち込んだ。
ギルバートとウィリアムは飛びのいて銃弾の軌道から回避する。
ビシビシと銃弾が怪物の体表に着弾した部分が、ボコボコと泡立つように膨らみ、うねり始めた。
魔物が更に吠え、わななくようによろめき噴水の水面を叩く。があああと呻き、悶える体から毒気が徐々に収縮していく。それに伴って巨大な体は異様な動きで縮んでいった。
肉体の異変に戸惑うような赤いディアヴァルは、自分の胸に突き立つ二本の短剣を取ろうと胸を掻きむしっている。形が歪み体の動きが自由にならず、どうしても取れないと悟ると「ううううう」と人のような声を上げ始めた。
手足の長さも太さも、肌の質感も全てがあべこべでまともに立つ事も叶わない。
赤い魔物は、半分人の姿に変化しつつあった。
苦しそうに呻き、その場にがくりと膝を付いた。
「楽にしてやる」
ギルバートは闘争心を失った魔物の前に立つ。
皮膚の禍々しい赤色が薄れはじめ、胸にウィリアムの短剣が刺さったままジッとしている。
魔物の時にはなかった茶色の頭髪がまばらに生えて、赤かった眼球にうっすらと現れた瞳孔は青く、それがギルバートを見上げていた。
感情は読めなかった。
ギルバートはただ正面から、その小さくなった頭部に向けて鎌を振るった。
サン
という音のあとに、赤かったディアヴァルの首が落ちた。
魔物が混じった人の肉体も、そのまま地面に崩れ落ちた。
ギルバートの側に控えていたウィリアムが、崩れた体の元へ近寄る。胸から自分の短剣を引き抜くと、まるで介錯のように心臓部分を潰して終止符を打った。
「カラーズも元は人か・・・」
ギルバートは骸を前に、呻いた。
予測はしていたが、カラーズが人の姿になったのを目にしたのは初めてだ。
半分半分の中途半端な魔物は、とても惨めに見える。
自分が人であった頃は、どんなディアヴァルでも魔物の姿の時にその命を狩り獲ってきた。人の姿で屠るのは嫌悪があるのはもちろんだが、道理に反すると思ったからだ。
黒だろうと色があろうと、どんなに凶悪でこの世のものとは思えぬ恐ろしい姿の魔物も、元は人なのだ。そしてその命をモノクルスが狩り獲る事でしか、暴走を止められず、解放してやれない。
ギルバートは自身が背負ったサガを改めて噛み締めた。
「お疲れ、ギル」
ギルバートの胸中を悟っているのか、ウィリアムがそう言って肩を叩く。
「あぁ。けど、疲れていない、そんなに」
ギルバートがそう返すとウィリアムは少し困り笑いを浮かべた。
「俺たち二人ともディアヴァルだから」
そうだ。ウィリアムの言う通りだ、とギルバートは思う。息も切れていない自分に驚いていた。
過去にはあれほど手こずったカラーズを相手にしても、自分が負けるとはまったく思わなかったのだ。
過去にウィリアムが人間の自分相手にいかに手加減をしていたのか、今ならよく理解できる。
ただのカラーズよりもギルバートやウィリアムのような「純血」に近い魔物の方が、能力が高く強いのだ。
「やったのか?」
二人の元へきたロッドが、骸を確認しながら聞く。
「あぁ、やったよ」
ギルバートが答えた時、どうどうと人の声と気配が近付いてきた。
遠巻きにしていた、迷彩柄姿の軍人たちがやってきて中から一人の大柄な男が前に進み出る。
「ウォード」
ロッドが呼ぶと、部隊長の男は「死んだか?」とモノクルスたちに尋ねた。
「そりゃあ、ギルとウィルが二人でかかったんだから当然さ。有り様を見れば一目瞭然だろ」
とリックが骸に掌を差し向けて言った。
「私たち全員でやったのよ」
