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日陰暮らしの少女は太陽を欲する

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 廃部になった空き教室。 なんか、映像部とかいうよく分からない部が使っていたらしい。   
 高校に入学してもう数ヶ月。 夏服に衣替えしたこの時期になっても、わたしはまだ一人、隠れるようにここでお昼ご飯を食べている。

 人と関わりたくない訳じゃないけど、女の子は怖い。 昔ちょっと嫌な思いをしたから。 かといって男の子と話せるかと言うとそれはそれで無理。 容姿に自信は無いし、社交性なんてゼロ。  だと言うのに最近は……





 ――――『性』に目覚め過ぎちゃって……!!





 天道杭奈てんどうくいな、嬉し恥ずかし十六歳。 コミュ障で恋愛経験白紙のクセに無駄に異性を意識してしまうッ!

 自分でもどうしてこうなったのかは謎で、年頃の女の子ってみんなこうなのかな? ……って相談しようにも友達がいない。

 例を挙げると、

「AとBが付き合ってるんだって~」

 なんて世間話を耳にすると、「AとBしてC突き合ってるんだって~」に変換されちゃうの。 
 話せもしないクセに男子のパーツをチラチラ見ちゃうし、やたら妄想だけ先走って盛り上がると、 “何でもしてみたいし何でもされたい” 、なんて危険な衝動が渦巻いちゃう。  って言っても、実際そんな事になったら怖気づいて逃げちゃうと思うけど……―――ってそんな事になる可能性ほぼ無いけどねっ!

 ねぇ、これっていわゆる『ムッツリ』ってやつ? わたしってムッツリさんなのかなぁ!?

 違うよね? 思春期ならよくある、ごく正常な思考反応だよね?

 お風呂上がりに自分の身体を見ると、生意気にも女の身体になってきたなぁ、なんて実感して、コレ見たら男の人って興奮するのかな? 普段話さないクラスの男子も、わたしなんかでギラギラしちゃうのかな? 


 ――――とか思う時みんなあるよね!? ねっ!?


 ………てか、わたしじゃ無理か。 でもね、結構着痩せするタイプなんだよぉ? 見せるチャンスないから生涯着痩せしたままかもだけどねっ! いやチャンスって何? まるで見せたいみたいじゃん! ムッツリ? やっぱりわたしムッツリJKだよぉッ!!



 えーっと…………自己紹介でした。






 ◇◆◇





 その日は、茹だるような暑い真夏日だった。

 お昼休み、いつものように滅亡した映像部の部室に入り、ドアを閉める。 学校で唯一心休まる場所。 そう、ここだけがわたしのオアシス。

 この誰も来ない教室――――で、誰かに襲われたら……。 そして、味をしめた強姦魔は毎日のようにお昼休みにわたしを……哀れなわたしはエッチな動画を撮られ、脅迫され嫌々それに従うの。  でも、いつの間にか身体がそれを求めるようになって、ついにはお昼休みを心待ちするように………



 ―――さ、お弁当食べよ。



「――ん?」


 いつもの教室。 だけど、いつもと違う何かが視界の端に映った。 わたしは少し長めの前髪を分け、それを確認する。 と……




「――ぇええッ!!?」




 ……学校で、初めて大声を出しました。 ええ、そりゃもうパニックです。 


「な、なに……? ―――異世界転移?」


 誰も居ない筈の教室、こうも言っちゃいますよね。 

 だって、そこには壁に背をもたれ、手足をぶらんと投げ出しぐったりとした――――男の子が居たのですから。

 でも、異世界転移はラノベの読みすぎ。 男の子はうちの制服を着ているし、何故かボタン全部外れててはだけてるけど……


「―――はっ、肌ッ!?」


 ちょ、ちょっ……!  は、半裸の殿方なんてウブな乙女には毒………それも興味津々発情気味のわたしには猛毒ですぅ……ッ!


 これって、ホントにどんな状況……?


 もしかして………彼は現世で通り魔に刺されて異世界でスライムに転生、その際数々のスキルを手に入れて死に戻って一から始めましょう、いいえゼロから? ―――違う! 離れろラノベ達ッ!!


「ぅ……」

「――っ!? い、生きてる……?」


 ――って死んでたら事件でしょう! てか既に事件だけどっ!


