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第四話 腐った王国
しおりを挟む苛烈さを増したジスランは侵攻の手を止めることなく、王国の首都の前まで前線を押し上げていた。
ここに来るまで、レクイエスの村や町は活気を失い、皆疲れ、やつれきっていた。
ジスランが特に怒りを覚えたのは、女性やオメガを連れ去っては国外に売り飛ばしていたことだ。
重税を課すどころか、自身の贅沢のため民を売り飛ばすなど筆舌に尽くし難い怒りを覚えた。
内部の改革や自浄作用も見込めないほど、この国は腐敗していた。
自身の欲のために、民を傷つける。
貴族が政を掌握し、王を傀儡としている。
奉り上げるべき王族を陵辱している。
「ルシエル、この国は腐っている」
ジスランの目の前には、煌びやかなレクイエスの王城があり、それを取り囲むように険しい城壁が聳え立っている。
その校門の前には甲冑を着込んだ軍隊が待ち構えていた。
遠目から見ても、練度も高ければ、士気も高いのが分かる。
「これは一筋縄では行かないでしょうね」
そばに控えていた従者が口を開く。
ジスランはそれに頷くと、剣を引き抜き声高らかに兵士達に言葉を投げかける。
「我がアストレイア神聖王国の精兵達よ!よく聞け!」
ジスランの言葉に、兵士達は背筋を伸ばす。
「これより我らが相手にするは、レクイエス王国の精兵である!これまでの軟弱な相手とは比べられぬほどの強さを持っていよう、しかし!我らには大義がある!」
剣を空に掲げる。
「この国の腐敗を一掃し、レクイエスの民を救済する!正義に鉄槌を叩きつけてやれ!」
ジスランの鼓舞に応えるように、兵士たちが声を上げる。
まるで地面を割るかのような怒声に、城門前の兵士達がわずかにたじろぐ。
「全軍、突撃せよ」
ジスランが剣を振り下ろすと、鬨の声と共に騎兵や兵士達が駆け出していく。
――――――――――
戦は熾烈を極めたが、数で圧倒するアストレイアの前では、全滅するのは時間の問題だった。
敵ながら、最期まで死力を尽くして戦うレクイエスの兵士達にジスランは感服していた。
「レクイエスにも、矜持を持つ者達もいたのだな……」
敵味方問わず、屍が積み上がった城門前でジスランは賞賛の声を上げる。
こじ開けられた城門を兵士達が潜り、王都に入り込んでいく。
「ジスラン様、我々も行きましょう」
「ああ」
ジスランが馬に鞭を入れようとした瞬間、背後から甲冑が鳴るのが聞こえる。
ジスランが振り向くと、積み上がった死体から一人の男が這い出てくるのが見えた。
男は剣も盾も持たずに、握りしめた右手を差し出しながら、足を引き摺りながらもゆっくりとジスランに向かって歩いてきた。
「貴様!止まれ!投降するならば命までは取らん」
従者の声など聞こえないのか、聞く気がないのか、男は兜を左手でもたつきながら外し、投げ捨てる。
目は虚、顔面は蒼白のまま、血の泡を吐きながら足を進める。
「……ル様、の……想い……を」
従者が周りの兵士に指示を出す。
「あの者足を止めよ!」
兵士達は命令のまま、分厚い甲冑に刃を突き立てる。
「ルシエル、様の……想いを……どうか」
「ルシエル、だと?」
男は握りしめていた右手を開く。
そこには、小さな銀色の鍵があった。
ジスランは急いでその男の元に行き、声をかける。
「ルシエルと言ったな!この鍵は一体!?」
男は血を吐きながらジスランを見ると、小さく笑う。
「ルシエル、様の……私室に、ジス、ラン様への……」
男はそれだけ言うと、満足したかのように息を引き取った。
ジスランは男の手から鍵を受け取ると、血がつくことも気にせず握りしめる。
「大義であった。忠臣に相応しい、最期だ」
この男がルシエルとどういった関係なのかは分からない。
しかし城門での戦いや、死すら恐れず主の想いを伝えにくるその勇敢さに、ジスランはレクイエスにも忠臣がいることに僅かな安堵を得る。
「感謝する。ルシエルの想い、必ず見つけ出す」
ジスランは兵士にこの男を丁重に葬るよう指示を出すと、受け取った小さな銀色の鍵を見つめる。
その鍵の小ささが、この国でのルシエルの居場所のように見え、胸が痛む。
「ルシエル……」
ジスランは鍵を大事にしまうと、王都の城門を潜った。
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