ビルから降りてきたルルも合流した。
「僕の研究室へ」
いつの間にかやってきたマシューズが指示を出して、赤かった哀れな魔物の死体もシートをかけられ運ばれていった。
周りに飛び散った血や壊れたものの残骸を、既に軍の人間が片付けはじめている。
「帰るか」
ロッドが言うとリックは「疲れたなぁ、ステーキが食いたい」と呑気に言った。
「あんた・・・いつもだけどさ、こんな後でよく肉なんて食べたいと思えるわね・・・」
ルルの呆れ声に、同調なのかウコンが深く頷く。
「ええ?なんで?いいじゃんウコン、一緒に肉食いに行こうぜ」
「いらん」
「つれねぇー」
にべもなく断るウコンにリックがぶうぶうと文句を言う。
軽口を交わす肝の据わった仲間たちを、ウィリアムとギルバートは困ったように見ていた。
グレイの出現と関係しているのかは不明だが、滅多に現れない強敵のカラーズを討伐して、皆が少しばかり浮足立っていた。
マシューズに呼び出されたモノクルスたちは皆、準備に入っていた。
「黒いやつか?」
ロッドの問いにマシューズが「そう聞いている」と答えた。
「普段であれば、皆では行かないが・・・時期が時期だけに、全員で向かう事にする」
グレイの目撃情報があった場所と近い事もあり、皆は少し神経質になっている。
ただ、グレイの新しい情報はまだ報告されていない。監視カメラを掻い潜っているのか、どこかに潜伏しているのか。
「ウィリアム、ギルバート、食事は?」
打ち合わせを終え、それぞれが退室するとマシューズが最後の確認をしてきた。
グレイの目撃情報があってから、ギルバートとウィリアムには1週間に一度の食事が義務付けられていた。ディアヴァルの能力を十二分に維持出来るように。
ギルバートも嫌悪感がないわけではないが、そうしなければもっと重篤な事態に陥る事が想定されるので仕方ないと思う。
覚悟はできている。自分がどんなふうになってもウィリアムを一人にしないと、それだけを心に決めている。
過去に泣きながら人を喰っていたウィリアムに、自分は心から寄り添ってやれなかった。
だが、今は違う。真にウィリアムに寄り添い、同じだけの罪を背負ってやる事ができる。
それは自分の"誇り"なのだ。
「したよ」
ウィリアムがぶっきらぼうにそう答えた。
食事は個々に摂っていた。別々の部屋に用意された二人の食事は、マシューズの気遣いなのだとギルバートも察していた。
一台の軍用トラックでモノクルス全員が移動した。
封鎖された街を問題なく走るのには、これが一番面倒が少ない。
あちらこちらにディアヴァル用の検問所がある中、モノクルスを乗せたトラックは止まらずに進んだ。
軍用トラックの幌で覆われた荷台はお世辞にも座り心地が良いとは言えないが、誰も文句を言う者はいない。
ウィリアムはいつも隣に座る男を見る。ギルバートは大鎌をいつでも大きくできるよう、膝の上に据えて黙って座っている。
「嫌な感じが、どんどん強くなってる」
ふいにギルバートが頭を寄せ、ウィリアムの耳に小声で訴えてきた。
「あぁ」
ウィリアムも感じていた。トラックに乗った時から、強い不安が胸に渦巻いている。
グレイの目撃情報があった後だから、モノクルスの皆もそれぞれ緊張の面持ちではある。だが、ウィリアムが感じるのはもっと確かな「予感」だった。恐らくギルバートもそれを感じているだろう。魔物になると、動物的な勘が働くようになる。その対象が「グレイ」となれば、その血で魔物になった所謂"眷属"的な二人には殊更なものだった。
