3 / 9
第三話 フォグブルーが溢れて
しおりを挟むその日の高山は大分疲れていた。
担当しているクラスの小テストが思いのほか点数が悪い上に、授業の進行も遅れている。
理由は明白、自分の容姿のせいだ。
どうにか授業に集中してもらうため、声色や表情を変えたり、興味の出そうな話題を出してもどうにも集中している場所が違うのだ。
(点数が悪い子たちには補修を……いやそもそも補修ありきの授業なんて)
頭を悩ませながら高山が社会科準備室に入ると、そこにはいつものように夏芽がいた。
机に向かって一心不乱に線を引き、絵というものに向き合っている。
授業中も、まっすぐな瞳でこちらの授業を聞いてくれている。
(鈴山みたいにみんな集中してくれたらな)
そんなことを思いながら高山は椅子に座り、水筒に入れていたコーヒーを煽る。
準備室の中にコーヒーの匂いが充満し、夏芽はようやく高山が準備室に来たことに気付く。
「あ、先生……」
「すごい集中力だな」
「あ、ありがとうございます……」
高山はなんとなく浮かんだ一つの提案を夏芽にする。
「なあ、僕を描いてみてくれないか?」
「先生を、ですか?」
「今僕がしてる顔を描いてみてほしい」
「いい、ですけど……下手でも笑わないでくださいね」
そんなことするわけない、と思いながら高山を机に肘をつき、魂が抜けたような顔をする。
夏芽はそんな気の抜けた表情を笑うこともなく、真剣に高山を観察し、デッサンに落とし込んでいく。
高山は真剣な夏芽の表情をみて、どこか心地よく感じる。
散々盗撮や覗き見をされてきた人生だった、その度に他人の視線を鬱陶しく感じることもあった。
夏芽の視線は一切の不純物を含まない観察者の目だった。
「でき、ました」
夏芽のまっすぐな視線がすぐに伏せられ、自信なさげにスケッチを差し出す。
高山は夏芽の絵を見る。
そこには疲れ切った自分の姿があった。
教室の外では見せない、高山本来の姿だった。
「あははは、僕ってこんな顔をしてんだ」
「へ、下手なのは分かってます……」
「違う違う、よく描けすぎてて感心してるんだ、あはは」
「先生……」
「はぁ……もう辞め時なのかな」
高山は髪をかきあげながら自嘲気味に笑う。
「鈴山はさ、僕に授業を受けてどう思う?」
「え、っと」
「率直に話してくれていいよ」
「……すごく、分かりやすいです……暗記はあんまり得意じゃなかったんですけど、先生のおかげで社会が好きになりました、もっと早く先生の授業受けたかったです」
夏芽に言葉に高山は驚きで目を見開く。
「……本当に?」
「ほん、とうです……あの、先生辞めるって」
夏芽の言葉に高山は困ったように笑う。
「教師向いてないなって、思ったんだ」
高山は思わず心中を吐露してしまう。
「みんな、僕の授業より顔が好きなんだよ」
そんなことはない、とは夏芽には言えなかった。
現に、高山の授業の時は、女子のテンションが異様に高い。
それだけ高山の容姿が優れている証なのだろう。
それが、高山を傷つけることだということを理解してほしくはある。
「勉強が楽しくて教師になったのに、今では勉強の楽しさを教えることより授業の進捗ばかり気にしてしまう自分が嫌でさ……だから、やめようかなって」
「あの」
「ん?どうした?」
「俺の、勝手な考えなんですけど……見た目が良くても、性格が悪かったら誰も先生に興味を持たないと思います……先生が慕われてるのは、先生が優しい人だって、皆思ってる証拠なんじゃないでしょうか」
「そんなこと……」
「……俺は、友達いなくて、根暗で卑屈だけど、先生は気にせずこの準備室で話しかけてくれるじゃないですか、絵だって褒めてくれるし」
「鈴山……」
「先生は、俺が出会った先生の中で一番優しい先生です」
夏芽は顔を上げて高山の目をまっすぐに見る。
しかし、すぐに視線を逸らし慌てて言葉を紡ぐ。
「す、すみません、俺なんかが知ったような口を聞いて」
夏芽が言葉を切ったタイミングで予鈴が鳴る。
「あ、次移動教室だった……!」
夏芽は慌ててスケッチブックを片付けると、転けそうになりながら準備室を出て行った。
高山はその姿を見つめるだけだった。
ふと我に帰り、熱くなった顔を抑える。
(なんで僕は赤くなってるんだ)
『先生のおかげで社会が好きになりました』
『先生の中で一番優しい先生です』
夏芽の言葉を頭の中で反芻する。
教師冥利に尽きる、とはこのことなのだろう。
先ほどまで頭の中にあった辞めるという選択肢が少しずつ消えていく。
(僕は存外、ちょろい人間なのかな)
もう少しだけ、教師を続けてみよう。
高山は、緑が濃くなる木々を窓越しに見ながら笑みを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は
綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。
ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。
成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。
不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。
【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
視線の先
茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。
「セーラー服着た写真撮らせて?」
……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる