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第七話 錆色の秋
しおりを挟む夏休み最終日、病院の個室にて。
氷室は熱に浮かされた体をベッドに横たえ、ぼんやりと天井を見ていた。
本来なら、今日は神原と祭りに行っていたはずだ。
神原はどんな服で祭りに来ただろう。
屋台で何を買っただろう。
そんなことを考える。
神原が見舞いに来てから、その後訪れることはなかった。
神原がいただけで澄んでいた病室の空気も、今は霊の溜まり場になり澱み濁っている。
目を瞑り、できるだけ部屋にいる奴らの声を聞かないようにする。
神原はなんで来てくれなかったのか。
毎日だって来て欲しかった。
なんでもない話をして笑い合いたかった。
だが、頭に浮かぶのは謝り通していた姿と、苦しそうな神原の表情ばかりだ。
今この瞬間も、俺のせいで罪悪感に駆られているのだろうか
俺のせいだ。
俺が廃神社に行くのを断っていれば。
神原のそばにいたいなんて思わなければ。
こんな体質じゃなければ。
(神原と夏休みを過ごせたのかな)
耳元で誰かが囁く。
遠くで花火の音が鳴っている。
神原と過ごすはずだった夏が終わる。
『入りたい、はいりたいはいりたい』
(神原がそばにいないなんて……)
氷室は微かに口を開く。
「いやだ」
――――――――
夏休みが終わり、始業式当日。
神原は氷室が休んでいることに心配に思いつつ、どこかホッとしている自分がいることに困惑した。
こっそり教室を覗いてみても、氷室の席はいつも空席だった。
神原は氷室の連絡アプリに何度もメッセージを送ろうとした。
けれど、そんな資格があるのか分からなくて、何度もメッセージを書いては消して、ずっとそれを繰り返していた。
「大丈夫、なんだよな……?」
実は見舞い以降、氷室はあの病室で冷たくなっているんじゃないか、そんな不安が頭をよぎる。
二学期が始まってすぐに、あの廃神社の噂が学年中に流れた。
当然、神原もその噂に翻弄された。
氷室が不在の中、自分たちがベラベラ喋るのは違う気がしてずっと言葉を濁し続けた。
それが良くなかったのだろう。
言葉を濁せば濁すほど、周囲の好奇心を刺激していった。
2学期が始まって1週間。
神原と天木、柿田はあの廃神社での出来事を未だ質問攻めに遭い続けた。
「だから!その話はしたくないって!」
柿田が声を荒げるが、外野は何度もその手の質問をしてくる。
「氷室、休みで良かったかもな」
天木がぼそっと呟く。
その通りかもしれない。
氷室は隣のクラスの人間だ。3人でさえこの噂に晒されるのが苦痛なのだ。
被害に遭った氷室がいたら、そっちに殺到していたかもしれない。
神原はその呟きに静かに頷いた。
氷室は無事だろうか。快方に向かっているだろうか。
柿田が声を荒げる横で、神原はそんなことを考えていた。
――――――――――
今年の夏は大分早く終わるらしい。
焼き尽くすような暑さは和らぎ、涼しい秋風を運んでくる。
氷室が登校したのは、2学期が始まって1ヶ月半以上経った頃だった。
夏休みが始まる頃に比べ、痩せて顔色を悪くしていた。
まだまだ熱も吐き気も頭痛も引かなかったが、神原と出会う前は体調不良がいつものことだった。
母が心配そうに声をかける。
「本当に行くの?まだ寝ていた方がいいんじゃ……」
「いい、行く」
この体を治せるのは神原しかいない。
氷室はふらつく体を叱咤し、家を出た。
氷室が登校して最初に言われたのは、心配の声でも長期欠席の理由でもなく、廃神社での噂のことだった。
理由を聞けば、神原達は話を濁し、真相を語っていないようだ。
(気を使ってくれたのかな)
午前の授業がようやく終わり、氷室は大きく息を吐く。