車が封鎖されたオフィス街に差し掛かった時、パラパラと銃声が響いた。どこかで軍の兵士が交戦している。
車を降りると「撤退だ!」という誰かの大声がいきなり飛び込んできた。
モノクルスたちは目くばせをし合いながら、それぞれが獲物を手に走りだしていた。
もちろん、ウィリアムとギルバートも素早く行動を起こしている。
二人の走るスピードについて来れる者はいない。二人は誰よりも早く、現場に走り込んだ。
黒いディアヴァルが、ビルの手前で威嚇している。
ギルバートは飛び込みながらディアヴァルに鎌を振るった。
まるで柔らかなものを切り裂くかの如く、ディアヴァルは真っ二つに裂けた。
その心臓をひと突きにしてトドメを刺したウィリアムが、辺りを見回す。
「終わりか?」
言うと、ギルバートは首を傾げた。
遠くからまだ、銃の音が聞こえている。ディアヴァルはまだいるようだ。
「いや。なにか、おかしいぞ」
ギルバートが呟いた時、二人のインカムに声が入った。ディアヴァルが複数現れる事が多くなった頃から、マシューズが全員に支給した無線機器だ。
《ウィル!ギル!》
逼迫した声の主はルルだった。
「どうした?」耳のイヤホンに手を当て、ウィリアムは応じる。
《こっちよ!こっちに、赤いのが!》
ウィリアムとギルバートは顔を見合わせた。
「カラーズだ」
嫌な予感はこれだったのかと、ウィリアムは言語化した。
「行くぞ!」
ギルバートはウィリアムに声をかけて走りだす。
ルルの指示に従い疾走する二人の姿に、軍の隊員たちは度肝を抜かれていた。
ほどなく2人は噴水のある広場に出た。
周りにビルが立ち並び、その広場だけがぽっかりと穴の空いたような場所だ。
そこに、1体の大きな赤い色の怪物がいた。
「カラーズ・・・!」
二人は同時に叫んだ。
200年前に人であったギルバートと、魔物化したウィリアムが共に戦って倒した怪物と同じ色だった。
赤い魔物は、10フィート(3メートル)はあるだろう。魔物化すると大抵のディアヴァルは人より大きくなるが、ここまでの大きさのものは珍しい。
赤いディアヴァルが発する毒気はすさまじく、取り囲んでいるロッド達を簡単には寄せ付けさせない。また、普通のディアヴァルよりも地に着くほどに長く、鎧の小手のような殻を巻いた両腕のせいでモノクルスたちは間合いを詰められなかった。
ぐおおおおおん!!!
赤い毒気を撒き散らし、酷く凶暴な顔つきのディアヴァルは、噴水や周囲のビルを震撼させるほどの唸り声を上げた。
だがそれに屈する事のない、ドンドンドン!という重い銃声が響いた。
遠距離型のリックの銃弾がディアヴァルを襲う。
それを赤い怪物は身を翻して避けると高く跳んだ。巨体でも恐ろしく速く、身軽だった。
魔物は街灯に飛び付くと、今度はそこからウコン目掛けて跳んでいく。
「ウコン!危ない!」
ウィリアムは走り、日本刀を持つ仲間の前で赤いディアヴァルに体当りを食らわせた。
地面に倒れた巨体に、今度はギルバートが素早く鎌を振るうが怪物は寸でのところで体勢を立て直し、避ける。
そのまま砲丸投げのように振った長く硬い腕が、ウィリアムを薙ぎ払った。
咄嗟に両腕の交差でガードをしたが宙を飛んだウィリアムを、ギルバートはぎりぎり届いた片手で受け止め抱き込み、地面の衝突から身を挺して守った。人であった時分には不可能な事だった。
「援護するよ!!」
ルルが離れた位置から矢を射ち込む。
しかしその矢尻は赤い怪物の皮膚を貫かず、弾かれて地面に落ちた。
