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1巻
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採取してきた薬草類をすりつぶす。
王都近くの森の中で、布を枝に吊るしただけのテントを背にしながら、《火》の魔法石で集めた薪に火をつける。
昨日まで王国騎士団大隊付きの魔法薬術師だった俺――ロッド・アーヴェリスは、現在無職であった。
肩書だけは立派だが、十歳のころに拾われて、十五歳になる今まで非正規で何年もこき使われただけだ。それから戦力外通告を受けてやめさせられ、無職になった。薄給だったので金もない。もともと隊舎に住んでいたので、住むところもない。
「もう詰みそう……俺の無職生活」
除隊させられて一晩過ごしただけだが、もはや崖っぷちだった。とにかく、何かを売って稼がないと生きていけない。家族も友人も、俺にはいない。一人でなんとかやっていかないと。
「お空、きれい……」
やめよう、現実逃避。
俺ができることといったら、今までやってきたポーション――魔法薬とも言う――の製作しかない。それでしか、生きるすべを知らない。
さきほど採ってきてすりつぶした薬草類と、ゴミ山から拾ってきたヒビの入った瓶、それに触媒用の魔法石を準備。
それから、ポーションの製作に入る。
今まで何度もやってきたことだ。手順は頭の中に入っている。
触媒である魔法石に魔力を込める。
製作に集中すると、雑音が消え、周囲の景色が見えなくなり、ポーション作りだけに意識が向く。この時間はわりと好きだ。集中している間は明日への不安も、お金の心配も忘れられる。
「……ふう」
やがて、少ない材料で、整っていない環境で、どうにか一つ。
治癒のポーションが完成した。
「どうにかできたか……けど、やっぱり、うーん」
生産効率の面で、やっぱり工房が必要だ。それに工房があれば、もっとポーションの研究もはかどるだろう。俺の、俺の研究のためだけの薬術工房がほしい。あとできれば住むところも。
まあ、夢のまた夢なんだけどね。
「それに品質も保証できないしな……いや、それは最初から期待できないか」
一つ完成すると、もともと使い古していた触媒用の魔法石にヒビが入った。新しいものを手に入れないと、もうポーションさえ作れないか。
「泣きそう」
自我を保つためになるべく独り言をつぶやいていたけど、それでも泣きそう。
とりあえず、完成したこれを売ってお金にしよう。今後のことは、それから考える。
たった一本のポーション、お店に買い取ってもらえるかはわからないが、今日を生き抜くには、ほんのわずかでもお金が必要だ。
俺は森を抜けだして町に入った。町の中は賑やかで、華やかだ。戦もない平和な昨今、王都で暮らす人たちの生活はとても豊かに見える。
俺のような薄汚れた少年でも、お店に物を売れるだろうか。
不安を覚えながらも魔法薬のお店を探す。
そもそも、こんなポーションがどれだけの値段になるのだろう。才能のない俺が整っていない環境で作ったのだから、品質など良いはずがないのだ。
それでも、生きていくには何かを生産しなきゃならない。作って売って金にしないと、野垂れ死んでしまう。
問題は、売って手に入れたお金で、食料を買うか、新しい触媒用の魔法石を買うかである。けど……食料は、もう少し我慢する必要があるか。
ため息混じりに通りを歩きながらお店を探していると――
「え……!?」
そこには白いパンツがいた。
「うわああああ!」
パンツのモンスター的な何かかと思って叫んだら違った。女の子が道の低木に首から突っ込んで出られなくなっているのだ。
突っ込んだ拍子にスカートが枝に引っかかったみたいで、かわいらしい白い下着があらわになっている。
「だ、誰かー……」
なんか、気が抜けるような、か細い声が聞こえてきた。
助けを求めているようなので、俺はすぐに女の子の体を引っ張って低木から引き抜いた。