席に座っているのも辛い。
(神原のところ、行かなきゃ)
だというのに、昼休みにあの日のことが噂に気になった女子二人が話しかけてきた。
「霊に乗り移られたって本当?!」
「救急車に乗ったってまじ?あそこって本当にでるの?」
(鬱陶しい、病室にいた奴らみたい)
氷室は顔色が悪いままぼんやりとした目で二人の背後を見る。
一人目の背後には誰もいない。ただ足元に黒い固まりが蠢いている。尻尾を振っているから犬だろう。多分害はない。
二人目には男の霊、ずっと恨めしそうに睨んでいる。
『俺を振るなんて許さない、好き好き好き』
氷室はぼんやりとした目で二人を見ると、小さく口を開く。
「君の足元に犬がいるんだけど、飼ってたの?」
「え?」
女子が驚いたように目を見開き、目に薄い膜が張る。
様子からして大分大事にしていたんだろう。
「君、すごく睨まれてるけど大丈夫?まだ好きみたいだよ」
「は……」
もう一人は恐怖で顔を引き攣らせる。
危害を加えられなければいいな、とぼんやりと思う。
「もう、いい?行くとこあるんだ」
氷室は立ち上がると、ふらつく足取りで隣のクラスに向かう。
神原に触れられたくて、限界だった。
――――――――――――――
氷室は隣の教室の様子を見る。
そこには柿田と天木と楽しそうに話す神原がいた。
その光景に胸が少し痛くなる。
入院していた間に、体の中に入り込んだ奴らが氷室の中で暴れ出し、目の前が眩む。
(気持ちわるい、頭痛い、苦しい)
クラスに入り、神原の元に行く。
「神原、ちょっといい?」
「氷室?!学校来てたのか?!」
神原は驚き立ち上がる。
氷室はぼんやりとする頭でどうにか言葉を紡ぐ。
「来て」
いつもと様子の違う氷室に神原は困惑するが、ふらふらと歩き出す氷室が心配になり、その後を追う。
「待て、氷室!」
氷室はおぼつかない足取りで校舎裏に向かう。
神原と友達になってから毎日のようにここに来た。
氷室は神原に向き合うと今にも消え入りそうな声で喋り出す。
「神原、触って」
この苦しみを消してほしい、氷室のぼやけた頭にそれしかない。
「え、何に?」
「俺に」
神原は困惑しながらも氷室の肩に触る。
触れた氷室は衣服の上からでも分かるほど、体温が高かった。
「お前熱あるじゃん!保健室行こう!」
「大丈夫、ここ最近ずっと熱あるから」
「なんで学校来たんだよ!休んでなきゃだめだろ!」
「ずっと待ってた」
「……え?」
「神原が、漫画の続きを持ってきてくれるの」
神原は氷室の病室に中途半端に持って行った漫画を思い出す。
「……俺」
「お祭り、一緒に行きたかった」
肝試しに行く前にした夏休み最後の氷室との予定。
それらは全部、神原が氷室と繋がりたくて撒いた種だ。
「氷室……俺、お前に」
「神原、もっと触って」
氷室が神原の手を胸に導く。
まだ奴らが蠢いている場所に直接触ってほしい。
今すぐこの苦しみを消してほしい。
神原の手で。
氷室の頭にはそんなことばかり浮かんでいた。
それに神原は胸が高鳴る。
しかし、欲に忠実だったあの夏を思い出し思わず氷室の手を振り払う。
「っ……あ、ごめん……」
振り払われ、呆然とする氷室。
神原に拒絶されたことに動揺し、言葉を失う。
「ぁ…………ごめん」
氷室はそのまま神原の元を走り去る。
(俺には神原が必要だけど、神原はそうじゃないんだ)
氷室は目の前が暗くなる。
足から力が抜けて、そのまま倒れる。
沈み行く意識の中、氷室はようやく自分の気持ちを理解する。
「俺、神原が好きなんだ……」
氷室はそのまま意識を失った。
冷たい秋風が氷室の体に吹きつけた。
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