「なにあれ!硬すぎ!」
「ルル下がれ!お前の武器はダメだ!」
続いて飛び出したロッドがモーニングスターで攻撃を仕掛けた。棘のある鉄球を赤い魔物に叩き込む。
だが、相手は手でそれを無造作に受け止め、そのままモーニングスターごとロッドを振り回す。
「うわぁ!」
ロッドは地面に叩きつけられて転がった。赤い怪物はロッドを追撃しようと襲いかかった。
「ギル!」
「ウィル!」
意思の疎通の呼び合いだった。ギルバートは槍投げの要領で担ぎ上げたウィリアムを、ディアヴァルに向かって投げ飛ばした。
ウィリアムは空中で回転し、足から降りざま双剣を腰から抜き払う。
「やぁ!!」
ロッドに爪を振り上げていたその赤い背中へと降り立ち、ウィリアムは刃を突き立てた。
「ぐぁ!!」
魔物は背中の痛みに足を止めた。反撃に合う前に、ウィリアムは素早く跳んで怪物から離れた。
「下がれ!みんな下がるんだ!」
ギルバートが叫ぶと、モノクルスたちも一斉に距離を取った。
「体表がかなり硬くて、矢が効かない」
ルルがクロスボウを持て余し、悔しげに言う。
「ルル、君の矢では奴の皮膚を貫通しない。あのビルに登れ。上から銃での威嚇射撃を頼む」鎌を構えながら顎で示したビルへ、ルルは頷いてすぐに駆けていく。
「ロッド、鉄球は投げるな。また掴まれると危ない。俺とウィリアムが奴の体勢を崩すのを見計らって、ハンマーのまま足を狙え」
「おう」
「リック、君の一撃はいくらか効くだろう。十分距離を取って確実に狙ってくれ」
「わかった」
「ウコン、俺たちが奴の隙を作る。だが無理に懐に入るな、間合いになったらその刀で腕や脚を頼む」
「心得た」
ギルバートの指示に、モノクルスたちは自然に従った。ギルバートの実力を皆が認めている証なのだろう。
彼らの行動は、乱れずに迅速だった。
ギルバートはその彼らに一瞬、かつての仲間たちの姿を重ねる。
不和な時期もあったが、命懸けで共に戦った三人。モノクルスとして今の者たちも、昔の彼らもギルバートにとって誇り高い仲間だと感じた。
「ウィル、いくぞ」
ギルバートはウィリアムを見つめて力強く言う。
200年前にも因縁の敵だった赤いディアヴァルは、過去に仲間たちと死に物狂いで倒した。あの時は無力だった自分も今はエネルギーに満ち溢れている。
何よりも、あの時も今も、自分には隣に並び立つ愛おしく頼れる存在があった。
魔物になるという決断は表裏一体だ。後悔と希望。喜びと切なさ。
けれど今は、自分が成し遂げられる力の大きさに感謝するべきだ。
ウィリアムが頷いた。2人は同時に走り出す。
赤いディアヴァルの手前で、左右に分かれると同時に斬りかかった。
ギルバートの鎌がディアヴァルの右腕を斬り、同時にウィリアムの短剣が背中を斬りつける。切断までには至らないが、二人の攻撃は着実に傷を負わせた。
「ぐうおおおおおお!」
魔物は叫ぶ。腕を振り回し怒りに牙を光らせ口を大きく開く。
「斬れないならブッ潰すだけだ!」
ロッドが死角から、ハンマーを張り出した踵に向かって振り下ろす。
ぐしゃり、と怪物の踵が砕ける音がした。
怪物の体勢を崩せるかと思われたが、それも一瞬。
赤いディアヴァルは潰れた踵に怯みもせず、ぐるりと振り向きざまにロッドの脳天に手刀を振り下ろした。巨体には不釣り合いの素早い動きに、ロッドは回避などできない。
パンパンパン!
そこへ乾いた銃声がした。
ビルの上からルルがライフルで狙撃し、怪物の動きが一瞬乱れる。
「隙あり!」
ドン!ドン!ドンドン!