「ありがとうございます」
「あ、うん、大丈夫?」
パンツが見えていたことは言わないほうがいいな。
「ごめんなさい、ちょっと足を怪我していて。うまく歩けないんです」
十代前半くらいの女の子だった。背が低くて、青髪。整った顔をしている。足を骨折しているのか、あて木がされ包帯が巻かれていた。
「本当だ。痛そうだね」
「この間、木登りをしていて落ちてしまいました」
「やんちゃだね」
足は結構ひどい状態だった。それでも、ポーションがあれば少しはましになるだろうか。
「…………」
俺は、手に持っていたポーションに目を落とした。
これを女の子に与えれば苦痛はいくぶんか和らぐだろう。質が悪いから、完治はしないと思うけど。
でも、これを女の子に与えてしまったら、売るものがなくなってしまう。
新しい魔法石を手に入れるお金も手に入らなくなる。
――さんざん迷って、ややあって、女の子に笑いかけ、口を開いた。
第一章 辺境伯領フーリァンへ
「今ちょうどポーションがあるから、どうぞ」
俺は後ろ手に隠していたポーション用のビンを女の子に差し出した。
「いいんですか?」
女の子は目を丸くして、差し出されたポーションを見た。
「怪しいものは入ってないよ」
俺はビンを開けて、自分で少しだけ飲んでみせる。
「ありがとうございます」
それを見て安心した女の子はぐびぐびとポーションを飲む。
「え……!?」
女の子は驚愕した。ほのかな光とともに足が動くようになったのだ。包帯を取ると、もう補助なしで普通に歩けるようになっている。
「すごい! すごいです! 歩けます!」
薬草の質がよかったのだろうか。俺のポーションで、女の子の足は完治したようだ。いや、もしかしたら思ったより足の状態は悪くなかったのかも。
何にしても、終わった。俺の人生。
魔法石を買う金もない。服とか自分の持ちものでも売るか。しかし《火》の魔法石は生活必需品で売れないし、あとはものを入れて持ち運べる『収納の魔法石』と俺の魔法薬研究ノートくらいしかない。
前者も必需品だし、後者は売りものにならない。
今日は木の幹でも食べて、明日ゴミ漁りでもするか。なんだか泣けてきた。足が完治した女の子のテンションは爆上がりだが、俺は駄々下がりである。
「……よがっだねえ足治って!」
「泣いて、喜んでくれているんですか?」
「いや自分の馬鹿さ加減に泣いてるの!」
「ごめんなさい、あなたのポーションだったのに。でもほら、見てください」
女の子は俺からもらったポーションのビンを見せる。飲み干していなかったようで、一割ほどの薬液がまだ残っている。
「ちょっと残ってます」
「ちょっとね! それくらい残すなら全部飲んだら!?」
まあ、喜んでもらえたならなんでもいいか。
「メリアといいます。わたし、あなたを気に入りました」
女の子――メリアは泣き崩れる俺にハンカチを差し出してくれる。汚したら弁償できないのでハンカチは受け取らなかった。
「それはどうも」
「わたしに仕えるつもりはないですか?」
なんか、あれかな。ごっこ遊びみたいなもんかな。
身なりは普通だけど、所作がちゃんとしている。一般家庭より少し上くらいの家の子だろう。羨ましい。
まあ、ごっこ遊びなら、少しは付き合ってあげるか。
何せ失うものが何もない無敵状態だ。野垂れ死ぬまでに、少しは楽しい思い出があったほうがいいだろう。
「明日には干からびてるだろうけど、それでよければぜひよろしくお願いしますよ、姫」
「干物になれるんですか?」
「まあね! 仕事がないから何にでもなれるんだ! 可能性の面だけ見れば君と同じだね! 俺はそのまま朽ち果てると思うけど!」
もはややけくそだった。
「お仕事がないのですか? それならすぐにでも臣下になれますね!」
「もちろん。タイミングがよくて私は幸運ですよ」
俺はうやうやしく膝をついて、メリアの前で頭を下げる。
「やったわ! お父様ー!」
「え?」
お父様出てくるの?
