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第二話 届けられた首
しおりを挟むルシエルの婚約破棄宣言から数日。
ジスランはルシエルの身を心配していた。
しかし、臣下からルシエルがどうなったのか詳しい報告は来なかった。
しかし、レクイエスの使者を名乗る者が王城を訪れ、ジスランは足早に謁見の間に向かう。
父である国王の玉座の横に控えると、兵士の合図によって扉が開かれる。
使者は小脇に抱えられる程度の箱を持ち、国王である父とジスランに媚びるような笑顔で近づいてきた。
よく聞く社交辞令と挨拶をした後、使者は小箱を献上する仕草を見せる。
「この度は、レクイエス王国の王子ルシエルが大変ご迷惑をおかけしました」
臣下がそれを受け取ると、ジスランの下に持っていく。
「これはなんだ」
国王が冷たい声で問う。
「そちらは、我が国の法で裁かれた罪人の首でございます。ジスラン殿下の悲しみが少しでも癒えると良いのですが……」
臣下がジスランにそっと目配せをする。
開けますか?、そんな問う視線にジスランは小さく頷く。
「っ!?」
臣下が驚きの声をあげないよう、口を引き絞る。
「……これは、なんだ」
今度はジスランが冷たい声を出す番だった。
使者は深々と頭を下げ、口を開く。
「罪人ルシエルの首です」
一瞬、息が止まる。
社交会の前夜で甘く香っていたルシエルの匂いは、今や死臭となっている。
ジスランはルシエルの首を見つめる。
美しい金髪が血に汚れ、透き通るような青い瞳が澱み濁っている。
(必ず僕の国を滅ぼして)
社交会前夜でルシエルが言った言葉が蘇る。
「……覚悟は、本物だったのだな」
ジスランはルシエルの固く冷たくなった頬に触れる。
記憶の中ではもっと柔らかかったはずだ。
「ジスラン様?如何されましたか?」
使者がゴマを擦りながら、ジスランに声をかける。
「剣を」
ジスランは臣下に剣を受け取る。
柄を握り、鞘から重厚な剣を引き抜く。
「じ、ジスラン様?お気に召しませんでしたか?」
「ああ、気に入らないな」
ジスランは苛立ちを隠さないまま、使者に向かって歩き出す。
脳裏に強い覚悟を宿したルシエルの瞳が過ぎる。
(なぜ真意を話さず死んだ、ルシエル)
使者は恐怖で体を震わせながらも、ジスランに笑顔を向ける。
「アストレイアも馬鹿にされたものだ。この程度の首で婚約を破棄した償いなど、到底受け入れられない」
「ま、待ってください!レクイエス王国はアストレイア神聖王国との同盟継続を望んでおります!」
(お前の望みを叶えたら、その真意が分かるのか?)
「あれは、立派な宣戦布告だ」
ジスランは剣をまっすぐに振り下ろすと使者の腕を切り落とす。
絶叫が謁見の間に響き渡る。
「陛下、私をコケにしたレクイエス王国が許せません。もとより我が国の軍事力を当てにしただけの同盟です。侵攻の許可を」
「良かろう、許可する」
「感謝します、陛下」
ジスランは兵士に向かって指示を出す。
兵士が使者を捕えると、ジスランは凍てついた目で使者を見下ろす。
「斬首せよ、そいつの首を開戦の火蓋とする」
――――――――
ルシエルの首は丁重に清められ、神聖王国の共同墓地に埋葬された。
ジスランはルシエルの墓石の前で立ち尽くす。
「なぜレクイエスの滅亡を願った……?あの日の夜から、俺はお前が分からない」
なぜ自身を犠牲にする婚約破棄を選んだのか。
なぜ国を滅ぼして欲しいのか。
ジスランは疑問が尽きなかった。
墓前に語りかけても、誰も答えない。
出会った当初から、ただ媚びることしかできない王子だと思っていた。
それが今では、ルシエルの真意を知りたくてたまらない。
「だから答えを得るために、望み通り侵略して差し上げよう」
アストレイア神聖王国は婚約破棄を口実に、レクイエス王国に宣戦布告をし、レクイエスの防備にまわっていた兵力を全て侵攻に回した。
数ヶ月も経たないうちにあの小国は潰えるだろう。
ジスランは外套を翻すと、前線に向かって行った。
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