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第一章

派遣白魔導士、語る

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 “死刑宣告” を受け、表情が強張ったままのノエル。
 自業自得と言えばそれまでだが、この後の制裁を想像すると気が気ではないようだ。 
 そんなノエルを尻目に、ミシャはランタンの灯りを見つめ、囁くように語り始めた。



「私はね、サイネリア教団の出身なの」


「……サイネリア? 知らねぇな」


 柔らかなミシャの声色に、怯えていた筈のノエルは思いの外自然と会話に入っていった。


「辺境育ちだからって、二年も冒険者やってれば知ってると思ってたけど。 そうね、簡単に言うと、優秀な冒険者を育成して世に送り出す機関、かな?」

「おいおい、それじゃミシャみたいなのがウヨウヨいんのかっ?」


 青ざめた顔で質問を投げ掛けるノエル。 気持ちは分かるが、言葉は慎重に選ぶ事をお勧めしたい。


「なに人を化け物みたいに……いいわ、今すぐ――」
「話をっ! 話を聞かせて下さいッ!」


 即座に刑の執行を取り行う勢いのミシャに慌てて待ったをかける。
 その必死の形相に小さく溜息を吐き、死神は鎌を下ろしまた話しを始める。


「安心しなさい、私程の使い手はそういないから」

「うっす! そっすよね、 何しろ“ダイヤモンド” っすから!」


 体育会系の後輩を思わせるその相槌に、ミシャは半ば呆れた顔をしている。 それにしても、彼の会話のボキャブラリーは次々と増えていくようだ。 が、その代償として失っているものも少なくない。


「その教団からはね、数々の功績をおさめた有名な冒険者が多数輩出されているの。 だから、当然我が子も英雄にと、子供を入団させる親も後を絶たない」

「へぇ、じゃあよ、ミシャも親に入れられたのか?」

「私は……ちょっと違う、かな」


 ノエルの問い掛けに、寂し気な面持ちで答えるミシャ。 ランタンの灯りに照らされて、アクアマリンの瞳にオレンジ色が映り込んでいる。


「でもね、ちゃんと教団から卒業証明を貰えるのはほんのひと握りなの。 大体の子は育成の途中厳しさにリタイアするか、力が足りなくて卒業を諦めるか」

「んなキツいのか、よく卒業出来たな。 つーかよ、その中でも特別すごかったんだろ?」

「私、天才だから」

「間違いねっす! 在校生の憧れ、も、ほとんど夢っすよっ!」


 体育会系……というより、悪い先輩に憧れる後輩か。
 ミシャの実力は疑わないが、派遣社員に憧れるかというと疑問ではある。


「ていうか、私にはそれしか生きる道がなかったから、だから強くなったのかも……ね」


 ミシャの気になる言い方に、ノエルが怪訝そうな表情を作る。
 確かにあれだけ規格外の強さを見せられれば天職だと感じるが、他に道が無いとも思えないが。


「んなこたぁねーんじゃねーか? 例えばよ、んー………殺し屋とか、暗殺者とかよ」



 ―――それ一択だぞ。 今よりタチ悪いわ。



「……そうね、向いてるか試してみるわ、今から……」


 もうやってましたよね? そう感じる程に冷たい声と目で、ノエルに狙いを定めるミシャアサシン
 するとノエルターゲットは慌てて、


「いやっ! ち、ちげーわ! は、花屋とかいーんじゃねーか?! か、可愛いし似合うって!」

「花屋、ねぇ……さすがに合わないような……」

「んなことねーって! そ、そうだ! 夜殺し屋やって昼間花屋とかよっ!」



 ―――花葬か?



「わかった。 アンタの死も、死後もトータルコーディネートしてあげる♡」


 まるで出会った朝のように失態を重ねるノエル。
 まだまだペテン師として安定した実力は備わっていないようだ。


「じょ、冗談はともかくよ、なんで冒険者しか道がなかったんだ?」


 戦闘中の倍は汗をかきながら、目をバタフライして話を戻す。
 情けないその姿をジト目で流してから、大きな溜息を吐き語りは続く。


「サイネリア教団の卒業生、そのほとんどは “孤児” なのよ」

「……孤児? じゃあミシャも……か?」


 ミシャの言った言葉に、珍しく気を遣った様子で話すノエル。


「そっ、つまりね、一般家庭から来る子供には耐えられない、そうするしかない子供、その中でも才能に恵まれた一部だけが、厳しい訓練を乗り越えて卒業出来るって事」

「……そうか」

「世間では教団のやり方に賛否両論だけどね。 でも、何もない私に手に職つけてくれたわけだし、今は、感謝もしてるかな」


 沈んだ表情のノエルに、そう悪い事ばかりではないと微笑む。


(……なんだよ、へ、変な顔しやがって……!)


 柄にも無く儚気な笑みを作ったミシャに、少年の胸が高鳴る。


 馬鹿な考えを起こすなノエル、きっと深夜だからだ。
 100の恐怖の中に1の微笑み、サブリミナル効果だ、 詐欺みたいなものだぞ。


「まっ、それで派遣じゃ世話ないけどねー」


 自分に呆れる、そんな調子で乾いた笑いを零すミシャにノエルは思わず、


「なんでお前は――」
「今日はもう疲れちゃった! ポンコツ剣士のお守りしながらは大変だったし!」


 その言葉を遮り、寝転がって瞼を閉じる。
 聞かれたくない事、言いたくない事。 それが、恐らくはノエルの言えなかった言葉の続きを遮った。


「ちょっと寝るから、ちゃんと見張ってなさいよ、番犬」


「………ああ」


「もう少し、生かしといてあげるから……」



 ―――あ、やっぱるのか。



 疲れ果て、ミシャは眠りに就いた。

 今日、幾度となく戦慄したその顔を見つめるノエルは、あの恐怖の大魔導士も眠っていれば普通の女に見えるものだ。  そう思っているのか優しい笑みを浮かべ、一人物思いに耽っている。



(……この視界の悪い吹雪の中逃げるのと、ここで朝を迎えるのは……どっちが助かる確率いいんだ?)



 私の勘違いだったらしい、うっかりしていた。

 これは――― “生還物ファンタジー” だったという事を……。(違います)



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