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第三章

変わり種パーティ、打ち上げをする

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 ガヤガヤと活気のある夜の酒場。 

 テーブルで楽しそうに仲間達と酒を交わし、豪快に骨つき肉を齧る姿や、ひっそりとカウンターで一人酒を煽る姿等様々。 だがその風貌や会話からわかる一つの共通点は、この酒場に来る客層は冒険者が殆どだという事だ。

 そんな中、他とは一風変わったテーブルが一つ。 長い金髪に白いローブの女、男性客の多い店内でそれだけでも少し目を引くが、それ以上に残りの二人が目立つ。 銀髪に琥珀色の目、中々いない人間と亜人である狼人族のハーフの少年と、珍しいエメラルドグリーンの髪をした、まだ酒場に来るには早過ぎる幼い女の子の三人。 金髪と銀髪は手に発泡酒を、女の子はミルクの入ったコップを持って掛け声を上げる。


「「「おつかれーっ!」」」


 銀髪は喉を鳴らし、一気に木製のジョッキを半分程流し込むと、

「……っはぁ~! やっぱ仕事の後の一杯は最高だなっ!」

「うんっ! さいこーだ!」

 美味そうにジョッキをテーブルに置き、ミルクを口の端に付けた女の子がそれに続く。

「……ノエル、あんた今回何度剣振るった?」

「な、何言ってんだミシャ……! 俺の活躍見てなかったのか!?」

「ねぇ、そのアワアワのやつおいしーの?」

「「アンジェにはまだ早いっ!」」

「うぅ~……」

 どうやらこちらはクエストを終えた打ち上げ、ご存知『変わり種パーティ』の御一行様。

「アンジェが来てからいくつかクエストこなしたけど、私とアンジェでクエストの九割を終わらせてる気がするんだけど」

「ば、バカゆーなっ! な、七割……五分じゃねーか?」

 剣を必要としない剣士、ノエルのそれはアンジェがパーティに加わって更に加速したらしい。

「おなかへったぁ~」

「もうちっと待てよ、うまいもん一杯食わせてやっからな!」

「へへ~、ノエルだいすきっ!」

「遠慮しないでいいのよアンジェ、の稼ぎなんだから」

 皮肉たっぷりの言葉を吐くミシャだが、当の本人はミシャと出会ってから打たれ強さだけは成長している。

「うーん、やっぱクエスト用の短パンもいいけどよ、明日は休みだしこの前買ったひらひらのスカートにしよう! 黄色のやつな! んで上は……」

 全く気にした様子も無く、明日のアンジェのコーディネートに夢中のようだ。

「このノエルバカ、どんどん親バカに成長してるわ……」

 諦めろミシャ、この物語は少年剣士の成長ではなく、少年のメンタル成長記、如何に生き汚く生き残るかがメインなのだから。( 嘘だと言って )

 和気あいあいと楽しい罵声会話が続く中、ほろ酔いのミドルソードを携えた一人の男が迷い込んで来た。

「あ~? なんだこのテーブル、女とガキと……半分獣がいんぞ?」

 男は片手にジョッキを持ち、突然無礼な物言いを浴びせてくる。

「……なんだこいつ? ミシャの知り合いか?」

「なわけないでしょ、こんな弱そうなの」

 鬱陶しそうにノエルが尋ねると、ミシャはそれを冷めた声色で跳ね返す。 更にアンジェが無垢な顔で覗き込み、

「おにーさん、よわいのぉ?」

 と言ったから堪らない。

「ああッ!? なんだてめーら! ここぁてめーらみてぇな――がッ……!」

「へいお待ちっ! 今日も大盛りにしといたぜっ!」

 威勢の良い声で男を突き飛ばし、テーブルに大盛りの唐揚げを盛った皿を置く店員。 声も大きいが、その身体も筋骨隆々な大男だ。

「おーいしそーっ!」

「アンジェ、ちゃんと野菜も食えよ!」

 くりくりとした大きな瞳を輝かせるアンジェ。 そこに牙を無くした教育ママがうるさい小言を挟んでいると、

「おいっ! てめなに客突き飛ばしてんだ!?」

 ほろ酔い剣士は当然声を荒げて店員に詰め寄って来るが、大男はそれに怯む事無く、厳つい顔を最大限柔らかくして応えた。

「にーちゃん、おれぁ寧ろ助けたんだぜ?」

「ああ!? なんだそりゃ!!」

 見た目貧相に見える変わり種パーティに絡み、それを助けたと言われれば男のプライドも傷つこうというものだが。

「まだ引退したくねぇだろ?」

「だから意味がわかんねぇよ!」

 血気盛んな冒険者は酒も入り、訳の分からない話に苛立ちを露わにする。

「前にな、お前みてぇな活きの良い戦士がよ、この金髪のお姉様に絡んで引退してんだよ。 ゴールドクラスの戦士がよ、魔導士相手に魔法無しでボッコボコにされてよ」

「じょ……冗談だろ? こんな女に……」

 信じられないのも無理はない。 身長も体型も、女性として普通……いや、ここは寧ろ細身だと言っておこう。 これは決して保身ではない。

「それも五年前、まだお姉様が少女の頃だ……」

 まるで怪談話をするようにおどろおどろしく語る大男に、冷たく鋭い声音が突き刺さる。

「ジェット」

「い・ま・で・も! 少女のようだがな」

 すると目を見開き、素早くその声に対処するジェットと呼ばれた店員。

( さすがおやっさんだぜ、あの反応速度とフォロー………勉強になるな )

 アンジェの食事を見ながらも横目で技を盗むノエル。


 ―――たまには本業を磨け。


「おい、いい加減にしろよ? 揶揄いやがって」

 痺れを切らしたほろ酔い剣士は、疑いながらもジェットの胸ぐらを掴んだ。 

「やれやれ、じゃあ証人を見せてやる」

「――おっ、おおっ!?」

 ジェットは片手で男の胸ぐらを掴み返して持ち上げ、自分の目線まで持っていくと、



「その引退した戦士ってのはな――――俺だよ」



 現役さながらの睨みを利かせるジェット。


「ぐっ……ぅ……わ、わかった……わかったからよ……!」


 その迫力に戦意を喪失し、苦しそうに下ろしてくれと懇願する男を解放すると、咳き込みながらよろよろと退散して行った。


 遠い目で男を見送るジェットの隣に、同じ目をしたハーフが一人、

「あいつ、救われたな……」

 と呟く。

「あん時俺にも、止めてくれる奴がいたら……」

 無情にも戻らない時間。
 ノエルはそっとジェットの肩に手を置き、

「わかるよおやっさん。 俺も、ある意味半分引退してるようなもんだ」


 ―――ノエルお前、英雄になるんじゃないのか?


 “破壊神被害者の会” 会長と、若手有望株がしんみりとしていると、

「ちょっとサラダまだ!? アンジェがお肉ばっかり食べちゃうでしょ!!」

 二人の共通認識である恐怖の対象から怒りの声が届く。


「「ただいまっ!」」


「悪りぃノエル、手伝ってくれ!」

「任せろ店長おやっさん!」


 急いで仕事に戻る二人。
 どうやらジェットはこの店の店主だったようだ。 そして、ノエルは―――弟子?

 ともあれ、ジェットの活躍により被害者は増えずに済んだ。 彼としても店を壊されたくはなかったのだろう。

 だが、決して安心は出来ない。

 何故ならミシャ悪魔は派遣社員のまま、また冒険を始めたのだから。


 油断するなかれ、次に彼女が訪れる場所は―――



 あなたの暮らす町かも知れない………。


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