 恐る恐る近づいてみると、彼はリ〇ル=テンペストでもナツキス〇ルでもなく、


「……青兼……くん……?」


 そう、何でこうなったのか分からないけど、彼はクラスメイトの青兼獅音あおがねしおんくんだった。

 男子と(女子ともだけど)全然接触の無いわたしだけど、青兼くんは人を選ばずにノーガードで突っ込んで来るタイプだから、こんなわたしでも何度か話しかけられた事がある。 はっきり言って失神寸前でした、その後自宅で悶々として昇天しました(せ、精神的にだよ?)。

 天真爛漫、無邪気で人懐っこい彼は、超絶美形のアメリカンショートヘアーを高一男子にしてみました、って感じ。 わたしがもし姉だったら、通信教育にして外に出さずに愛玩ブラザーとして溺愛しているだろう。

 そんな彼が、どうしてここに?
 何でこんな事に?


「……み……ず……」

「――えっ!? み、水!?」


 喉が渇いてるんだ! わたしは急いでタンブラーを手に取り、彼に……


「――ああっ! これ麦茶だ! お、お水がない……!」

「……ぅぅ」


 どど、どうしよう!? ―――ってバカなの!? きっと彼は脱水症状なのよ!? 水が麦茶だからって「水って言ったろ!」なんて言わないからッ! あっ、寧ろソレ言われたら萌えるわー………アレ? わたしってそういう性癖? ―――わたしアンタ、今バカやってる場合じゃないでしょバカっ!


「の、飲め、る……?」

「………」


 タンブラーを差し出したけど、受け取る力も無さそうで、返事もない。 

 てことは……わたしが飲ませてあげる? しか……ないよね?


 …………はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、そんな……わ、わたしが青兼くんに……で、でも今は緊急事態っ! やってもいいし、やるべきなのよっ!


「よ、よかったら、どうぞ……」


 ………何それ? 台詞おかしくない? それが返事も出来ない相手にするチョイス? 


 ―――しょうがないでしょ経験値アリアハンなんだからッ! 


 震える手でストロー状の飲み口を彼の口元に当てると、愛らしい唇の感触がタンブラー越しに伝わって来る。 

 ……タンブラー越しなんて聞いた事ない? それで感触なんて感じるか?





 ――――感じます。 確かに感じました。





「うっ……」

「あ……」


 ………飲んでる――――飲んでくれたっ!


 なに? なにこの感覚?

 ミルクを飲んでくれなきゃ死んじゃうジャイアントパンダの赤ちゃんに懸命にミルクをあげようとする飼育員の気持ち?


 今なら解る、あなたの気持ち……(あなたって誰?)。


 ああ、猫みたいに柔らかそうな前髪が汗で額に張り付いて……拭ってあげたい……舌で。

「うっ、うぐっ、んぐっ」 

 ふふ、一生懸命わたしのタンブラーを吸い上げてる。 可愛いなぁ、わたしの……



 ――――!!?



 そ、そうだ……コレはわたしのタンブラー………てことは、わたしと青兼くんの関係は――――ほぼA!?  


 幾度もわたしが吸い上げたソレを彼が? そ、それをこの後もれなくわたしが!? それってもう限りなくB寄り………少なくともA´!?


 あっ、ああ……そんなに吸い上げて……ダメ……――――ダメだよ青兼くぅうんッ……!!


「――っぷはぁっ!……あ、ありがとう……」

「――えっ!? は、はのっ…………へい……」


 ――へ、『へい』って……このバカコミュ障ッ!!  頭の中でだけペラペラ喋って、アンタはどーしようもない女だよ!!


 ………もう、最悪。

 青兼くんが話せるようになった途端にコレだ。 天道杭奈、キミは相手が瀕死じゃないと会話も出来ないのね……。


 でも、まだなんか弱々しくて虚ろな目をしている。 いつも元気一杯の青兼くんからは想像出来ない姿だ。 でもなんか、不謹慎この上ないけど……



 ――――色っぽい………。



 すごい汗、可哀想だし、舐め取っ………拭き取ってあげたいけど、わたしなんかじゃ嫌がられるよね……。 

 あっ、身体もすごいあ―――って忘れてたぁ!!  あ、青兼くん上半身大サービスだよぉっ! ―――キャッ! ちっ、ちく……様まで見えちゃ………ぁあん♡  割れた腹筋がお弁当箱に見えるぅ………お昼時だからかなぁ……♡