すかさず、リックの大口径の銃弾が怪物の腕を弾き飛ばした。
「ぐああ!!」
さすがに気を削がれた怪物が攻撃に隙を見せたその間に、ロッドと入れ替わるようにしてウコンが飛び込んでくる。
抜刀直後に怪物の脇腹を浅く斬ったが、深手にはならない。赤い怪物がウコンを叩き潰そうと拳を高く上げる。
どおん、という音とともに怪物の拳がコンクリートを穿ったが、そこにウコンはいなかった。
「助かった、礼を言う」
ウコンを助け出したのはギルバートだった。
ウィリアムもギルバートの近くに退却してくる。モノクルスは全員が再び敵から距離を取った。
赤い魔物は傷ついているがまだ弱りもせず、毒気を撒き散らしながら広場の真ん中に立っている。あまりの強い毒気に、軍隊は遠巻きにしか待機できないでいた。
「ここまでで十分だ。あとは俺たちに任せろ」
ウィリアムが隣に来たのを確認し、ギルバートは皆に言った。
「まだやれる。援護ぐらいさせろよ」
だがロッドが強気に言い、ホルスターから銃を引き抜く。普段は装備していない、特殊な弾丸の装填された例のものだ。
【エウカリス】の弾丸。
モノクルスたちはそれぞれその銃を既に手に持っていた。
皆の士気が高いままの顔をぐるりと見まわし、ギルバートは肩を竦める。
「俺らにあててくれるなよ・・・その弾はウィルと俺にも有効なんだ」
「わかっている。ギルバート、仲間を信じろよ」
ウコンが真面目な声でそう言った。
口数が多く世話焼きのルルやリックなどと違って、ウコンは普段ギルバートと会話を交わしたことがなかった。
そんな彼が自分を「仲間」だと言い切ったことに、ギルバートは驚いた。
「何を驚いてるんだよギル。あんたらだけ俺たちとは違うと思ってる?あんたもウィルも、俺たちの仲間だろ?だから全力でいってこいよ。俺たちも全力でサポートしてやる」
リックがニヤリと笑って言った。
そうか、新参者で、人でもなくなった魔物の自分でも、もうここにいていいのか。
とギルバートは思った。
過去の縁が繋がって、今がある。
魔物になってしまっても生き方さえ間違わなければ孤独ではないのだ。
ギルバートはウィリアムに微笑みかけた。ウィリアムは良い仲間を持ったのものだ。
「行こう、ウィリアム。ヤツを解放してやるんだ」
ウィリアムも「あぁ」としっかり頷いて返した。
「合図まで撃たないでくれ。弾数に限りがある。避けられると意味がない」
ギルバートが注意を促すと皆は頷く。
まずはギルバートが動いた。跳躍し、手にした鎌で怪物を斬り下げようと振るう。
だが怪物もそれを予見し腕を振るい返す。ガキン、と火花を散らして鎌が上に跳ねのけられた。
ギルバートの上がった両腕に脇が無防備な状態になる。
ぐおおお、と不気味な声を漏らしながら魔物は大きく顎を開いた。捕食するつもりでギルバートに集中し、逆にガラ空きになったその懐で蜂蜜色の髪が揺れたのに気付かない。
ウィリアムは逆手にした短剣を広い胸元に思い切り突き立てた。渾身の力は刃先を怪物の胸元に深々と沈める。
そのまま跳び上がり、短剣の柄を足の裏で蹴り込んでさらに深くめり込ませた。
ぐわああああああああ
地響きのような怪物の声は、その場の空気をも震わせた。
「今だ、撃て!」
ギルバートの合図でモノクルスたちは特殊な銃弾を怪物に撃ち込んだ。
ギルバートとウィリアムは飛びのいて銃弾の軌道から回避する。
ビシビシと銃弾が怪物の体表に着弾した部分が、ボコボコと泡立つように膨らみ、うねり始めた。
魔物が更に吠え、わななくようによろめき噴水の水面を叩く。があああと呻き、悶える体から毒気が徐々に収縮していく。それに伴って巨大な体は異様な動きで縮んでいった。
肉体の異変に戸惑うような赤いディアヴァルは、自分の胸に突き立つ二本の短剣を取ろうと胸を掻きむしっている。形が歪み体の動きが自由にならず、どうしても取れないと悟ると「ううううう」と人のような声を上げ始めた。