「お父様、彼をわたしの臣下としますがよろしいですね!」
メリアは嬉々としてお父さんと思われる人物の手を引いて連れてくる。
「いや、何を言っているんだい」
見事な髭を蓄えたお父さんは眉を寄せた。
そりゃ、そういう反応になるだろう。むしろ俺、不審者じゃん。
「仕事がないみたいなので!」
「いやそういうことじゃなくてね、メリア」
「でも彼のポーションでわたしの怪我がたちどころに治りました」
「え……あの怪我を? たしかに歩けてるね……」
お父さんは驚いたように目を丸くすると、
「…………」
俺をじっと見る。
「えっと、なんでしょう?」
「よし、採用。ちょうど魔法薬術師を探していたんだ。幸運だったよ」
「採用? いや、何がどうなって――」
反論しようとお父さんを見たとき、思いのほかいい身なりをしていることがわかった。腰には、短剣を差している。装飾に宝石をあしらったもので、厳重に革のベルトに固定されている。高価そうで、庶民が買えるようなものではない。
お父さんの顔をよく見る。
「私の臣下として採用するということだ。不服ならそう言ってくれてかまわないよ」
俺は遅ればせながらその人物が誰なのか気づく。
隊にいたとき、遠目に一度だけ見たことがあった。
「……顔くらいは知っているようだね。なら話は早い」
王都から一番遠い辺境地域を統べる大人物・クリムレット辺境伯。
お忍びなのか護衛もいない。こんなナチュラルに王都の通りで遭遇することになるとは思いもしなかった。
「ちょっと待ってください。俺を召し抱える? クリムレット辺境伯が?」
「なんだい、嫌なのかい? それとも仕事がないというのは冗談だったのかな?」
「いや、それは本当ですけど」
メリアは平たんな胸を張って言う。
「そうです! わたしの臣下です!」
「娘に気に入られたみたいだね。まあ娘の臣下じゃなくて私の臣下になるけど。娘の遊び相手兼私の臣下ってところかな」
「お父様、それは聞き捨てなりません。次期クリムレット辺境伯として、今のうちに臣下を集めておくのです」
「まったくこれだよ。気が早いって言ってるのに」
お父さんもといクリムレット卿は懐から『帰還の魔法石』を取り出す。
「じゃあ、もうフーリァンへ帰るけどいいね?」
「あ、はい。どうぞ」
慌てて答えるが、
「どうぞじゃなくて君も行くんだよ?」
すでに俺を採用するというのは決定事項らしい。
帰還の魔法石に魔力の光がともると、足元に魔法陣が展開した。ほどなくして地面の魔法陣が収束すると、まばゆい光とともに視界から王都の景色が消えていく。
次に視界が開けたときには、もう辺境伯領フーリァンについていた。
辺境伯領フーリァンは緑豊かな広い領邦だ。
エルフやドワーフ、獣人たちとの交易の要所で、さまざまなところからの流通を担っている。
ナチュラルにエルフが通りを歩いている。王都じゃなかなか見られない光景だ。
「すごくいいところでしょう?」
メリアは得意げだ。
俺が惚けながらフーリァンの町並みを眺めていると、
「ちなみに前は何をしていたんだい? 王都でどんな仕事を?」
クリムレット卿が俺に尋ねる。
「……王国騎士団第十五番大隊付きの魔法薬術師をしておりました」
躊躇いがちに答える。
「へえ……大変名誉ある職じゃないか。どうしてやめたんだい?」
「…………」
俺は言葉に詰まった。
クリムレット卿がなぜ俺なんかを召し抱える気になったのか、いまいちわからなかった。そしてその理由を尋ねるのは、失礼な気がした。
――俺が無職になる前。
「おい、ロッド、この時間でまだ三百もできていないのか!?」
王国騎士団第十五番大隊のゾルト副隊長は、俺に怒鳴った。
俺は、魔法薬術師として王国騎士団で働いていた。
大層な肩書とは裏腹に、朝から晩までポーションを作らされる毎日。給料のもらえる奴隷みたいなものだった。
もっとも、その給料も雀の涙だったが……
ポーションは体力回復のかなめだ。日々モンスターと戦う騎士団としては切らすわけにはいかないんだろう。誰かが無理をしなければならない。
「全然だめじゃねえか! 終わっていたら追加で五十頼もうと思ってたのによ!」
夜遅くまでポーションを作っていたが、ノルマの三百本には届かなかった。
いつもはもう少し余裕があるんだけど、連日ノルマに追われる生活をしていたせいでその日は体に限界が来ていた。意識がもうろうとしていた。
「昔はそんな体たらくじゃなかったのにな」
「すみません」
孤児だった十歳のころに隊に拾われ、そのまま魔法薬術師として働くようになってから五年。寝る時間も惜しんで、毎月増えていくノルマをこなし続けてきた。
毎日一、二時間くらいしか寝ていない。手も足もしびれている。集中しすぎて頭がもうろうとする。
無理が祟ったんだろう。憔悴して、体の機能がだんだん働かなくなってきていた。
「まさか体調管理できてないとかないよな? そんなのはただの言い訳だし、本当だとしても自業自得だろうが。私生活を改めろ」
「その通りです」