「……あれ? ………天道、さん?」
「――ごめっ! ……なさ……ぃ」


「――へ?」


 あ………。  


 つい、邪な気持ちを恥じて謝ってしまった。


「どうして、謝るの?」

「………」


 それ、答えられません。
 答えれば終わるでしょう、わたしの高校生活が……。


「マジか……身体が痺れて動かないや。 こんなの初めてだ……」

「ダッ、ダッスイショウジョウ……ダカラ、ダヨ」


 ねえ、このポンコツロボット何年製?  まあ令和じゃないのは確かだわ。


 なんで……なの?  こんなに頭の中では言葉が溢れて来るのに、どうして?  でも、いつもよりはマシか。 二人きりだし、彼は弱ってるから……正直これでも喋れてる方だ……。


「脱水症状?」

「ハイ、スイブンリョウノバランスガクズレ、タイエキリョウガゲンショウシタバアイオコリマス」


 ―――だからッ!!


 アンタのバランスが崩れてるって! もうヤダヤダ! 他の男子ならともかく、青兼くんには嫌われたくないよ……ッ!


「へぇ、天道さんは物知りだなぁ」


 ―――えっ……………笑った……かぁいい……。


「はぁ、今日暑いね」

「う、うん」


 あれ? ……なんか、今のは自然だった……よね……。 『うん』だけだけど。


「うわ、オレ汗すご」


 はい、すごいです。


 ハンカチは……ある。
 そして、彼は身体が痺れている。


 ―――さて問題です。 ここでの最適解とは?


 ①『………』

 無言でやり過ごす。 
 つまり見て見ぬふり。 現実わたしがやりそうな最有力候補。

 ②『………』

 聞こえなかった事にする。
 困っている人に対して人間として終わってますね。 一生一人でコミュ障やってなさい。

 ③『………』

 言う程汗はかいていないと思い込み黙る。
 もうただのカスです。 自分に嘘をついて逃げてるだけ。

 というか……



 ――――結局全部『………一緒』だからッ!!



 違うでしょ!? そもそも最適解がどうとかじゃない、“わたしがどうしたいか” が大事なんだよっ!!

 青兼くんはこんなわたしに話しかけてくれる(ほんの数回だけど)奇特な方。 間違いなく会話数男女混合ぶっちぎりのナンバーワンなんだから! その彼に、アンタはどうしてあげたいのよっ! それを彼に伝えなさいっ!


『え、ええと……』


 何? はっきり言いなさいっ!


『わたしは、青兼くんの汗を……』

 
 汗を? どうしたいの!?




「―――舐め取りたい………です」


「えっ?」





 …………天道杭奈さん。


『はい』





 ―――退場ッ!!!





「オ………ワタ………」


 そうですね、終わりました。
 こんな事をしでかして、ノミの赤ちゃんの心臓を持つあなたが卒業まで耐えられる可能性はゼロ。 お疲れ様でした。

 明日からフリーターかぁ、何しようかなぁ……


「えっ、天道さん拭いてくれるのー?」


「――は?」


 ど、どゆこと? 変態女はさらし者になって追放されるんじゃ……?

 青兼くん、もしかして……


 ―――聞き間違えてくれた?


「あはっ、助かるよー。 ありがとっ」

「うっ……」


 甘え上手の子猫ちゃんがにっこり微笑み、わたしの胸をキュンと締め付ける。 

 はぁぁぁ……っ! そんな凶悪なプリチーさでお願いされたら、杭奈なんでもしてあげたくなっちゃうっ。  今なら人生狂わす額の連帯保証人にだってなれちゃうよぉっ!

 というか、青兼くんからお願いされるなんてまさに渡りに船? それどころか失言まで無かった事になるなんて、こんな都合の良い展開ってある? これって罠?


「それじゃ、お願いしまーす」


 そう言って、彼は目を閉じた。
 つまり、今なら青兼くんがじっくり見放題。

 ああ……! 可愛い、無敵、死ねる。 もう罠でもなんでもいーし。 わたし如きに罠を張る意味ないし。


「まだー?」

「い、いっ、今すぐにっ!」


 目にも止まらぬ速さでハンカチを取り出す。 そしてまずは……そ、その美しいお顔を……


「……はぁ、はぁ、はぁ……!」


 薄ピンクのハンカチを構え(ハンカチって構えるもの?)、息を荒らげて近づくわたしはほとんど変態さん。 


「はぁ、はぁっ、ふうぅ……!」


 手のヴァイブレーションが止まらない。 あとほんの少しで彼に……青兼くんに触れ……


「――んっ……」


 ハンカチがおでこの端っこに触れ、ピクンと彼が反応する。 そこから濡れた前髪の下、おでこの汗を拭っていくと「んん~~」って、気持ち良さそうに可愛い呻き声を聴かせてくれた。 

 こ、これはもう……世界最高の愛玩動物に違いない。

 わたしの息遣いは更に荒くなり、いつから瞬きをしていないか分からない。
 今、自分はどんな顔をしてるんだろう。 恐らく情状酌量の余地無し! 執行猶予無し!