手足の長さも太さも、肌の質感も全てがあべこべでまともに立つ事も叶わない。
赤い魔物は、半分人の姿に変化しつつあった。
苦しそうに呻き、その場にがくりと膝を付いた。
「楽にしてやる」
ギルバートは闘争心を失った魔物の前に立つ。
皮膚の禍々しい赤色が薄れはじめ、胸にウィリアムの短剣が刺さったままジッとしている。
魔物の時にはなかった茶色の頭髪がまばらに生えて、赤かった眼球にうっすらと現れた瞳孔は青く、それがギルバートを見上げていた。
感情は読めなかった。
ギルバートはただ正面から、その小さくなった頭部に向けて鎌を振るった。
サン
という音のあとに、赤かったディアヴァルの首が落ちた。
魔物が混じった人の肉体も、そのまま地面に崩れ落ちた。
ギルバートの側に控えていたウィリアムが、崩れた体の元へ近寄る。胸から自分の短剣を引き抜くと、まるで介錯のように心臓部分を潰して終止符を打った。
「カラーズも元は人か・・・」
ギルバートは骸を前に、呻いた。
予測はしていたが、カラーズが人の姿になったのを目にしたのは初めてだ。
半分半分の中途半端な魔物は、とても惨めに見える。
自分が人であった頃は、どんなディアヴァルでも魔物の姿の時にその命を狩り獲ってきた。人の姿で屠るのは嫌悪があるのはもちろんだが、道理に反すると思ったからだ。
黒だろうと色があろうと、どんなに凶悪でこの世のものとは思えぬ恐ろしい姿の魔物も、元は人なのだ。そしてその命をモノクルスが狩り獲る事でしか、暴走を止められず、解放してやれない。
ギルバートは自身が背負ったサガを改めて噛み締めた。
「お疲れ、ギル」
ギルバートの胸中を悟っているのか、ウィリアムがそう言って肩を叩く。
「あぁ。けど、疲れていない、そんなに」
ギルバートがそう返すとウィリアムは少し困り笑いを浮かべた。
「俺たち二人ともディアヴァルだから」
そうだ。ウィリアムの言う通りだ、とギルバートは思う。息も切れていない自分に驚いていた。
過去にはあれほど手こずったカラーズを相手にしても、自分が負けるとはまったく思わなかったのだ。
過去にウィリアムが人間の自分相手にいかに手加減をしていたのか、今ならよく理解できる。
ただのカラーズよりもギルバートやウィリアムのような「純血」に近い魔物の方が、能力が高く強いのだ。
「やったのか?」
二人の元へきたロッドが、骸を確認しながら聞く。
「あぁ、やったよ」
ギルバートが答えた時、どうどうと人の声と気配が近付いてきた。
遠巻きにしていた、迷彩柄姿の軍人たちがやってきて中から一人の大柄な男が前に進み出る。
「ウォード」
ロッドが呼ぶと、部隊長の男は「死んだか?」とモノクルスたちに尋ねた。
「そりゃあ、ギルとウィルが二人でかかったんだから当然さ。有り様を見れば一目瞭然だろ」
とリックが骸に掌を差し向けて言った。
「私たち全員でやったのよ」
ビルから降りてきたルルも合流した。
「僕の研究室へ」
いつの間にかやってきたマシューズが指示を出して、赤かった哀れな魔物の死体もシートをかけられ運ばれていった。
周りに飛び散った血や壊れたものの残骸を、既に軍の人間が片付けはじめている。
「帰るか」
ロッドが言うとリックは「疲れたなぁ、ステーキが食いたい」と呑気に言った。
「あんた・・・いつもだけどさ、こんな後でよく肉なんて食べたいと思えるわね・・・」
ルルの呆れ声に、同調なのかウコンが深く頷く。
「ええ?なんで?いいじゃんウコン、一緒に肉食いに行こうぜ」
「いらん」
「つれねぇー」
にべもなく断るウコンにリックがぶうぶうと文句を言う。
軽口を交わす肝の据わった仲間たちを、ウィリアムとギルバートは困ったように見ていた。
グレイの出現と関係しているのかは不明だが、滅多に現れない強敵のカラーズを討伐して、皆が少しばかり浮足立っていた。
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