「毎日命かけて戦ってる俺たちと違って、お前は呑気に手抜いてポーション作りか。本当いい身分だよな」
「いや、手を抜いてなんて……」
「じゃあさっさと作れよ!」
怒鳴られるとさらに頭痛がした。
「ただでさえお前にはおかしな噂が立っている。隊の金を少しずつ盗んでいるとか、町の娘をさらって乱暴しているとかな」
「それは無実です」
前にも追及されたことがあるが、俺じゃない。変な噂のおかげで、俺は隊のみんなからは変な目で見られていた。
「どうだかな?」
と言ったのは、俺と同時期くらいに隊に入ったシンという魔法薬術師だった。シンは、拾われた俺と違い正規に隊員になった魔法薬術師である。
「所詮拾われた奴だが、ここで働いているからにはしっかりしてくれないと困るな?」
シンが近くに寄ってくる。
「いつになったら俺の生産能力と鑑定評価に追いつくんだ?」
たしかに、俺はどんなにがんばって改良していいものを作っても評価が低かった。『鑑定器』に評価させても、十段階中の三段階までしかいかない。低品質評価だ。
対して、シンは十段階中十段階評価――最上級品質だった。最高品質のものを作っていながら、シンは俺を上回るペースで生産できる。
毎回最高の品質というのは少し気になるが……いや、ひがむのはやめよう。きっと俺に才能がないだけだ。
「生産能力が落ちてるし、やはりここらが切りどきだな」
ゾルト副隊長は俺に言った。
今思えば、孤児の浮浪者だった俺を拾い非正規でここに置いていたのも、つぶれるまで使い倒すつもりだったのかもしれない。
今まで衣食住を提供してもらっただけでもありがたかったと思う。半面、生産ペースはかなり厳しく、体が持たなかった。
そしてついにクビを言い渡された。ただの非正規隊員の俺が副隊長の命令に逆らえるわけがない。
彼がクビといったらクビなのだ。
「このクソぼろいノートは持っていけ。汚くて目障りだったんだよ」
ゾルト副隊長は俺が仕事の片手間、研究に使っていた十冊ほどの研究ノートを指差した。
それから、杯がついた木製の台座に魔法石が十個連結した鑑定器も俺のほうに差し出す。
「あとこの鑑定器もだ」
ポーションの品質を測定するのに使っていた鑑定器は貴重である。俺にくれるのは意外だった。
「けっこう便利なんですけど持ってっていいんですか? ポーション以外も品質を測定できるし」
「新しく買い替えたものがあるからな。古すぎるからいらん」
「わかりました。ではありがたく」
俺が鑑定器を受け取ると、なぜかシンはクスクスと笑った。
なんだ? と疑問に思うも、気にしないことにする。シンは常に俺を馬鹿にするきらいがあった。追い出されるのを面白がっているのだろう。
「誰もお前に期待していなかった」
ゾルト副隊長は言った。
「今まで置いてやっただけでもありがたく思え」
ゾルト副隊長の言葉は、本当にその通りだった。道具として扱われてきたとしても、今まで生きてこられたのは隊にいたおかげだった。
俺は隊舎の自分の荷物をまとめ、早々に隊をあとにした。住む場所がないので森の中で浮浪者生活をしようとしていた――クリムレット卿に召し抱えられたのは、そんなタイミングだった。
「なるほど」
今までの経緯をかいつまんで説明したら、クリムレット卿はうなずいた。
クリムレット卿は、俺のような役立たずを拾ってどうするつもりだろう。やはり、騎士団にいたころのように使いつぶすつもりなのだろうか。だとしたらすぐに意見を申し立て、卿が思っているような人材ではないことを理解してもらわなければならない。実力が伴っていないのはもちろんのこと、俺はもうすでに使いつぶされたあとの絞りカスでしかないのだから。
「雇ってくれるのはありがたいのですが、俺ができることといったら、質の悪いポーションをやや大量に生産できるくらいです。あまり期待されても困ります」
「そんなわけないだろう。骨折さえ治す効果だということは娘の前で実演してくれたはずだ」
「きっと偶然素材がよかったからです」
「うーん……まあいいさ。とにかく、君には同じようにポーションを作ってもらう。これが仕事の一つ」
きっとこれからも役立たずがとか言われながら仕事を振られる生活が待っているのだろう。しかし最低限生きていけるから、それでもいいかと思う。雇ってもらったことを喜ぼう。
「そして、ここが今日から君の職場だ」
クリムレット卿に言われ、俺たちは近くにある木造の平屋に入った。
その瞬間わかった。
ここは魔法工房――ポーションや魔法道具を作る場所だ。薬術工房と違って、ポーション以外も作っているらしい。
やたら本が多く散らかっているが、部屋いっぱいの本棚や、引き出しの多いキャビネットなどは魔法使いの工房なら普通だ。
それに、工房のはじっこ。無骨な土人形みたいなのが丸くなってるけど、あれゴーレムだよな。
人間には作り方を知らされていない門外不出の秘宝とまで言われているのに、無造作に置いてあるのはある意味シュールだ。
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