 完全に……



 ――――実刑です。



 それにしても、なんてキレイなお肌。 しっとり系のゆで卵みたい(そんなのある?)……。 

 次に、すっきりと通ったくど過ぎないお鼻を拭き、プニプニの瑞々しいほっぺた、喉仏の無い首を拭いていった。


「ふぅっ、ふぅっ、ふうぅ………ぅ……」


 こ、これで終わりかな?  そう思ったけど、青兼くんから『ありがとう』、が無い。 という事は……



 ―――― “身体” ………も?



 と、受け取っていいの? はい受け取りました、オッケー了解喜んで。




 青「ふっ……あはっ、はははっ」

 ムッツリ「はぁっ……はぁ、はぁ……」


 青「っ……く、くすぐったいよぉ」

 ムッツリ「ひっ、ひっ、ふぅー……ひっ、ひっ、ふぅー……(何故かラマーズ法)」





 ……………終わった。


「……ボタン、留めるね」

「うんっ、ありがとっ」


 はだけていたワイシャツのボタンを留めてあげた。 限界だ、これ以上は理性を息吹だけでコナゴナに出来る自信がある。


 ああっ、すごく満たされた気分……!  こんなの、初めて……。 


「あーぁ、オレってダメだなぁ」


 そう………もうダメだよ……。 無理だって分かってるのに、身分違いも甚だしい、想う事すらおこがましいけど……


「こんなんだから今朝も……」




 ――――好き。




 ……になっちゃうよぉ……ッ!

 だって今まで霞を食べて生きてきたわたしが突然最高級の食材の味を知っちゃったんだよ!?  惹かれて当然、欲して必然でしょう!?

 ひ、独り占めしたいって思うのは罪……? ―――否! 想うのは自由、それにわたしなんかと普通に接してくれるの青兼くんだけだもんっ!

 きっとわたしには彼しかいない! それにもうしたもんっ、B! あとはCしてゴールGするだけだもんっ!


「……なんだぁ。 どう思う? 天道さん」

「――えっ……?  はっ、はい、喜んで」


「……て、どゆこと?」


 えっ? えっ? こ、これどうしよう……もしかして青兼くんなんか話してた!? ぜ、全然聞いてなかったよ………しかもなんか色々飛び越えてされてないプロポーズの返事してるし……ッ!


「つ、つまり……喜んで、何でも聞かせて欲しい……という意味……です」


 く、苦しい……ですよね……。 でもそこを何とか……! お願いわたしを捨てないで(貰われてないけど)!


「天道さんって、優しいね」

「なっ……」


 嘘………わたし、青兼くんに――――褒められた……?


 ろ、録音しておけば何度も楽しめたのに……。


「ほら、オレんち両親仕事で海外だから、ねーちゃんと二人じゃん?」
「――んっ!? う、うん」

 お、思わず合わせてしまった。 はっきり言って初耳です。

 とにかく集中しなさい杭奈! また聞き逃したら次はないんだからねっ! 


「優秀な人間は世界に出るのが義務なんだって。 お父さんもお母さんも、義務は大事だって言ってた」

「そ、そう」


 ご両親は海外、で、お姉さんがいる……と。 うふふ、なんか好きな人の情報を得るって嬉しいな。


「だからなのか、ねーちゃんはオレの世話やたらするんだ」

「うん(裏山)」

「でも、もう高校生だよ? あんまり世話やかれてもさ」

「わかる(お姉さんの気持ちが)」


 そっか。 年頃だし、何でもされるのは嫌だよね。 わたしなら監禁しちゃうな。


「着替えぐらい自分で出来るし」
「きがッ……!」

「お風呂だって……」


「――ブッ……」


 う……嘘でしょ……!?


「中学までは姉の義務って言っててさ、でも友達に聞いたら嘘だったんだ」

「そっ、それはズルいひどいよ……!」

「でしょ?」


 お……ぉおのれお姉さん……! 青兼くんが素直なのをいい事にぃ……っ!


 ―――そうか、ご両親の教えである『義務』を使って弟を弄んでるのね、許せないっ!


「でさ、朝もご飯食べさせようとしてくるからケンカしちゃって、食べずに家出たらさ、お弁当も財布も忘れちゃったんだ」


 くぅぅっ! 一体今まで青兼くんに何『あ~ん』したの!?  こっちはまだ一『あ~ん』もしてな―――


「………じゃあ、青兼くん、今日何も食べてない、の?」

「うん」


 …………しかも今、彼は身体が痺れている。


「さっき電話来てさ、学校までお弁当届けに来るって言うから、この教室に入って来ないでいいって言い合いしてたら暑くなってきて、ボタン外してたらふらっとして、目が覚めたら………天道さんが居た」


 そう、そういう事だったのね。

 彼はお姉さんから自立したい、お姉さんは世話をしたい。 そしてわたしは……



 ――――青兼くんに『あ~ん』したい。



 その為には……


「あ、青兼くん」

「ん?」

「今日、ね……間違えてお父さんのお弁当も持って来ちゃって、二つあるの……」

「えっ? じゃあお父さん困るじゃん!」

 ううん平気、そもそもお父さんは社食でお弁当無いから。

「お財布は持ってるから平気」

「あっ、そっか」

 なんて素直。 疑うことを知らないのね、好き。

「で、でね? 青兼くん、ちゃんと食べないと、具合、良くならない……よ?」

「そうかな?」
「そうなの」

 思わず食い気味に言葉が出ちゃった。 抑えきれない欲望が、上手く喋れないわたしを段々饒舌にしている。

「だからコレ、食べて?」

 ああ、なんて浅ましい女なの……お弁当を差し出しながら、堪えきれずに顔がニヤついてしまう。

「でも、オレ身体動かなくって」

「そ、そっか」

 白々しい……とてもじゃないけど今の顔はお見せ出来ません。 俯き前髪で顔を隠すわたしは、前髪長くて良かった、なんてバカなことを考えている。

「じゃあ、ね……―――たっ、食べさせてあげる……!」


 言った………言っちゃったらもう行くしかないっ!


「え、でも……」
「お姉さんにご飯食べさせてもらうのは高校生にもなっておかしいけど弱ってる人に食べさせてあげるのは人として当然、寧ろ義務だよね」

「え、と……」
「偶々病気で倒れてる人を見つけて自分はそれを治せる薬を持っていてしかも薬が余ってたら飲ませてあげるよね、見て見ぬふりするなんてどうなのかな?」

「それは、ひどいよ」

 すかさず電光石火、光の速さでお弁当を開け唐揚げを掴み、


「でしょ? じゃ……あ、ぁあ~ん」


 と言って一つ掴んだつもりの唐揚げは、勢い余って二本の箸が突き刺さり、二つ彼の口元でプルプルと震えている。


「うん……いただきます」


 ふ………ふふ………――――ぅふふふふふっ……!


 わたし、青兼くんに『あ~ん』しちゃったぁぁああ~ん♡


 
 それから、彼にお弁当を食べさせた時間は、わたしの人生でもっとも満たされた甘いひと時だった。

 きっと唐揚げはガトーショコラに、卵焼きは栗きんとんのようになっていただろう(なわけ)。 



 ふぅぅう……もぅ……心も身体もトロトロだよぉ~♡





「ごちそうさまでした! 大分動けるようになったよ、ありがとうっ!」

「……うぅん、いいの……♡」


 完全に骨抜き、今度は軟体JKとなったわたしの方が身体が動かない。

 ああ……この後食欲の満たされた彼が性欲を求めて襲ってきたらどうしよう……


 ――――きっと困ったフリして自分からブラのホック外してパンツ脱がせやすいように腰を上げるね。


 なんてね、そんなパラレルな展開あり得ない。 所詮わたしは日陰の存在、決して彼とは結ばれないの……。 
 彼が元気になって教室に戻れば、青兼くんは誰にも好かれる明るい太陽、わたしは何故か引き出しにあったけど何だかわからない不要なクギみたいなもの。


 そして彼も、そんなクギわたしを必要とする事はないだろう。


「あっ、もうすぐ昼休み終わるじゃん! 行こうっ!」

「えっ――わっ!」


 雲が晴れ、顔を出した太陽は、いつもの輝きを放ちわたしの手を取って駆け出した。 愛らしい無邪気な子猫はやっぱり高校生の男子で、その手はわたしより大きく、振り解けない力で引っ張っていく。 

 まだ走ったりしたら危ないんじゃないかな? なんて心配しちゃうけど、それより繋いだ手が嬉し過ぎて、胸の鼓動がウーハーみたい……。


 ああ……現実教室になんて戻りたくない。 このまま、二人でいれる場所に連れて行って欲しいよ。


 そう願っても、そんな想いは一方通行。 
 青兼くんはわたしを好きな訳じゃないし、好きに………なってくれる筈もない。


 そして見慣れた、普段から戻りたくもない場所に――――





「――おっ、獅音! どこ行ってたんだよ!」

 教室に入ると、早速太陽にクラスメイトが手を伸ばす。 一緒に戻ってきた不要なクギには目もくれずに。


「あ……」


 繋いでいた手が、離れた……。 当たり前だけど、寂しいな。

 彼はその手を上げ、友人に人懐っこい笑顔で応えた。


「いや~なんかさ、ばったり倒れちゃって、天道さんに助けてもらった!」

「なんだそれ? 天道?」


 わたしの名前も知らないんだ。 まあ、あるあるです。 注目を浴びるのも嫌だし、そっと席に戻って気配を消そう。 それは得意だから。 

 そう思った時、彼は振り返って―――


「なんかさー、ねーちゃんみたいだった。 優しくて」


「………」


 太陽の暖かな日差しは、分け隔てなく誰にも降り注ぐ。 

 それは、わたしにも。



 ………やっぱり、嫌だ。 ―――諦めたくないっ!



 考えろ姑息なコミュ障! ズルくたってなんだっていい、彼を……青兼くんを独り占めしたい……ッ!!



「……お姉さんと、ケンカしてるんでしょ?」

「えっ? うん……」


「じゃあ、お姉さん……嫌い?」

「まさか! ――大好きだよっ!」



 ………言うと、思った。



「おい、獅音あの……誰だっけ? と一緒に戻ってきて、 “大好き” だってよ!」
「マジ?」

 ふふ、単純な男子。

「そっ、そんなの嘘よ……!」
「そうだよ! 青兼くんがそんなこと言うわけないっ!」

 普段眼中に無いわたしなんかに慌てる女子。

「だ、大体天道さんとなんて、青兼くんが……」

 分かってる、そんなの自分が一番ね。

 だからって……


「青兼くん、また汗が」

「――ちょっ、な、なにしてんのよ!」



 ―――諦めない。



 ハンカチで汗を拭こうとしたわたしに、女子達から不満一杯の怒声が浴びせられる。 でも、素直な子猫ちゃんは―――


「ん? ありが――」

 
 汗を拭ったその時、お礼を言ってくれたのに―――『ごめんね』、と心で囁き、彼の頭を揺らした。


「――ぁ……れ……?」


 脱水症状から回復したばかりでここまで走って来た彼の身体はふらつき、青兼くん太陽がわたしに傾く。 

 そして―――


「ふふ……―――きゃっ!」


 悪どい策は成功、太陽は隕石となってわたしを押し倒した。


「お、おい獅音っ!」
「大丈夫かよ!?」


 騒然となる教室。 
 心配して駆け寄って来る男子と、嫉妬に狂った女子の悲鳴が聴こえる。


「あぁ……こ、こんなの……」


 覆いかぶさった彼の頬が、わたしの頬にくっ付いている。 そして、子猫みたいな柔らかい毛が顔を擽り……


「……もぅ――イキ、そ……」




 不要なクギは、公衆の面前で灼熱の太陽に……





 ――――溶かされちゃった……。





「ごっ、ごめ……オレ……」

「いいんだよ、弱ってるんだもん」


 もう何も怖くない。 たとえ女子達ライバルに何を言われたって、どんなにわたしより可愛くたって。 それに……




 ―――ラスボスは彼女達じゃない。




「でも、もう高校生だし、お姉さんからは卒業しよう?」

「え……?」


 これからは、わたしがお世話してあげるから……♡


同級生わたしには、甘えてもいいんだよ?  それは―――(彼女の)義務だから」


「義務? でも――」
「義務なの」


「……うん、わかった」


 なんて素直で可愛いコ。
 やっぱり『義務』に弱いのね。 お姉さん、悪いけど絶対離さないから。 


 わたしを不要なクギだなんて思ったら大間違い、杭奈のはね、そう簡単に……


 ううん……



 ――――一生込んで抜けないんだから。  覚悟してねっ、獅音くん♡



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